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5 「下水のにおい=ドブ川のにおい」なのか

下水管

 東京の都心には下水の流れるドブ川はない。
 しかしほのかに下水のにおいのする場所はある。古い下水道の幹線が地下に埋まっている場所、例えば品川区の西小山駅前や、渋谷のセンター街などはそういうにおいがする。

 東京都心の下水道の多くは、東京オリンピックの直前に作られた。
 外国人が来たときに水洗便所がないのはまずいということで急いで作った。急ぐために、ドブ川にフタをしてそのまま下水幹線にするという方法が用いられ、オリンピック後もその方式が踏襲された。
 西小山の駅前は立会川というドブ川にフタをした下水幹線の直上であり、センター街の地下には宇田川にフタをした下水幹線の支流が流れている(※)。このような古い構造の下水幹線の埋まっているところでは、ほのかに下水の臭いがする。

 下水のにおいがするのは下水幹線の古さの問題だけではない。下水を出すビル側にも問題がある、というかそちらの要因の方が大きいそうである。
 繁華街の地下の飲食店に行ったとき、この店の排水はどうやって流しているのかと思ったことはないだろうか。
 例えば地下1階の店の場合、公共下水管は店の排水口より高い位置の地下を流れている。これをクリアするためにビルの地下2階に巨大な水槽を設けて汚水をいったん貯め、ある程度貯まったところでポンプで公共下水管の高さまで引き上げて排出する。
 この汚水を貯めるプロセスが問題で、あまり長時間貯めていると汚水が腐敗する。ただでさえくさい汚水なのに腐敗が進んで硫化水素が発生する。この腐敗した汚水を公共下水管に排出する時に硫化水素が拡散して、路上のマスから流れ出る、ということのようである。
 だから、街で下水のにおいが漂っているのは下水管の問題よりもビルの汚水の水槽の問題ともいえるが、どちらにしても下水のにおいは強烈であるということに変わりはない。

 さて、この「原液」はどのくらい強烈なのであろうか、実際に嗅いで確かめてみたくなってきた。
 地下を流れている下水は昔のドブ川と違ってトイレの排水も含んでいるからかなり強力なはずだ。田舎で汲み取り式の公衆便所に出会うと怖くて入れない私であるが、なぜか下水管のにおいは体験してみたい。

 東京の郊外の小平市に「ふれあい下水道館」という下水道のPR施設がある。この手の施設はどこの市にもあるが、ここの特徴は実際の下水管の中に入れることである。地下五階まで下りて重いハッチを開けると、下水管の中に架けられた橋の上に躍り出る。

 中はむっとするような湿気で生暖かい。
 暗闇の中をチューブ型のトンネルが貫通して、下の方に下水が流れているのが見える。色は茶色く、においはドブ川のものとは明らかに違う。ドブ川特有の青臭いコケのようなにおいがない。また、近くにあるデジタル表示板は下水管の中にほとんど硫化水素が発生していないことを示しているので、その違いもにおいに現れているのだろう。
 どちらかというと公衆便所のにおいに近いのだが、かといって汲み取り式便所のような目が痛くなるような臭いではない。トイレの排水のほかに、洗濯や風呂の水などのそれほど汚れていない水も混じって「薄まって」いるとみえる。見学者向けに刺激の少ない下水道を見せているのだろうが、思ったほどでもないな、というのが実感であった。

  参考:ふれあい下水道館のページ

 悪臭を不快に感じるかどうかは環境によるところが大きい。
 下水管の中など悪臭に満ちているところでは、鼻が慣れてしまって悪臭を悪臭とも感じなくなる。渋谷のセンター街も下水のにおいがあるが、歩く人の香水やファーストフード店のにおいといった他のにおいがかなり混じるので、下水のにおいだけを取り上げて不快に思ったりしない。
 ところが無臭であるべき場所に下水のにおいが漂うととても目立つ。
 古い下水管の通る住宅街がそうで、そういう場所は微妙な下水のにおいがとてもよく分かる。下水のにおいの中に洗剤やシャンプーの香料のにおいが混じっている。最近の洗剤やシャンプーの香料は香りが強めで出来もよく、それが下水の臭いに混じっている。

 これは昔のドブ川ではなかった現象である。
 花の香りがするなと思ったら下水を流れる洗剤のにおいだったりする。下水のにおいを嗅ぐと、今どの洗剤が売れているのかが分かることもあって面白い。
 しかし困ったこともある。
 人に会って、服から洗剤の香りが漂うと、「こないだ世田谷の呑川下水幹線で嗅いだにおいはこれだったか」などと記憶を検索してしまう。申し訳ないこととは思う。

※下水のにおいの原因についての修正(H22.8.28本文・注釈修正)
 その後気になっていろいろ調べた結果、街の下水のにおいは下水管の老朽化よりも、むしろビルの汚水管理が要因になっている場合が多いことが分かったので、修正した。ただし、ビルがない住宅街でも下水のにおいがすることがあるから、下水管に問題がある場合もある、ということもありそうである。
 以下の東京都下水道局のページには、ずばりセンター街の下水図面を使ってこのことが説明されていて分かりやすい。

  参考1:「ビルピット臭気対策について」(東京都下水道局のページ PDF6.9MB)

  参考2:「ビル街からの悪臭について」(名古屋市上下水道局のHP)

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4 ドブ川はなぜくさいのか

下水道普及率map09
下水道普及率(日本下水道協会HPより)

 東京はすでにかなり下水道が整備されているので、古典派ドブ川と呼べるものはかなり少ない。しかし千葉や埼玉辺りに行けばまだまだたくさん保存されている。  

 例えば下水道普及率の統計を見ると、東京都は99.1%、神奈川県は95.5%だが、千葉県では67.2%とかなり下がる。
 その千葉で一番低いのは北東部にある旭市で7.9%。しかしここで早合点してはいけない。この統計には落とし穴があって、下水道がそもそもまったくない市町村は含まれていないからである。千葉県にはそういう市や町が19個あって、このようなところにこそ古典派ドブ川が潜んでいる(※)。

 私がよく行くのは太平洋岸の九十九里海岸である。九十九里海岸沿いは古典派を育む要素を2つ持っている。
 まず下水道がない町がいくつかある。普通、下水道がない町では、家庭の排水を自宅の浄化槽できれいにして排水溝に流すので、理論的には川に汚水が流れるということはない。しかし下水道のまったくない町では、昔から建っている家については、トイレ以外の排水すなわち洗濯や台所の水はそのまま排水溝に流してもよいという法律上の特例があって、これが古典派を生む。  
 
 二つ目の要素は地形である。九十九海岸沿いの平野は、海に打ち寄せる砂が長年堆積しつつ地殻変動で隆起してできた。この砂が海岸と平行な細長い砂丘を何本も作る。すると山側から流れてきた川はこの細長い砂丘に阻まれて、細長い砂丘の間の低地に滞留する。滞留する水は腐る。

 下水道が普及していないことと水はけが悪いこと、これが社会科的な面から見た古典派ドブ川の二大成立要件といえる。
 しかしそれだけでは、いかにしてかくも黒く、臭いドブ川が生まれるのかが分からない。これを解明するには理科的な説明が必要となる。

*  *  *  *  *

 ドブ川には汚さに応じていくつかのランクがある。
 よく、下水道のパンフレットなどでは川を、①イワナが棲めるような川、②コイやフナなら棲める川、③魚の棲めない川、の3段階に分類しているが、実際はもっと複雑である。きれいな川はどこも似ているが、汚いドブ川はバリエーションに富んでいるものだ。あまり仔細に描写するのは憚られるが、汚いドブ川をましな順に並べると次のようになる。

①水は透明だが底に茶色い藻が生えている。においはくさくない。
②水全体が緑色で底が見えない。少しくさい。     
水面

③水は少し濁って底に黒いヘドロがたまり、その上に白い綿のような物体がところどころにできている。くさいが、まれに魚はいる。
④水が白く濁り、水面には油やカスが浮いて、川底全面に白い綿が広がってその下にヘドロがある。強烈にくさく、魚もいない。

 ①②は安心して見ることができるが、④のレベルになると未知の生命体を見ているような気分になる。
 しかしここで橋の上で立ち止まって冷静に考えてみると、この臭いと黒ずみと白い綿の関係がよく分かっていないことに気付く。ドブ川の臭いは水から発しているのか、黒ずみから発しているのか、はたまた白い綿か。
 
 普通、汚れた水を川に流すと、水中の植物プランクトンや魚の栄養分となって摂取されて別の物質に変わる。これがよくいう自然の浄化作用で、次のような作用が働いている。
 
 汚水の中の栄養分+酸素→ (生物が摂取) →熱+二酸化炭素+水
 
 生物は食べた栄養分を酸素で酸化し、熱を発生させる。この熱が生物の生きるエネルギーとなる。汚水が増えるに従って彼らはフル稼働して浄化してくれる。ところがこれには限界がある。水中の酸素が足りなくなって生物が死んでしまうからだ。

 ここで嫌気性細菌というものが登場する。嫌気性細菌とは酸素がない場所でも生きられるタイプの細菌のことで、例えば人間の内臓の中にいる菌はこれである。
 私たちは酸素を吸って栄養分を燃やして生きるタイプの生物なので、生物は酸素がなければ死んでしまうと思っているが、実は生物が生きるために必要なのは熱(エネルギー)である。酸素は栄養分を燃やして熱を得るために効率的なだけで、熱さえ得られれば酸素がなくてもかまわない。だから酸素がない世界では嫌気性細菌が繁殖する。彼らはどうやって生きているのか。

 嫌気性細菌は下水の中に含まれる硫酸塩という物質を分解して熱を得ている。硫酸塩とは硫黄の原子(S)と酸素の原子(O)がくっついたもので、化学記号でいうとSO4 2-と書く。嫌気性細菌は硫酸塩(SO4 2-)の中の酸素原子(O)を分解して取り出し、これを下水の中の栄養分にぶつけて化学反応を起こし、熱を得る。
 
 ところで酸素はともかく、私たちは下水に硫黄を流しているつもりはない。
 ところが硫黄は人間の食べ物に多く含まれていて、例えば飯を炊くとモワーンと出てくるにおい、あれはコメの中の硫黄化合物のにおいである。硫黄を含有する温泉に行くと腐った卵のようなにおいがするが、硫黄泉と腐った卵が同じにおいがするのは当然で、卵には大量の硫黄化合物が入っている。タマネギもニンニクもラッキョウも硫黄化合物を含んでいる。このように硫黄は人間の食べ物の中にあふれているので、これが硫黄化合物や硫酸塩という形になって下水中に排出される。 
 
 前記の化学反応が起きるとき、硫化水素というガスが出る。これは例の卵の腐ったような臭いの有毒ガスで、これがドブ川の悪臭の一因になる。さらに硫化水素は川底の泥の中の鉄分と化学反応を起こして硫化鉄を作る。硫化鉄は黒い色をしている。だからヘドロは黒い。

 それにしても酸素がなくても生きていける細菌がいるということは、地球から酸素がなくなって人間が絶滅してもこれらの細菌は生きていけるということでもある。生命というものはなんと多様な手段を用意しているものかと思う。しかし人類滅亡後の世界がドブ川の底で先駆的に実現されているのだとするとちょっと怖い。

※下水道のない農村には、「集落排水」というミニ下水道を作って排水をきれいにしているところがある。また、下水道がなくても、トイレ以外の排水をきちんと処理できる浄化槽(「合併浄化槽」という)があれば川の汚染は防げる。しかしこれらは下水道普及率のデータには載ってこない。なぜ載らないかというと、「下水道」は国土交通省、「集落排水」は農林水産省、「浄化槽」は環境省の管轄だからという、よくあるお役所の事情のためである。しかしその不合理はお役所も自覚しているらしく、この3つを合算した「汚水処理人口普及率」(=何らかの手段で排水が浄化されている率)というものが発表されている。(H22.7.28加筆訂正)

(おすすめ参考書籍)
社会微生物学―人類と微生物との調和生存 共立出版1992年 ジョン・ポストゲート著、関 文威 訳
人間の生活に硫黄は不可欠。その硫黄は植物から摂る。植物は土壌から硫酸塩を摂る。硫酸塩は細菌の作用によって生成され(ドブのポジションはここ)、そのモトは動物や植物の腐敗物。このように硫黄は地球を循環している、ということもやさしく説明してくれる一冊。

(修正・追記)
修正用雑記帳1:下水道のない地域の下水処理は複雑なことになっているらしく、そのあたりを修正・追記した。

3  ドブ川は川なのか

普通河川



 「ドブ川」とは何であろうか。
 多摩川をドブ川と呼ぶ人はいないが、渋谷川をそう呼ぶ人はいる。
自宅の近所を古ぼけた水路が通っているとき、これは間違いなくドブ川といわれる。私たちはこれらをどういう基準で使い分けているのだろうか。

 ドブ川という言葉にははっきりした定義はないが、ぼんやりとしたイメージはある。それはだいたいこのようなものだろう。
  ・開放的で自然な感じの川→川
  ・閉鎖的で落ちたら怖い感じの川→ドブ川
  ・ドブ川の小さいもの→ドブ

 渋谷川がドブ川と呼ばれることがあるのはその形状が閉鎖的だからで、多摩川の場合は河原があって開放感があるためにそう呼ばれないのだと考えることができる。昔はドブは「溝」という字をあてていたことからも分かるように、「ドブ」とは人工的な溝を指し示しているものとみてよい。

 実際は、さらにここに「水の量と汚さ」という観点が加わる。
  ・きれいで水の量が多い→川
  ・汚くて水の量が多い→ドブ川
  ・水の量が少なくて清濁がわからない→ドブ

 人々はこれらの要素をフィーリングで判断して、「ドブ川」とか「ドブ」と呼び習わしていると考えられるが、このようにあいまいに捉えられていることがドブ川の実体を分かりにくくしているともいえる。ドブ川を訪ね歩く身としては、ここのところの定義をはっきりさせたい。
 そこで法律ではどう分類しているのか調べてみた。ドブ川は人工的な手がかなり入った川なので、法律でどのように分類されるかによって存在の仕方がまるっきり変わってしまうからである。水の流れている場所を法律別に分類するとこうなる。

  ①河川法に基づく「河川」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(一級河川、二級河川、準用河川)二級河川の看板(青野川)

  ②下水道法に基づく「下水路」扱いの川・・・・・・・・・・・・(都市下水路)
  ③農業用水条例や工業用水条例に基づく「用水路」・・(農業用水など=一種の上水道)
  ④道路法に基づく「側溝」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(道路のわきの側溝=道路の施設の一部)
  ⑤その他・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(普通河川など)

 こうしてみると川というものが縦割り行政で管理されていることがあからさまになってしまうのだが、ドブ川探索は縦割り管理の隙間を楽しむ行為なのでそれは別によい。それよりも困るのは①の考え方がややこしいことである。
 河川法は河川の法律といいながら、治水上重要な河川しか対象にしていない。つまり一級河川(国が管理する川)、二級河川(都道府県が管理する川)の2種類である。
 その他の川は河川法では管理しない川ということになるが、そこそこ大きくてほったらかしにできない川もあるので、そのような川を「準用河川」として市役所に管理させている。「準用」とは、「河川法では関知しないけど、準じて似たような感じで管理してくださいね」といったほどの意味である。

 さらにこの下に準用河川にもしてもらえなかった「普通河川」というものが存在する。前出の分類では⑤の「その他」にあたる。世間一般に「ドブ川」と呼ばれているものの多くはこのカテゴリーに入る。

*  *  *  *  *

 普通河川は名前は「普通」だが、実際は一級にも二級にも準用河川にもなれなかった最底辺の河川である。これは急行や準急が走る鉄道路線における「普通」、特上寿司や上寿司がある寿司屋における「並」寿司のポジションと同じとみてよい。
 普通河川はどの法律の分類からもこぼれ落ちてしまった隙間的な川であるが、川である限り水があふれたり護岸が壊れたりするので、そういう時は市役所が直す。たいてい幅が狭く、水は少なくて汚く、変な藻が生えている。くさいし子供が落ちたら危ないから、といった理由でフタをされて暗渠にされることも多い。

 ドブ川のエッセンスはこの普通河川にある。都会では下水道の普及もあって昔の目黒川のような真っ黒なドブ川にはなかなかめぐり合わないが、郊外の普通河川には昔ながらの古いドブ川が残されている。都会の親水公園化されたこぎれいな川とは対極をなす「古典派ドブ川」といえる。古典派ドブ川を探すコツは三つある。

①下水道普及率が低い
②水はけの悪い低地である
③昔からの古い住宅地である

 特に①は有力な手がかりになる。
 古典派ドブ川を探したいときは、その地域の市の下水道普及率を調べて、低い場所から順番に回るとよい。ちなみに国土交通省が発表する全国の河川の水質ワーストランキングなどを見てもまったく役に立たない。一級河川しか対象にしていないからである。国土交通省も私のような物好きのために水質ランキングを発表しているわけではないのであるが、古典派ドブ川を探したいのなら、下水道普及率を見るのが一番手っ取り早い。(4「ドブ川はなぜくさいのか」につづく)  

全国の下水道普及率(平成23年度末 日本下水道協会のページ)

(追記)
ドブ川雑記帳30 「公共溝渠と普通河川と水路はどう違うのか(上)」 普通河川について詳しく知りたい方はこちら。
ドブ川雑記帳48 「ドブ川の水源としての側溝」 この章で詳しく触れなかった道路の側溝とドブ川の関係について調べてみた。

2 渋谷川の水はどこから来るのか

渋谷川源流部


 渋谷川は山手線の渋谷駅前から東京湾まで流れる全長約7kmの川である。
 コンクリートの巨大な排水溝といった風情の都市河川だが、水はそこそこきれいでドブ川というほど汚くはない。この川の水はどこから流れてきたものなのか、と前から疑問に思っていた。
 
 渋谷川はもともと新宿御苑の池を水源に、原宿、渋谷、麻布、と流れて浜松町付近の東京湾に流れる自然の川であった。このうち新宿御苑から渋谷駅前までの上流部分が東京オリンピックの頃にフタをされて暗渠になる。
 
 川沿いから出る生活排水で渋谷川がドブ川化したので、フタをしてそのまま下水路として使うことになったためである。
 原宿の裏通りには渋谷川のあった場所に遊歩道が続いているが、その地下は渋谷川を転用して作った千駄ヶ谷幹線と呼ばれる下水路になっている。
 
 一方、渋谷駅前から下流は暗渠にされずに川として残った。では現在この部分を流れている水は上流から流れてきた下水なのだろうか。どうもそのようには見えない。
 開渠の川に原宿や渋谷あたりのビルの下水がそのまま流れ込んだらとんでもない悪臭になるはずだが、そうはなっていないからである。
 
 東京都の下水道の図面を調べてみると、千駄ヶ谷幹線から流れてきた下水は渋谷駅前の地下で川跡を離れて、明治通りの地下に作られた下水路に接続され、港区の下水処理場に流れて行くようになっているようである。では渋谷川を流れている水は何者なのか。

*  *  *  *  *
  
 昭和40年代、東京に下水道が整備されると、渋谷川の水量は極端に減ってしまった。
都会では自然の湧き水がほとんどないので、雨が降ったときと、下水道につないでいない建物から排水が流れたときしか水が流れない。
 すると、少ない川の水が真っ黒になってしまうという現象が起きた。
 私も昭和60年ごろ墨汁のような色の目黒川を見たことがある。人間が流す排水はああまで黒くはないはずなのに、どうして川の水は真っ黒なのだろうか不思議なことであったが、その仕組みはこうである。

 まず、生活排水という水源を失った渋谷川は勢いがないので東京湾まで流れない。
 そのうえ東京湾の海面は潮の満ち引きで毎日数メートル上下するので、満潮で海面が上昇すると澱んだ水が渋谷川を逆流してくる。干潮で海面が低下するとまた海に向かって流れて行くが、勢いがなくてやはり海まで出られない。
 すると渋谷川は澱んだ水が行ったり来たりするだけの細長い汚水のため池のようになってしまい、その中で腐敗が進んでその化学反応で真っ黒になる。
 
 そこで東京都は、新宿区落合にある下水処理場で浄化された水を専用管で渋谷まで運び、これを渋谷川に流すということを始めた。現在渋谷川に流れている水はこの下水処理水だ。
 渋谷と恵比寿の間の並木橋にこのことを説明した看板が立てられており、川を見下ろすと放流口があって、少し緑がかった水が流れ込んでいる。

 この専用管はさらに先へ延びていて、目黒区大橋で目黒川に、目黒区緑が丘で呑川にも水を送っている。
 落合の下水処理場というのは神田川沿いの下水を処理する施設なので、つまり渋谷川の水は神田川水系の下水(の処理水)ということになる。
 おかげで渋谷川は魚の群れの見られる川になったが、この水をポンプで送るための電気代は相当なものであるらしい。都会のドブ川はけっこうお金がかかる仕組みになっているのだ。

(参考)
下水道台帳図(東京都下水道局)

(H23.6.4追記)
参考文献ではないのですが、戦前まで遡って渋谷川の暗渠化を詳説した書籍が出ました。著者の田原さんの企画展の展示図録はドブ川雑記帳でも大変参考にさせていただきました。
春の小川はなぜ消えたか 渋谷川にみる都市河川の歴史 (フィールド・スタディ文庫6)

(H23.12.29訂正)
呑川への下水処理水放流地点について「目黒区緑が丘」を書くべきところを「目黒区奥沢」と誤記していたので訂正した。われながらこの間違いは興味深い。詳細は(修正用雑記帳7)。

(H25.2.2追記)
 Wikipediaや、東京都都市計画審議会ホームページの資料(pdfファイルの35ページのところ)によると、平成21年5月22日に渋谷川の上流端は、従来の宮益橋(東急東横店のところ)から稲荷橋(246号線のところ)に変更され、250m短縮されたようである。したがって現在は同百貨店は「川の上」にはない。
 渋谷川に関しては渋谷駅東口の再開発や東横線跡地を利用した水辺空間再生などの動きが報道されており、いろいろ変わりそうである。

<関連記事>
第35章 東急百貨店渋谷店のトイレ 「渋谷川の上に存在するデパートとして有名であった東急百貨店東館のトイレの排水は、昭和8年当時どのように処理していたのか?」について調べてみた。

1 はじめに&目次

 ちょっと大き目のドブ川のイメージ


 ドブ川はくさい。けれどもなぜくさいのか、よく考えてみると分からない。

 あれはヘドロのにおいとでもいうのかもしれないが、ではなぜヘドロはくさいのだろうかと考えるとこれも分からない。家庭の排水はトイレやラーメンの汁や洗濯のすすぎ水など色々なのに溜まるヘドロはなぜいつも黒いのだろうか。
 ドブ川に流れている水はどこから出てきた水なのかも分からないし、だいたいドブ川は下水なのか川なのかもはっきりしない。

 このようにけっこう分からないことが多いわりに、ドブ川が人々の話題に上ることは皆無と言っていい。ドブ川は街の恥部であり、口にしてはならない話題であるかのようだ。
 ドブ川が話題になるのは、「あんなに汚かったあの川が、市によって整備されてこんなにきれいな親水公園になりました」というニュースの時である。

 私はそんなドブ川が気になってきて、あちこちの橋の上からドブ川を眺めるようになった。眺めるともっといろいろな疑問が出てきて、今ではドブ川を素通りできなくなってしまった。これはそんなドブ川の雑記帳である。

(お願い)
 ・ドブ川雑記帳はテーマがきわどい上に、毎回「さっぱりわからない」というところから出発するので間違い・勘違いがありえます(以下の修正記事の多さの通りです)。また、理系の話を書くわりに基本が間違っていたりします。その場合はご容赦いただきたく、またお気づきの点をコメントいただければありがたく存じます。
 ・リンク、引用は自由です。ご連絡も不要ですが、著作権は当方にありますので引用元として「ドブ川雑記帳」と御記載ください。

(目次) クリックすると各章に飛びます。
2 渋谷川の水はどこから来るのか
3 ドブ川は川なのか
4 ドブ川はなぜくさいのか
5 「下水のにおい=ドブ川のにおい」なのか
・途中版あとがき
6 ドブ川と銭湯
7 ドブ川と美容室
8 モヤモヤ藻
9 ドブ川の小鉄橋
10 公共溝渠
11 お歯黒どぶ
12 どぶ板通り商店街
13 ウンコ問題
14 ドブと温泉とゆで卵とメタン
15 ビーチリバー
16 川底のベギアトア
17 渋谷川や目黒川はなぜ開渠区間が長いのか(前編)
18 渋谷川や目黒川はなぜ開渠区間が長いのか(後編)
・あとがき -私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか-(当初はここで完結する予定であった)

・続編(ドブ川雑記帳 川崎編)のおしらせ:19~29が川崎編。エリア的には川崎と松戸、テーマ的には下水道と浄化槽を取り扱っている。
19 遊園のラビリント
20 ボットン便所の終焉
21 遊園にはなぜドブ板水路が残っているのか
22 下水管とドブ板水路が併存する仕組み
23 ドブ川の終焉
24 ベランダ洗濯機
25 雨の日の生下水
26 単独浄化槽の問題
27 窒素の問題(前編)
28 窒素の問題(中編)
29 窒素の問題(後編)

30 公共溝渠と普通河川と水路はどう違うのか(前編)

31 公共溝渠と普通河川と水路はどう違うのか(後編)
32 新藤兼人監督『どぶ』

・続編のお知らせ もう少しややこしいギモンについて扱ったパートなので長編が多い。
33 豊橋の下水処理場はなぜ全国4番目なのか(前編)
34 豊橋の下水処理場はなぜ全国4番目なのか(後編)
35 東急百貨店東横店のトイレ
36 ヘドロ(前編)
37 ヘドロ(後編)
38 水質汚濁防止法
39 続・渋谷川や目黒川はなぜ開渠区間が長いのか
40 アユとコイ(前編)
41 アユとコイ(後編)

・続編のお知らせ 「いまさら訊けない基本的なギモンを調べたら奥が深かった」の巻
42 オレンジと油
43 夏のドブ川(前編)
44 夏のドブ川(後編)
45 広河原のオゾントイレ
46 しょうゆととんこつ(前編)
47 しょうゆととんこつ(後編)
48 ドブ川の水源としての側溝
49 泡立ちよ こんにちは
50 泳げる霞ヶ浦
51 アオコのにおい
52 長距離河川の孤独

・続編のお知らせ 「山へ海辺へ東へ西へ。東京近郊日帰り下水行楽」の巻
53 眠れる森の下水管(前編)
54 眠れる森の下水管(後編)
55 この水は飲料水として使用できます
56 海の家の下水道
57 上流都市
58 古隅田川
59 一級河川荒川の碑
60 法定外公共物にただよう情趣について考える
61 中川ウェットランド(前編)
62 中川ウェットランド(後編)

修正用雑記帳:書いた後にいくつも間違いが判明して直したページ。
修正用雑記帳その1 (生活雑排水/谷崎潤一郎関連) 
修正用雑記帳その2 (温泉のにおい/洗車関連)
修正用雑記帳その3 (風呂場の下水臭/内川のポンプ関連)
修正用雑記帳その4 (下水道普及率関連)
修正用雑記帳その5 (合成洗剤関連)
修正用雑記帳その6 (鉄橋枕木/京都堀川関連)
修正用雑記帳その7 (呑川/逆川/川の資料館関連)
修正用雑記帳その8 (上中下/普通河川関連)
修正用雑記帳その9 (渋谷川・東急百貨店関連)
修正用雑記帳その10(金町浄水場・蒸気機関車関連)
修正用雑記帳その11(金町浄水場の建設時期関連)
修正用雑記帳その12(近代ドブ川研究の母・アオコ関連)
修正用雑記帳その13(近代ドブ川研究の母・アオコ関連)
修正用雑記帳その14(国有財産法と水路関連)
修正用雑記帳その15(「この水は飲料水として使用できます」関連)

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最新記事
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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

カテゴリ
「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
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