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4 ドブ川はなぜくさいのか

下水道普及率map09
下水道普及率(日本下水道協会HPより)

 東京はすでにかなり下水道が整備されているので、古典派ドブ川と呼べるものはかなり少ない。しかし千葉や埼玉辺りに行けばまだまだたくさん保存されている。  

 例えば下水道普及率の統計を見ると、東京都は99.1%、神奈川県は95.5%だが、千葉県では67.2%とかなり下がる。
 その千葉で一番低いのは北東部にある旭市で7.9%。しかしここで早合点してはいけない。この統計には落とし穴があって、下水道がそもそもまったくない市町村は含まれていないからである。千葉県にはそういう市や町が19個あって、このようなところにこそ古典派ドブ川が潜んでいる(※)。

 私がよく行くのは太平洋岸の九十九里海岸である。九十九里海岸沿いは古典派を育む要素を2つ持っている。
 まず下水道がない町がいくつかある。普通、下水道がない町では、家庭の排水を自宅の浄化槽できれいにして排水溝に流すので、理論的には川に汚水が流れるということはない。しかし下水道のまったくない町では、昔から建っている家については、トイレ以外の排水すなわち洗濯や台所の水はそのまま排水溝に流してもよいという法律上の特例があって、これが古典派を生む。  
 
 二つ目の要素は地形である。九十九海岸沿いの平野は、海に打ち寄せる砂が長年堆積しつつ地殻変動で隆起してできた。この砂が海岸と平行な細長い砂丘を何本も作る。すると山側から流れてきた川はこの細長い砂丘に阻まれて、細長い砂丘の間の低地に滞留する。滞留する水は腐る。

 下水道が普及していないことと水はけが悪いこと、これが社会科的な面から見た古典派ドブ川の二大成立要件といえる。
 しかしそれだけでは、いかにしてかくも黒く、臭いドブ川が生まれるのかが分からない。これを解明するには理科的な説明が必要となる。

*  *  *  *  *

 ドブ川には汚さに応じていくつかのランクがある。
 よく、下水道のパンフレットなどでは川を、①イワナが棲めるような川、②コイやフナなら棲める川、③魚の棲めない川、の3段階に分類しているが、実際はもっと複雑である。きれいな川はどこも似ているが、汚いドブ川はバリエーションに富んでいるものだ。あまり仔細に描写するのは憚られるが、汚いドブ川をましな順に並べると次のようになる。

①水は透明だが底に茶色い藻が生えている。においはくさくない。
②水全体が緑色で底が見えない。少しくさい。     
水面

③水は少し濁って底に黒いヘドロがたまり、その上に白い綿のような物体がところどころにできている。くさいが、まれに魚はいる。
④水が白く濁り、水面には油やカスが浮いて、川底全面に白い綿が広がってその下にヘドロがある。強烈にくさく、魚もいない。

 ①②は安心して見ることができるが、④のレベルになると未知の生命体を見ているような気分になる。
 しかしここで橋の上で立ち止まって冷静に考えてみると、この臭いと黒ずみと白い綿の関係がよく分かっていないことに気付く。ドブ川の臭いは水から発しているのか、黒ずみから発しているのか、はたまた白い綿か。
 
 普通、汚れた水を川に流すと、水中の植物プランクトンや魚の栄養分となって摂取されて別の物質に変わる。これがよくいう自然の浄化作用で、次のような作用が働いている。
 
 汚水の中の栄養分+酸素→ (生物が摂取) →熱+二酸化炭素+水
 
 生物は食べた栄養分を酸素で酸化し、熱を発生させる。この熱が生物の生きるエネルギーとなる。汚水が増えるに従って彼らはフル稼働して浄化してくれる。ところがこれには限界がある。水中の酸素が足りなくなって生物が死んでしまうからだ。

 ここで嫌気性細菌というものが登場する。嫌気性細菌とは酸素がない場所でも生きられるタイプの細菌のことで、例えば人間の内臓の中にいる菌はこれである。
 私たちは酸素を吸って栄養分を燃やして生きるタイプの生物なので、生物は酸素がなければ死んでしまうと思っているが、実は生物が生きるために必要なのは熱(エネルギー)である。酸素は栄養分を燃やして熱を得るために効率的なだけで、熱さえ得られれば酸素がなくてもかまわない。だから酸素がない世界では嫌気性細菌が繁殖する。彼らはどうやって生きているのか。

 嫌気性細菌は下水の中に含まれる硫酸塩という物質を分解して熱を得ている。硫酸塩とは硫黄の原子(S)と酸素の原子(O)がくっついたもので、化学記号でいうとSO4 2-と書く。嫌気性細菌は硫酸塩(SO4 2-)の中の酸素原子(O)を分解して取り出し、これを下水の中の栄養分にぶつけて化学反応を起こし、熱を得る。
 
 ところで酸素はともかく、私たちは下水に硫黄を流しているつもりはない。
 ところが硫黄は人間の食べ物に多く含まれていて、例えば飯を炊くとモワーンと出てくるにおい、あれはコメの中の硫黄化合物のにおいである。硫黄を含有する温泉に行くと腐った卵のようなにおいがするが、硫黄泉と腐った卵が同じにおいがするのは当然で、卵には大量の硫黄化合物が入っている。タマネギもニンニクもラッキョウも硫黄化合物を含んでいる。このように硫黄は人間の食べ物の中にあふれているので、これが硫黄化合物や硫酸塩という形になって下水中に排出される。 
 
 前記の化学反応が起きるとき、硫化水素というガスが出る。これは例の卵の腐ったような臭いの有毒ガスで、これがドブ川の悪臭の一因になる。さらに硫化水素は川底の泥の中の鉄分と化学反応を起こして硫化鉄を作る。硫化鉄は黒い色をしている。だからヘドロは黒い。

 それにしても酸素がなくても生きていける細菌がいるということは、地球から酸素がなくなって人間が絶滅してもこれらの細菌は生きていけるということでもある。生命というものはなんと多様な手段を用意しているものかと思う。しかし人類滅亡後の世界がドブ川の底で先駆的に実現されているのだとするとちょっと怖い。

※下水道のない農村には、「集落排水」というミニ下水道を作って排水をきれいにしているところがある。また、下水道がなくても、トイレ以外の排水をきちんと処理できる浄化槽(「合併浄化槽」という)があれば川の汚染は防げる。しかしこれらは下水道普及率のデータには載ってこない。なぜ載らないかというと、「下水道」は国土交通省、「集落排水」は農林水産省、「浄化槽」は環境省の管轄だからという、よくあるお役所の事情のためである。しかしその不合理はお役所も自覚しているらしく、この3つを合算した「汚水処理人口普及率」(=何らかの手段で排水が浄化されている率)というものが発表されている。(H22.7.28加筆訂正)

(おすすめ参考書籍)
社会微生物学―人類と微生物との調和生存 共立出版1992年 ジョン・ポストゲート著、関 文威 訳
人間の生活に硫黄は不可欠。その硫黄は植物から摂る。植物は土壌から硫酸塩を摂る。硫酸塩は細菌の作用によって生成され(ドブのポジションはここ)、そのモトは動物や植物の腐敗物。このように硫黄は地球を循環している、ということもやさしく説明してくれる一冊。

(修正・追記)
修正用雑記帳1:下水道のない地域の下水処理は複雑なことになっているらしく、そのあたりを修正・追記した。
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8 モヤモヤ藻

モヤモヤ藻

 ドブ川には必ず藻が生えている。
 きれいなドブ川にはきれいな藻が、汚いドブ川には正体不明の不思議な藻が生えている。
 それらの中で一番目にすることが多いのは、灰茶色のモヤモヤした藻である。水草のような長細いぶよぶよした形をしていて、流れに身を揺らせている。ドブ川のどんよりした印象を助長するような外観で、ごみか何かと間違えて嫌われる。

 このモヤモヤ藻はよく目にするわりには生態があまり知られておらず、専門家に聞いても知っている人は少ない。藻類の中でもノリやワカメは食用になるので研究も進むが、淡水、しかもドブ川に生えるものは何の役にも立たないので関心を持たれないのであろう。しかしモヤモヤ藻もちゃんと役に立っているのである。

 ある日私はテトラポットのある海岸で潜っていた。
 少し濁った海で、テトラポットにはドブ川のモヤモヤ藻に似たものが付着している。
 モヤモヤ藻には気泡が無数に付いていた。
 藻に手を触れると気泡はサイダーのように水面に向かって放出され、しばらく時間がたつとまた藻に気泡が付いた。モヤモヤ藻は光合成で酸素を出しているのであった。

 私は光合成をするのは緑色の葉っぱだけだと思っていたが、光合成自体は何色の葉っぱでもできるようだ。
 陸上植物の葉っぱが緑色なのは、空気中においては緑色が一番光を吸収するのに効率がよいからであって、光の波長が完全に届かない水中ではコンブやノリのように茶色や赤色の葉を持つのが効率がいいらしい。

 モヤモヤ藻が酸素を作ってくれていることを知って、私は認識を新たにした。
 酸素を作ってくれるから認識を新たにするというのは手前勝手な人間中心の考え方であるが、とにかくこれをきっかけにモヤモヤ藻が気になりだした。海の中のモヤモヤ藻とドブ川のものは種類は違うものの、おそらく仲間であろう。
 
 私はあまり汚くない川を選んで入って、底のモヤモヤ藻をつまんでみた。
 すると水草のような形をしていたモヤモヤ藻は、つまんだ途端に泥のように崩れて水滴になって川面に滴り落ちてしまったのである。これはどうしたことであろうか。
 調べてみるとモヤモヤ藻の正体は珪藻という単細胞生物の集合体であるらしかった。
 単細胞生物はふつうプランクトンのように水中を浮遊して生活するが、珪藻の場合は寒天質の粘液を出して岩や別の藻にくっついてモヤモヤと群れることができる。したがって珪藻は水草のような形をしているが実態は単細胞生物の群れといえる。
 珪藻は1億年以上昔から地球上に生息している生物で、特徴は非常に多くの種類があることである。汚れた水、強酸性の水、氷河の下、それぞれに対応できる種がいる。きれいな水の中だとほかの高等生物が生息できるのであまり繁殖しないが、ドブ川など他の生物が生息できない環境では俄然生命力を発揮する。

 それにしても前に調べた嫌気性細菌といい珪藻といい、ドブ川の生物相には感心するばかりである。水草のような形をしていながら単細胞の集合体だというところもニクい。なにやら小魚が団結して大きな魚の形をして外敵に対抗する「スイミー」の童話に似ている(※)。
 ずいぶん汚らしい格好のスイミーではあるが、魚のスイミーは脳細胞を持った高等生物であるのに対してモヤモヤ藻は何も考えない単細胞生物である。それなのに団結できているところがすごい。スイミーの話は「知恵と勇気の大切さ」を教えてくれるが、モヤモヤ藻は「知恵と勇気」がなくても団結だけはできることを証明してしまっている。そういう点では、教育上よくない生物といえる。だから学校の授業でもで教えられず、知っている人も少ないのかもしれない。

※「スイミー」の主題は、実は団結の大切さではなくて、個性を持ったスイミーが魚の目という個性的な役割を演じるところにあるらしい。知らなかった。                                                                                 「名作絵本スイミーの真相」のページ

13 ウンコ問題

お米

 ドブ川雑記帳はドブ川の話であって下水道の話ではないのだが、下水道の仕組みがわかるとドブ川探索がさらに面白くなるので、少々脇道に逸れることを許してほしい。

 下水道は子供の社会科見学にうってつけのテーマらしく、下水道資料館などに行くと小学生向けのパンフレットが山ほど用意してある。ドブ川好きの大人のためのパンフレットなどというものはないので仕方なくそれを読むと、そこにはたいていこういうことが書いてある。

「コップ一杯のコメのとぎ汁を薄めて魚が棲めるようにするには、ふろ桶2杯分の水が必要です。コメのとぎ汁は庭にまいて肥料にしましょう」

 同様に牛乳コップ一杯はふろ桶11杯が必要で、マヨネーズ大さじ一杯は13杯必要などといったことも書いてある。これを読むと「これからはコメをといだ水は植木鉢に撒こう」などと思うのだが、私にはどうも引っかかるところがあった。そこである下水処理場の人に質問をぶつけてみた。

「ウンコやオシッコのことはどうして書かないのですか」
 下水の主成分はいうまでもなく人間の排泄物である。だからこれに触れずにコメのとぎ汁あたりを論じたところで、周辺部分をつついているに過ぎないのではないかと思ったのである。
 するとこういう答えが返ってきた。

「そういったものは確かに「多く」て「濃い」のですが、まず努力できるところから、ということでして・・・・・・」
 住民に対して「ウンコやオシッコをするな」とは言えない、ということであるらしく、言われてみれば当然の話ではある。しかし話を聞いていると、下水処理場の敵はウンコではないらしいことも分かった。下水処理場はもともとウンコを浄化するための施設なので、それらがいくら流れて来ても問題ない。敵は別の方角にあった。

「油をよく使う飲食店が多い地域はね、すごいんですよ」
油をよく使う飲食店とは中華料理や油ギトギトのラーメン店などであろうか。
 そういえば横浜などでは中華街の排水が流れる下水管は詰まりやすいという話を読んだことがある。下水管に油分が入るとコレステロールのように付着して詰らせた挙句にはがれて、巨大なごみとなって浮遊するという。
 下水道の真の敵は一にも二にも油で、だから下水のパンフレットにはしつこく「油を流しに捨てないで」と書いてあるのだ。ほかにも洗髪で流れてきた髪の毛もものすごい量なのだという。
 これからはラーメンの汁が残ったら野菜炒めの味付けにでも使って、風呂場の排水口には髪の毛取りの網を付けることにしよう。
 
 もう一つ聞いてみた。
「下水処理場から放流される水は微妙なにおいがありますよね。あれは薬品のにおいなのですか」
 下水処理場で浄化された水は海や川に放流する前に殺菌しなければならないので、消毒薬として塩素を投入する。しかしそれは放流水のにおいの要因としてはわずかなもので、大部分は取りきれなかったウンコやオシッコのにおいなのだそうだ。なんだそうだったのか。

 しかしこの問題は根深い問題を感じさせる。それは、取りきれないのはにおいばかりではないからだ。人間のオシッコの中には「尿酸」と呼ばれる物質が大量に含まれていて、対外に放出されるとアンモニアに変わる。悪臭成分の原因物質としてあまりに有名なこの物質はさらに下水中で「硝酸態窒素(NO3-)」という物質に変化する。これが普通の下水処理では除去しきれない。

(オシッコの仕組み)
オシッコの中の尿酸 →体外でアンモニアに変化 →下水中で硝酸態窒素に変化 →除去しきれずに海中へ →プランクトンの餌になる →大増殖して赤潮になる →海中が酸欠になる →プランクトン死滅 →嫌気性細菌が登場する →硫化水素発生


 下水処理場はおおざっぱな言い方をすれば、有機物で濁った水を透明にするための施設であって、水に溶け込んだ無機物、例えば食塩水の塩分とか医薬品成分とか硝酸態窒素といったものを除去するのは得意ではない。
 下水処理場に流れてくる下水はBOD100mg/l以上という猛烈に汚い水(※)だが、下水処理場はこれを5mg/lくらいまで浄化する能力をもっている。BODとは、「ある水の中に含まれている有機物を、生物が分解するとしたらどれだけの酸素が必要か」という尺度で表す単位で、つまり下水処理場は有機物を取り除く能力がとても高い。
 その一方で、硝酸態窒素に関しては50%くらいしか取り除けない。ハイテクを駆使した最新型下水処理場でも70%取り除ければ優秀なほうである。
 
 ところがオシッコが昔肥料として使われていたことからわかるように、硝酸態窒素は栄養分に富んでいる。

(オシッコが肥料になる仕組み)
オシッコの中の尿酸(生物にとって無毒)→体外でアンモニアに変化(有毒)→肥溜めで発酵させて硝酸態窒素(無毒)に変化させる→畑に撒く→根から吸収(→しかし撒き過ぎると地下水に溶けて有毒に)
 

 これを例えば東京湾に流すと、プランクトンの格好のえさになって彼らが大繁殖し、いわゆる赤潮状態になる。プランクトンは酸素を消費して生きているので、大発生すると海中に溶けている酸素が不足して魚が死に、プランクトンも共倒れで死ぬ。
 
 その後に登場するのが酸素を使わなくても生きられる「嫌気性細菌」で、彼らが出す硫化水素で悪臭発生と相成る。さらに悪いことに、東京湾は埋立てすぎて水の流れが悪くなったりして、環境を浄化する自然のシステムに欠けている。例えばここに自然の干潟があれば、嫌気性細菌を繁殖させずに有機物を分解することができるのだが、東京湾にはそれがほとんどない。

 このことは夏場に東京湾の遊覧船に乗ると実感できる。下水処理場のようなにおいが濃縮されて潮風に乗って鼻腔をノックアウトする。田舎のドブ川は、その場を離れればにおいを嗅がずに済むが、東京湾の場合は面的な広がりで襲ってくる (と言っても自分で乗船券まで買って近づいているのだが)。

  夏の東京湾(日の出桟橋)
  夏の東京湾(日の出桟橋)

 東京の下水処理場は、ハイテクを駆使して必死に浄化しているようだけれども、やはり1000万人のオシッコの硝酸態窒素の半分(ややこしいな)を取り除けずに海に流しているという事実は重い。かといって私たちはオシッコをしないわけにもいかない。一体どうしたらいいんだ。
 
 このように考えると暗くなるが、これを逆に考えてみると面白い。
 ①アンモニア(硝酸態窒素)は赤潮プランクトンを増殖させるが、同じ原理で畑の野菜も成長させる。
 ②そのため、昔から硫酸アンモニウムという物質が肥料として作られている。
 ③硫酸アンモニウムは硫酸とアンモニアから作る。
 ④硫酸は、下水管のなかで発生した硫化水素がある細菌に分解されたときにできる物質である。
 ⑤アンモニアと硫酸が下水から発生するのなら、それを使って肥料を作って一儲けできるのではないか。
 
 私はこの天才的なアイデアに興奮したが、結論からいうと下水から硫酸を取り出すのは難しいらしく、こういう製法での肥料は作っていないようであった。
 しかしアンモニアを取り出すのは技術的に可能で、愛知県豊橋市の処理場では、下水の処理過程で出る硝酸態窒素から肥料を作っていた。しかも一儲けしないで無料で配っているという。オシッコはちゃんと肥料になっていたのであった。いつの間にかウンコ問題がオシッコ問題になってしまったが、とりあえずよかった。

(H22.9.25 アンモニアに関する記述が間違っていたので修正しました。)

※昭和36年の隅田川の水質がBOD38mg/l。BOD100mg/lを超える川は、小河川などで局地的にはあったようである。

参考ページ
東京都水再生センターのページ(各センターをクリックすると流入する下水の水質と処理後の水質が分かるようになっている)

横浜市のHP(微生物の作用で、アンモニア→硝酸→窒素という手順で下水中のアンモニアを除去する仕組みを解説)

14 ドブと温泉とゆで卵とメタン

隅田川(浅草付近)

「メタン沸騰する隅田川」。
 昔の資料を読んでいると、こんなタイトルの新聞記事が出てきた。
昭和40年代の隅田川は、水面にメタンガスが沸騰しているように見えるほど汚染がひどく、目が痛くなるほどだったという記事である。
今でもドブ川からメタンガスが微量に出ているのを見ることがあるが、隅田川級の大きな川でメタンガスがボコボコと噴き出てきてしまったらそのにおいは相当なものだろう、そう思った。

 ところでメタンガスはどのようなにおいのガスなのだろう。ヘドロや豚のフンのようなにおいだろうか。あるいは人間のオナラ、あれもメタンガスのかたまりだからあのようなにおいに近いのだろうか、まあそんなところだろう。そう思って調べてみるとメタンガスは無臭なのであった。
 
 われわれの生活のなかで最も身近なメタンガスは都市ガスである。
 都市ガスは漏れると悪臭がするが、これは漏れた時にすぐ分かるように人工的ににおいを付けているだけで、都市ガスのメタンはもともと無臭である。
 メタンが無臭ならオナラも無臭、ドブ川も無臭のはずではないか。私がメタンのにおいと思っていたドブ川のにおいは何なのか。逆上してある下水道局に尋ねてみた。どうも私のドブ川探求は各地の下水道局の仕事の邪魔ばかりして心苦しいが、逆上しているので仕方がない。

「それは硫化水素のにおいです。あと排泄物に含まれるメチルメルカプタンといった物質も悪臭を放ちます。」
 
落ち着いて考えれば確かにそうだ。ドブ川はメタンのほかにも硫化水素を出していて、私もさんざんそのことを書いている。硫化水素は腐った卵のにおい、メチルメルカプタンは腐ったキャベツのにおいの有毒ガスである。ドブ川のにおいの成分はそれらであって、メタンは関係していないというのである。
 でもメタンってくさいガスだと思われていますよね?

「メタンは、日常生活では硫化水素やメチルメルカプタンなどと一緒に発生する場面が多いので、それらの悪臭と混同されてくさいイメージがあるのでしょう」

 メタンのえん罪が晴れたところで、私は面白いことに気が付いた。
 悪臭の原因として名指しされた硫化水素( HS )も、メチルメルカプタン( CHS )も、その分子中に硫黄(S)を含んでいるということである。また、にんにくやたまねぎに硫黄の化合物が入っていることは前に述べたが、それらを素手で触ると後でいくら手を洗ってもなかなかにおいが落ちない経験をしたことのある人はいると思う。硫化水素を豊富に含むヘドロに足を突っ込んでしまったときなどもそのにおいがなかなか取れない。
 どうも硫黄が絡むと危険でくさいガスが発生する上に、そのにおいがなかなか取れないという共通現象があるようである。硫黄は生命の維持に必要不可欠な反面、危険でしつこい側面を持っていてなかなか興味深い。なのでまたひとつ気になることが出てきた。それは、

 「硫化水素は腐った卵のにおいというが、では腐った卵は硫化水素を発しているのか」

ということである。どんどん脇道に逸れるが、こういうことは気になったときに解明しておかないといけない。
 私は卵を腐らせたことがないので実際に腐らせてみたかったが、そうすると家族に叱られるので他人が調べたものを参照した。まとめるとこういうことである。
 ・腐った卵は硫化水素を出している。卵の中の「含硫アミノ酸」という物質が硫化水素を生む。
 ・ゆで卵も硫化水素を出している。含流アミノ酸に熱が加わって硫化水素を生む。
 ・生卵は、それほど熱が加わっていないので硫化水素が発生しない。だから生卵は卵のにおいがしない。
 ・しかし硫黄自体は無臭の物質である。 

 なんと、腐った卵だけでなく腐っていないゆで卵も硫化水素を出しているのであった。
 実際に卵を20分くらい茹でてみるとそれらしいにおいが出る。食べてみると黄身は無臭で、硫化水素のにおいのするのは白身のほうであった。白身のほうに含硫アミノ酸が含まれていて、硫化水素を発するようである。一方、黄身のほうは鉄分を豊富に含むのでそれが硫化水素と反応して硫化鉄とおぼしき黒ずみを生じている。

  ゆでたまご

 こうしてみると硫化水素はわりと身近に充満している物質といえる。
 温泉街の「硫黄のようなにおい」も硫化水素だし、おならも硫化水素。毒性のある怖いガスだと思われているが、低濃度のものは温泉の有効成分になっているくらいで、ドブ川のにおい程度の濃度であれば健康に影響はなさそうでもある。
 それにしてもドブ川とゆで卵と温泉のにおいが同じだというところが面白い。興味深くて確かめたい仮説がまだまだあるので、最後にそれらを列挙したい。

 仮説1 温泉街にドブ川があってもにおいを感じないはずである。
 仮説2 温泉旅館でゆで卵を食べてもにおいを感じないはずである。
 仮説3 温泉街で放屁してもばれないはずである。

 ばかばかしくて呆れられると困るので生活に役立つ仮説も挙げたい。
 仮説4 硫化水素は銅や銀と反応しやすい。ということは、皮膚にこびりついたニンニクやヘドロのにおいは、銅(10円玉など)をこすり付けて化学反応させてしまえば取れるはずである。

参考:
東京湾環境情報センターの資料(昭和36年の都内の河川の水質マップやごみに埋もれた当時の川の写真を掲載)
雑学解剖研究所のHP(身近な科学を分かりやすく解説)

(おすすめ参考書籍)
社会微生物学―人類と微生物との調和生存 共立出版1992年 ジョン・ポストゲート著、関 文威 訳
以前の章でも紹介したが、硫黄が腐敗や植物の成長を通して地球を循環していることを分かりやすく説明してくれる一冊。ベニスのゴンドラが黒いのは汚濁した運河の硫化水素のせい、などといった話も面白い。

(追記)
修正用雑記帳その2:仮説3を実証した。

16 川底のベギアトア

 白い川面のドブ川はいつ見てもぎょっとする。
 緑色や黒色のドブ川はメカニズムが分かっているのでもう驚かないが、白いのはいつ見てもびびってしまう。
 ドブ川が白くなる状態には二つある。
 一つは水自体が白い場合。牛乳でもせっけん水でもそうだが、水が白くなるというのは、ある物質が水に溶けずに非常に微細な粒子で浮遊している状態である。だから白いドブ川はたとえば洗濯排水のせっけん分や、汚泥の分解で生じた硫黄の粒子などが細かく浮遊しているのだろうと考えられる。

白濁したドブ川水自体が白いドブ川(縮小掲載しています。拡大したい人はクリックしてください)

 二つ目は、これが問題なのだが、水は透明なのに底に白いスライムのような物体が広がっている場合である。  以前「モヤモヤ藻」の章で珪藻のことを調べたが、珪藻は灰褐色で、あまりにおいのしないドブ川に出現するのに対して、このスライムは真っ白で強烈なにおいのドブ川に発生する。この気味の悪い物体は何なのか。

 残念ながら私にはこの物体を採取する勇気がなく、分析するための器具もないので例によって専門家が調べたものをあたることにした。
 この分野を扱う学問は微生物学といい、細菌や単細胞生物を顕微鏡で分析するミクロの世界である。一方で、下水中の微生物をどのように排除するか、または利用するかということは下水処理の技術者にとっても重大な関心事であるらしく、彼ら向けの技術書にも詳しい。

 白いスライムの正体はベギアトアという細菌であった。澱んだ水路に生息し、酸素のある水中とその下の酸素のないヘドロの境目に薄い綿のように平たく広がるという。意外なことにこの細菌は水中に酸素がないと生きられないのであった。正体がわかったところでじっくり観察するべく、よく晴れた9月のある日、ベギアトアの生息するドブ川に行ってみた。

ベギアトアの繁殖したドブ川ベギアトアの生息するドブ川(縮小掲載しています。拡大したい人はクリックしてください)


 ドブ川はいつものように力いっぱい硫化水素を発していて、白いベギアトアがびっしり繁殖していた。薄い膜のように広がってはいるが、ところどころに穴が開いてちぎれたりしている。穴の下には黒いヘドロが見える。ベギアトアはこんなところでどうやって生きているのか。
 酸素の少ないドブ川では、水中の硫酸塩が嫌気性細菌によって分解されて硫化水素が出る。これは前に調べたとおりである。このとき、硫化水素と水中のわずかな酸素を反応させてエネルギーを得る生物が出現する。それがベギアトアで、化学式で表すとこうなる。

硫化水素(2HS)+酸素(O)=硫黄(2S)+水(2HO)+熱(エネルギー)

 底の黒いヘドロの中に硫化水素を発する嫌気性細菌がいて、ベギアトアはそれらを覆うように広がって、ヘドロから発生する硫化水素をキャッチしつつ、頭上を流れる汚水から酸素を取り込む。
 こうしてベギアトアに取り込まれた硫化水素と酸素は硫黄に変わる。この時熱が発生し、ベギアトアはこの熱をエネルギー源にして汚水中の有機物を別の有機物に合成し直して成長していく。
この過程は、人間でいうとカロリーのある食べ物を食べて熱を発生させ、その熱をエネルギー源にして肉や魚を消化していく過程に相当し、硫黄と水を排出する過程は人間でいうところの大便と小便に相当するといったところか。

 ベギアトアは硫化水素をエネルギー源にできるという画期的なメカニズムを持っているといえるが、同時に酸素や有機物もないと生きていけないという点ではわれわれ動物と大差ないメカニズムだともいえる。私はベギアトアのこの中途半端さが気になった。
 例えばヘドロの中の嫌気性微生物は、酸素がなくても硫化物があれば生きることができ、酸素があると死んでしまう。逆に人間は酸素がなかったり硫化水素がありすぎると死んでしまう。ベギアトアはこの中間的な環境で生きている。なぜこのような中途半端な生き方を選んだのであろうか。

 地球の歴史を見ると、酸素を呼吸して生きる生物が登場するのはごく最近のことで、植物が出す酸素が地球上に蓄積してからのことである。それ以前は酸素がなくても生きられる生物、つまりヘドロの中の嫌気性細菌のような生物の世界であったと考えることができる。
 その後植物が登場し、大気中に酸素が蓄積されると、酸素に触れると死んでしまう嫌気性細菌はどんどん追いやられた。今では陸上は酸素で覆われて嫌気性細菌の出る幕は少ないが、ドブ川やごみ捨て場など限られた場所には彼らの生きる小宇宙が存在しうる。この小宇宙を包み込んで彼らの世界に侵入してくる酸素を跳ね返してくれるのがベギアトアなのではないだろうか。あるいは小宇宙から漏れ出る硫化水素が陸上生物に有害な影響をもたらさないように、無害な硫黄に変えてくれる役割を果たしているのではないだろうか。
 白いスライム上のベギアトアは、酸素の豊富なわれわれの世界と無酸素で硫化水素が充満する小宇宙との臨界を司る門番のような生命体のように思える。


参考文献:
 
スーパーバグ(超微生物)―生命のフロンティアたち
ジョン・ポストゲート著 シュプリンガー・フェアラーク東京㈱刊
 ドブ川や火山噴火口のような極限環境に生きる微生物の生態を網羅的を分かりやすく解説。ドブ川から化学微生物学の世界に導いてくれる入門書。

マニュアルにはない水質管理 ~お金をかけずに求められる水を~
古賀みな子著 環境新聞社刊
福岡県大牟田市の下水処理場の職員が書いた実戦用解説書。ドブにいるような正体不明の生物や不思議な現象をほぼ網羅しているので、ドブの謎を解くのに好適。

 「水環境と微生物」(ミズムシさんのHP)
 水路やドブ川を丹念に観察して詳細に解説。ドブ川観察に最適。

(追記)
修正用雑記帳その3:ベギアトアとは違うが、風呂場の排水溝の白いヌルヌルと格闘してにおいを嗅いだの巻。風呂場が下水くさいときの掃除にも役立つ、かも。

36 ヘドロ(前編)

 くさいドブ川は水が汚くてヘドロが溜まっている。
 ヘドロが悪臭と汚染を再生産しているように見える。見るに堪えない。というのは正常な人の場合で、私はどうしても気になってしまって覗き込んでしまう。そしてあるギモンを抱くようになった。

「ドブ川は悪臭とヘドロを生み出していったい何をしようとしているのか」

 ドブ川はもちろん何かの意志があって流れているのではない。
 けれども汚水を元手にして何事かを成し遂げようとしているようにも見える。今までドブ川のにおいとか姿に気を取られていたが、それがどういう結果に向かって活動しているのかが気になってきた。

  さいたま市のドブ川

 これはさいたま市内にある川の写真である。左側にヘドロと茶色い泡、水は濃い灰色に濁っている。流速はきわめて遅く、いわゆる「ドブ川のにおい」がする。
 さいたま市の下水道普及率は87.9%で高いほうだが、さいたま市の南部は水はけの悪い水田地帯だったところに市街地ができたので油断するとたまにこういう川が出現する。
 この川の場合、ヘドロの堆積と茶色い泡がいかにもまずい感じである。悪臭もここから出ているのだろうし、汚染の元凶になっている感じがする。このヘドロを全部掻き出してしまえば川はきれいになるだろうに。私は最初そう思っていたのであるが、だんだんこう思い始めた。

「ヘドロは汚染の元凶なのではなくて浄化過程の副産物なのではないか。」
 こんなことを思ったのは下水処理場のパンフレットを見返していたときであった。下水処理場の仕組みはこうだ。

下水処理場の池 下水処理場


①汚水が流入すると、まず固形物(主にウンコ)を沈めて回収→
②汚水に酸素を吹き込んで水中の有機物を好気性微生物に食べさせる→
③この時出るガスは二酸化炭素なので無臭(ここで上澄みを消毒して放流)→
④微生物が沈殿して「活性汚泥」というものになる→
⑤沈殿した活性汚泥を酸素の入らない槽に送る→
⑥嫌気性の細菌が繁殖する→
⑦嫌気分解によって活性汚泥が減量する→
⑧硫化水素やメタンガスが発生する→
⑨硫化水素は脱硫装置で除去し、メタンガスは発電用燃料として利用する→
⑩減量した汚泥を⑨のメタンガスを燃やして過熱して乾燥させる


 活性汚泥とは増殖した好気性微生物の塊である。下水処理場は水槽の中に酸素を吹き込み続けるので活性汚泥は生きて「活性」したままでいられるが、酸欠(嫌気)状態になると俗にヘドロと呼ばれるものになる。つまり活性汚泥はヘドロの一歩手前の物質といえる。
 ①~⑩をもう少し単純化すると次のようになる。

汚水→好気性の分解→活性汚泥発生→酸欠状態にする→ヘドロになる→嫌気性の分解→汚泥が減る

 すると次のようなことがいえる。
・ヘドロが水を汚しているのではなく、汚水を微生物が分解した結果としてヘドロができる(②⑦の過程)。
・嫌気性細菌はヘドロを増加させるのではなく、分解役として働いている(の過程)。

これはドブ川にも言えることなのではないだろうか。ドブ川の仕組みは下水処理場のそれとよく似ているからである。ドブ川の仕組みはこうだ。 

①汚水が流入する→
②汚水中の酸素を使って好気性微生物が有機物を食べる→
③この時出るガスは二酸化炭素なので無臭→
④酸素を消費し尽くして好気性微生物が死んで沈殿してヘドロになる→
⑤ヘドロが堆積する→
⑥その中に嫌気性の細菌が繁殖する→
⑦ヘドロの中で有機物を嫌気分解する作業が始まる→
⑧硫化水素やメタンが発生する→
⑨大気中に放出


 下水処理場とドブ川には、
・ドブ川には基本的にウンコは入り込まない(のところ)
・下水処理場は酸素を吹き込んで活性汚泥をヘドロにしない機能を持っている(のところ)
・下水処理場は発生したガスを回収する機能を持っている(のところ)
といった違いがあるが、おおむね似た仕組みで動いていることが分かる。

 であれば、ドブ川の「活動」は汚水の有機物を分解するものといえるのではないだろうか。その結果ヘドロを生み出してしまうのは汚水に有機物が多すぎるからであって、その後に登場する嫌気性細菌は有機物を分解する能力自体は高い。
 その過程で硫化水素(H2S)やメタン(CH4)を発生させてしまうが、これらに含まれる硫黄(S)や炭素(C)はもともと汚水中の有機物に含まれていたものだから、これらのガスを発生させる作業がまさしく有機物の分解作業といえる。
 ヘドロはその作業に必要な嫌気的で安定した空間を提供する役割を果たしているのではないだろうか。
 
 植物が無機物から有機物を作り、動物がそれを食べた後、どうしても嫌気性細菌の力を借りなければ元の無機物に戻すことはできない。つまりヘドロやウンコの状態を避けて無機物になることはできない。火で燃やして灰にしてしまえば無機物にできるが、自然界ではふつう火は発生しないので、有機物はウンコやヘドロにならないと無機物への分解というスタートラインに立てない。
 
 ここで実に絶妙なのは、動物が嫌気性細菌の力を借りて大腸でウンコを製造するという仕組みを体内に持っていることである。
 動物は体内に摂取した有機物を無機物に変える仕組みの端緒を体内に持っている。大腸はおそらく排泄物をウンコというコンパクトな形状に納めるためにあるのだろうが、動物は有機物の消費者であると同時に無機物への分解作業の序盤も担う不思議な生命体といえる。
 よってウンコとヘドロは無機物への分解という偉業の一過程といえるのではないか。したがってヘドロをばかにしてはいけないのではないか。

 と私は思ったのであるが、さいたま市のドブ川を見ているとこれが偉業の一過程だとはとても思えない。
下流に向かって歩いても洗剤の泡だらけの排水が流れ込んできたり、似たようなドブ川が合流して水は汚れるばかりで、偉業半ばでついに市境を越えて戸田市に入ってしまう。
 戸田市は川沿いに桜を植えたりして景観向上に努めているが、もう我慢ならないとばかり下水処理場の放流水をこの川に流して汚れを薄めている(※)。
 いくらヘドロが物質循環に不可欠だとか理屈をこねても、やはりこの状態は直観的に我慢ならない。ましてそこに住んでいればなおさらである。

さくら川(戸田市)戸田市は川の愛称も付けて全力でイメージアップに努めている

 しかしここでギモンなのは、なぜこの状態が「我慢ならない」のかということである。この「我慢ならない」という気持ちがあったからこそ下水道という施設が普及したのであるが、なぜドブ川が「我慢ならない」のかと考えると、うまく説明できない。もちろん「くさいから」「汚いから」であるが、ではなぜくさくて汚いと我慢ならないのか。
 くさくて汚いものを避けるのは人間の本能であるが、私が自分の子供で実験したところによると、子供は2歳くらいまではくさいトイレもわりと平気で入る。しかし3歳を過ぎて衛生観念を身につけるとくさいトイレを嫌うようになり、次いで汚いトイレを嫌う。だからくさくて汚いものを嫌うのは多分に衛生観念の問題だと思う。ここに少し深入りしてみたい。

「37ヘドロ(後編)」につづく)


※処理水の放流については戸田市のホームページ(PDF)に、川の汚染状況については菖蒲川・笹目川清流ルネッサンスⅡ(埼玉県ホームページ)の2,7,11,22ページあたりに記載されている。
戸田市の下水道普及率は平成22年度末で85.8%と低くはないものの、荒川沿いの低地という地形的条件からか、汚濁した中小河川を数多く抱えている。
上戸田川という別の支流では、川の水ごと浄化する設備を導入したり、川底に大き目の石を敷いて工夫しているので、その場所はすばらしくきれいになっていたが、その下流で別系統の暗渠管から生活排水が合流してしまうなど、なかなかうまくいかないように見える。

37 ヘドロ(後編)

戸田市内の状況 さいたま市から流れた川が戸田市内に入ったところ

「36 ヘドロ(前編)」から続く)

 人間は病原菌や有毒ガスを発する嫌気性分解(※)という現象をいかにコントロールするかに苦心してきた。嫌気性分解のうち無秩序で人間に害を及ぼしかねないものを「腐敗」と呼んでコントロールしてきた。

 まず自らの体内で行われる嫌気性分解の産物であるウンコを、便所という装置で隔離する。
 そのほかの腐敗は風呂、洗濯、掃除、調理という方法で遠ざける。
 その一方でヨーグルトを作る乳酸菌など、食生活に有用な特定の嫌気性細菌だけは集中培養して利用することにした。これを「発酵」と呼ぶ。
 腐敗を遠ざけ、発酵を味方に取り込んで嫌気性分解をコントロールすることは人類が長い歴史で培った叡智といえる。
 それなのにその現象が街中の川にひょっこり現れてしまうとは何事か、そういうことなのではないか。特に現代人はボットン便所を水洗トイレに進化させて嫌気性分解を完全制圧した気になっていただけに、なおさら受け入れがたいのではないか。ヘドロの追放は現代文明の沽券にかかわる問題といえる。
 
 とうまく解明できたつもりでいたら、寄生虫学の藤田紘一郎博士のエッセイでもっと切実な背景があったことが分かった。なぜここでタイミングよく寄生虫の本を読んだかというと、よく立ち寄る本屋の微生物学の棚の一角が寄生虫学のコーナーになっていたからである。
  『バカな研究を嗤うな』という題名のこの本によると、1950年代まで日本にはフィラリアという伝染病が蔓延していたという。フィラリアは人間のリンパ節の中に寄生虫が棲んで足が象のように太くなってしまったり陰嚢がバレーボールのように大きくなってしまったりする恐ろしい伝染病だそうで、感染者は働けなくなったり差別されたりした。
 ところがこの病気は戦後しばらくすると急速に撲滅されていく。その要因のひとつとして藤田博士は、下水道が整備されてドブ川が減ったことを挙げている。リンパ節に棲む寄生虫はイエカという蚊が媒介するが、イエカの幼虫つまりボウフラはドブ川に棲む。よってドブ川が減るとフィラリアも減っていく、ということであった。

 1950年代だとあまり下水道の普及は進んでいなかっただろうが、ドブ川の暗渠化は結構進んだはずだから、確かにそれは言えると思う。
 だとすればドブ川の暗渠化が景観美化や用地不足解消という動機から進められる前、伝染病対策として暗渠化が推進された時期があったのかもしれない。ヘドロを忌避するのはそういう切実な体験が強力に影響しているであろう。私はそんな切実さに思い及ばなかった自分のウッカリを恥じた。

 反省したところで次に移る。何しろヘドロは分からないことだらけなので先を急がなければならない。次のギモンは、
「ならば、ヘドロが溜まっていない川はどうして溜まらずに済んでいるのか」である。
 例えば東京の目黒川は流域の下水道普及率がほぼ100%なので水は汚くはないが、有機物や窒素化合物、リンはそれなりにある。特に窒素とリンが濃いであろう。これを栄養分にして繁殖した微生物の死骸が堆積すればヘドロになって溜まるはずである。しかしヘドロが溜まっているようには見えない。その原理が分からない。
 そこで目黒区の川の資料館に聞いてみた。なぜ目黒川にはヘドロが溜まっていないのですか。

「溜まっていますよ」

 聞くとこういうことであった。
 ①目黒川でも流れが緩やかになるポイントにヘドロが溜まって悪臭が出る。
 ②それでブルドーザーで定期的に掃除して産廃として捨てる。
 ③さらにこれ以上ヘドロを発生させないために底の水を吸い上げて高濃度の酸素を入れて底に戻すという実験を試みた。
 ④これでヘドロの発生は一応減った(ただし今はやっていない)。

目黒川その1 目黒川


 なんと人工的に取り除いているだけなのであった。この原理はこういうことであろう。
 まず次のような原理でヘドロが溜まる。
・目黒川の水は有機物は少ないが窒素分が多い
 →窒素分を植物プランクトンが摂取して増殖
 →植物プランクトンを動物プランクトンが摂取して増殖
 →動物プランクトンが酸素を消費し尽くす
 →酸欠で死んでヘドロになる。
・他にも、水源が下水処理水なので水中の酸素が少ない、河床がコンクリートなので虫や魚が棲みにくいという厳しい条件があってヘドロの増殖を助長する。
・東京湾の海水が遡上してくるので海水に含まれる硫酸イオンが硫化水素の原因物質になってにおいを出して不快感を増す。


 しかし、水中の酸素を多くしてやれば次の原理でヘドロが減る。

・窒素分を植物プランクトンが摂取
 →それを動物プランクトンが摂取
 →普通ならここで酸欠になるところだが人工的に酸素を供給するので魚が生息できてそれを摂取
 →魚を鳥が摂取
 →すなわち食物連鎖が機能する
 →生物が死んで腐敗する前に別の生物の食料として消費できる
 →その過程で魚もウンコをしたりするが、多くは活動するためのエネルギーとして酸化分解されるので総ウンコ量はかなり減量される
 →川底に溜まるヘドロとウンコも少なくて済む。
・そこで③の作業を行うことによってこれを人工的に実現する。

 
 目黒川はわりあいに条件が厳しいので苦労しているが、裏返すとそのような厳しい条件さえなければヘドロは溜まらないともいえる。すなわち、有機物や窒素、リンが多すぎず、海水が混入せず、水中の酸素が多く、魚や虫や鳥が棲める環境があればよい。きれいな川はこの環境があるのでヘドロが溜まらずに済んでいるのであろう。
 この点、さいたま市のドブ川はどうだろうか。

・有機物と窒素については、生下水なのでかなり厳しく、
・目黒川同様、東京湾の干満による水の滞留の問題もあるが、
・海水の硫酸イオンの心配は目黒川ほどシビアではなさそうで、
・河床に関してはヘドロでできた中洲にヨシが生い茂って天然ビオトープを形成しているので、わりと恵まれている、そのようなところかと思う。
 中洲にヨシが茂るなど都心の川では真似のできない風流な芸当である。しかも茂みの中からウシガエルの声がする。ウシガエルは生態系を破壊する外来種だそうなのでこれは何とかしないといけないが、それを差し引いても川の中に緑があると生きている感じがする。

戸田市内ウシガエル中州



(補足)
※嫌気性分解や腐敗という用語を便宜的に用いたが、これらは微生物学的には正確でない。しかし微生物学はこの点に関して実に不親切な説明しかしてくれないので、微生物学の入門書を読んで得た私なりの解釈を記したい。

・生物が生きるためにはエネルギーが必要で、エネルギーを得る方法は3つある。
A光合成(植物が葉を通して光のエネルギーを吸収する)
B呼吸(体外から摂取した物質(酸素や硫酸イオンなど)で、やはり体外から摂取した有機物を酸化してエネルギーを発生させる)
C発酵(有機物(例えば牛乳)を、細菌(例えば乳酸菌)が外部のものを使わずに閉鎖的な環境で分解・反応を完結させてエネルギーを発生させる。その結果別の有機物(例えばヨーグルト)ができる)

・このうち「呼吸」には好気呼吸(B1)嫌気呼吸(B2)の2種類がある。
・酸素を使う呼吸を好気呼吸といい、酸素で有機物を酸化してエネルギーを得る呼吸法である。悪臭は出ない。
・酸素を使わない呼吸を嫌気呼吸といい、酸素の代わりに硫酸イオンなどを使って有機物を酸化してエネルギーを得る呼吸法である。悪臭が出ることが多い。 
・また「発酵」は便宜的に発酵(C1)腐敗(C2)の2種類に分かれる。
・ヨーグルトの発酵など人間に利益をもたらすものをそのまま「発酵」(C1)と呼び、それ以外の発酵は「腐敗」(C2)と呼ぶ。
・しかしながら、発酵(C1)・腐敗(C2)はたいてい酸素のない場所で行われるので、嫌気呼吸(B2)と同じ場所で行われがちで両者の見分けがつきにくい。
・しかも普通の人は微生物学上の観点ではなく、「悪臭が出るか出ないか」という観点から分類するので、B2C2を同類項で括って「腐敗」と呼ぶ。
・また、ミカンが傷んでハエがたかるのは微生物学的には好気呼吸(B1)であるが、普通の人的には「腐敗」となる。
・「腐敗した政治」を「発酵した政治」と言わないのもこの感覚によるものといえる。
・なお、本稿では「嫌気性分解」=嫌気呼吸(B2)発酵(C1)腐敗(C2)ということにしたい。

(参考文献など)
目黒区川の資料館(現在閉館)
バカな研究を嗤うな ~寄生虫博士の90%おかしな人生力 (tanQブックス) 藤田紘一郎 技術評論社 平成24年 風変わりな学者の軽いエッセイだが、やることが無茶苦茶すぎて笑える。
おいしい微生物たち 野尾正昭 集英社 平成10年(腐敗と発酵の歴史について分かりやすく、かつある程度専門的に解説してくれる)
微生物生態工学―環境問題解決の原理と実例 大森俊雄・編著 昭晃堂 平成15年(腐敗と発酵と嫌気呼吸の違いを一番明快に解説してくれたのはこの本であった。)

40 アユとコイ(前編)

 コイ コイ

 牛乳コップ1杯分を魚が棲めるレベルまで薄めるには風呂桶11杯の水が必要です、と下水処理場のパンフレットに書いてある、と以前書いた。ここで登場する「魚」とは何の魚か。
 牛乳(BOD78000mg/L)のコップ1杯(0.2L)を風呂桶11杯(3300L)で薄めると、
 78000×0.2÷3300=4.7
ということでBOD4.7mg/Lの水になる。
 BODが5mg/L未満になるとコイやフナなどが棲める。よってこの魚はコイ・フナということになる。

 水質と魚の関係

 コイやフナはBOD5mg/Lにすれば棲めるがアユやサケは3mg/Lくらいまで薄めないと棲めないとされる。つまり下水処理場のパンフレットはハードルの低い魚を指標に選んでいる。
 実際ドブ川で出会う魚も汽水域でなければ大体コイであるし、コイでも、と言っては失礼だが魚には違いなく、コイとフナは「魚の棲める川」を標榜する最後の砦の魚種といえる。
 しかしこれがサケやアユとなると違う。「○○川にアユが戻ってきた」というのは事実上の清流復活宣言で、「昔は汚かったのによくぞここまで持ち直した」となる。しかし落ち着いて考えると、ここが分からない。
 
 なぜコイとフナは汚い川でも棲めるのだろうか。
 なぜアユやサケは汚い川では棲めないのか。 

 アユの群れ アユ

 
 このギモンは簡単そうでいて実はあまりよく解説されていない。
 水族館の展示を見ても魚の図鑑にもなぜかこのことを書いていない。私は今までアユがなぜ汚い川で棲めないのかも分からないのに、アユが川に戻ったと聞くと川がすごくきれいになったような気がしてしまっていたのである。くやしい。
 
 「汚い川」はおよそ3つの要素で成り立っている。
  要素①BODが高い(有機物が多い≒濁っている)
  要素②水中の溶存酸素量が少ない(酸欠状態)
  要素③澱んでいる 
 

 このことからコイ・フナは次の能力を持っていると推測できる。
  推測①濁っている状態でもエサを探せる。もしくは濁り(有機物)自体がエサになる。
  推測②酸素が少なくても呼吸できる特殊な仕組みを持っている。
  推測③水が澱んでいても平気、または流れがあると不利。
 
 
 この推測を持って水族館に行くことにする。一般に水族館というと派手なイルカショーなどのできる海水魚の水族館が多いが、わずかに淡水魚専門の水族館もあるのでそちらを選んで行く。
 一つ目は「相模川ふれあい科学館(H26.3リニューアルオープン)」、二つ目は「さいたま水族館」である。
 
 「相模川」の方は相模川の河岸段丘の谷底、水郷田名と呼ばれる地味な名所にあり、かつてアユ漁で有名だった相模川の淡水魚を前面に押し出して展示している。ちなみにここが「科学館」を名乗っているのは、ついでに相模川の水力発電もPRしてしまおうとしているためと邪推する。
 「さいたま」の方は羽生市の荒川沿いの広大な湿地を保全しながら水族館も作ったという風情で、「博物館付き巨大ビオトープ」的な迫力がある。
 周りの水田や湿地は無秩序に埋め立てられて結構うらぶれた風景になっているので、こういう形で保全されたことはよかったなあ、と思える風景である。

 さいたま水族館に隣接する湿地 さいたま水族館に隣接する広大な湿地(食虫植物ムジナモが自生している)
 
 両館ともに共通するすばらしい点は入場料が安いことであるが、共通する残念な点は「コイ・フナはなぜ汚い川でも棲めるのか」が解説されていないことである。そこで飼育係の人に上の推測①~③について質問する。
 この問題は専門家にとっても答え難そうであったが、実際に飼育しての体験も踏まえながら分かりやすく教えてもらえた。両館で教えてもらった回答を混合して上の推察①~③にあてはめると次のようになる。(カッコ内は私の見解)

回答①(BOD関係)
 コイ・フナは雑食性なのでBODの高い水の植物プランクトンは確かにエサになる。
 アユは幼魚のときは雑食性であったのが、成魚は石に付いた珪藻を食べるというように変わる。(よってBODの高い川ではアユが成魚になったときに、他の魚に勝つ優位性を保てないのではないか)

回答②(溶存酸素量の関係)
 コイやフナはエラの筋肉が発達している上にエラ自体の表面積も大きい。
 口をいつもパクパクさせてたくさん水を吸い込んでいる。
 これらの作用で溶存酸素の少ない水からも積極的に酸素を吸収することができる。
 逆にマグロのような魚は、速く泳ぐことでエラに大量の水を供給して酸素を得る。マグロが速く泳がないと死んでしまうのはそのためである。
 コイはアユよりも酸素の消費量が少なくて済む。
 コイとアユが要求する溶存酸素量は5.0mg/l(前出の表参照)と同じであるが、BODの高い水のほうが当然ながら酸欠になりやすいとは言える(有機物の分解のために酸素が消費されてしまう可能性をはらんでいる。したがって同じ溶存酸素量でもBODが高ければ、コイ有利・アユ不利となり得る)

回答③(水の澱みの関係)
 コイやフナは流れのゆるい場所(止水域という)でないと生きられない。
 コイとイワナを一緒の水槽に入れるとコイの稚魚が肉食性で動きの速いイワナに食べられてしまったりする。(コイ・フナは動きは鈍くても生きていけるように、高機能なエラと口パクを武器に競争相手の及ばないドブ川に活路を見出しているのではないか。動きが鈍いということは余計な酸素を消費しないということでもあるから、酸欠気味の澱んだ川ではコイ・フナ有利、となるのではないか)

コイ(拡大版) コイ(拡大版)


 いろいろな要因が絡み合っているので難しいが、私には回答③を理解することが今回の「アユ・コイ問題」を解くにあたって一番重要な要素と思われた。そう思ったのはその後、父親に九州の柳川にドジョウ鍋を食べに行こうという話をした時のことである。

「ドジョウ鍋はいやだ」
泥臭いから?
「子供のときにドジョウで遊んだからとても食べる気になれない」
戦前生まれの父は田んぼの水路でドジョウ取りをして遊んだという。ドジョウは友達であり、友達を食べる気になどなれないそうである。
「コイやフナやナマズとも遊んだからだめだ」

ということはウナギもだめか?
「ウナギはいい。蒲焼になっているから」
どうもよく分からない理屈である。アユはどうか?
「アユも食える。アユは水路にはいなかった。」

 どうもコイ・フナとアユ・サケは生息する場所が違うようである。
 確かにコイは神社の池に、フナは釣堀などで飼われているが、アユやサケは川を遡っていく魚である。遡っていく過程でコイ・フナの棲んでいる下流域も通り過ぎるものの、成長すれば下流域を卒業して中流域へ向かってしまう。コイ・フナは生涯澱んで温かい水を好むが、アユ・サケは成長すると流れがある冷水を好むらしく、要するにそういう根本的な違いを知らなかったので混乱していただけなのであった。
 よって、先のギモンの答えは、「コイ・フナの棲む川をきれいにしたとしても、その先に遡上していくべき冷たく速い流れがないとサケ・アユは棲まない」となる。  (41 アユとコイ(後編)につづく)

(修正)
相模川ふれあい科学館は、休館期間が終わって平成26年3月26日にリニューアルオープンした。

41 アユとコイ(後編)

40 アユとコイ(前編)からつづく) 

 魚と水質の表をよくみると、あることに気がついた。
 最も汚れに強いと思っていたコイ・フナのさらにその下にドジョウという項目がある。

  水質と魚の関係


 ドジョウの生命力は驚異的でBOD10ml/L、溶存酸素も2mg/Lで生きられるという。コイ・フナのさらに上をいく。父の証言によれば、田んぼのドジョウは収穫前に水を抜くと泥の中に潜って生き延びるという。どんなハイテクを使うと泥の中で生きられるのか。
 これも前章の要素①~③にあてはめて整理してみる。

 要素①(BODの問題)
 ドジョウはコイ・フナよりも格段に高いBOD値でも大丈夫。 
 要素②(溶存酸素量の問題)
 ドジョウはコイ・フナよりも格段に少ない溶存酸素量でも大丈夫。 
 要素③(澱みの問題)
 ドジョウは澱んだ水どころか泥の中でも大丈夫。

 これに対する推測はちょっと思い浮かばない。よって図鑑や他の人の研究成果を借りることにした。このうち、大分県の三重総合高校自然科学部の研究結果はなかなか秀逸で、いっぺんに謎が解けた。

 回答①(BODの問題)
 ドジョウはアカムシを好んで食べるが、これをにおいで探している。コイ・フナも嗅覚が発達しているがドジョウの嗅覚はもっと発達している。
 回答②(溶存酸素量の問題)
 ドジョウはエラ呼吸もするが、腸でも呼吸できる。酸欠になると水面に顔を出して空気を吸い、腸で酸素を吸収する。
 回答③(水の澱みの問題)
 ドジョウは寒さと外敵からの回避のために、濁った水や泥を積極的に利用している。腸で呼吸するので泥の中の穴でも呼吸できる。
 
 ドジョウが腸で呼吸していたとは知らなかった。「ドジョウが出てきてこんにちは」という童謡のドジョウは、坊ちゃんに挨拶しているのではなくて酸欠で腸呼吸していたのか。
 腸呼吸の原理は知らないが、肺呼吸にしてもエラ呼吸にしても「二酸化炭素だらけになった血液の流れる毛細血管を酸素にさらして酸化する」という仕組みは同じなので、それが腸でできたとしてもおかしくはない。
 したがってドジョウは空気中でもしばらく生きられるという。これは魚類にあるまじき斬新な呼吸法である。ドジョウの腸呼吸は、陸上生活する両生類や昆虫の呼吸法につながる革命的な進化のように思える。
 
 ここまできたらもうひとつ確かめたい生物がある。ボウフラである。
 水中の溶存酸素量が2mg/Lを切るとドジョウでも生きられない。その先はボウフラや嫌気性細菌の世界になる。 
 嫌気性細菌はわかるとして、ボウフラは酸素呼吸する高等生物である。
 よく知られているとおり蚊の幼虫で、水の中に棲む。沼や水たまり、竹の切り株にも生息できる。近縁にあたるハエが水洗便所の普及で激減したのに対し、蚊は下水ますの溜まり水という現代インフラへの適応で圧倒的な勢力を維持する。
 ボウフラはなぜ窒息しないのだろうか。ボウフラはドジョウの腸呼吸以上に高性能な呼吸システムを持っているのだろうか。
 これを解明するのは厄介である。魚は水族館というものがあるが、虫の博物館はあまりない。図鑑を見ても蚊に割かれているページはあまりに少ない。人気者のチョウやカブトムシにページを奪われている。
 
 しかし世の中には害虫を専門に研究する奇特な研究者もいて、数少ないそうした人の著作を読むと以下のことが分かった。

 ・ボウフラのうち、エラで呼吸をするのはユスリカの幼虫のボウフラだけである。
 ・ユスリカのボウフラはエラと高性能な赤血球を持っているが、コイ・フナが棲める程度にきれいな水でないと生きられない。
 ・成虫のユスリカは人を刺さないが、蚊柱を作るので嫌われて駆除の対象になる。
 ・ユスリカでないその他大勢の蚊のボウフラはお尻に呼吸器があって水面上に突き出して空気中から酸素をとっている。

 
 ボウフラは空気中から呼吸しているのであった。
 これなら汚水の有機物だけいただいて呼吸は空気中から、といういいとこ取りが可能になる。すばらしい。できれば成虫も人間の血など吸わずに汚水を吸って自活してほしい。
 こうしてみるとまるで生物の進化を見るようだ。汚れた水が水中の生物の陸上生活化を促したようにも見える。もしかすると魚も棲めない腐水域が陸上生物のゆりかごだったのではないかとさえ思える。仮にそうであるならば、私がドブ川を覗き込むのも祖先のゆりかごの神秘に近づきたいという崇高な意識の表れといえる。
 きっとそうにちがいない。 (おわり)


(参考文献)
川の魚』 末広恭雄 ベースボールマガジン社 平成7年 淡水魚の本は「川をきれいにしましょう」というメッセージを盛り込みたいあまりに、肝心の生物学的解説が不十分なことが多いが、この本は満足のいく内容である。

虫たちの生き残り戦略 (中公新書)』 安富和夫 中央公論新社 平成14年


<目次にもどる>

42 オレンジと油

   蛇崩川オレンジ (蛇崩川合流点 東京都目黒区)
 
 
 変な色のドブ川は変なにおいがするものだが、例外もある。例えばオレンジ色のドブ川は変なにおいがしない。
 東京都目黒区、東急東横線の中目黒駅近くで、暗渠の蛇崩川が少しだけ顔を出して、開渠の目黒川に注ぎ込んでいる。幅5m、深さ4mほどの大きな開渠だが水量は少なく、コンクリートの川底を水が浅く流れている。この川底が一面オレンジ色になっている。これは一体何であるか。
 
 蛇崩川流域は合流式の下水道が完備しているので、蛇崩川に流れる下水はない。
 ただし雨水用の下水管が接続されているので雨や染み出した水などが少しだけ流れる。これらは水質的にはきれいなはずだから汚染の原因になるようなものは含んでいないはず。この場所は異臭もない。
 
 ではあのオレンジの正体は何か。
 オレンジ色のドブ川は関東の各地で目にする。川の水がオレンジになるのではなく、川底の一部分だけにオレンジ色の藻のようなものがモコモコと広がる。色があまりに鮮やかなのでぎょっとするが、においはしない。

   オレンジのモコモコ モコモコ型オレンジ(千葉県松戸市)


 調べるとこれは鉄酸化細菌の仕業によるもので、こういう順序で生じるようである。

  ①沼沢地の土壌には鉄分が豊富に含まれている
  ②それが水に溶ける。

  ③ところで鉄は、他の元素と結合するための「フック」を2個にしたり、3個にできるという変わった性質を持っている。「フック2個状態」で他の元素(酸素など)と結合している鉄化合物を「第一鉄塩」、「フック3個状態」で結合している鉄化合物を「第二鉄塩」という。
  ④第一鉄塩を酸化すると第二鉄塩に変わる。この時エネルギーが生じる。
  ⑤このエネルギーを利用する細菌、「鉄酸化細菌」が存在する。鉄酸化細菌の仕組みは次のとおり。

  ⑥鉄分の豊富な土壌から浸み出した水の中に溶けている第一鉄塩(酸に溶けた鉄など)をキャッチする。
  ⑦それを酸化してエネルギーを受け取る。それを空気中の二酸化炭素(CO2)から有機物(Cの化合物)を生成するための原動力として使う。
  ⑧できあがった第二鉄塩は不要なので水中に排出するが、化学的に不安定なので排出された途端にすぐにまた分解される。
  ⑨第二鉄の酸化物と水酸化物の混合物である鉄さびを生じる。
  ⑩その結果、鉄酸化細菌の周りには鉄さび(酸化第二鉄)が集積する。これがオレンジの正体である。
 

 鉄が細菌の働きで集められているのであった。
 しかしどこでもよいというのではなく、やはり鉄分を多く含む水のある場所でないとこの細菌は働けない。
 よって、沼沢地など鉄分を含む水が豊富なところに繁殖し、その結果生成される酸化鉄の塊を沼鉄鉱というのだそうである。沼鉄鉱は鉄器時代から中世までの間、純度の高い鉄資源として採掘されていた、と微生物学者の本(※1)に書いてある。沼から鉄が出てくるなんて面白い。
 
 ここでギモンなのは、「なぜ沼の水には鉄分が多く含まれているのか」である。なぜ川の水よりも、地下水よりも、伏流水よりも沼の水に鉄分が多いのか。
 ここのところは微生物学の本には書いていない。
 そこで地学や金属化学の本をあたると、そちらも書かれていない。
 鉄器時代に採掘されていた、ということで古代の製鉄を研究した書籍(※2)を当たるが、こちらにもない。
 微生物学者は「沼鉄鉱が昔採掘されていた」と書いているのに、古代の製鉄を研究している人はこのことをスルーしている。あやしい。

 なぜ古代の製鉄を研究する人は沼鉄鉱をスルーしてしまうのか。
 この疑惑を解くために横浜の馬車道にある神奈川県立歴史博物館に行くことにする。
 この博物館のすばらしいところは付属の資料室の書籍がわりあいに充実していることである。一般に博物館は見栄えのいい展示物を作ることに力を入れるが、深く調べるには資料室が充実していることの方が重要である。
 そのようなわけで沼鉄鉱の問題もここで調べると分かる。理由は二つあった。

 一つ目。沼鉄鉱は製鉄の原料としては不純物が多すぎて、未熟な古代の製鉄方法では対応できなかった。沼鉄鉱は正式には褐鉄鉱といい、700℃くらいの低い温度でも加工できるという長所を持つが、炉の中で崩壊してへばりついてしまうという短所があるという(※3)。したがって、微生物学者が沼鉄鉱を「純度の高い鉄資源」と言っているのは、僭越ながら誤りだと考えられる。

 二つ目は、日本には砂鉄という高品位の製鉄原料がいくらでもあったからである。砂鉄は正式には磁鉄鉱といい、1100℃程度の高温でないと製鉄できないが、鉄の純度が高い。火山の多い地域に多く産出し、したがって日本には砂鉄が多く出る。だから日本の製鉄の歴史の本には、砂鉄で日本刀を鍛造した話(たたら製鉄という)がよく出てくる一方で、沼鉄鉱で製鉄をした話は出てこない。
 では砂鉄を使う前は何から鉄を作っていたかというと、大陸から輸入されたとされている。
 これは考古学の本の弥生時代の項に書いてある。ただしそれしか書いていない。考古学はどうも鉄器の研究が苦手なようで、土器や銅器は熱心に研究するわりに鉄器に関してはかなり及び腰である。なぜかというと鉄器は土器や銅器と違って錆びて消えてしまうからということのようである。
 
 では大陸の人はどうやって鉄の原料を入手していたのか。
 まずは隕石なのだそうである。隕石には鉄が8割程度を占める鉄の塊のような種類もあり、これを使うと簡単に製鉄できる。
 そのような都合のいい石があるものか、と思うが、これは神奈川県の小田原にある「生命の星・地球博物館」というところに展示されている。この博物館は先ほどの歴史博物館とワンセットになっていて、人文科学系を歴史博物館で、自然科学系をこちらで受け持っている。
 
 隕石は黒光りしていて重さは2.5トン。含有物はほとんど鉄とニッケルであるという。興味深いことにこの組成は地球の組成と似ている。地球の内部もほとんど鉄とニッケルである。地表は炭素や珪素などの軽い化合物だが、内部はドロドロに溶けた鉄である。
 このように地球は重いので、メタンでできた土星のように太陽系の遠くまで飛ばされることもなく、金星と火星の間のベストポジションにとどまり、温暖な生命の星となった。うまくまとまった。

 ただし隕石には2つの短所がある。すなわち
   ①たまにしか降ってこない
   ②いつどこに降るか分からない

ということであり、これをあてにしていては製鉄はできない。

 そこで古代の人が次に使ったのは鉄鉱石であった。鉄鉱石は、次のようなプロセスで生成される。
  地球に分子状の酸素が少なかった時代には鉄は水の中に溶けていた
  植物が登場して二酸化炭素から酸素が生成される
  分子状の酸素が増える
  酸素と水中の鉄が結合して酸化鉄になる
  海底に沈殿する
  固まる
  海底が隆起する
  鉄鉱石として発掘される。

 酸化鉄である鉄鉱石を使って製鉄するには、酸化鉄(Fe)から酸素(O)を取り除いてただの鉄(Fe)にすればよい。
 そこで、木炭や石炭で一酸化炭素(CO)を発生させ、酸化鉄(Fe)の酸素(O)と結合させて二酸化炭素(CO)にして飛ばす。すると後には鉄(Fe)が残る。この原理は今も使われている。
 しかしながらその製法ゆえに現代の製鉄業は二酸化炭素を大量排出する産業となり、地球温暖化対策では厳しい立場に立たされる。なるほど。(※4)

 しかしそれは話としては面白いが、肝心の沼の鉄分のギモンが解けていない。仕方ないので沼に行くことにする。
 行き先は埼玉県蓮田市の上沼である。関東地方の場合、利根川や荒川沿いの水田地帯に行くと沼はいくらでもある。蓮田市に行ったのは市の名前がいかにも沼っぽくて期待できるからである。こんなことを書くと妙な名前の市名に改称されそうだが、地形を反映する地名を維持できるのはその地域の文化の表れだと私は思っている。

   上沼 上沼(埼玉県蓮田市)

 上沼は水田地帯の中で保全された灌漑用の沼で、分かったことは、
  ・岸辺はぬかるみで、
  ・水辺には葦が密生しつつ、それが枯れて倒れてぐちゃぐちゃになっていて、
  ・水は濁り気味で、
  ・泥は黒く、においはせず、
  ・泥がオレンジの場所は見当たらない、


であった。オレンジの泥がないのであれば鉄酸化細菌は沼の鉄分の多さには関与していない。
 では何が沼に鉄分を呼んでいるのか。
 沼から帰ってもう一回微生物学の本を読んで、得た結論は次のとおり。

  ①関東の土壌は火山灰の影響で鉄分がもともと多い(※5)。鉄は地球を構成する主要な元素であるから、火山のマグマとして地球の奥深くから噴出されれば鉄も大量に出る。
  ②鉄はイオンの形で水にも容易に溶ける。
  ③その水が沼に流れてくる。
  
  ④沼は川に比べて水が滞留しやすく、植物が密生しやすい。
  ⑤密生した植物が枯れて腐敗して厚い泥を形成する。
  ⑥泥の中は嫌気性細菌が繁殖する。これが黒い泥である。
  
  ⑦嫌気性細菌の中には鉄還元細菌という細菌があり、これが水中にイオンの形で含まれる鉄分を引きずり出してくる(キレート化)。キレート化には酸が必要であるが、沼の中は有機物の腐敗で生じる酢酸や乳酸が豊富なので問題ない(※6)。
  ⑧このとき、鉄は第一鉄塩の形で引きずり出される。
  ⑨この第一鉄塩を含んだ酸性の水が外に流れ出す。
  
  ⑩流れ出た先に石灰石を含んだもの(コンクリートなど)があると中和されて中性になる。
  ⑪そういうところに鉄酸化細菌が待ち受けていて、第一鉄塩を第二鉄塩に酸化してエネルギーを得る。
  ⑫鉄酸化細菌が沼の中に入らずに外で待ち受けるのは、この細菌は二酸化炭素を得られる環境、すなわち好気的な環境でないと生きられないことと、酸が豊富な環境中では生きられないからである。
  
  ⑬このような仕組みがあるものの、沼は総体的にはいろいろな物質を溜め込んでしまう場所であり、鉄分もあまり流れ出ずに沼の中に溜まっていく。
  ⑭つまり、沼に鉄を溜め込んでいるのは鉄酸化細菌ではなく鉄還元細菌で、それを可能にしているのは酸欠気味の沼の泥である。


 このストーリーが正しいとすると、オレンジ色が出ているところは昔沼沢地だったところ、ということになる。 確かにオレンジ色が出ている場所はそういうところが多い。住宅地になっていても、水田を埋め立てたと思しき住宅地の水路にはオレンジが多い。松戸や浦和の住宅地でも見かけるし、世田谷区の奥沢のような古い住宅地でも見る。中目黒もかなり都市化されているが、本質的にはそうなのだろう。
 
 オレンジは解明したが、もう一つ分からない現象がある。それはドブ川に浮かぶ油膜である。澱んだドブ川の隅には時々油のようなものが浮いて光っている。水田にもよく浮いている。私は昔、田植えの手伝いをしたとき、「トラクターの油をこぼしちゃったか」と思っていたのであるが、これも鉄酸化細菌の仕業なのだそうである。

油膜状のもの 植物の生い茂った水路の「油膜」。その下にオレンジ。(茨城県土浦市)

 鉄酸化細菌が第一鉄塩を第二鉄塩に酸化するとき、鉄の酸化皮膜が生成される。これが水面に浮かんで油膜のように見えるが、油ではないので心配ない、とこれもいろいろなウェブサイトに書いてある。
 心配ないのは分かったが、ではいったいこれは何なのか。
 福岡県のホームページの論文(※7)によると、これは鉄が浮遊物質の形で存在しているものだという。水に浮かんでいるときは白く見えるが採取してよく見ると褐色で、再度水に入れると沈む。成分としてはやはり油(ノルマルヘキサン)ではなく、鉄の含有率が高いということであった。
 この論文ではそれ以上のことを書いていないが、現物を観察すると「油膜」の部分が鉄酸化細菌の本体で、その産出物がオレンジであるように見える。鉄酸化細菌は二酸化炭素を必要とするので油膜のように空気に触れ続ける必要があると思われるからである。
 この「油膜」は水田の土壌に微量に含まれる砒素が稲に吸収されるのを防ぐバリアの役割もしているという(※8)。砒素を吸着できるということは他の金属も吸着できるかもしれない。興味深いことである。



<参考にした書籍・論文> 
※1 スーパーバグ(超微生物)―生命のフロンティアたち ジョン・ポストゲート シュプリンガー・フェアラーク東京 1995年8月
ドブ川解明のバイブル。

※2 鉄の文明史 窪田蔵郎 雄山閣出版 1991年7月 
 他の書籍でも沼鉄鉱のことはほとんど触れられていない。

※3  生業・生産と技術 (日本考古学論集) 斉藤忠 編 (株)吉川弘文館 昭和61年

※4 The CLIMATE EDGE((公財)地球環境戦略研究機関 気候変動グループのニュースレター) 
 これによれば、2010年に鉄鋼産業が出したCO2は電力消費などの間接排出を含めると、1990年の日本の温室効果ガスの約13%分に相当する。結構多い。このデータは「原発に依存せずに2030年の温室効果ガス排出量を1990年比29.6%削減する」ためのシミュレーションの中で出てくるもので、このシミュレーション自体も興味深い。

※5 東京の自然史 (講談社学術文庫) 貝塚爽平 講談社 2011年11月 
 埃っぽい関東ローム層のおかげで東京では靴が汚れやすく、大阪に比べて靴磨き屋が多い、という話や、洗濯屋も多いのではないかという考察が面白い。私が持っているのは紀伊国屋書店版(1979年3月)だが、名著のため文庫で復刊されたようである。

※6 微生物を探る (新潮選書)  服部 勉 新潮選書 1998年1月 
平凡なタイトルだが、微生物が発見されてきた経緯を幅広く、それなりに詳しくバランスよく説明した好著である。

※7 福岡県保健環境研究所年報第39号

※8 「水田土壌とイネの根周辺のヒ素の化学形態」(独)農業環境技術研究所 山口紀子


<参考にした施設>
国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)の弥生時代のコーナー 
 展示物の充実度はさすがである。

神奈川県立歴史博物館
 横浜の馬車道から山下公園にかけては開港資料館や都市発展記念館など、歴史関係の施設が充実していて地味に便利である。

神奈川県立生命の星・地球博物館
 この博物館は箱根への入り口にあるが、箱根自体が火山や地質的変化に富んだ博物館のような場所である。近年これが「箱根ジオパーク」として認定されて観光PRされているが、私にとってもさまざまな泉質の温泉や、そこに生息する微生物、硫化水素や科学博物館までそろった便利なラボであり、「箱根ドブパーク」として重宝している。


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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

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