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9 ドブ川の小鉄橋

井の頭線が神田川を渡るところ

 ドブ川の構造物のうちで妙に気になるのは、ドブ川と線路と交差するところにある鉄道橋である。
ドブ川の川幅は広くても5mくらいだが、鉄道の線路はそこのところだけ砂利が途切れて鉄橋にしてある。どうして川を渡る場所には砂利を敷いていないのだろうか。

 通常、鉄道の線路はクッション材兼枕木固定材としての砂利を敷き、コンクリート製の枕木をならべた上に敷かれている。ところが大きな川を渡る場所では違う。
まず橋脚を立て、鉄骨を架け、その鉄骨に木の枕木を固定して線路を敷く。これを鉄橋という(※)。鉄橋では電車がレールを継ぎ目を通るときの衝撃が鉄骨に伝わるため騒音が大きくなる欠点がある。にもかかわらず鉄橋を採用するのにはわけがある。

 現代に作られた鉄道、例えばニュータウンの新線などでは川を渡る橋の上でもたっぷり砂利を敷いてコンクリートの枕木を組んでいる。こうすると橋を渡るときも静かで乗り心地がいい。しかしこういう構造の橋は重い。丈夫な橋げたを作った上に丈夫なコンクリート板を敷き、砂利を敷き、コンクリートの枕木を何本も置く。これだけでも重いのに、上を通る電車がまた重い。
 こういう橋が作れるのは、土木技術が発達してコンクリート製の丈夫な橋を作れるようになったからであって、昔はこうではなかった。昔の橋は軽いことが肝要であった。だから戦前に作られた鉄道では道路や川を渡るときは必ず鉄橋で渡っている。鉄橋ならば鉄骨の骨組みと枕木だけで橋が作れるので、橋脚に求められる強度も小さくて済む。
 それを踏まえたうえで分からないのは、幅2mくらいのドブ川を渡るところも律儀に鉄橋にしてあることである。

 東急大井町線は川崎市の溝の口から東京都世田谷区の二子玉川を通り、品川区大井町に達する路線で、昭和の始めに開通した。この路線の二子玉川から二つ目に等々力という駅がある。等々力駅のホームから大井町の方向を見ると、全長2mほどの鉄橋が架かっているのが見える。鉄橋の下にはドブ川が流れている。

大井町線が逆川を渡るところ


 この川は近くの等々力渓谷という景勝地を流れる谷沢川の支流の逆川の痕跡と思われるが、ほとんど暗渠になっている。しかし線路を渡るところだけは開渠になっていてそこに鉄橋がある。コンクリートでフタでもして砂利を敷いてしまえば一跨ぎできそうなものなのに、そうしていない。当時の技術ではこんなに幅の狭いドブ川でも鉄橋を組まなければ渡れなかったのだろうか。大きな川はともかく、小さなドブを渡るたびごとに鉄橋を組んでいたら面倒なのではないだろうか。

 この疑問を解明すべく、専門書をひもといてみた。すると、やはり幅が狭くても川を渡るということは鉄道にとっては一大事なのだということが分かった。  
 われわれの感覚では、川の上に板でも敷いてその上に砂利を撒けば線路が敷けそうな気がしてしまう。しかし線路を走る電車は非常に重く、速度が速い。つまり大きな力が線路にかかる。だからほんの2mでも地面のないところを通るには、その力を支える橋げたをきちんと組まないと線路が崩壊してしまう。そういうわけでドブ川を渡るたびにこのような小鉄橋を組んでいたようである。 

 さらにこの鉄橋にはもう一つ気になる点がある。鉄橋の上の枕木は、一般的なコンクリート製ではなく、茶色の合成樹脂製のものになっていることだ。
 合成樹脂製の枕木は鉄橋の2本の鉄骨の橋げたにがっちり食い込んでいる。なぜここに丈夫なコンクリート製の枕木を使わないのだろうかという疑問であるが、これはある私鉄の改札口で聞いたら分かった。それにしてもこんな質問まで相手をしなければならない改札係も気の毒ではある。

「コンクリート製は硬すぎるんですよ。硬い鉄骨に固定するには柔らかい木製や合成樹脂製でないといけません」

 たとえ2mといえども、橋げたの鉄骨は電車の重みでたわむ。車に乗っていて橋の上で渋滞して停車すると、橋が揺れているのが実感できるが、鉄道の橋にもあのような揺れがある。
 この時に鉄骨にボルトで固定された枕木もたわむ。硬いコンクリート枕木だとこのたわみに耐えられずに折れてしまうので、柔軟性のある木製枕木や、同じような性能を持った合成樹脂性が開発されて使われている、ということのようである。
 ドブ川の鉄橋にもあれでいろいろな技術が詰まっているのだ。

※「鉄橋」とは俗称で、鉄道用語では「鉄桁」(ガーター)と呼び、また1m以上5m未満の短い橋梁のことを「溝橋」と呼ぶそうである。 このことは大宮の鉄道博物館の方にご教示いただきました。お礼申し上げます。

参考文献 鉄道構造物等設計標準・同解説-鋼・合成構造物
 国土交通省鉄道局 鉄道総合研究所編 丸善㈱」">

(追記)
修正用雑記帳その6:コンクリート枕木が折れるしくみが分かった。

(追記)
 小鉄橋の下を流れるドブ川のことを「逆川」と断言していたが、そうとも断言できない謎の川だということが分かったので修正した。詳細は修正用雑記帳その7
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15 ビーチリバー

ビーチリバー全景A

 国道134号線は神奈川県の湘南海岸をなぞるように走る。
 海沿いのドライブコースとしてあまりに有名なこの道路の本当の見どころは、この国道が渡る無数の川にある。河原があるような大河川は相模川くらいしかないが、小さな川は数え切れないほど渡る。走っている車から小さな川を捕捉するのは難しいけれども、幸いなことにこの国道はよく渋滞する。この渋滞を利用すると車に乗りながらじっくり川を観察するという不精なことができる。

 例えば鎌倉の小動岬と稲村ガ崎という二つの岬の間にある七里ガ浜という砂浜海岸では、約3kmの間に7本の川を渡る。このうち4本はありふれた小河川であるが、残りの3本が不思議なことになっている。
 国道の海側を見ると砂浜を細々と流れる姿が見えるのだが、山側を見ると川がない。川があるはずのところは路地になっている。砂浜を流れる水はどこからやってきたものなのだろうか。
 そこで降車して海岸に下りてみると、道路の法面下に大きな排水口があってそこから水が流れ落ちているのが見える。流れ落ちた水の色を見てみると、汚水ではないようだ。ただし量が少ないので砂浜のうえを曲がりくねって流れて力尽き、砂に浸み込んで消えている。

ビーチリバー源頭部

 道路を渡って山側に回ってみる。
 川があるべき場所には路地が川幅くらいの細さで50mくらい続き、別の道に突き当たって消息が知れなくなる。小さな川なので暗渠にしたものの、国道よりも海側の砂浜の部分まではさすがにフタをできなくて流れが地上に出ている、ということのようである。
 市役所に聞いてみるとそれらの川には名前はなく、染み出た水や雨水などを集めて流れているということであった。水の流れがある部分は砂浜上だけなので、それらはつまり川ではなくて海岸の一部ということになるようだ。海岸上を雨水が流れているだけ、さしずめそういう解釈になるのだろうか。なんだかかわいそうなので、私はこの砂浜上だけの川に、「ビーチリバー」という名を付けることにした。

 砂浜上のビーチリバーは湿った砂を蛇行して侵食し、ミニチュアの崖やミニチュアの河原、ミニチュアの中洲などを作り、徐々に砂に浸み込みつつ消えて行くが、ミニチュアのラグーンを作って海に細々と流れ込むものもある。川の模型のようだ。

ビーチリバー渓谷

 ビーチリバーをみると、なぜ川は蛇行するのだろうかと思う。大きな川も小さな川も同じように蛇行する。そしてこの現象については、水は少しでも標高の低い場所を求めるので曲がりくねって流れるのだ、という説明が一般的にされている。本当にそうだろうか。

 例えば平らで滑らかなプラスチックの板に水道の水を細く流してみると、平坦な板の上でさえも水流は蛇行して流れ、一刻一刻その蛇行のパターンを変える。これはどう説明したらいいのだろうか。もう少し詳しく観察してみると以下のようなことが分かった。

①傷のついたステンレス流しでは、水は平べったく板の上に広がってしまい、蛇行を形成しない。
②プラスチックのような完全につるつるの板では、水に表面張力が発生して明確な流れを作り出して蛇行し、一刻一刻蛇行のパターンを変える。
③蛇行は、水量がごく少ないときに発生し、多すぎると一気にまっすぐ流れる。
④蛇行は何秒かのサイクルで同じパターンが繰り返される。

蛇行する水

 水の蛇行は単純に地形的な要因だけではなく、水自体の物理的な性質が関係しているようだ。  
 これを解明する学問は水理学といって、複雑な微分方程式の知識が必要らしいので、難しくて私には分からない。また、水理学者の関心は「洪水を防ぐにはどういう形で川をコンクリートで固めたらよいか」というところにあるので、「なぜ水は蛇行するのか」という単純なテーマはあまり研究されていないようである。
 ただ感覚的な言い方をすると、水というものは丸くなりたがる性質を持っているのではないかと思う。水は川のように線形になっている状態よりも、水滴や池の水のように丸く固まっているほうが好きなのではないだろうか。人間は水が勢いよくまっすぐに流れている状態を好むが、水にとっては迷惑千万で、早くしかるべき窪地に流れて澱んで丸くなりたいから急いでいるだけなのだ。しかし行けども行けども安息の地には到達しない。早く丸くなりたい。そこで水は考えた。
「流れながら丸くなればいいのではないか」
この答えが「蛇行する流れ」である。だとすれば水という奴も脳細胞がないわりになかなか賢いところがある。

 ビーチリバーは同じく国道134号線の三浦海岸でも頻繁に見られる。
 川を暗渠にしなければならないほど海岸沿いに住宅が密集し、しかし海岸までは埋め立てられておらず、合流できるような大きな川が周りにない、という3条件を満たすときにビーチリバーは現れるようだ。人間による埋め立てという圧力と、自然による河川の合流という圧力にさいなまれながらも砂浜という真空地帯でニッチに生き残る独立河川。
 
 しかしよく観察すると、ささやかに生きるこのビーチリバーを脅かす構造物があることが分かった。それはビーチリバーをすっぽりと覆うように砂浜に埋設されたコンクリート管である。
 ビーチリバーは、流れは細いが蛇行しているので横切ろうとしても一跨ぎというわけにはいかない。砂浜を散歩する人が横切ろうとすると砂の中に足を突っ込んで足がどろどろの砂だらけになる。
 このコンクリート管はそういうことを防止するために作られたものと考えられるのだが、陸上で暗渠にされ、砂浜上でも暗渠にされたビーチリバーは、波打ち際でわずかに排出口を見せるに過ぎない。やっと活路を見出したのに、全区間暗闇生活を強いられるビーチリバーの心情はいかばかりであろうか。私はこのコンクリート管を「ビーチリバーキラー」と名づけることにした。

43 夏のドブ川(前編)

  夏のドブ川 

 ドブ川は夏にくさく、冬はあまりにおわない。
 これは誰でも経験上知っている。
 しかしドブ川に流す排水の質は夏も冬もあまり変わらない。
 なぜ排水の質が変わらないのに夏だけくさくなるのかというと、夏は水温が高いので好気性微生物の活動が活発になって酸欠気味になり、酸素を使わない嫌気性細菌が活躍するからであろう。

 嫌気性細菌が酸素を使わずに有機物を分解すると、メタン、硫化水素、メチルメルカプタン、ジメチルサルファイドといったガスが出る。このうちメタン(CH)は無臭だが、その他のガスはイオウ(S)を含むことが多く、イオウを含むガスはくさい。
 なぜイオウを含むガスがくさいのかは私もよく知らないが、イオウの化合物は人間の体に不可欠な反面、関与の仕方を間違えると生命に危険を及ぼすから、そんなイオウ化合物のガスのにおいを不快に感じて避けるという能力は人間の生き残りに一役買っている、ということは言えると思う。
 ともあれ、これらの悪臭ガスを出す嫌気性細菌の活躍が、夏には顕著になり、冬は沈静化する。別な言い方をすると水温が高いとドブ川の有機物は積極的に分解され、低いとあまり分解されないまま海に流れる。

  初夏のドブ川(河口近く) 初夏のドブ川(見やすい画像に差し替えました。H25.8.11)

 ではなぜ、水温が高くなるとなぜ嫌気性細菌や好気性微生物の活動が活発化するのか?
 このことは残念ながら生物学の本ではなかなか触れてくれない。
 水温が高くなりすぎると細菌は死んでしまうということは書いてある。細菌の細胞を構成しているタンパク質は48℃以上に熱すると破壊されてしまうからである。一部の好熱性の細菌以外はこの温度を超えると生きることが難しくなる。
 しかしこれでは、例えばなぜ水温が5℃の水よりも水温25℃の水のほうが細菌が繁殖しやすいのかが分からない。生物学はこの重要で基本的な仕組みを説明することに対して、かなり消極的である。なぜ消極的かというと、おそらくこの問題は生物学の知識だけでは解けないからだと思う。生物学者はそれでいいかもしれないが、私は困る。
 そこで調べると次のようなことが分かった。

  ①生命を維持するには体の器官を動かす必要がある。
  ②器官を動かすにはエネルギーが必要である。
  ③生物は、食べ物という「炭素の化合物」を摂取し、次に酸素を摂取し、次に酸素で食べ物を燃やし(酸化)、エネルギーを得て、アデノシン3リン酸という「すぐにエネルギーに変えることのできる物質」を得るという化学反応を行う。
  ④これを呼吸という。
  ⑤つまり呼吸は化学反応によって成り立っている。
  
  ⑥化学反応は、温度が高いと活発化し、温度が低いと沈静化する。
  ⑦よって、温度が高ければ生物の呼吸活動は活発になる。
  ⑧嫌気性細菌は呼吸でなく発酵を行うことでエネルギーを得ているが、発酵の仕組みも基本的には呼吸と同じである。
  ⑨よって、水温が高くなると細菌の活動が活発になる。

 
 はフランスの化学者ラボアジエが、はスウェーデンの物理化学者アレニウスが、はフランスの細菌学者パストゥールが発見した。このようにこの問題は生物学と化学と物理学にまたがっている(※1,2,3)。
 しかしこれではまだ納得できない。どこが納得できないかというとのところである。なぜ温度が高いと化学反応は活発化するのか。
 
 アレニウスの説によればこうである。
 
  (1)化学反応が起きるには分子と分子が衝突することが必要である。
  (2)温度が高いと分子の運動が活発になる。
  (3)つまり温度が高いと化学反応が起きやすくなる。
 このうちの(2)のところが分からない。なぜ温度が高いと分子の運動が活発になるのか。
 
 この問題を解くには物理学のうちの熱力学という学問を当たればよいであろう。
 しかし困ったことに熱力学の入門書はいつも、「物質Aと物質Cが熱平衡にあり、物質Bと物質Cも熱平衡にあるとき、物質Aと物質Cは熱平衡にある」という理解不能な解説から始まり、次いで難解な微分方程式の解説に突入してしまう。
「なぜ温度が高いと分子の活動が活発になるのか」という観点は熱力学にはない。
「なぜ分子の活動が活発になるのか」というギモンの前に、「なぜ熱力学は温度と分子の活動の関係を説明してくれないのか」というギモンが立ちはだかってきた。
 
 この問題を解決するにはもっとやさしい本、すなわち1ページ目に平気で微分方程式を載せたりしない本を読まなければならない。そこで分かったことをまとめると以下のとおり(※4)。

・「温度」に関する概念は、一般人と熱力学者ではかなりかけ離れている。
・一般人の感覚は、触って温かければ「温度が高い」、冷たければ「温度が低い」である。
・しかし熱力学の世界では、分子の運動が活発な状態を「温度が高い」といい、活発でない状態を「温度が低い」という。

・ここで重要なのは、「分子の運動が活発になった結果として、『温度が高く』なった」のではなく、「分子の運動が活発な状態を、『温度が高い』と言うことにした」という点である。
・逆も真なりで、「温度が高い」から「分子の運動が活発になる」のではなく、「温度が高い」と「分子の運動が活発である」は同じことを言っている。
・つまり温度は分子の運動の活発さを客観的に計測する単位に過ぎない。

・ところで、「温度が高い物体」(分子の運動が活発な物体)が「温度が低い物体」(分子の運動が活発でない物体)に触れると、その活発さが伝わる。それを伝えている何者かのことを「熱」という。
・例えば、100℃のヤカンを37℃の手で触ると熱い。このときヤカンの金属分子の活動は、手のひらの細胞の分子よりも運動が活発である。ヤカンから手のひらに「活発さ」が伝わること、それが「熱」を感じるということである。100℃のヤカンを触わると活発さが伝わりすぎて手のひらが急激な酸化反応を起こす。つまりやけどする。

・このように「温度が高い状態」(=分子の運動が活発な状態)は、熱を介して「温度が低い状態」(=分子の運動が活発でない状態)のものに伝達する。これを熱伝導という。
・つまり水温が高くなる(水分子の運動が活発になる)と、水中の細菌は熱を介して水分子から活発さを伝達してもらえる。よって細菌を構成する分子の化学反応が活発になり、呼吸が活発になる。
 
 
 熱力学には「『分子の運動が活発であること』を『温度が高い』と呼ぶことにする」という前提があり、その前提を踏み台にして応用問題を解く学問であるから、誰も前提自体には触れようとしないだけなのであった。
 私は熱力学がこのような奇想天外な前提で運用されているとは思わなかった。要するに私のギモンは、
「なぜスピードの速い車が目的地に早く着くのかを自動車教習所は教えてくれない!」
と嘆いているのと同じなのであった。恥ずかしい。

 しかしながら、この前提も昔からあったわけではなく、アメリカ出身の物理学者ランフォード伯によって発見されたものに過ぎない。それよりも以前は「温度が高いというのは「熱素」という物質が充満している状態のことである」と思われていたのであるから、私のギモンもまんざら赤っ恥ではない。
 ともあれ、物理学と化学と生物学と4人の科学者の理論によって夏のドブ川はくさくなる。大変勉強になるのである。 (第44章 夏のドブ川(後編)につづく)


<参考にした書籍とウェブサイト>
※1 パストゥール (1967年) (岩波新書) 川喜多愛郎 
パストゥールはワインの発酵からビールの醸造、狂犬病まで多岐にわたる研究成果を残したが、私が一番面白いと思ったのはカイコの病気の研究である。1840年代からフランスではカイコの病気が大流行し、これがトルコ経由でアジア方面に蔓延した結果、日本の生糸が大量にフランスに輸入されるようになる。開国直後の日本でなぜかいきなり製糸業が盛んになったり、官営富岡製糸場(群馬県)の創設にフランス人技師が絡んでいたのは、どうもこういう背景があったようである。本国フランスでは1870年、パストゥールが「蚕の病気に関する研究、その防除と再発の実際的方法」を発表して解決を見るが、日本人は例によって苛烈をきわめた勤勉さで製糸業を発展させ、日本の殖産興業に資していく。

※2 『ラヴォアジェ傳』 エドアール・グリモー・著 江上不二夫・訳 白水社 1941年7月 
徴税官でもあったラヴォアジエはフランス革命後の混乱期、「フランス国民に対する不当徴税」の廉(かど)により断頭台で処刑された。その101年後に亡くなり、国葬されたルイ・パストゥールとはあまりに異なる最期であった。

※3 『反応速度はじめの一歩-化学反応の速度とは何か-』(徳島大学工学部橋本研究室のHP)

※4 理系のためのはじめて学ぶ物理[熱力学] 野田学 ナツメ社 2008年1月 
 ランフォード伯はミュンヘンの兵器工場で大砲製造の監督をしていた時に、砲身を削ると大量の熱が発するのを見て、熱の本性が運動であることを発見した、とある。私も材木を切る時にノコギリが熱くなって困ることがあるが、そのようなことまで想いが至らなかった。これからは材木を切る時もボケっとしないようにしたい。


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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

カテゴリ
「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
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