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6 ドブ川と銭湯

銭湯


 ドブ川を歩くとよく銭湯に遭遇する。
暗渠になったドブ川跡を歩いてみても、やはり川跡沿いに銭湯をよく見かける。これはどうも偶然とは思えない。ドブ川歩きにタオルと石鹸を携帯するようにして、銭湯に遭遇すると入浴して解明に努めたのだが、理由が見えてこない。銭湯は江戸時代の頃からあるが、昔の資料を見てもよく分からない。
 川の水を風呂で使うためなのかとも思ったが、今ある銭湯の多くができたのは人口が急増した戦後であることを考えると、戦後急速に汚染されたドブ川の水を使うとも思えない。

 銭湯は川の水は使わないが、地下水を使っているところはけっこうある。
 平成15年の東京都の統計によると、都内の地下水揚水用の井戸のうち、銭湯(公衆浴場)用のものは全体の34%を占めていて、銭湯における地下水の重要さがわかる。

  参考:都内地下水揚水の実態 東京都環境局HP
  ・平成15年のものは掲載されなくなったので平成23年版をリンクした。
  ・ここの7ページのデータだと本数比22%に激減している。揚水量ベースだと全体の3.5%。
  ・ちなみに揚水量が一番多い業種は自治体の水道事業で68.1%、次いで食料品・たばこ製造業6.0%、公園・遊園地3.6%、公衆浴場3.5%と続く。H25.10.7追記)

* * * * *
 
 ただし揚水量で見ると他業種を含めた全体量の3%程度でしかないから、量としてはそれほど水を消費していないのであるが、地下水の確保は重要な課題となる。そこで私はこう推測した。

「川沿いはその地域で一番標高が低い。よって標高の高い土地よりも簡単に地下水のある地層を掘り当てて井戸を掘ることができる。そこでそのような場所に銭湯が立地した。」

 しかしある保健所に尋ねたところ、これは決定的な理由ではないことがわかった。ある程度の量を良好な水質で得る必要のある銭湯は、浅井戸でなく深井戸を掘らなければならないからである。地下何十メートルもの深井戸を掘るのなら、標高が数メートル高いか低いかなどあまり関係ない、そういうことのようであった。ではなぜ銭湯は川沿いに多いのか。 

 「川沿いは排水に適しているからではないか」
 銭湯の番台や井戸掘りの業者や業界団体まで手当たりしだい聞いてぼんやり出た結論がこれである。しかしどうもはっきりした確証が見つからない。銭湯関係者にとって一番頭が痛いのは燃料問題で、水、特に排水はどうも関心を持たれにくく、忘れられやすいようである。
 こういう場合に役に立つのが法律である。法律というものは現実社会で何か問題が起きてから作られる。したがって書いてあることが微妙に時代遅れである。「時代遅れ」とはよく言えば「昔のことが分かる」ということで、そこを利用する。

 下水道が普及している都会では銭湯の排水は下水道に流されるが、昔は下水道がなかったので側溝などに流すことになる。そこで、銭湯を作るときには必ず排水設備をしっかり作るよう、法令が定められた。
 厚生労働省が定めた「公衆浴場における衛生等管理要領」には、「浴場の汚水を屋外の下水溝、排水ます等に遅滞なく排水できる排水溝等を設けること」という一文がある。この一文はおそらくまだ下水道の発達していなかった時代に作られたものとみえる。ドブ川沿いの銭湯は法令の排水基準を容易に満たすための立地であった、そういう推測が成り立つ。

 参考:公衆浴場における衛生等管理要領(厚生労働省HP)

 これを実際に見て納得したのは静岡県のある銭湯に入ったときのことである。この銭湯は風呂の排水を敷地の横の側溝に流しているのだが、その量が結構多い。お湯が絶え間なく流れ出ている。銭湯にとって重要なのは給水よりも排水であることを私はようやく実感した。
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7 ドブ川と美容室

 美容室

 ドブ川と銭湯の関係は分かったが、どうも川沿いに多いのは銭湯だけではないことに気付いた。
 例えば商店街がドブ川(もしくは川跡)を横切るとき、その交差ポイントはクリーニング店や美容室の指定席である。ほかにもプール、テント製造業、神社、米屋、酒屋もドブ川沿いに多い。
 こう書くと、なんでもありのようだが例えば本屋や文房具屋や学習塾はあまりドブ川沿いにない。ドブ川と上に挙げた9種の施設にいかなる共通点があるのか。
 これを解くにはいくつかのグループに分類して考えなければならない。

  ①クリーニング店、美容室、プールのグループ
  ②米屋、酒屋のグループ
  ③神社
  ④テント製造業

 まず①。これは一見お互い関連なさそうな業種であるが、事情は前回の銭湯と同じで、排水設備について法令であれこれ決められているという点が共通している。戦後の日本ではいかにして不衛生な状況をなくして伝染病を防ぐかが至上命題であったらしく、水を使う業種ではその排水が滞留して不衛生になることが何よりも嫌われた。
 そこで水を使うこれらの業種の法令には、「速やかに排水できる設備を設けること」といった条文が必ずある。当時は下水道が普及していなかったが、逆に言えば当時は速やかに排水できればどこでもよかったのであって、それがドブ川沿いだったということになる。

参考:「クリーニング所における衛生管理要領」(廿日市市のHP)

 ①が戦後の時代背景を映しているのに対して、②はもっと昔、精米が水車動力で行われていた時代背景を映している。川沿いに水車を設置して精米ができることが米屋の条件だった。酒造に米が必要な造り酒屋も同様である。

 ③は、さらにもっと昔からの宗教施設である神社の世界観を表している。神社は神聖で清浄な場所とされるが、そのためには周りとの境界を示す構造物が必要となる。鳥居やしめ縄がそうであるが、神社の前に水の流れる世界があって、橋を渡らないと入れないようになっていることもそのひとつのようである。

 ④はいまだに分からない。しかし川沿いに多いのは事実である。

 こうしてみると、ドブ川沿いの業種別の立地は昔の事情に拠っていることが分かる。
 今は下水道が整っているので、美容室もクリーニング店もドブ川を頼る必要はないのだが、昔からの店はそのまま存在していたり、オーナーが変わってその業種が引き続き存続したりする。

クリーニング店
緑道となった川跡のほとりにあるクリーニング店(東京都目黒区)


35 東急百貨店東横店のトイレ

東急百貨店東横店
(東急百貨店東横店東館は平成25年3月をもって閉館しました。渋谷川の考察に大きなヒントを与えてくださった同館にお礼申し上げます。なお、西館と南館は継続します。)

  * * *

 渋谷駅の東急百貨店東横店の東館が渋谷川の上に建っている、という話はいろいろな書籍やブログで取り上げられている(※1)。
 私もそれらを見て数年前に行ってみたところ、なるほど川の上と思しき部分を足で強く踏むと床下に空洞がある響きがして面白かった。しかしここでギモンが浮かぶ。

 この百貨店の建造は昭和9年で、当時は東横百貨店と言った。鉄筋コンクリートの8階建てで、当時の写真を見ると、遠方からもよく目立ち相当に珍しい建物だったことが分かる。
 ここのトイレはもちろん水洗便所であったことだろう。汲み取り式のボットン便所は2階建てアパートくらいまでは成り立つが、それ以上になるとまず無理である。しかしこの時代、渋谷に下水道はない。デパートの大小便をどのように処理していたのだろうか。
 私は東急東横店東館のトイレに急速に興味を抱き、足繁く通った。すると、この建物のトイレは各階とも階段脇に設置されていることが分かった。トイレのある場所をそのまま地上に降ろすと渋谷川の脇になる。

「トイレが渋谷川に直結していたのであろうか」
 百貨店の8階から勢いよく落下物が渋谷川に突入する図が頭の中に浮かんでしまった。まさかとは思ったが、実際川のそばには公衆便所が多い。江戸の中心の日本橋の袂にも立派な公衆便所がある。これはもちろん川に汚物を放流するためではなくて、汲み取り時代に船で回収していた名残なのだが、川とトイレは近しい関係にある。あやしい。

新並木橋の公衆便所 渋谷川新並木橋脇の公衆便所

「便所の排水処理のために渋谷川の真上という立地を選んだのだろうか」

 百貨店を出店する時、トイレの都合から立地を考える経営者などいないわけであるが、私はドブ川を中心にモノを考える癖が付いてしまっているので東急百貨店通いを続けた。
 しかし床下の配管設備のことなので、店の中を歩くだけでは見えない。しかもこの百貨店の排水は今では下水道に接続されているだろうからなおさら分からない。
 では、ということで渋谷区の郷土資料館で東横百貨店開店当時の地下平面図のコピーを見せてもらった。
 
 この資料は残念なことに字が潰れてよく見えなかったが、ポンプ室が地下にあることが分かった。ポンプ室は排水ではなく給水のためのものであろうけれども、そのような近代設備があるくらいなら、浄化槽というものがついていてもおかしくはない。
 ということで浄化槽が一体いつから日本で使われていたのかを調べると、明治45年に兵庫県の外国人経営の石鹸工場に設置されたのが最初であった。それから東横百貨店ができるまで21年。この歳月は浄化槽という舶来の設備が百貨店の設備として普及するのに十分すぎる年月であっただろう。
 それを裏付けるように、老舗の浄化槽メーカーの社史には昭和8年に大阪ガスビルディング、昭和7年に阪急百貨店、昭和6年に東京の聖路加国際病院の「衛生設備工事」をしたことが記されている。当時の東横百貨店の工事については分からないが、この状況から考えると昭和9年に8階建ての百貨店に浄化槽付きの水洗便所を設置することはわけもないことのように考えられる。
 こうして東横百貨店トイレ問題は一応の解決を見た。しかし当然ながら新たなギモンが発生する。
 
 浄化槽普及以前の水洗便所は一体どのように処理していたのであろうか。
 浄化槽ができたのは明治末期だが日本に外国人が来たのは明治初期。彼らは当然水洗便所の配備を要求する。日本はこれをどのように乗り越えたのか。
 
 水洗便所というものは下水道がなくても成立する。
 かつて私が西アフリカの水道も電話もない村で一泊したときも、水洗便所だけはあった。その水洗便所は和式便器のような形をしていて、用を足したあとにバケツで水を流すと配管を通じて隣の空き地に自然放流・浸透されるというシステムであった。
 でもこれを都市でやると破綻する。とはいうものの明治の初期には近代的なビルはすでにあったわけで、これらのビルについていたであろう水洗便所の排水がどのように処理されていたのかは実にギモンなところである。しかしこれを体系的に調べた資料が例によってなかなかない。そこでいろいろな資料をつなぎ合わせて表を作ってみた。

<日本の水洗便所年表>
江戸末期 横浜の外国人向けのホテルに便壷内蔵の椅子(非水洗)が備えられる。
明治2年ごろ 「土壌浄化装置付き便所」が開発される(これが水洗かどうかは不明)
明治2年 イギリス人技師ブラントン(横浜在住)が「下水道と接続する水洗便所」の必要性を力説する。
明治4年 横浜で汲み取り式の洋風便所が開発される。
明治20年 水洗便所に不可欠な近代水道が横浜に開通する。
明治35年頃まで 外国人の住居といえども汲み取り式であった。
明治35年 水洗便所の輸入が始まる。排水処理方法は次のとおり。
  方法① 汚水溜に溜めて汲み取る。
  方法② 砂利やコークスでろ過して放流。
  方法③ 川沿いにビルを作り、排水管を川まで繋ぎ、その出口に糞便の運搬船を横付けして回収。
  方法④ こっそり川に捨てる(違法)。
明治45年 兵庫県の尼崎で日本初の浄化槽が設置される。
大正3年頃 国産浄化槽が作られ始めて水洗便所設置(水槽便所と呼んだ)の許可を得られるようになってくる。
大正11年 東京の三河島に下水処理場ができて正式に水洗便所設置が可能になる。

三河島水再生センター(旧三河島下水処理場 東京都荒川区) 三河島水再生センター(旧称 三河島下水処理場)


 明治時代を通して、「水洗便所はほしいが処理方法がないために設置できない」というジレンマが続いたことが分かる。これに終わりを告げたのが微生物による好気分解と嫌気分解の原理を利用した浄化槽の発明であった。この原理は現代の単独浄化槽の仕組みとほぼ同じで、その点では画期的な発明といえた。
 結局浄化槽が発明されるまでは外国人といえどもボットン便所に甘んじるしかなかった、そういうことのようである。

 さて、だいたい分かったところで年表を見直すと、最初に登場する外国人向けホテルの便壷内蔵椅子というものが気になる。これはいったいどのようなものであろうか。そのようなものを部屋に置いたらくさくて気持ち悪いのではないだろうか。
 ところが実物を見てみるとこれがなかなか格好いい。
 この椅子はchamber pot(※2)といい、愛知県常滑市のINAXライブミュージアムという博物館に展示されている。イギリス製なのであろう。ホーロー製の小ぶりな便壷を覆うように木製の箱型の椅子があり、座面に便座のような穴が開いている。用を足したら土や消臭剤を撒いてふたをするようになっている。ふたをしてしまうとおしゃれなタンスのようにしか見えない。これは便利なのではないか。真冬の夜中に目が覚めたときに寒いからちょっとこれで……というわけにはいかないだろうが、災害でトイレが使えないときは結構便利な気がする。

(※1)Wikipediaや、東京都都市計画審議会ホームページの資料(pdfファイルの35ページのところ)によると、平成21年5月22日に渋谷川の上流端は、従来の宮益橋(東急東横店のところ)から稲荷橋(246号線のところ)に変更され、250m短縮されたようである。したがって現在は同百貨店は「川の上」にはない。渋谷川に関しては渋谷駅東口の再開発や東横線跡地を利用した水辺空間再生などの動きが報道されており、いろいろ変わりそうである。

(※2)chamberは英語で「部屋」。よってchamber-potは「部屋の瓶」→「室内用し瓶」。chamberはラテン語に由来する言葉らしく、フランス語で部屋はchambre。と辞書にある。
 
(参考文献など)
白根記念渋谷区郷土博物館・文学館
水洗トイレの産業史 -20世紀日本の見えざるイノベーション-』名古屋大学出版会 平成20年
『須賀工業90年史』 須賀工業株式会社 平成4年
『横浜水道関係資料集 一八六二~九七』 横浜開港資料館 昭和62年(同館で販売・閲覧可能))
INAXライブミュージアム(chamber potの展示がある)
レイルウェイライフ こうしてみると不思議な格好をしたデパートである。

45 広河原のオゾントイレ

広河原の野呂川 広河原の野呂川(山梨県南アルプス市)

 ドブ川は面白いが、川はきれいなほうがいい。渓谷の清流で遊ぶと気分がいい。透明な水、透明な泡、せせらぎの音。顔をつけても大丈夫。
 しかししばらくするとやっかいな問題に直面する。トイレである。

 山の中でも観光地ならトイレはある。しかし下水道はない。したがってトイレの排水は浄化槽で処理されるであろう。
 浄化後の排水基準は、旧式の単独浄化槽ならBOD90mg/L、現行の浄化槽でも20mg/L未満である。市街地の川に流すならこれでもよいが、流す先の清流はおそらくBOD1mg/L未満。これはいたたまれない。
 以前の私ならそのようなことは気にしなかったが、ドブ川のメカニズムを知ってしまった今となっては、どうもこれが気になってしまう。だからトイレに行きたくなったらなるべく市街地のコンビニに立ち寄るまで我慢する。

 しかし山奥まで入ってしまったときはこの手も使えない。
 山梨県の甲府から車で1時間、バスに乗り換えて崖沿いの道を30分。南アルプスの山中にほんの少し開けた広河原という河原に着く。ここに北岳のあたりから発する野呂川が流れている。さすがにきれいな水である。
 ここで川遊びをしていると用を足したくなった。広河原は環境省のインフォメーションセンターがあるくらいなのでトイレはある。しかし用を足した後のものが浄化槽を通ってこの清流に流れ込むことに変わりはない。
 とは言うものの、理屈をこねて尿意が消えるわけではないので、このトイレのお世話になることにする。すると。

 トイレはピカピカの新品であったが、手洗い場に水道がない。その代わりにアルコールの消毒スプレーが置いてある。どうも様子が違う。小便器は普通のものとあまり変わらないが、大便器の個室を見てみると、トイレットペーパーは便器に流さずにくずかごに入れてください、とある。何か特別な装置のついたトイレであるらしい。
 察するに、川に排水しなくても済むような工夫のされた仕組みのトイレと思われる。仕組みはよく分からないが安心して用を足すことにする。小用であったが面白いので大便器を使ってみる。簡易水洗のようなトイレであるがにおいはしない。これはどのような仕組みのトイレであるか。

 帰ってから調べるとこれはオゾンで有機物の分解を行うトイレであることがわかった。尿は浄化槽で処理した後にオゾン処理で酸化分解され、再び洗浄水に使う。大便は汚泥として沈殿させて汲み取って凝縮して運ぶ。洗浄水混じりの汚水は尿と同じ仕組みで浄化して再使用する。

 このトイレのポイントは、
  ・なるべく水を使わない
  ・汚水を再使用するためにオゾン処理する
  ・トイレットペーパーの処理は難しいので最初から水に流さないことにする

だといえる。

 この方式だとオゾンを発生させなければならないので電気代はかさむが、排水の問題はない。かしこい。
 トイレットペーパーを流さないという発想も斬新である。トイレットペーパーは排水再生過程の支障になりやすいから、ということのようであるが、何もあんなものを水に流せるようにする必要はない。
 このトイレで一番面白いと思ったのは、トイレを超節水型にしつつ、水を再利用できるようにして、排水が出ないようにするという設計思想である。

 私もかねて思っていたのである。
「この0.2L足らずの液体のために、6Lの清浄な水を犠牲にする仕組みを何とかできないものか」

 しかし水洗トイレは、し尿を大量の水道水で押し流そうとするから下水処理の問題が出てくるのであって、押し流す水の循環をトイレ内で完結させれば問題は少なくなる。
 大便はそもそもそれほど分解できないのだし、尿のアンモニアは下水に含まれる窒素分のかなりの割合を占めるのだから、これらを下水に流さないで隔離すれば改善の余地はある。
 
 下水に流すアンモニアが多くなろうと少なくなろうと、トイレの所有者には関係のないことであるが、この種の改善は水道料金と下水道料金の節減という副産物が見込めるらしく、高速道路会社のサービスエリアのトイレでは採用が進んでいる。
 例えば、神奈川県横浜市にある第三京浜道路都筑パーキングエリアのトイレは、清潔で快適なトイレであるが、洗浄水がほんの少し黄色い。

 都筑PAトイレ 都筑PAのトイレ

 トイレ内には「再生水を利用しています」という表示があるので、建物の横に回りこんでみると浄化槽がある。ここは横浜市内なので下水道が開通しているはずであるが、エリア内では排水を浄化槽で処理して再使用している模様である。
 NEXCO東日本は、下水道がある地域でもコスト的にメリットがあればこの方式を採用する、としている。これは希望の持てる取り組みといえる。
 
 しかし当然のことではあるが、その反対の驚きを体験することも多い。
 私は、家族と海水浴場に行った。海水浴シーズンの海は混雑しているので泳ぐには適していないが、海の家がたくさんあって海水浴気分が盛り上がるのがよいところである。海の家にはシャワーもあり、まことに便利である。海から上がると、私は着替えとせっけんを持ってシャワー室に入った。ここでギモンが生じた。

「このシャワーの排水はどこへ行くのであるか?」
 この海岸のある市は下水道普及率が100%近いが、さすがに砂浜に下水管はないと思われる。仮設の水道管を引くくらいはできても下水管の仮設は難易度が高い。

 しかしこのギモンは2秒くらいで解明した。足元を見ると「すのこ」があり、「すのこ」の下が砂地になっていて、そこに水がしみこむのが見えたからである。砂の吸収力は抜群で、シャワーの排水をどんどん吸い取る。おぉ。

「ということは、ここでせっけんを使うとどうなるのであるか?」
 このギモンも2秒くらいで解決した。隣のシャワー室から「すのこ」を伝ってシャンプーの泡が大量に流れてきて、砂にみるみる吸い込まれていったからである。砂は泡もどんどん吸い取る。
 私はせっけんを使うのを止めることにした。でも興味本位で顔だけせっけんで洗ってみた。泡はやはり砂に吸い込まれていった。


<参考にしたウェブサイト>
自然地域トイレし尿処理ハンドブック 環境省HP 
いろいろなタイプの山岳トイレのメカニズムを紹介している。この分野にはかなり手間とお金がかかっていることが分かる)

南アルプス野呂川広河原インフォメーションセンターのHP 
ピカピカの快適すぎるインフォメーションセンターである。ここに限らず国立公園内には多種多様の「エコトイレ」が設置されている。例えば国道1号線の箱根峠エコパーキングのトイレは、洗浄水は再生水かつ節水タイプ、トイレットペーパーは流して可、となっている。「秘境でもない箱根でトレペ流し去り不可はさすがに理解を得られないと踏んだか?」はたまた「このトイレの反省を生かして広河原で理想形に走ったか?」などと各地の個室で設計思想を沈思黙考するのも面白い。

山岳環境保全対策支援事業(環境省国立公園のページ) 
尿と大便を分離する新型トイレの写真や、富士山に投棄された使用済みトイレットペーパーの写真など。

NEXCO東日本HP
NEXCO東日本のプレスリリース

Surfrider Foundation Japanのホームページ
海の家は水質汚濁防止法の適用対象外だそうである。シャワーはシャンプーせっけん禁止、飲食排水は油回収装置を設けるなどすれば幾分マシになる気もする。


 <目次にもどる>

46 しょうゆととんこつ(前編)

塩ラーメン ラーメン(塩)

 ラーメンは内容物の原価のわりに販売価格が高いのではないか、と言う人がいる。(※1)
 私もそう思う。麺とスープと具だけで700円くらいする。
 そのくらいの価格でこだわりの味を楽しめると考えれば安いが、こだわらないラーメンでも500円くらいはする。この価格は、もっと具が多いカレーや牛丼よりも高い。
 その一方で「ライスは無料」というサービスがある。無料でない店も100円程度で注文できる。あれはあれで不思議な安さである。
 
 とはいうものの、そのことに特に不満があるわけでもないので、私も人並みにラーメン屋に行く。そしてこの二つの違和感、すなわち「ラーメンの高さ」と「ライスの安さ」に潜むラーメン問題に気付いたのであった。
 
 冬のある日、ある田舎町のラーメン屋に行った。田舎はラーメン専業が少ないので、正確にはラーメンの提灯を掲げている中華料理屋である。
  ラーメン屋の前にショーウインドウがあり、メニューをじっくり見る。

「?」

 ドブのにおいを感じる。
 見ると私の足元にコンクリート製の蓋のかかった側溝があり、そこからにおいが出ている模様である。ただしそれほど強くはない。私の鼻が敏感だから感じるのであって、一般の人なら気にならない程度の臭気である。
 側溝は道路沿いに立ち並ぶ商店の前を貫かれている。
 そこでメニュー選びを中断して側溝に沿って歩いてみる。食料品店や事務所や住宅がちらほらする、閑散とした田舎の商店街である。特ににおいはなかった。しかしやはりラーメン屋の前に戻るとにおう。
 私はこのラーメン屋に興味を抱き、店内に入ってラーメンを注文した。
 
 ラーメンはうまかったが、油ギトギトのスープが残った。
 このスープも飲みたいが飲むわけにはいかない。ラーメンのスープには油と塩分と化学調味料が大量に入っている。麺は食ってもスープは飲むな、とラーメン通の友人からきつく教えられている。
 そこで未練がましくスープを数口啜っては眺めた。そして思った。
「このスープはどこへ行くのだろうか」
 
 この地域には下水道がない。となれば排水は浄化槽で処理することになる。
 問題はこの浄化槽が単独浄化槽(厨房排水を処理できない)か、合併浄化槽(処理できる)かであるが、店舗の建築が古そうなので単独浄化槽であろう。単独浄化槽は合併浄化槽に替えるべし、と法律には書いてあるが、費用がかなりかかるので建て替えでもしない限り強制はされない。ここもおそらくそうであろう。
 
 しかし飲食店の場合は、日量ベースで50m3以上の排水を出す場合は水質汚濁防止法が適用となり、BODで160mg/L未満(かつ一日平均で120mg/L未満)の水質に抑えなければならない。
 一般に河川の水質はBODで5mg/L程度をクリアできるかどうかというレベルが問題になっているので、160mg/Lという規制値は緩すぎるのであるが、水質汚濁防止法の適用対象になっていればとりあえずBOD値で160mg/L以上の排水は出せないことになっている。
 
 ところが全ての飲食店がこの法律の適用対象になるわけではない。
 水質汚濁防止法には「日量ベースで50m3以上の排水を出す場合」でないと適用対象にならないという条件があるからである。50m3とは50000L。これ未満の排水量だと対象外になる。50000Lというのは結構多い水量である。
 風呂洗濯トイレも含めた一般家庭の使用水量は一人一日あたり約300Lくらいとされるからその167倍。業務用ということを考えても多い。
 飲食店は小規模なものが多いから、したがって、もともと緩い水質汚濁防止法の基準さえも適用されない飲食店が多数存在するという構造が生まれてしまう。
 
 それはまずいということで、多くの都道府県ではこの「50m3」を20m3や30m3に引き下げて、水質汚濁防止法の適用対象施設を広げる条例を作っている。対象を広げる度合いは、湖や湾などの汚れやすい水域を抱えているかどうかで変わるようであるが、それでも日量ベースで排水量が20000Lや30000L以上ということであり、おそらくこのラーメン屋レベルの規模だと対象にならない。そういうことでは困る。
 
 ということで、ラーメン屋の床下には、グリストラップという装置を付けることになっている。
 グリスは油、トラップは捕集器、つまり「油捕集器」。油は水より軽いのでそっとしておくと上に浮かび、それが冷えると固まる。グリストラップはこの仕組みを利用して排水中の油を取り除く装置である。これがあればスープから油だけを取り除ける。
 
 しかしそれはきちんと掃除していればの話で、捕集された油をこまめに取り除かないとグリストラップが機能せずに油垂れ流しになってしまう。
 グリストラップの掃除は悪臭を発する汚泥と格闘する大変な作業なので、ついつい掃除を怠りがちになる。私が学生の時にバイトしていたハンバーガー店にもグリストラップがあったが、格闘したくないのでいつも逃げていた。件のラーメン屋前のドブのにおいは、おそらくその結果であろう。
 
 グリストラップの図解(さいたま市のHP) ※2
 
 私はラーメン屋の排水処理が急に気になりだした。そして下水道普及率の低い街のラーメン屋を食べ歩いた。
 変な食べ歩きであるが、これはわりと難しかった。ラーメン屋は都市の繁華街に多い。そういう場所には下水道がある。下水道のない街に行くなら田舎に行けばいいが、そういうところにはラーメン屋よりもスナックが多い。
 
 そんな中、ある街でとんこつラーメンの店に出くわした。
 とんこつは強敵である。一般にラーメンスープのBODは27000mg/Lくらい(※3)と言われるが、これはおそらくしょうゆラーメンの場合で、油こってりのとんこつスープはこれをかなり上回ると考えられる。このラーメン屋の地区は下水道がなく、しかもこの店は人気が高い、つまり排水量が多いので水質汚濁防止法のクリアが絶対条件となる。
 
 果たしてどうしているか観察すると、店の前に大きな駐車場があり、浄化槽のマンホールが見えた。駐車場の下に大型の浄化槽が埋め込んであるようだ。浄化槽の設置費は家庭用なら100万円台で済むが、業務用だと1000万円位は軽く超えてしまう。この規模の浄化槽を設置するのはさぞかし大変だっただろうと思いつつ、とんこつラーメンを注文する。750円と安くはなかったがうまかった。
 ここで冒頭の違和感の一つ、ラーメン価格の高さの理由に気づいたのである。
 
 ラーメンの価格は排水処理コストを含んでいるのではないか。
 排水処理コストとは、
  ①浄化槽やグリストラップの設置費用
  ②浄化槽に空気や水を送り続けるポンプの電気代
  ③点検代
  ④発生する汚泥・廃油の処理費用
  ⑤浄化槽のポンプやファンベルトなどの修理代

の合計である。特に①と④の費用が高い。
 
 これを商品価格で回収しなければならないからラーメンは高くなるのではないか。
 飲食業は食事を提供して対価を得る商売である。だから排水処理コストがメニューの価格を左右するなどという現象は本来おかしいのであるが、ラーメンに限ってはこれが成立する気がする。
 
 なぜならラーメンは他のそれにはない特徴、すなわちスープを残すことを前提に作られるという珍しい仕組みを持った食品だからである。
 スープを伴う料理はいろいろあるが、例えばコンソメスープはそれ自体が食べ物なので食後に残らない。ちゃんこ鍋はスープは残るがおじやにして食べることができる。そばやうどんは汁が大量に残るが、脂分はないのでひどいことにはならない。

 かけそば かけそば
 
 しかしラーメンはそうはいかない。しかも作るほうからして、飲まれないことを前提として塩分と油たっぷりに作る。それがほとんど残されて捨てられる。それを、浄化槽や下水処理場で膨大なエネルギーをたっぷり使って分解する。下水に流す前に一部はグリストラップで捕らえられるかもしれないが、回収された油は廃棄物になる。ラーメンはこの繰り返しを前提にしている。
 
 これは率直に言ってもったいない構造である。お金を出して購入したスープを捨てて、お金を掛けて処理するという点が決定的にもったいない。しかもこのラーメン構造は、今まで特にギモンに思われることもなく日本の食習慣と一体接合している。これでいいのか。
 
 ということで私はラーメン排水について調べることにした。まずもっとも基本的かつ難しい問題すなわち、
「なぜ油を流しに流してはいけないのか」
から取り掛かる。
 
 このことは下水道局もよくPRしていて、油を下水管に流すと内部にこびりつく、BOD値が高いので処理に手間がかかる、というのが彼らの言い分であるが、それ以上のことはパンフレットにはない。
 すなわち、「なぜ油が固まりやすくてBODが高いのか」を説明してくれない。こういうことでは困る。ここをよく説明してもらわないと正しいラーメン排水探求方針を立てることができない。
 
 ということで本を買ってきて調べた。分かりやすさを優先して書くので学問的には多少不正確な記述になるがお許しいただきたい。
 まず、油は正式には脂質という。脂質は炭素(C)と水素(H)と酸素(O)の複雑な結合で成り立っている。炭素と水素と酸素が複雑に結合していると言う点では糖質(砂糖など)も同じであるが、脂質は次の3つの点が違う。
 ①水に溶けない
 ②分子中に炭化水素(CH)を多量に含む
 ③燃焼(酸化)させると糖類よりも多量のエネルギーを生む
 
 
 ①②③は互いに関連していて、
  ・水に溶けない(①)のは、脂肪酸という水に溶けにくい物質を含むからで、
  ・その脂肪酸は炭化水素(CH)を大量に含む(②)
  ・炭化水素(CH)は酸素(O)を含まないので、多くの酸素と結合(酸化≒燃焼)することができ、COやHOを発しながら多くのエネルギーを生む(③)
 
 よって脂肪は少ない量でもカロリーが高い。人間の細胞膜は脂質を多く含むが、これは①の水に溶けない性質を利用したものであり、ガソリンが自動車の燃料として使われたり、人間が体内に脂肪を溜め込むのは③の性質を利用したものである。
 
 しかし、これを川に流すとすべてが裏目に出る。
 水に溶けないのでどこかにこびりついて取れにくく、分解(酸化)するのに大量の酸素が必要なので、例えば好気性の微生物が脂肪を食べて水や二酸化炭素に分解されるまでに多くの酸素を消費する。
 分解するのに多くの酸素が必要という点では糖類も同じであるが、脂肪は分子中に酸素を少ししか含まないので、外から取り入れるべき酸素量が桁外れに多い。
 
 そのようなわけで、油混じりの排水を流すと、水中の好気性微生物はすべての油を分解しきる前に水中の酸素を消費しきってしまい、酸欠状態となる。すると代わりに嫌気性細菌が台頭して硫化水素(HS)などを発する。硫化水素を構成する水素(H)と硫黄(S)のうち、硫黄は脂肪には含まれないが、タンパク質には含まれることが多いので硫化水素は簡単に発生し、ドブ川誕生となる。
 
 あろうことかこれがうっかり流されやすい。
 なぜ油がうっかり流されやすいかというと、ひとつには、その分解の困難さと人間側の衛生観念にズレがあるからだと思う。例えばトイレ排水とラーメンスープを比べたとき、汚く感じるのはもちろんトイレ排水である。
 しかしそれは、人体に有害な病原菌がいるかどうかという観点からのものであって、分解の困難さから言えばラーメン排水のほうがはるかに困難である。
 トイレ排水に含まれるウンコは人間の体内で酸化燃焼や大腸内での嫌気性分解を経ているから分解がかなり済んでいるのに対し、ラーメンスープは分解のスタートラインにも立っていない。よってラーメンスープはトイレ排水よりもたちが悪いはずなのであるが、ラーメンスープは病原菌を含まないので本能的に汚いとは感じない。
 ラーメン排水はこの錯覚の中で放置されているといえる。錯覚を解くためにはラーメン排水の分解の困難さを調べる必要がある。(「47 しょうゆととんこつ(後編)」につづく)


<参考にした書籍>
生物を知るための生化学 池北雅彦 榎並勲 辻勉 丸善2005年
ブックオフで売られていたこの書籍は、大学1~2年生向けのテキストとして使われていたように見受けられる。この本は「タンパク質とは何か?」「どうして生命に水は必要か?」、「生命にとって金属元素はなぜ必要か?」など次々に易しく解明していく。医学の基礎としてはもちろん、ラーメンスープの研究や効率的なダイエット方法の探求にも使える、かなりお値打ちな書籍といえる。

<参考にしたウェブサイト>
※1 apalog 
本章のきっかけになったブログ。「ラーメンは高い」という記述に共感して読み始めたが、その高価格戦略をアパレル業界に応用しようとする発想に刺激されて、私もラーメン価格からドブ川を考えてみた。

※2 「飲食店の皆様へ」(さいたま市のHP)
人間はこんなにもアブラを流しているのであるか、と絶句するページ。汚泥のキャラのイラストにさいたま市の本気度が表れている。

※3 静岡県の環境学習用HP 
ラーメンスープのBOD値は測定者によってまちまちであるが、おおむねこの前後ではないかと思う。


 <目次にもどる>

47 しょうゆととんこつ(後編)

ラーメンスープ ラーメンスープ

第46章 しょうゆととんこつ(前編)からつづく)

 ラーメンスープのBODは実際よく分からない。
 一般に下水道局などが公表しているデータではおよそ27000mg/Lとされているが(※1)、そもそもラーメンにはしょうゆ、塩、みそ、とんこつ、バター入りなど多種のスープがある。しょうゆよりもとんこつのほうがBODは高いだろうし、塩よりも塩バターのほうが格段に高いであろう。
 27000mg/Lという値はどのラーメンのものなのか。ここをまず明らかにしたい。
 
 とはいうものの、BODの測定は難しい。
 BODは生物化学的酸素要求量といい、「その水に含まれる有機物を生物が分解するのに何mgの酸素が必要か」をもって水の汚さを表す。
 しかし生物が有機物を分解するには時間がかかる。有機物を微生物が食べてその微生物を別の微生物が食べて、最終的に二酸化炭素と水にまで分解されるには途方もない時間がかかる。

 そこで昔の人は次のように考えた。

「水の汚さが問題になるのは人間の目に触れている間だけですよね?つまり排水口から川を流れて海に到達するまでですよね?その時間は5日間くらいですよね?じゃあその間の汚染度さえ分かればいいんじゃないですか?」

 と割り切って、「5日間の間に水中の有機物を生物が分解するのに必要な酸素は何mgか?」を出す算定方法が昔のイギリスで決められた。
 これがBOD5というもので、役所の公表する川の水質データの単位にもなっている。

 しかしそれでも水質を計るのに5日もかけていては時間がかかりすぎである。
 しかも定められた器具、温度、バクテリアを用いなければならないので測定が難しい。また、海や湖の場合は川と違ってどこかに流れ去るわけではないのでそもそも5日に区切る意味がない。
 
 そこでCOD(化学的酸素要求量)という指標が生まれた。
 薬品を使って「その水に含まれる有機物を酸化剤で一気に分解した場合、何mgの酸素が必要か」を表すものである。
 CODの測定は簡単で結果がすぐ出るので、学習用の水質検査キットとしても売られている。これを使えば素人でも大まかな水質は測れる。ただし一つ問題がある。
 
 それは、国内の河川や排水の水質がほとんどBODで測定されていて、これを元に法律もわれわれの感覚も成り立っているということである。COD値が分かっても、「それがBODに換算するとどのくらいか」が分からなければ汚さの比較ができない。何とかCODからBODを割り出す方法はないものか。

 BODとCODは測定方法が違うのでCODからBODを出そうとすること自体無謀な試みであり、それはよく言われていることなのであるが、鹿児島県がこの無謀な試みを研究して公開していた。緊急な水質対策が求められる役所の水質検査セクションはなりふり構っていられないのだろう。私のラーメン研究はちっとも緊急ではないが、便利なので拝借する(※2)。
 厚かましくも論文を要約するとこうである。

・BODとCODの値には相関関係がある。つまりBODが高ければCODも高い。
・COD値におよそ0.6~0.95を掛けた値がBODになる。
・このようにばらつきが出るのは排水によって含まれる物質が異なるからである。
・そのメカニズムはこうである。例えば保存食品工業(漬物工場など)の排水は相関関係が高い(0.939)。漬物工場は糖類を多く使う。それが排水として出るのでCODは高い。しかし糖類は酸素さえあれば短時間に微生物に分解されやすい性質を持っている。したがってBOD(5日間で微生物に分解させて測定する)の値も同じように高くなり、CODと一致しやすい。
・しかし水産食料品製造業(0.594)や金属製品・機械製造業(0.650)などは、もっと分解に時間のかかる有機物を多く含んでいるので相関関係が低く出る。


 これは使えそうである。
 この論文にはいろいろな業種の排水のBODとCODのデータが載っているので、その中から一番参考にできそうなものとして「畜産食料品製造業の排水」を選んでみようと思う。

 ラーメンスープは脂肪とアミノ酸(化学調味料)が多い。畜産食料品製造業は肉類と乳製品を扱う業種である。脂肪とアミノ酸が多いという点ではラーメンスープに似ている、私はそう考えた。
 この畜産食料品製造業排水のCOD(Xとする)とBOD(Yとする)の相関は次のような数式で表されるという。

 LogY=1.36LogX-0.758

 さっぱりわからない。
 これは対数方程式というものらしいが、私は高校のときに数学を怠けたので全く理解できない。当時は「対数なんかできなくても生活には困るもんか」などと思っていたが、こんなところで困るとは。しかしよく読むと、この論文は数式と一緒に相関関係を表すグラフも載せてくれているので、グラフの曲線をたどればCOD値からBOD値を簡単に割り出すことができる。よかった。

 次にサンプルとなるラーメンを手に入れる。本当は実際のラーメン屋のスープを測定したかったがそれは無理なので、麺とスープがセットになった家庭調理用をスーパーで買う。種類はしょうゆ、塩タンメン、みそ、とんこつの4種類。

しょうゆラーメンのもと サンプルの全容


 さらに実験器具を買う。揃えたのは、
・COD測定キット(ネットで買った。6回分2200円)、
・ピペット(微量の液体を正確に吸い取れるスポイト。東急ハンズ渋谷店サイエンス・ベースで440円)
・計量カップ(台所にある料理用のを使う。0円)
・ステンレスボウル(台所にある料理用のを使う。0円)
の4点である。

mensurateurs 測定器具の全容

 ところで用意した測定キットで測れるCODは100mg/Lまでであるが、ラーメンスープのBODは27000mg/Lという高濃度である。これでは測定できないので「ラーメンスープを水道水で2000倍に希釈して、得られたCOD値に2000を掛ける」という作戦を取ることにする。ところが。
 
 試しに水道水をCODキットで測ってみると4mg/Lという値が出る。
「?」
 本を読むと、水中の亜硝酸態窒素がCODの試薬と反応して測定値を上げてしまう、とある。
 確かに川の水には尿や肥料のアンモニア由来の亜硝酸態窒素や硝酸態窒素が含まれている。
 しかし普通の浄水場にはこれを分解する機能はないので、したがって水道水にはそれらが数mg/L含まれる。含まれていても水道水としては問題はないが、CODの試薬に反応してしまうのでは希釈水として不適格である。
 そこでドラッグストアに行って精製水(500ml入り98円)を買う。精製水とは有機物もミネラルもない純粋なHOで、コンタクトレンズの洗浄用に売っている。これでよし。いよいよ測定準備に取り掛かる。

①まずしょうゆラーメンを作る。ラーメンを茹で、付属のしょうゆスープと調味油、自分で用意したもやしとキャベツを加える。なお、もやしとキャベツは油で炒めず、電子レンジで加熱しただけである。またチャーシューなど肉類の具は入れていない。
②食べる。後にスープが残る。量を測ると270ml。おいしいのでこれを5口くらい吸う。
③ここから0.2mlだけをピペットで吸い取り、ステンレスボウルに入れる。
④そこに精製水400mlを入れる。これで2000倍の希釈スープができる。

l'eau raffine


⑤希釈スープをよくかき混ぜてCODキットの専用カップに入れる。
⑥カップに紫色の試薬を2滴垂らす。
⑦COD測定用スポイト(中に発色剤が入っている)でカップの中の希釈スープを全部吸う。
⑧5分待つ(水温20℃の場合)
⑨最初ピンク色(試薬の色)だった希釈液がスポイトの中で薄紫色に変わる。
⑩その色と、付属の色見表を照らし合わせる。薄紫色になった場合は、COD約10mg/L。

しょうゆCOD

⑪先ほどのグラフと照らし合わせる。
 COD=10mg/Lの時→BOD=約4mg/L
⑫原液はこの2000倍であるから4mg/L×2000=約8000mg/L
であるから、

 しょうゆラーメンスープのBOD=8000mg/L


 思っていたよりもかなり低い。
 公表されている「ラーメンスープのBOD=27000mg/L」を大幅に下回る。おかしいなあ。  
 しかしとんこつなら27000mg/Lを超えるかもしれない。とんこつの袋を開ける。

とんこつ

 ①~⑧を繰り返し、⑨で出たのは薄紫と薄緑の中間の色であった。
cod_porc

⑩色見表によれば、薄紫ならCODは10mg/L、薄緑なら20mg/Lである。よって今回は中間の15mg/Lであろうと判定する。
⑪先ほどのグラフと照らし合わせる。
 COD=15mg/Lの時→BOD=8mg/L
⑫原液はこの2000倍であるから8×2000=約16000mg/L

 とんこつラーメンスープのBOD=16000mg/L
 

 やはり公称値の27000mg/Lには届かない。どうも学習用キットで出したCODでBODを割り出すという安直な手法に問題があったようである。学習用キットは色の違いで数値を目測する仕組みなのでどうしても詳細な数値を出せない。しかしとんこつがしょうゆの2倍程度のBOD値を持っているであろうことは分かった。この違いは何か。

 しょうゆラーメンの袋に載っている成分表を見ると、「脂質4.0g」とある。とんこつのそれは5.9gで約1.5倍。とんこつBODはしょうゆの約2倍であるから、「脂質が多いほどBODは高くなる」ということが言えそうである。脂質は格段にBODが高いから、他の成分、例えば糖質やアミノ酸がどのくらい入っていようと、脂質の量がそのラーメンのBODを左右してしまうのではないか。脂質の量を見ればBODが予測できるのではないか。
 私はそう推測して、次に測定する塩タンメンと味噌ラーメンの成分表を見た。

 塩タンメンの脂質6.1g、味噌ラーメンの脂質5.7g 

 なんとあの澄んだ塩タンメンは味噌ラーメンよりも、そしてとんこつよりも脂質が多い。しからば塩タンメンのBOD値はとんこつ以上であろう。
 私は今まで、「とんこつのスープは流しに流してはいけないが、タンメンはOK」と勝手に思っていたが、見かけで判断してはいけないのかもしれない。実際に測定してみる。
 
 まず塩タンメン。⑨で出たのは薄紫色。しょうゆと同じ、ということで塩タンメンのBODは8000mg/L。意外にも塩タンメンはその脂質の多さにもかかわらず、しょうゆ並のBODに抑えられていた。
 
 次に味噌ラーメン。⑨で出たのは薄紫と薄緑の中間の色でとんこつと同じ。よって、味噌ラーメンのスープのBOD=16000mg/L。
 
 結果をまとめると、しょうゆ・塩タンメンの清澄系(BOD低め)と、とんこつ・味噌の混濁系(BOD高め)に二分された。推測が外れた理由は分からないが、ラーメンスープのBODは、脂質の量ではなく、やはり「見かけ」によるということが言えそうである。
 
 強引にまとめてはみたものの、今回の測定ではこの程度のことしか分からず、信憑性のあるデータを得るという点では失敗であった。
 しかしこの測定は、改めて私にラーメンスープのBODの高さを実感させた。
 400mlの水にスポイトで0.2ml(7滴くらい)のスープを混ぜるだけでBODが4mg/や8mg/Lに達してしまう。これは水道原水の水質としては不適格なレベルである。しかも実際のスープのBODはこの2000倍。

 私は反省した。これをいままで流しに流していたとは。ラーメン屋で残していたとは。
 と思ったものの、私はこれからもラーメンを食べたいし、世の中には定食屋で一生懸命ラーメンを作っているおばあちゃんもいる。ここはひとつイノベーションが必要である。そこで、さらにラーメン屋通いを続けて解決策を二つ見出した。

(解決策1)従来型のラーメンをやめて、つけ麺を食べるようにする。
 これは以前からなんとなくやっていたが、やはりつけ麺は捨てるスープが圧倒的に少ない。
 しかしラーメンというのはたっぷりの熱いスープの中で啜るのがいいのであって、つけ麺では気分が乗らないということもある。そこで、

(解決策2)ラーメンを半ライス付きで注文する。
 普通のラーメンは1人前では物足りない。そのとき麺の替え玉を頼んだりせずに、半ライスをセットで付けてスープに浸して食べる。ライスはスープをよく吸うので味が浸みておいしい上にスープがほとんど残らない。
 スープは、しょうゆ・塩よりも味噌・とんこつのほうがライスになじむ。つまりBODが高いほどうまい。すなわち水質汚濁防止と両立する。
 これを「高BODラーメンライスうまいの法則」と呼ぶこととしたい。

 このようにすれば下水に流す油をカットすることができる。
 油と塩分の取り過ぎが気になるが、そもそもラーメンというものは体に悪い食べ物であって、そんなものを食べておきながら健康を気にするほうが悪い。これはあるいはラーメン屋の店主もそう思っているのではないか。そこでこう考えたのではないか。

「脂質を下水に流さずに客に摂取させて排水処理コストを低減したい」

 冒頭に抱いた違和感の2つ目、ラーメンライス無料のシステムは、そのための誘導策なのではないか。そうだったのか。ラーメン屋もあれで結構考えているのだなあ。

 ところがこの考察は正しくなかった。
 ある有名店でラーメンライスを食べながら価格表を見ると、その店の価格は次のようになっていた。
  ラーメン700円
  小ライス100円
  つけめん850円
 
 つけめんのほうがラーメンより高い。私の考察が正しければ、つけめんのほうが排水処理コストが少なくて済むので安いはずなのに、逆に150円も高い。これはどうしたことか。 
 そこで別の日につけめん有名店に行った。
 この店もつけめんの方が普通のラーメンよりも高い。注文したつけめんを観察しても食べてもよく分からない。何がつけめんの価格を押し上げているのか。謎は深まるばかりであったが、後日、自宅でラーメン調理に失敗した時に分かった。
 つけめんは麺をスープに入れないので麺どうしがくっつきやすい。しかもスープが冷めて風味が損なわれやすい。これらの課題を克服するために手間と工夫が必要になる。
 例えばある店では従来型ラーメンの茹で時間は4分なのに、つけめんは8分かけている。それがコストを押し上げているのではないか。一方、麺という食べ物は、時間とともにのびてまずくなるという欠点があるから、ライスよりも管理が難しい。よって麺の替え玉はライス1杯よりも高い。
 
 要するにラーメンは手間のかかり方に応じて価格が高くなるのであって、排水処理コストはそれほど価格に影響していないことになる。つまり私の考察は間違っていたといえる。せっかくラーメン価格の秘密を解明したと思っていたのにくやしい。 
 しかしこの一件で私はラーメン排水問題に開眼した。そこでもう一つ正攻法の解決策を見つけてきた。

(解決策3)ラーメン排水対策に取り組んでいる店で食べるようにする。
 ラーメンスープはシンクに流すから処理が難しくなるのであって、最初の濃い状態のスープを回収して廃油処理すればよい。この方式は、例えばJR船橋駅ビルの「ラーメン横丁」というラーメン屋テナントを集めた区画で採用している。簡易な回収装置に、残ったスープを流し、油脂を回収して別の施設で再生燃料として使う。配水管トラブルと汚泥処理コストが減るメリットがあるという(※3)。
 実際に食べに行くと4店舗全てが混濁系スープである。客としてはいろいろなスープがあったほうが楽しいが、混濁系はこの処理方式のメリットを最大限に享受できそうだからこの店舗構成は納得である。回収する現場は客席からは見えないが、ここならスープを残しても問題ない。
 と思っていたら隣の席の女性はスープを全部飲んで帰っていった。これが一番いい。

<参考にしたウェブサイト>
※1 静岡県の環境学習用のホームページ

※2 事業場排水のCODとBODの関係性について(鹿児島県のHP)

※3 「排水の油脂を再生燃料化」(株式会社ティービーエムのHP)
てんぷら油の再生燃料化はよく聞くが、それより濃度が薄くて回収しにくくて悪臭問題を伴うラーメンスープに挑戦したところにスピリットを感じる。

※ 美味しんぼ(29) (ビッグコミックス) 「フランス料理とラーメンライス」 1991年5月 小学館 
グルメ化とともに高濃度化が進む飲食店排水。「排水問題とグルメの両立」というテーマを与えられて「究極メニュー」側が考案したのはソースをパンですくって食べるフランス料理の手法。一方の「至高のメニュー」側は何とラーメンライスで対抗。恐るべし海原雄山、慧眼はドブ川問題にも及んだか!というストーリーをタイトルから妄想したが、全く違う話であった。

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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

カテゴリ
「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
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