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26 単独浄化槽の問題

 浄化槽で水がきれいになる原理は下水処理場とほぼ同じなので、家庭の浄化槽でも下水処理場並みに排水を浄化することはできる。
 だから下水道がなくても浄化槽があればドブ川化を防ぐこともできる。しかしそれにもかかわらず私が古典派ドブ川を観察したい時に下水道普及率の低い街に行くのは、次のような特徴があるからである。

①家庭の浄化槽はメンテナンスがおろそかになりがちで十分に浄化されないことがある。
②トイレ以外の生活雑排水を垂れ流しにしてしまう単独浄化槽が多く残っている。

 まず①。下水道がない地域に住んでいる人と話していて驚くのが、「浄化槽の点検代がもったいないから点検をやめちゃった」という話である。浄化槽で排水がきれいになる仕組みはこうだ。

・排水を溜める空気(酸素)を送り込む微生物が水中の汚れを食べて分解してくれるそれが死んで汚泥(微生物の死骸=ヘドロ)として沈殿する上澄みは微生物のおかげできれいになる塩素で消毒する側溝に流す。


 この仕組みだと汚泥が少しずつ溜まっていく。
 汚泥が浄化槽いっぱいになると排水を浄化できなくてそのまま汚れた水が側溝に流れる。さらに塩素がなくなっているのに気付かないと、消毒されない細菌だらけの排水が側溝に流れる。これを予防するのがバキュームカーによる汚泥の掃除と点検である。
 このうち、点検を省く人が少なからずいるらしい。
 さらに汚泥を溜めっぱなしにしたり、浄化槽の電源を切ってしまったり(!)する人がいるらしい。もし下水処理場でそのようなことをしたら大事件であるが、家庭の浄化槽ならこっそり省こうとする人がいてもおかしくはない。
 そのようなわけで浄化槽は汚水垂れ流しになるリスクをいつもはらんでいる。これがドブ川発生の可能性を高める。
 
 次は②で、これが私が最重要視する要因である。
 浄化槽には単独浄化槽と合併浄化槽の二種類がある。
 単独浄化槽は水洗トイレの排水だけを浄化するもので、その他の生活雑排水は浄化できないのでそのまま側溝に流す。確かにトイレの排水はBODも高いし、病原菌も入っているのでこの浄化が最優先であることは間違いない。
 ところがこれだと生活雑排水(台所、洗濯、風呂、掃除)の排水が浄化できない。これらの汚れがばかにならないのである。特に台所排水が一番危ない。
 風呂や洗濯はBOD100mg/l近辺で安定しているが、台所から出る排水のBODはラーメンスープ2万、味噌汁3万5千、牛乳7万8千、しょうゆ15万、食用油の100万と強豪揃いである(※1)。

 私もこの数値を知ってからは恐ろしくなって、カレーを食べた後の皿をペロペロ舐めるという変な習慣がついた。遊園ラビリントのドブ板脇にはうまいラーメン屋があるのだが、ここで注文するのもあまりスープを残さずに済むつけメンにした。
 話が逸れたが、そのような排水を垂れ流しにするのはまずいということでできたのが合併浄化槽である。トイレから台所、洗濯、風呂、掃除まで、家庭の排水は全部浄化できる。
 これを使えば下水処理場と同じレベルの浄化ができる。同じレベルと言っても、「BODで20mg/l未満にすればいい」という、結構甘いレベルなのだが一応きれいにはなる。

 さらに「単独浄化槽はもはや浄化槽と呼ぶに値しません」ということで、新規設置が禁止された。
 今使っている単独浄化槽は使ってはいけないわけではないが、合併浄化槽に取り替えるよう努力すべし、と法律には書いてある。だがこの取替えが進まない。
 単独浄化槽を合併浄化槽に取り替えようとすると100万円以上の費用がかかる。市から半分くらい補助金が出ることもあるが、それでも50万円以上の自己負担になる。
 たとえば川崎市でまだ浄化槽を使っている人のうち、合併浄化槽を使っている人はたったの22%で、残り78%は単独浄化槽。
 単独浄化槽は割合としては結構多いのである。そこから強豪揃いの生活雑排水が放たれる。でもトイレ排水のほうは浄化されるから安心だあと思っていると、これがびっくりする。 
 
 単独浄化槽の放流基準はBODで90mg/l。
 90mg/l未満まで浄化すればいいですよ、という程度の浄化槽なのであった。(※2)
 ベギアトアが繁殖してヘドロだらけでくさくてたまらないというドブ川がだいたいBODで10mg/l以上であるから、単独浄化槽が1基残っているだけで強力なドブ川製造効果を発揮する。こうして単独浄化槽だらけの街には古典派ドブ川が生まれる。
一方で川崎のように下水道の普及が進んだ街でも、高い普及率とは裏腹に次のような現象が起こる。  

 ・単独浄化槽の家から放たれた濃い排水は最初は細い側溝を流れる。
 ・しかし下水道が敷設されていると、下水道に接続している家が結構あるので側溝の流量は少なくなっている。
 ・よって流れがよくない。側溝の排水は滞留気味になる。
 ・BODの高い水が滞留すると水中が酸欠で嫌気性細菌が繁殖してドブのにおいが発生する。
 ・これが流入する中小河川も下水道の普及で流量が少なくなっているので、「濃い排水」は下水道普及率で表される以上の存在感を発揮する。

 
 これが下水道普及率が高いはずの川崎で、古典派ドブ川が目に付いたり、川がなんとなくどんよりしている要因のひとつといえる。こうなると東京の渋谷川のように高い建設費をかけて下水処理水を送水して環境用水として放流するといったことが必要になる。
 川崎でそれをやっている場所は私の知るところ中原区の1河川しかないが、農業用水の役割を終えた二ヶ領用水が今でも多摩川から取水しているのは、これを低コストで実現するためなのではないかと思う。


※1この数字は面白いので、他の排水についても紹介したい(単位はBODでmg/l)。
米のとぎ汁3千、濃い目の清涼飲料水1万、おでんの汁7万4千、梅干を漬けた液10万~30万、日本酒20万、マヨネーズ120万、ビール工場の排水1千~3千、豆腐工場の排水1千2百、ヒトのオシッコ1万、牛のオシッコ1万2千。ちなみに乳牛が一日に出すオシッコの量は豚の4.5倍、ウンコの量は豚の25倍とある。牛は量で勝負なのだ。 

※2 しかしながら水をきれいにするために下水道が最善かという点で考えるとこれは結構難しい。下水道の最大の欠点は巨額の建設費がかかることで、例えば川崎市は平成20年度現在で、まだ返せていない建設費が4000億円ある。
 また、人口密集地で条件的には恵まれているにもかかわらず、下水道料金だけでは処理費用を賄えない。平成20年度で見ると汚水処理分として年間24億円、雨水処理分として年間131億円を税金から投入している。雨水処理の131億円は山と田畑を切り拓いて市街地にしてしまった都市部特有のコストであるが、これを見るとこれから下水管を敷かなければならないところや過疎地の下水道はコスト的にはかなり厳しいことが分かる。

参考文献:
用水・排水の産業別処理技術 (ポイント解説) 和田洋六著 東京電機大学出版局
(いろいろな業種から出るいろいろな排水のBODと浄化方法を完全解説。これを読めば排出源からドブ川を探し出すという逆検索が可能になるという便利な一冊。)

静岡県下水道公社のHP「食品の汚れってどのくらい?」恐るべし食品のBOD。

「平成23年度川崎市下水道事業会計決算概況」の3ページ目(川崎市のHP) 川崎市はこれでもかなりマシな部類である。
(資料が古くなってリンク切れしていたので、新しいものにリンクし直した。それによれば平成23年度は「効率化に努め」て4.3億円の黒字。やったぜ川崎市。しかしよく見ると「一般会計繰入金」(=税金投入額)が137億円。だめじゃん川崎市。要因は「雨水処理負担金費の増」とある。これを「都市開発に必然のコスト」と見るかどうか。)
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27 窒素の問題(前編)

 二ヶ領用水の水は多摩川から取水している。取水口は多摩区南部の宿河原と北部の上河原の2箇所である。
 ところがそのうちの宿河原の取水口に行くと妙なにおいがする。下水処理場のにおいが薄まったようなほのかなにおいがする。
 においの元はどこかと見回すと、川の中に巨大な堰があって、そこで川の水が滝のように落ちて飛沫が散り、流水のほのかなにおいが空気中に出ているもようである。
 でも近づいて見れば多摩川の水が汚れているということはない。多摩川は下流域でもBOD2mg/lくらいのきれいな河川である。

宿河原堰宿河原堰
 
 昔の多摩川は汚かった。
 「水が真っ黒」ということはなかったが、東急東横線の鉄橋下にある調布取水堰(田園調布付近)では合成洗剤の泡がモコモコと立って乱れ飛んでいた。当時の東横線は多摩川鉄橋直後の急カーブのために25km/hに徐行していたので、電車からこの光景がよく見えたものである。
 もちろん今はそんなことはないし、サケが戻ってきた、アユが戻ってきたとポジティブなニュースが取り上げられることが多い。ここより川上の市の下水道普及率も、立川市、小平市、府中市の100%を筆頭に、90%以上がずらりと並ぶ。こんなに優秀な川は珍しい。(※1)
 
 しかしこのにおいは、それがゆえに多摩川が川上の下水処理水を多分に含んでいて、そこに取りきれなかった成分が溶けていることを示唆しているような気がする。
 これについては以前の章(第13章「ウンコ問題」)で少し調べたことがあったが、ある研究結果(※2)によるとこのにおいの正体は、硫化水素、硫黄系(メチルメルカプタンなど)、アルデヒド系(一番有名なアルデヒドは、お酒が体内で分解されて二日酔いの原因になるアセトアルデヒド)、有機酸系(一番有名な有機酸は酢酸)の混合臭であることを突き止めている。
 多摩川の水はデータ上の水質のよさの割に、実はあまりきれいでないのではないだろうか。だから分流の二ヶ領用水も割と簡単に汚れやすいのではないだろうか。このあたりを突っ込んで調べたい。
 
 日本の大都市はたいてい海沿いにあるので、水道用の水はたいてい川の下流で取水する。
 ダムは上流にあるが、下流まで太い導水管を敷くのは難しいので、ダムでは水量の管理だけをして取水は下流でする(※3)。ところがダムと取水口の間にも都市はある。そこから下水が流れる。下水は下水処理されているところもあれば垂れ流しのところもある。
 
 分かりやすい例として大阪の淀川で考えてみる。
 淀川は単純にいうと琵琶湖から大阪湾まで流れる川である。途中で滋賀、京都、大阪の3府県を通る。そのうち一番下流の大阪の水道は淀川から取水している。しかしその上流に京都という大都市があり、京都の下水処理場で浄化された水が大阪の取水口の上流に放流されている。その京都の水源は琵琶湖である。琵琶湖には滋賀の下水が流れ込んでいる。
 上流の下水を下流の水道原水として使わざるを得ない構造がどうしてもでてしまう。滋賀県民が琵琶湖の水質浄化に気を使ったり、京都市民が京都盆地の地下水をありがたがったり、大阪市が浄水技術の向上に必死なのはこういう構造のせいといえる。(※4)

 (淀川のしくみの概念図。「下水」には浄化後のものも含む)
 淀川のしくみ


 関東の多摩川にはこういう問題はない。
 宿河原あたりでにおいがするといっても、それが飲み水になるわけではない。宿河原近辺(=多摩川の中・下流域)の水の使い方はこうなっている。
  ・川崎市はここより3km上流の上河原で取水しているが、それは工業用水用。
  ・東京都はここより10km下流の田園調布で取水しているが、これも工業用水用。
  ・川崎市は上水道用には、川の近くに掘った井戸から伏流水を取水している。
  ・東京都も上水道用には、川の近くに掘った井戸から伏流水を取水している。
 東京都は上水道用に多摩川の表流水も取るが、取水場所は30km上流の羽村町である。羽村より上流には青梅や奥多摩といった小都市しかないので下水の混入は少なく、多摩川水系の水はおいしいといわれる。

 (多摩川のしくみの概念図。「下水」には浄化後のものも含む。)
多摩川のしくみ

 だから都民や川崎市民は宿河原あたりの多摩川にあまり厳しい視線を向ける必要がない。したがってシビアな水質調査もされにくいし、下水と上水の深刻な関係が見えにくい。これを知りたいのなら東京の反対側の端の江戸川に行くべきである。
 なぜ江戸川に行くべきなのかというと、東京都は東西に細長いので、東西に流れる多摩川はほぼ全流域が都の「領土」となり、したがって上流から取水できるのに対し、南北に流れる江戸川は下流域しか「領土」に引っかからず、下流の水を取水する羽目になっているからである。

 江戸川は旧関宿町(埼玉の大宮と栃木の小山の中間くらいにある町。現野田市)で利根川から分流する一級河川である。野田、流山、松戸と流れて東京都と千葉県の県境を下ったあと、浦安方面と市川方面の二手に分かれて東京湾に注ぐ。
 上流の野田はしょうゆの名産地として江戸時代から名が知られた。
 野田がしょうゆ産地として栄えたのは江戸川の水運が盛んだったことによる。しょうゆの醸造は大豆や小麦、塩といった多種の原料が必要だが、昔は江戸で消費する米や大豆や小麦を東北→太平洋→銚子→利根川→江戸川→下町の運河→江戸という水運ルートで運んでいたので、原料供給にも商品配送にも適していたという。
 
 この江戸川と水戸街道の交点にあたるところに松戸という街があり、やはり水運で栄えた。この松戸の市街地を貫流するように坂川という中小河川がある。水運都市松戸を支えた川だが、25年ほど前は汚いドブ川として有名だった。
 私も昭和63年当時の坂川を取り上げた雑誌(※5)を買って写真を見たことがある。油まみれのオイルフェンス、茶色い泡、黒いスカムの塊。こんなに汚い川が松戸にはあるのか、当時でさえそう思った。
 この頃の坂川のBODは場所にもよるが20mg/l前後。当時その程度のドブ川はほかにもいくらでもあったが、坂川が雑誌に取り上げられるほど有名だったのには理由があった。
 
  月刊Weeks表紙 坂川をレポートした『月刊Weeks』1988年8月号(日本放送出版協会 現在休刊)


 松戸の対岸に東京都葛飾区金町という街があり、ここに東京都民250万人に水道水を供給する金町浄水場がある。当時はここの浄水場の水はかび臭くてまずいと有名だった。   
 浄水場取水口のすぐ上流の対岸で坂川の汚水が江戸川に合流していて、そのためにどんなに浄水場が頑張ってもまずい水しか作れなかったのである。
 
 そこで金町浄水場は汚名を返上しようと必死に努力した。
 おかげで今はまずい水だとは言われなくなった。金町の水がまずくなくなったのは、一つには坂川の問題が改善されたこと、二つ目は高度な浄水技術が開発されたことである。
 私の関心はもちろん一つ目のほうである。坂川はいかにしてドブ川から脱してしまったのか、いや脱することができたのか。ところが実際に松戸に行ってみてみると、坂川はドブ川を脱していなかったのである。(28 窒素の問題(中編)につづく
 

※1こうした市でも下水道に接続していない家屋はあって、例えば普及率が名目上100%の小平市では2.8%(1769戸)が単独浄化槽かボットン便所のままなので、それらの家のトイレ以外の生活雑排水が全量側溝に流れて川に行く。
小平市HP「下水道を取り巻く現状と課題」の3ページ

※2 「多摩川河川水の下水処理水臭の原因としてのアルデヒド系臭気」 浦瀬太郎(東京工科大学 応用生物学教授)(とうきゅう環境財団HP)
この論文では、下水処理場の高度処理でも取りきれないアルデヒド系物質が水温の上昇や堰での攪拌で揮発して下水処理臭を発するのではないかという分析をしている。しかし結論は、いろいろな化学物質の混合臭が「下水処理水のにおい」ではないかというものであった。この論文では、下水処理場で分解できなかったアルデヒドが川の中の生物によって分解されることや、下水処理場で取りきれると思われていた硫化水素が実は取れていないことなど、興奮の新事実が次々に明らかになる。


※3横浜や横須賀のように、上流から長距離の導水管を引いている市もある。両市は開国まもない明治の初期に貿易港や軍港に水を供給しなければならなかった点で共通している。

※4 京都市は一部の下水処理場にオゾン処理という高度な技術を使っている。オゾン処理は酸化力が大変強く、たいていの有機物は分解してしまえるが、膨大な電力を使う。大阪の浄水場もオゾンを使っているが、下水処理にオゾンを使う京都の対応は破格といえる。しかし京都市中心部の下水はオゾン処理されない系統なので、観光でホテルに泊まる時は洗面台に変なものを流さないようにしたい。

※5 日本放送協会「月刊Weeks」1988年8月号
 この号でも大阪の水道水と金町浄水場の問題を取り上げており、両者は昔から有名だった。水道水の発ガン物質が騒がれ、オゾン処理が取り入れ始めたころの時代で、「薬くさくてドブくさい水」に悩まされる大阪府枚方市民、水質の苦情に「胃が痛くなるなんてもんじゃない」と悲鳴を上げる東京都水道局、「週1回の坂川のごみさらいをもっと増やしてくれ」という葛飾区民の要望に「作業するほうの身にもなってくれ」とゲンナリする松戸市職員の様子などがレポートされている。

28 窒素の問題(中編)

 7月6日午後3時、千葉県松戸市の天気は晴れ、気温摂氏30.3度、湿度61%、降水量0mm、東南東の風、風力3m/sであった。坂川はデータ上は昔より劇的にきれいになった。平成2年でBODで20mg/lだったのが、平成21年では5mg/l未満に抑え込んでいる。この間、松戸市は下水道と合併浄化槽の普及に努めた。しかし。

 「これがBOD5mg/l未満の川かなあ」というのが正直な感想であった。
 油とスカムが浮き、緑色に濁って底が見えない。悪臭はほとんどないしコイが何匹も泳いでいるのでBODが10mg/lを超えるということはなさそうだったが、せいぜい7か8くらいの感じである。
 私は水質測定の専門的なことは分からないし、BODといってもいろいろ種類があるし、まして目で見ただけで正確なことはいえないが、これは5mg/lには収まってないだろうというレベルの水質ではある。
 しかも23年前に雑誌で見たオイルフェンスが今も同じようにあって、大量のごみが堰き止められている。23年の歳月が一気に逆戻りして、なんだか懐かしい。これはごみを金町浄水場に流すまいという坂川特有の配慮なのだと23年間思い込んでいたのだが、実は坂川では油が流出する事故がたまにあり、それを防ぐためのものであるらしい。

 「水遊び できる坂川 ぼくの夢」という看板が頻繁に立つ川沿いを歩き回ると珍しいものが現れた。六色のドブ川である。
 坂川の左岸に水門があり、そこに東掘という支流が注ぎ込んでいる。一般にドブ川は本流よりも支流のほうが汚れていることが多い。流量が少なくて汚染物質がダイレクトに水質に反映してしまうからである。
 そこで東掘を遡って歩くとそのまた支流(支流Bと呼ぶ)が勢いよく注ぎ込んでいる場所が現れ、その川底に白い房のような藻がびっしり生えている。これは藻のように見えるが糸状性細菌と呼ばれる細菌の仲間である。
 正式な名前を本で調べると、
 ・「スファエロティルス」(有機物が多く酸素が少ない水中で発生する細菌)か、
 ・「Type 021N」(硫化物イオンと低級有機酸を食べる細菌)もしくは
 ・「チオスリックス」(硫化物イオンだけを食べる細菌)
のどれからしいということが分かったが、残念ながら顕微鏡がないと特定はできないのでとりあえず「白い房」と呼んでおく。この白い房のびっしり生えた支流Bへ向かう。

  (坂川と東掘と支流Bの位置関係) 
  affluent B

 支流Bの水路は1m幅くらいの開渠で工業団地の中へ入って行く。開渠の梁の鉄筋コンクリートがボロボロに朽ちている。
 コンクリートがボロボロになっているということは硫化水素が発生しているのであろう。硫化水素をエサにして硫酸を生む細菌がいて、アルカリ性のコンクリートを酸で溶かしていく。
 遡ってすぐに流速が遅くなり、川底を覆っていた白い房が消える。白い房は流れが速い場所でないと生きられないようだ。替わって白いベギアトア、次いで茶色い藻が広がる。その次に藻が何も生えていない黒い泥だけが見える川底になり、硫化水素のにおいがしてくる。
 ここに2匹のカルガモがいて、カルガモが泳ぐと黒い泥が舞い上がる。なぜ彼らはこんなところを選んで棲んでいるのであろうか。眺めていると彼らは水路が道路をくぐるために暗渠になったところにもぐりこんでしまった。彼らにとっては水質よりも隠れ場所があることのほうが重要なようである。

 さらに遡ると水が滞留するようになって、灰緑色になる。その次に水田にあるような黄緑色の浮き草が水面を多い尽くし、最後はそれもなくなってオレンジ色の水に変わる。オレンジ色は鉄分の色であろうか。ここで支流Bは終点で、その向こうに新坂川という大きなドブ川があったが繋がってはいなかった。白、黒、茶、灰緑、黄緑、オレンジで六色。よく中国では川の汚染が激しくて七色のドブ川が流れていると聞くが、それはこんな感じの配色なのかもしれないな、と思う。 
blanc白 brun茶 noir黒 gris vert灰緑 vert jaune黄緑 orangeオレンジ canardカルガモ


 支流BのBODが一体どのくらいなのかはデータがないのでわからないが、支流Bの放流先の東掘の水質データは松戸市が毎年して発表している。これが平成21年で35mg/l。
 このレベルのドブ川の水質を公共機関が堂々と水質測定して正直に公表することは珍しい。このデータは「このくらいの汚れだとBOD35mg/lなのだ」ということが分かる貴重なサンプルであった。
 東堀はこのあたりにある工業団地からの排水を一手に引き受ける役割を担っているらしく、300メートルほど川上では澄んでいるのに工場団地からの排水が合流するごとに濁りを増す。
 松戸市の資料を読むと、坂川の汚染源は生活排水がメインだと書いてあるが、例えば住宅街と商店街を貫流する中堀という水路は、それほど悪い水質には見えない。おそらく最近急速に住宅地の下水整備が進んで、工場排水のそれを追い抜いてしまったのではないだろうか。だから工場排水系がきれいになれば、「魚の泳ぐ きれいな坂川 みんなの夢」が実現するはずである。しかしあろうことか、その工場排水の合流口に魚が大集結しているのであった。
 
 別の日にここを通ると合流口を観察しているおばさんがいたので、聞いてみるといろいろ教えてくれた。ちなみにこのおばさんはドブ川が大好きで見ているのではなく、ただ魚を見るのが好きという至極まともな方であった。おばさん曰く、
  ①いつもここには鯉が集まっている。
  ②工場排水に向かって遡上しようとするのもいる。
  ③昔はもっとくさくて汚れた川だったが魚はもっといた。
  ④ただしコンクリート三面護岸ではなく草ぼうぼうの土の護岸で流れも悪かった。
  ⑤もうこのにおいには慣れちゃった。
 行政の論理だと、「汚れた坂川魚もいない→下水道整備で水質改善→魚も増える→きれいな坂川水辺のふれあい」、なのであるが、おばさんの論理は予想外のものであった。

「工場団地に巨大なパン工場があるのでそこからおいしい水が流れて鯉が集まってくるのではないかしら。」

 おばさんの分析はかなり興味深かったが、しかし東掘がとんでもない汚れ方をしていることに変わりはなく、この水が坂川と江戸川を通じて都民の水道水源に混じるのはやはり尋常な事態ではないと思われた。
 しかしそれにもかかわらず坂川の問題はある意味解決した。この解決の仕方が面白い。

 まず坂川水系から汚い水が流れて本川に集まる。昔はこれを江戸川に合流させていたが、今は合流口の水門を閉鎖して支流を使って浄化施設に送水する。この浄化施設は川の水を浄化するという珍しい施設で、毎秒2500リットルの速さで浄化できる。浄化した水のうち毎秒400リットルは坂川に戻されて汚れを薄めるための水として放流される。
 残りの2100リットルは坂川が江戸川に合流していた地点より下流側に新設した水路に流され、金町浄水場取水口よりも下流で江戸川に合流させる。

  それを分かりやすく図解したページ(国土交通省関東地方整備局江戸川河川事務所のHPのPDFファイル。最終ページ目に図がある。また、2枚目には流れ方を反転させた仕組みや、昔より水質が改善されたことなども分かる。(H25.3.20リンク変更)) 
 
 こうして都民は坂川の水を飲まずに済むようになった。
 この仕組みを考えた人も偉いが、かかる費用もえらい額である。毎秒2500リットルとは1日に2.2億リットル。一人一日400リットル使うとして54万人分の使用水量にあたる。浄化方法は空気を吹き込みながら砂利の間に水を通すというものなので高度な処理ではないが、空気を送ったり川に戻したりするポンプの電気代は相当なものだと思う。
 やっていることは下水処理場と同じだが、下水料金を取るわけにもいかないから税金で賄っているのだろう。もっとも、こういう施設も松戸市の下水が全て下水処理場なり合併浄化槽なりで処理されるようになれば不要になる。
 ところがこんなに頑張っているのに、金町浄水場の水質問題は平成23年現在でも解決していないのであった。坂川の水が混ざらなくなれば水はおいしくなるのではなかったのか。
29 窒素の問題(後編)に続く

参考文献 
・国土交通省江戸川河川事務所のホームページ(坂川関係の資料は、以前は松戸市のホームページに掲載されていたが、最近は同事務所のページに集約されている。昔に比べれば坂川の水質は改善されているので、件の浄化施設の稼動も縮小傾向に向かっているようである。(H25.3.20修正))

「水環境と微生物」ミズムシさんのHP ドブ川に出現するいろいろな色の生物もここを見れば一発解明というすごいページ。

マニュアルにはない水質管理 ~お金をかけずに求められる水を~ 古賀みな子著 環境新聞社刊 
 下水処理場に発生する生物を完全解説したこの本はドブ川の生物(ただし微生物に限る)も完全網羅。現場経験者ならではの突っ込んだ説明が秀逸。

・月刊Weeks1988年8月号(現在休刊)
                        月刊Weeks表紙

29 窒素の問題(後編)(ここまで川崎編)

 東京の水道は「まずい」という以前に「出ない」という問題があった。
 戦後人口の急増した東京は慢性的な水不足が続き、金町浄水場はそれをしのぐために拡張された浄水場である。群馬や栃木に多くのダムを作って下流の江戸川で大量に取水するしくみの中で作られた(※1)。

 1980年代くらいまでの東京の水道の課題はとにかく渇水を起こさないことにあり、「いかにまずくない水を作るか」は渇水問題が落ち着いた後に「そういえば味がひどいんじゃないの」的に浮上してきた問題といえる。
 また、渇水の要因の一つはボットン便所をやめて水洗便所で大量の水を使うようになったことであったから、その水が低性能の浄化槽を経て川に流れれば水道原水も悪化する、という因果関係も見える。
 
 そこで金町浄水場は高度な浄水技術を次々に導入する。たしかに水がまずいのは半分くらいは坂川のせいだったが、もう半分くらいは江戸川自体が汚いせいなのであった。
 坂川のことは松戸に文句を言えば済むが、江戸川が汚いという問題は、流山や野田、さらにその上流の栃木や群馬からの下水に関係するのできりがない。
 しかも東京の水道水は栃木や群馬の村がダムに沈みまくったおかげで成り立っているので、文句を言えた立場ではない。なんとかして汚い水から安全な水を作れるようにせねば。
 金町浄水場の水道水の問題は大きく分けて3つあった。
  
  ①発がん性物質のトリハロメタンが含まれている。
  ②カビくさい
  ③カルキくさい

 
 のトリハロメタンは、水中の有機物が消毒用の塩素と化合した時に発生する有機塩素化合物の総称であるという。もうこの時点で理解不能なのであるが、分からないのもくやしいので分解して考えるとこうなる。
  
  ・トリ→トリプルのトリで「3」。
  ・ハロ→ハロゲンのハロ→元素記号表の右から2番目の列にハロゲン族というグループがある→塩素はそのグループに属する元素。
  ・メタン→メタンは化学式で表すとCH→1個の炭素原子(C)に4個の水素原子(H)がくっついている→この「メタン」(CH)のうち、3(=トリ)個の水素が「ハロ」ゲン族(この場合は塩素)に置き換わってしまったのが、トリ・ハロ・メタン。
 だからトリハロメタン以外にも有機塩素化合物(PCBとか)はあるし、有機塩素化合物ではないがトリハロメタンというもの(臭素(ハロゲン族)の化合物とか)もあるという。
・・・余計ややこしくなってしまった。
 
 要するに江戸川の水が汚れているために、取りきれなかった有機物が消毒用塩素と反応してできてしまう。これをここではトリハロメタンと呼んでおく。
 トリハロメタンは面白い物質で、上水道では発生するが、下水道では発生しないそうである。
 私がいつも参考にしている福岡県大牟田市の処理場に勤めていた人の本によると、下水処理後の水にも有機物はたくさん含まれているし、それを塩素で消毒して川に放流するのだからトリハロメタンが大発生するのではないかと思って実験したら、まったく発生しなかったとある。
 その理由として、水道水には微生物は存在しないので化学反応式どおりにトリハロメタンが発生してしまうが、下水処理水には微生物がたくさんいるので塩素が微生物にくっついてしまって化学反応が起きないのではないか、と推測している。

 のカビくさいというのは、最近そういう水を飲んだことがないのでよく分からないが、夏場に出るようである。カビくささの原因は「2-メチルイソボルネオール」と「ジェオスミン」いう物質だそうで、これもよく分からないので分解してみる。まずは2-メチルイソボルネオールから。
 
 ・2メチル→メチル基(CH)(炭素(C)に水素(H)がくっついたもの。メチルの名はメタンに由来するらしい)
 ・イソボルネオール→食品のミント香料のアクセントとして使われる物質。
 さらにイソボルネオールを分解すると、
 ・イソ→「化学式は同じだが構造が違う物質」を意味する言葉
 ・ボルネオール→別名竜脳。東南アジアに産する植物から取る。香りは樟脳(カンフル)に似ている。

 これは難しい。素人考えだと、「ボルネオあたりで取れる樟脳みたいな香料の分子構造を変えるとミント香料の原料になるけど、そこにメチルっていうヤツがつくとカビのにおいになる」ということだろうか(多分違う気がする)。
 
 もう一つのカビ臭、ジェオスミンは分解するとこうなる。
 ・ジェオ→ギリシャ語で「土」
 ・スミン→ギリシャ語で「におい」
 土のにおい。これは化学的な構造でなく単ににおいを表現した言葉だが、もはや化学式を見てもわけが分からなかったので省略。

 これらの物質はアオコなどの藍藻から発せられる。
 アオコは澱んだ沼などに繁殖する抹茶ミルク色の藻で、これが江戸川の支流などで繁殖しているのであろう。そういえば松戸の六色水路でも見た。これが夏に増えるというのは実感としてよく分かる。
 ところで2-メチルイソボルネオールも、ジェオスミンも、竜脳(ボルネオール)も、樟脳(カンフル)も、果てはメントール(ミント香)もシネオール(ライム香)もリモネン(レモン香)も皆、テルペンという同じ物質の仲間に属するそうである。そういえばスッと突き抜けるような感じが皆似ている。(※2)
 
  アオコ3 アオコ(霞ヶ浦)
 
 のカルキは有名だが、私は勘違いしていた。カルキくさい=消毒用塩素のにおい、と思っていたが、塩素だけではあのようなにおいにならず、水中のアンモニアと塩素が結合するときに出るトリクロラミンという物質のにおいなのだそうだ。
 トリクロラミン。またカタカナだ。しかしこれは分解しなくても理解可能である。アンモニア(NH3)の水素原子の部分(H)が塩素(Cl)に置き換わると、この物質になるのだそうだ。
 要するに江戸川の水にアンモニアがなければカルキ臭は出ない。
 
 アンモニアの発生源は、一つは農業用肥料、もう一つはオシッコである。オシッコは必ず下水処理場か浄化槽で処理されるはずであるが、前に述べたようにアンモニアは除去しにくい。流れ出たアンモニアは一部が分解されて硝酸イオンになり、残りはアンモニアとして流れて浄水場で塩素とくっつく。 
 アンモニアを除去するには脱窒という処理が必要になる。
 脱窒とは窒素分を取り除くという意味で、「アンモニア(NH)は窒素(N)と水素(H)でできているのだからアンモニアから窒素を引き剥がして分解してしまえ」という考え方である。しくみはこう。

アンモニア(NH)→
酸素を吹き込んで細菌に分解させる→
硝酸イオン(NO-)になる→
酸素が入らない場所で嫌気性の細菌に分解させる→
窒素(N)が分離して空気中へ放出
(※3)

 脱窒はこのように複雑な処理を必要とする、つまりコストがかかるので普通の下水処理場はやらない。だから江戸川の水にもアンモニアが多く含まれて、カルキ臭の要因になる。

 この3つの問題を金町浄水場は2つの方法で解決していった。
 一つはオゾンで有機物やアンモニアなどの不純物を酸化して取り除いてしまうこと。
 二つ目は微生物の棲む活性炭に水を通して有機物を分解させること。
 オゾンは作るのに膨大な電力を使うという欠点、活性炭はそれがそのまま膨大なごみになるという欠点はあるが、これでほぼ解決できた。
 しかし現在この方法で作れる水は全体の3分の1なので、残りの3分の2のカビくさい水とブレンドして給水している、これが現状である。
 東京都の報告書を見ると「ほんとは上流でちゃんと脱窒までの高度な下水処理をしてくれるのがいいんだけど、到底無理っぽいから浄水場で水際浄化するしかないんだな」といった意味のことが書いてある。(※4)(平成23年現在。その後平成25年4月24日に金町浄水場は高度浄水処理100%を達成した。)

 金町あたりの江戸川の水質はBODでみると2mg/l程度で、宿河原あたりの多摩川と同じくらいである。にもかかわらずこれを飲み水に使おうとするとこれだけの問題が出る。宿河原で感じたにおいはこの問題を示しているのではないだろうか。
 下水道普及率がたとえ100%になったとしても、不純物を100%除去できるわけではなく、窒素が多いとか、溶存酸素量(水の中に溶けている酸素の量)が少ないとか、医薬品などの化学物質を取り除けないといった未解決の問題があって、BODやCODに表われない汚れのポテンシャルは高いままといえる。これが下水道普及率と見た目の水質とのギャップや、汚水が少し混じるとすぐにドブ川化のスイッチが入ってしまうという現象に繋がっているように思われる。(※5)
 
 坂川を見た後に再び多摩川を歩いて一番驚いたのは、多摩川にも坂川のものと同じ大掛かりな浄化施設がいくつもあるということであった。
 稲田堤より4km下流、平瀬川という支流が多摩川に合流する手前には大きな取水口があり、多摩川の河川敷グラウンドの地下に設けられた巨大な河川水浄化施設につながっている。
 これは窒素分や化学物質を取り除くといった高度な設備ではなくて、単に有機物を分解してBOD値を下げる設備である。まさか多摩川にこれがあるとは。(※6)

 この設備は平瀬川が今よりも格段に汚れていた平成2年に作られたという。建設費17億円、全長1kmに及ぶ巨大地下施設なので、たとえ平瀬川がきれいになったとしても簡単にお役御免にはしないだろうが、多摩川をドブ川にしないためにはこんな巨大施設が必要なのか、と思うほどの広さである。
 松戸と違って川崎は下水道普及率が高いから、などと思っていたのはまったく油断なのであった。(川崎編おわり)

  平瀬川浄化施設


H25.5.10修正 金町浄水場について、戦後建設されたように書いていたが、正しくは大正15年竣工であることが分かったので修正した。これが昭和28年、昭和38年と相次いで緊急拡張し、現在の規模となったものである。間違いをお詫びするとともに、この間違いを考察すると面白いことが分かった。詳しくは、修正用雑記帳11(金町浄水場の建設時期関連)

参考文献:
※1 水道の文化史―江戸の水道・東京の水道 堀越正雄 鹿島出版会刊
 この本によると、戦後から起きていた東京の渇水を解決するために群馬、栃木、埼玉に数多くのダムが計画されたことが分かる。しかしこの計画は遅れに遅れて近年になって建設に取り掛かっているものもあり、これが現在の「いまさらダムなんて要らないんじゃないの」という議論につながる。けれども1981年刊行のこの本ではそのような水余りの予測は片鱗も見られず、水問題の難しさを感じさせる。
(この本の入手にあたっては、Willow River Book Serviceさんにご協力いただきました。)

※2 水道水とにおいのはなし (はなしシリーズ) おいしい水を考える会・編
   上水道における藻類障害 (社)日本水道協会 佐藤敦久・眞柄泰基・編 
   クスノキと樟脳―藤澤樟脳の100年 服部 昭
   フレーバー―おいしさを演出する香りの秘密 広山 均 

※3 用水・排水の産業別処理技術 (ポイント解説) 和田洋六著 東京電機大学出版局
「脱窒してくれる細菌のエサにはメタノールを使う」など、下水処理場のホームページでは教えてくれないテクニックも親切に解説。

※4 金町浄水場の報告書のページ
こんなに複雑なことをやっていれば水道料金も高いわけである。

※5 「多摩川源流域における下水道整備が奥多摩湖の水質問題に及ぼす影響に関する研究」(PDF)寶 馨(京都大学防災研究所 教授) 牧野育代(東北大学環境保全センター 助教)(とうきゅう環境財団HP)
この論文ライブラリーは他にも、上流の河原のキャンプ場で使った合成洗剤が浄化槽で処理しきれずに高濃度で流出しているとか、下水処理場の高度処理で行われている脱窒が河口の干潟で普通に営まれているとか、新事実発見の論文満載で面白い。

※6 「河川環境の整備と保全」(国土交通省四国地方整備局のHP) 
ここに平瀬川浄化施設の巨大さがわかる写真が載っている。


まとめ「川崎のドブ川解消フェーズ」
・フェーズ(合流式時代)
  ドブ川を下水道に転用して悪臭と水質悪化を解消した。
・フェーズ(分流式で汚水管のみ時代)
  合流式だと雨水を捌き切れないので、雨水は既存の水路に流す方式に転換した。
・フェーズ(分流式の雨水管設置時代)
  豪雨を捌ききれなくなって雨水管を追加設置した。
・フェーズ(高度処理時代)
  BOD以外にも解決しなければならない問題があることが分かって高度な下水処理をするようになる。
・フェーズ(水辺感重視時代)
  下水道を整備すればするほど枯川が増えてしまったのでフェーズ4で作った高価な高度処理水を人工のせせらぎ緑道などに流すようになる。
・フェーズ(費用不足時代)
  フェーズ4,5の維持費が高額になりすぎてせせらぎ緑道に処理水を流していられなくなる
(フェーズ5,6は川崎では顕在化していないが東京都区部では長らく問題になっている)。

30 公共溝渠と普通河川と水路はどう違うのか(前編)

二ヶ領用水(普通河川区間)二ヶ領用水(普通河川区間)


 同じようなドブ川でも普通河川とか公共溝渠とかいろいろな種類があるということについては、第3章第10章に書いたし、自分でも分かったつもりであった。ところが、川崎市の河川の分類を調べているうちにまた分からなくなってしまった。ギモンは3つ。 
 
 ドブ川の主役たる普通河川は、「河川法の適用を受けない河川」である。普通河川は「引き算」の考え方に基づいた概念であるから、
  普通河川=全ての河川-1級河川-2級河川-準用河川
となり、したがって普通河川は路地裏の名もない無数のドブ川を包含することになる。

 ところが川崎市には「普通河川一覧表」というものがあり(※1)、ここに二ヶ領用水をはじめとして14河川が列挙されている。この14河川は市が指定したものだという。  
 ではそこからこぼれ落ちた有象無象のドブ川はどうなるのかというと、「水路」というさらに下位の区分が用意してあってそこに含まれている。
 この水路は普通河川(=河川法の適用を受けない河川)には当たらないのか?これがギモンその1。
 
 ギモンその1を解くために隣の東京を見てみると、ここはここでおかしい。
 東京都区部の下水道台帳には公共溝渠という名の水路が登場し、各区がそれを管理することになっているが、不思議なことにこの名は他の地域では見られない。大阪にも名古屋にもない。
 公共溝渠は東京都区部にしかない施設なのか?
 これがギモンその2「公共溝渠はなぜ東京にしかないのか?」である。
 
 これを解こうとするともう一つギモンが出てくる。
 東京都区部には一級河川(神田川など)や二級河川(渋谷川など)はあるが、準用河川と普通河川がほとんどない。他の都市では等級が下がるほど河川数が増える。これは細い川が合流を重ねて1本の大きな川になっていくという川の特性からすると当然である。
 しかるにどうして東京都区部の河川図には準用河川と普通河川がほとんどないのか?これがギモンその3。

 「普通河川」や「公共溝渠」や「水路」(以後これらを総称して「溝渠系」と呼ぶ)はドブ川としての見た目は似ているが、自治体によって定義がまちまちで謎が多い。辞書で引いても用語集で調べても、それぞれの用語間にどういう違いがあるのかという肝心なところが分からない。
 そんなことではドブ川探索に支障をきたすのでここで白黒はっきりさせたいと思う。普通河川と公共溝渠と水路はいかなる関係にあるのか?
 
 調べると自治体の溝渠系の取り扱い方は大体5つに分けられた。
  溝渠系は普通河川で統一する方式(小樽市、足利市、川越市、太宰府市など)
B1 溝渠系は公共溝渠で統一する方式(品川、江東を除く東京21区)
B2 溝渠系を公共溝渠+普通河川に分ける方式(東京都江東区)
B3 公共溝渠という概念をなくして「法定外公共物」(法律には役所が管理すべきとは書いていないけどみんなが使うので一応役所が管理しているモノ)というジャンルにまとめていこうとする方式(東京都品川区)
 溝渠系を普通河川+水路に分ける方式(札幌市、川崎市、名古屋市、京都市、大阪市など)

は溝渠系=普通河川、つまり河川法の考え方をそのまま受け入れた考え方。
B1は溝渠系=公共溝渠という東京独自の考え方。
B2B1方式を採りつつも「全部公共溝渠にするのも無理がある」という考え方に立って普通河川という区分を加えたもの。
B3B1の進化形で「公共溝渠なんて区分はなくしましょうよ」という考え方。
の「溝渠系=普通河川」方式を取り入れつつも「水が流れていれば全部河川、というのは無理がある」という考え方に立って水路という区分を加えたものである。
 
 どうして同じようなドブ川なのにこのようにいろいろな用語が使われるのか。そこでそれぞれの制度ができた年代を調べてみる。
  溝渠系=普通河川とする方式・・・平成8年~18年ごろ
B1 溝渠系=公共溝渠で統一する方式・・・昭和28年
B2 溝渠系=公共溝渠+普通河川とする方式・・・溝渠が昭和28年、河川が56年
B3 溝渠系=公共溝渠という概念をなくしていく方式・・・平成22年
  溝渠系=普通河川+水路とする方式・・・平成8~12年に多いが大阪市は昭和32年、名古屋市は昭和38年

 B1から見ていただきたい。まず公共溝渠という妙な用語がどこから出てきたのかをまず調べたい。この言葉は前年の昭和27年に出された地方自治法施行令の附則というところに登場する。

「改正後の地方自治法第二百八十一条第二項各号に掲げる事務で左に掲げるものは昭和二十八年三月三十一日までに特別区に引き継がなければならない。(中略)公共溝渠の管理に関する事務」

 この条文は、「東京都が今まで担当していた公共溝渠の仕事はこれから特別区の仕事になるからちゃんと引継ぎしなさいね」と言っている。
 どうもこれは東京の特別区制度という特殊なしくみが絡んでいるらしい。なので、飯田橋にある特別区協議会資料室というところに行って調べてきた。まとめると次のとおり。

(1) もともと戦前の東京市の各区は東京市の内部組織扱い(現代の政令指定都市の区と同じ)であった。
(2) 戦中に東京都が発足したが、やはり東京都の内部組織扱いであった(昭和18年)。
(3) 戦後は地方自治法ができて、各区は特別区といって市と同格の独立した自治体ということになった(昭和22年)。
(4) でもその後も実態は変わらず、各区は都に対し「もっと権限(と財源)をよこせ」という運動をした。
(5) アメリカのGHQのシャウプという人も「そこんとこ、ちゃんとやるように」と勧告した(昭和25年シャウプ勧告)。
(6) しかし東京の各区を市役所と同格にするのは無理があったので、妥協案としていくつかの権限(仕事)を区に与えるにとどめた(昭和27年地方自治法改正)。
(7) このとき与えられた仕事の一つが、上の「附則」に出てくる公共溝渠である。

 公共溝渠はこのスッタモンダの中で編み出された苦肉の策の産物である。
 なぜ苦肉かというと、河川と下水道は都の仕事ということになってしまっていたからである。「河川と下水道は広域でやらなければならないので都がやりますよ」ということで話が進んでいた。さて、溝渠系は河川か下水道か。
 溝渠系は、下水道が未発達だった当時は不衛生な排水路で害虫対策が必要で、ドブさらいや木製護岸の補修などの細かい修繕も多かったようである。これを河川や下水道だからと言って都の仕事にしてしまうと特別区はドブさらいさえできない。そのためか、これを河川でも下水道でもない公共溝渠と定義して特別区の仕事とした。昭和28年のことである。

 経緯は分かったが、これでは公共溝渠がどういうモノかが分からない。辞書や用語集を引けば定義は載っているが、肝心の「公共溝渠が河川に対して占めているポジション」が不明である。そこでさきの資料室で史料を漁ると区役所職員向けの書籍(※)に答えがあった。

31 公共溝渠と普通河川と水路はどう違うのか(後編)につづく)

<修正>
※1 この表は現在は改良されて、「川崎市における河川:河川管理区分」という表にバージョンアップされている。これによれば川崎市は、普通河川を「おおむね流域面積2キロ平方メートル以上のもので、かつ河川本来の機能を保持させる必要があると認めるもの」と定義している。流域面積で区分するとはかなり斬新である。この川崎ドブ革命は全国に伝播するか?(H25.10.8追記)


<参考文献>
※2 『「特別区」事務の変遷-都区制度改革入門』(財)特別区制度改革協議会実施準備室
ちなみに特別区協議会資料室は誰でも入れる図書室で、新しくて快適でお宝資料も盛り沢山なのに無料というサービス満点の施設である。

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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

カテゴリ
「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
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