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18 渋谷川や目黒川はなぜ開渠区間が長いのか(後編)

  内川内川(大田区大森東付近)

「17 渋谷川や目黒川はなぜ開渠区間が長いのか(前編)」からつづく)

 ヒントは呑川と立会川の間にあった。
 呑川は大田区の羽田で東京湾に注ぎ、立会川はその4km北の大井で東京湾に注ぐ。この間にもう一つ、内川という目立たない川がある。大田区馬込の谷戸から発して品川区の平和島あたりで東京湾に注ぐ川であったが、昭和46年にBOD換算で約100mg/lという猛烈な汚染に至ったので暗渠化された。
 今はほとんど暗渠の下水幹線になっているが、JR東海道線をくぐる場所から下流の1.6kmだけがやはり開渠になっている。内川もやはり東京西南部河川のパターンを踏んでいるのだ。そこでこの川の構造を解剖してみる。                     
   位置関係はこちら→東京都河川図(東京都のHP)
   内川の流域図はこちらの最終ページ(内川河川整備基本方針・東京都)

 暗渠で進んできた旧内川の下水幹線は、内川が開渠になる場所でさらに地下に潜って、開渠の内川の地下を下水処理場に向かう。
 いっぽう、開渠で残された地上の内川には流れ込む水がないので、東京湾の満ち引きで水面が上下するだけの細長い水溜りのようになっている。そのような状態なので東京の川にしては珍しく汚れていて、その対策のための資料が数多く公表されている。
 
 そこで分かったのは、内川には一つ役割があるということであった。大雨で暗渠区間の下水幹線が容量オーバーになったときに、オーバーした分を引き受ける役割である。
 内川を暗渠にした下水幹線は造りが古いので、雨が降ると雨水がそのまま下水路に流れ込む構造になっていて、たちまち容量オーバーする。そこで苦肉の策としてオーバーフローした雨水混じりの下水を内川の開渠部分に放流して急場をしのぐ。これが内川、ひいては東京湾の汚染の一要因になるのだが、とりあえず現状ではそうするしかない。
 このとき内川に放流される下水の量は毎秒18m3に設定されている。しかし放流されても東京湾が満潮だったりすると河口から排出できずに川が溢れてしまうので、河口に水門を設けて海水の逆流を防ぎつつ、ポンプで海に汲み出すようになっている。この能力が同じく毎秒18m3。
 つまり内川は下水幹線の下流部におけるバイパスの役割を果たしていたのである。すると他の河川も、基本的にこの役割を果たすために開渠になっているのではないかと推測できる。下水道台帳図を見るとこうなっていた。

 ・渋谷川水系:新宿御苑の源流部から渋谷駅付近までが暗渠の下水幹線、
          そこから先は下水幹線は明治通り下に逸れて、渋谷川の流路は開渠となる。

 ・目黒川水系:世田谷区烏山付近の源流部から目黒区大橋の国道246号線付近までが暗渠の下水幹線、
          そこから先は下水幹線は山手通り方向に逸れて、目黒川の流路は開渠となる。

 ・呑川水系: 世田谷区桜新町の源流部から目黒区の大井町線緑ヶ丘駅付近までが暗渠の下水幹線、
          そこから先は下水幹線は付近の街路の地下に逸れて、その先から呑川の流路は開渠となる。

 ・立会川水系:目黒区の碑文谷池付近の源流部から品川区大井のJR東海道線付近までが暗渠の下水幹線、
          そこから先は下水幹線は付近の街路の地下に逸れて、立会川の流路は開渠となる。

 いずれの川も開渠になっている区間には必ず並行する下水幹線が用意されていた。その区間では晴天時には開渠の区間は空堀にしておいて、大雨になったら雨水混じりのオーバーフローした下水を流すバイパスとして利用しよう、おそらくそういう考え方で開渠の区間を残したのだろう。
 うがった見方かもしれないが、開渠で残してあるのも「景観に考慮して開渠の川を残しておこう」というような配慮ではなく、「非常時しか汚水は流れないのだから暗渠にせずに建設費を節約しよう」という考えから出たものと思う。なぜならその考え方に立てば、開渠区間の距離が川によって異なるという謎もうまく説明できるからである。

 内川はもともと小さな川で、内川に水が流れ込む地域の面積(流域面積という)はわずかに3.25km
 しかし立会川の流域面積はそれより少し広く、呑川水系になるとぐっと広くなって17.5km、渋谷川水系は22.8km、世田谷の北部から流れてくる目黒川水系はもっと広くて45.8kmになる。流域面積が広ければ広いほど、大雨のときに下水が集中して溢れる危険度と面積が大きい。
 だから渋谷川や目黒川は比較的上流の方で下水幹線を分岐させて開渠区間との二本体制にした。さらに開渠の区間の川底はできるだけ深く掘り下げて迫り来る水を大量輸送できるようにした。それが渋谷川や目黒川の開渠区間の長さに繋がっている、そのように考えることができる。
 これは遠くの街から多くの車が集まる幹線道路ほど、都心のはるか手前からバイパスを造らなければならなかったり、多くの客を集める長距離の鉄道幹線ほど、ターミナルのはるか手前から複々線区間を用意しなければならないのと同じ構造といえる。

 この視点で見ると、神田川が汚染がひどかったにもかかわらず、全区間開渠で残されている理由もわかる。
 神田川の流域面積は105kmで東京の中小河川ではダントツに広い。さらに神田川は水害の頻発河川であったので、開渠の川はそのまま残して下水道は上流から下流までほぼ全区間、川に並行する形で新設するという破格の対応が取られている。その北にある石神井川もしかり。

  神田川


 開渠で残された都内の川は今でこそ珍重されているが、もともとは大雨のときの下水のバイパスとして残しておかざるを得なかった50年前の洪水対策の産物なのであった。
 なんだか実もフタもないような話であるが、過密な都会ではドブ川といえども道路や鉄道と同じような発想で「整備」されざるを得ない切実さがある。その証拠に現在東京では、東京湾に向かって流れる4水系10河川を縦に串刺しにして連絡する地下のバイパス河川が作られようとしている。こういう姿を見ると、田舎のドブ川は素朴な構造でよかったななどと思ってしまうのだ。

(追記)
 『39 続・渋谷川や目黒川はなぜ開渠区間が長いのか』でこの説が本当に正しいかどうかを採点してみた。

(参考)
東京都下水道台帳図(東京都のHP)

「環七地下河川」構想(㈱クボタのHP)
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あとがき -私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか-

堀川堀川(京都市中京区)

 川沿いを歩くとよく、「川をきれいにしましょう」という看板が立っている。
 その看板はたいてい小学生によって書かれ、「汚れた川はあなたの心」のような道徳的なメッセージなども添えられて訴えかけてくる。しかし看板は「汚れた川=よくない」という価値判断でもってドブ川を否定するだけで、なぜ川が汚れるのかという本質的な部分には立ち入らない。
 大人も同じで、ドブ川を訪ね歩いてその中を覗き込むというようなことは、いい歳の人はしない。ドブ川がくさければ近づかないようにするなり、市役所に苦情を言うなりするまでである。

 しかしドブ川は直視してみると、心をほっとさせる要素があるように思える。またはわくわくさせる要素がある。私が胸を張ってそう言えるのは、谷崎潤一郎が著書『陰翳禮讃』でこう書いているのを見つけたからである。

「便所の匂ひには一種なつかしい甘い思ひ出が伴ふものである。(中略)さう云ふと可笑しいが、便所の匂ひには神経を沈静させる作用があるのではないかと思ふ。」

 谷崎潤一郎は便所の匂いがいかに風雅なものであるかを延々一章語るのであるが、これはドブ川についてもある程度当てはまると思う。大谷崎の考察には到底及ばないものの、私も考えてみた。なぜドブ川をみるとほっとしてしまうのか。

 ドブ川は、人間の排出した汚水が自然の中に放出されたときに行なわれる、還元の過程だからなのではないだろうか。
 現代人の生活は大量の汚水を生む。その代償として高い維持費の下水道で浄化しなければならないのであるが、浄化しきれない部分は自然の川が引き受ける。その時に人工的な排水が悪臭や汚泥を産みながら自然に還っていく過程、それがドブ川だからなのではないか。
 硫化水素やヘドロが出るのは忌避すべき状態だけれども、そのようにして曲がりなりにも人工的な汚水が自然界に還っていく仕組みが生態系に用意されている、そのことを確認できるからではないか。
 
 ドブ川を見て私が一番驚いたのは、強烈なにおいを発するヘドロだらけのドブ川にボラやオタマジャクシやカメが泳いでいるのをよく見かけたことである。ヘドロの上に白いベギアトアが広がり、その上をボラの群れがすいすいと泳いでいる。彼らはかなり劣悪な水質でも生きられるようである。
 反対に、よく整備されて浄化された下水処理水が放流される都市河川ではこれらは見かけなかった。
 また、都市河川でも手入れが悪くて泥がたまっていたり雑草が繁茂する川、例えば港区南麻布の古川などには魚の姿が見えた。生物は水の汚さにはかなりの程度適応できても、コンクリートで固められてしまうと生きる場を失ってしまうのかもしれない。このあたり、人間にとっての「よい川」と、生物にとっての「よい川」は異なるように思える。
 
 ドブ川は人間にとって不衛生で醜悪な存在であるが、生態系としては少しも異常ではない。発生する硫化水素や濁った水が人間にとってはよくないだけで、生態系サイドとしてみれば、汚水に適応した嫌気性細菌が分解を引き受けてそれなりの生態系を作るだけの話である。
 むしろドブ川は人間活動の引き起こした生態系へのインパクトの結果が、においや色でわかりやすくダイレクトに人間に表示されるという良心的な構造になっているとさえいえる。だからドブ川はよい教科書なのであって、くさいドブ川に出くわしたら穴の開くほど観察したほうがいいのだ。
 
 そのようなわけで、私は旅行をしてもドブ川はしっかりと見る。最後に、本編で取り上げなかった地方のドブ川のうち、印象深かったものを挙げておきたいと思う。

 静岡県掛川市の東海道の街道沿いで江戸時代から営業している旅館に泊まったとき、入り口の前に細いドブがあった。聞くとそれは掛川城のかつての外堀であったという。改めて周辺を歩いてみると、古い石積みの歴史を感じるドブが各所にあった。

 香川県小豆島町は醤油の生産で有名である。木造の醤油工場が立ち並ぶ馬木という集落を歩くと、毛細血管のように細いドブがあって、そのたたずまいが城下町のように美しかった。毛細血管が本流に注ぐ箇所には必ず小さな水門があり、それはいったい何かと尋ねたところ、大雨と満潮が重なったときに高潮で水が逆流してこないようにするためのものであるという。馬木は海に近い集落である。

馬木の樋門小豆島の馬木川の樋門

 京都の堀川通という大通りを歩いていると、道の脇に親水公園のような堀ができていた。昔ここには堀川という川が流れていたが、下水道の普及で空堀になり、それを近年親水公園として整備したと看板に書いてある。
 その水はどこからくるのかというと、琵琶湖の水ということであった。哲学の道もそうだが、京都は琵琶湖の水が使えるので、こういうときに便利である。

 埼玉県の越谷市には地表面すれすれの今にも溢れそうなドブ川があった。しかもその護岸は土がむき出しで崩れそうになっていて、野趣に溢れたドブ川であった。糸を垂らしている人がいたので聞いてみると、底にザリガニがいてそれを釣っているのだという。

 沖縄県那覇市のガーブ川という川で作業をしていた作業員が大水に流されて亡くなった、という悲しいニュースがあった。ガーブ川は那覇市の繁華街を流れる都市河川だそうである。私はその変わった名前の由来が気になってしまい、調べてみたところ、当地の言葉で湿地を表す言葉だという。南国の湿地の川がどのようなものであるか、いずれ見に行きたいと思う。

(修正・追記)
修正用雑記帳その1:どうやら谷崎潤一郎は便所のにおいは禮讃したが、ドブのにおいは酷評したらしいことが分かったのでそのことについて追記した。

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リンクとお知らせ
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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

カテゴリ
「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
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