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47 しょうゆととんこつ(後編)

ラーメンスープ ラーメンスープ

第46章 しょうゆととんこつ(前編)からつづく)

 ラーメンスープのBODは実際よく分からない。
 一般に下水道局などが公表しているデータではおよそ27000mg/Lとされているが(※1)、そもそもラーメンにはしょうゆ、塩、みそ、とんこつ、バター入りなど多種のスープがある。しょうゆよりもとんこつのほうがBODは高いだろうし、塩よりも塩バターのほうが格段に高いであろう。
 27000mg/Lという値はどのラーメンのものなのか。ここをまず明らかにしたい。
 
 とはいうものの、BODの測定は難しい。
 BODは生物化学的酸素要求量といい、「その水に含まれる有機物を生物が分解するのに何mgの酸素が必要か」をもって水の汚さを表す。
 しかし生物が有機物を分解するには時間がかかる。有機物を微生物が食べてその微生物を別の微生物が食べて、最終的に二酸化炭素と水にまで分解されるには途方もない時間がかかる。

 そこで昔の人は次のように考えた。

「水の汚さが問題になるのは人間の目に触れている間だけですよね?つまり排水口から川を流れて海に到達するまでですよね?その時間は5日間くらいですよね?じゃあその間の汚染度さえ分かればいいんじゃないですか?」

 と割り切って、「5日間の間に水中の有機物を生物が分解するのに必要な酸素は何mgか?」を出す算定方法が昔のイギリスで決められた。
 これがBOD5というもので、役所の公表する川の水質データの単位にもなっている。

 しかしそれでも水質を計るのに5日もかけていては時間がかかりすぎである。
 しかも定められた器具、温度、バクテリアを用いなければならないので測定が難しい。また、海や湖の場合は川と違ってどこかに流れ去るわけではないのでそもそも5日に区切る意味がない。
 
 そこでCOD(化学的酸素要求量)という指標が生まれた。
 薬品を使って「その水に含まれる有機物を酸化剤で一気に分解した場合、何mgの酸素が必要か」を表すものである。
 CODの測定は簡単で結果がすぐ出るので、学習用の水質検査キットとしても売られている。これを使えば素人でも大まかな水質は測れる。ただし一つ問題がある。
 
 それは、国内の河川や排水の水質がほとんどBODで測定されていて、これを元に法律もわれわれの感覚も成り立っているということである。COD値が分かっても、「それがBODに換算するとどのくらいか」が分からなければ汚さの比較ができない。何とかCODからBODを割り出す方法はないものか。

 BODとCODは測定方法が違うのでCODからBODを出そうとすること自体無謀な試みであり、それはよく言われていることなのであるが、鹿児島県がこの無謀な試みを研究して公開していた。緊急な水質対策が求められる役所の水質検査セクションはなりふり構っていられないのだろう。私のラーメン研究はちっとも緊急ではないが、便利なので拝借する(※2)。
 厚かましくも論文を要約するとこうである。

・BODとCODの値には相関関係がある。つまりBODが高ければCODも高い。
・COD値におよそ0.6~0.95を掛けた値がBODになる。
・このようにばらつきが出るのは排水によって含まれる物質が異なるからである。
・そのメカニズムはこうである。例えば保存食品工業(漬物工場など)の排水は相関関係が高い(0.939)。漬物工場は糖類を多く使う。それが排水として出るのでCODは高い。しかし糖類は酸素さえあれば短時間に微生物に分解されやすい性質を持っている。したがってBOD(5日間で微生物に分解させて測定する)の値も同じように高くなり、CODと一致しやすい。
・しかし水産食料品製造業(0.594)や金属製品・機械製造業(0.650)などは、もっと分解に時間のかかる有機物を多く含んでいるので相関関係が低く出る。


 これは使えそうである。
 この論文にはいろいろな業種の排水のBODとCODのデータが載っているので、その中から一番参考にできそうなものとして「畜産食料品製造業の排水」を選んでみようと思う。

 ラーメンスープは脂肪とアミノ酸(化学調味料)が多い。畜産食料品製造業は肉類と乳製品を扱う業種である。脂肪とアミノ酸が多いという点ではラーメンスープに似ている、私はそう考えた。
 この畜産食料品製造業排水のCOD(Xとする)とBOD(Yとする)の相関は次のような数式で表されるという。

 LogY=1.36LogX-0.758

 さっぱりわからない。
 これは対数方程式というものらしいが、私は高校のときに数学を怠けたので全く理解できない。当時は「対数なんかできなくても生活には困るもんか」などと思っていたが、こんなところで困るとは。しかしよく読むと、この論文は数式と一緒に相関関係を表すグラフも載せてくれているので、グラフの曲線をたどればCOD値からBOD値を簡単に割り出すことができる。よかった。

 次にサンプルとなるラーメンを手に入れる。本当は実際のラーメン屋のスープを測定したかったがそれは無理なので、麺とスープがセットになった家庭調理用をスーパーで買う。種類はしょうゆ、塩タンメン、みそ、とんこつの4種類。

しょうゆラーメンのもと サンプルの全容


 さらに実験器具を買う。揃えたのは、
・COD測定キット(ネットで買った。6回分2200円)、
・ピペット(微量の液体を正確に吸い取れるスポイト。東急ハンズ渋谷店サイエンス・ベースで440円)
・計量カップ(台所にある料理用のを使う。0円)
・ステンレスボウル(台所にある料理用のを使う。0円)
の4点である。

mensurateurs 測定器具の全容

 ところで用意した測定キットで測れるCODは100mg/Lまでであるが、ラーメンスープのBODは27000mg/Lという高濃度である。これでは測定できないので「ラーメンスープを水道水で2000倍に希釈して、得られたCOD値に2000を掛ける」という作戦を取ることにする。ところが。
 
 試しに水道水をCODキットで測ってみると4mg/Lという値が出る。
「?」
 本を読むと、水中の亜硝酸態窒素がCODの試薬と反応して測定値を上げてしまう、とある。
 確かに川の水には尿や肥料のアンモニア由来の亜硝酸態窒素や硝酸態窒素が含まれている。
 しかし普通の浄水場にはこれを分解する機能はないので、したがって水道水にはそれらが数mg/L含まれる。含まれていても水道水としては問題はないが、CODの試薬に反応してしまうのでは希釈水として不適格である。
 そこでドラッグストアに行って精製水(500ml入り98円)を買う。精製水とは有機物もミネラルもない純粋なHOで、コンタクトレンズの洗浄用に売っている。これでよし。いよいよ測定準備に取り掛かる。

①まずしょうゆラーメンを作る。ラーメンを茹で、付属のしょうゆスープと調味油、自分で用意したもやしとキャベツを加える。なお、もやしとキャベツは油で炒めず、電子レンジで加熱しただけである。またチャーシューなど肉類の具は入れていない。
②食べる。後にスープが残る。量を測ると270ml。おいしいのでこれを5口くらい吸う。
③ここから0.2mlだけをピペットで吸い取り、ステンレスボウルに入れる。
④そこに精製水400mlを入れる。これで2000倍の希釈スープができる。

l'eau raffine


⑤希釈スープをよくかき混ぜてCODキットの専用カップに入れる。
⑥カップに紫色の試薬を2滴垂らす。
⑦COD測定用スポイト(中に発色剤が入っている)でカップの中の希釈スープを全部吸う。
⑧5分待つ(水温20℃の場合)
⑨最初ピンク色(試薬の色)だった希釈液がスポイトの中で薄紫色に変わる。
⑩その色と、付属の色見表を照らし合わせる。薄紫色になった場合は、COD約10mg/L。

しょうゆCOD

⑪先ほどのグラフと照らし合わせる。
 COD=10mg/Lの時→BOD=約4mg/L
⑫原液はこの2000倍であるから4mg/L×2000=約8000mg/L
であるから、

 しょうゆラーメンスープのBOD=8000mg/L


 思っていたよりもかなり低い。
 公表されている「ラーメンスープのBOD=27000mg/L」を大幅に下回る。おかしいなあ。  
 しかしとんこつなら27000mg/Lを超えるかもしれない。とんこつの袋を開ける。

とんこつ

 ①~⑧を繰り返し、⑨で出たのは薄紫と薄緑の中間の色であった。
cod_porc

⑩色見表によれば、薄紫ならCODは10mg/L、薄緑なら20mg/Lである。よって今回は中間の15mg/Lであろうと判定する。
⑪先ほどのグラフと照らし合わせる。
 COD=15mg/Lの時→BOD=8mg/L
⑫原液はこの2000倍であるから8×2000=約16000mg/L

 とんこつラーメンスープのBOD=16000mg/L
 

 やはり公称値の27000mg/Lには届かない。どうも学習用キットで出したCODでBODを割り出すという安直な手法に問題があったようである。学習用キットは色の違いで数値を目測する仕組みなのでどうしても詳細な数値を出せない。しかしとんこつがしょうゆの2倍程度のBOD値を持っているであろうことは分かった。この違いは何か。

 しょうゆラーメンの袋に載っている成分表を見ると、「脂質4.0g」とある。とんこつのそれは5.9gで約1.5倍。とんこつBODはしょうゆの約2倍であるから、「脂質が多いほどBODは高くなる」ということが言えそうである。脂質は格段にBODが高いから、他の成分、例えば糖質やアミノ酸がどのくらい入っていようと、脂質の量がそのラーメンのBODを左右してしまうのではないか。脂質の量を見ればBODが予測できるのではないか。
 私はそう推測して、次に測定する塩タンメンと味噌ラーメンの成分表を見た。

 塩タンメンの脂質6.1g、味噌ラーメンの脂質5.7g 

 なんとあの澄んだ塩タンメンは味噌ラーメンよりも、そしてとんこつよりも脂質が多い。しからば塩タンメンのBOD値はとんこつ以上であろう。
 私は今まで、「とんこつのスープは流しに流してはいけないが、タンメンはOK」と勝手に思っていたが、見かけで判断してはいけないのかもしれない。実際に測定してみる。
 
 まず塩タンメン。⑨で出たのは薄紫色。しょうゆと同じ、ということで塩タンメンのBODは8000mg/L。意外にも塩タンメンはその脂質の多さにもかかわらず、しょうゆ並のBODに抑えられていた。
 
 次に味噌ラーメン。⑨で出たのは薄紫と薄緑の中間の色でとんこつと同じ。よって、味噌ラーメンのスープのBOD=16000mg/L。
 
 結果をまとめると、しょうゆ・塩タンメンの清澄系(BOD低め)と、とんこつ・味噌の混濁系(BOD高め)に二分された。推測が外れた理由は分からないが、ラーメンスープのBODは、脂質の量ではなく、やはり「見かけ」によるということが言えそうである。
 
 強引にまとめてはみたものの、今回の測定ではこの程度のことしか分からず、信憑性のあるデータを得るという点では失敗であった。
 しかしこの測定は、改めて私にラーメンスープのBODの高さを実感させた。
 400mlの水にスポイトで0.2ml(7滴くらい)のスープを混ぜるだけでBODが4mg/や8mg/Lに達してしまう。これは水道原水の水質としては不適格なレベルである。しかも実際のスープのBODはこの2000倍。

 私は反省した。これをいままで流しに流していたとは。ラーメン屋で残していたとは。
 と思ったものの、私はこれからもラーメンを食べたいし、世の中には定食屋で一生懸命ラーメンを作っているおばあちゃんもいる。ここはひとつイノベーションが必要である。そこで、さらにラーメン屋通いを続けて解決策を二つ見出した。

(解決策1)従来型のラーメンをやめて、つけ麺を食べるようにする。
 これは以前からなんとなくやっていたが、やはりつけ麺は捨てるスープが圧倒的に少ない。
 しかしラーメンというのはたっぷりの熱いスープの中で啜るのがいいのであって、つけ麺では気分が乗らないということもある。そこで、

(解決策2)ラーメンを半ライス付きで注文する。
 普通のラーメンは1人前では物足りない。そのとき麺の替え玉を頼んだりせずに、半ライスをセットで付けてスープに浸して食べる。ライスはスープをよく吸うので味が浸みておいしい上にスープがほとんど残らない。
 スープは、しょうゆ・塩よりも味噌・とんこつのほうがライスになじむ。つまりBODが高いほどうまい。すなわち水質汚濁防止と両立する。
 これを「高BODラーメンライスうまいの法則」と呼ぶこととしたい。

 このようにすれば下水に流す油をカットすることができる。
 油と塩分の取り過ぎが気になるが、そもそもラーメンというものは体に悪い食べ物であって、そんなものを食べておきながら健康を気にするほうが悪い。これはあるいはラーメン屋の店主もそう思っているのではないか。そこでこう考えたのではないか。

「脂質を下水に流さずに客に摂取させて排水処理コストを低減したい」

 冒頭に抱いた違和感の2つ目、ラーメンライス無料のシステムは、そのための誘導策なのではないか。そうだったのか。ラーメン屋もあれで結構考えているのだなあ。

 ところがこの考察は正しくなかった。
 ある有名店でラーメンライスを食べながら価格表を見ると、その店の価格は次のようになっていた。
  ラーメン700円
  小ライス100円
  つけめん850円
 
 つけめんのほうがラーメンより高い。私の考察が正しければ、つけめんのほうが排水処理コストが少なくて済むので安いはずなのに、逆に150円も高い。これはどうしたことか。 
 そこで別の日につけめん有名店に行った。
 この店もつけめんの方が普通のラーメンよりも高い。注文したつけめんを観察しても食べてもよく分からない。何がつけめんの価格を押し上げているのか。謎は深まるばかりであったが、後日、自宅でラーメン調理に失敗した時に分かった。
 つけめんは麺をスープに入れないので麺どうしがくっつきやすい。しかもスープが冷めて風味が損なわれやすい。これらの課題を克服するために手間と工夫が必要になる。
 例えばある店では従来型ラーメンの茹で時間は4分なのに、つけめんは8分かけている。それがコストを押し上げているのではないか。一方、麺という食べ物は、時間とともにのびてまずくなるという欠点があるから、ライスよりも管理が難しい。よって麺の替え玉はライス1杯よりも高い。
 
 要するにラーメンは手間のかかり方に応じて価格が高くなるのであって、排水処理コストはそれほど価格に影響していないことになる。つまり私の考察は間違っていたといえる。せっかくラーメン価格の秘密を解明したと思っていたのにくやしい。 
 しかしこの一件で私はラーメン排水問題に開眼した。そこでもう一つ正攻法の解決策を見つけてきた。

(解決策3)ラーメン排水対策に取り組んでいる店で食べるようにする。
 ラーメンスープはシンクに流すから処理が難しくなるのであって、最初の濃い状態のスープを回収して廃油処理すればよい。この方式は、例えばJR船橋駅ビルの「ラーメン横丁」というラーメン屋テナントを集めた区画で採用している。簡易な回収装置に、残ったスープを流し、油脂を回収して別の施設で再生燃料として使う。配水管トラブルと汚泥処理コストが減るメリットがあるという(※3)。
 実際に食べに行くと4店舗全てが混濁系スープである。客としてはいろいろなスープがあったほうが楽しいが、混濁系はこの処理方式のメリットを最大限に享受できそうだからこの店舗構成は納得である。回収する現場は客席からは見えないが、ここならスープを残しても問題ない。
 と思っていたら隣の席の女性はスープを全部飲んで帰っていった。これが一番いい。

<参考にしたウェブサイト>
※1 静岡県の環境学習用のホームページ

※2 事業場排水のCODとBODの関係性について(鹿児島県のHP)

※3 「排水の油脂を再生燃料化」(株式会社ティービーエムのHP)
てんぷら油の再生燃料化はよく聞くが、それより濃度が薄くて回収しにくくて悪臭問題を伴うラーメンスープに挑戦したところにスピリットを感じる。

※ 美味しんぼ(29) (ビッグコミックス) 「フランス料理とラーメンライス」 1991年5月 小学館 
グルメ化とともに高濃度化が進む飲食店排水。「排水問題とグルメの両立」というテーマを与えられて「究極メニュー」側が考案したのはソースをパンですくって食べるフランス料理の手法。一方の「至高のメニュー」側は何とラーメンライスで対抗。恐るべし海原雄山、慧眼はドブ川問題にも及んだか!というストーリーをタイトルから妄想したが、全く違う話であった。

 <目次にもどる>
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48 ドブ川の水源としての側溝

ravin_bois (京都府宮津市)

 ドブ川の水源をたどると、最終的に住宅地の道路側溝に化けることが多い。
 開渠のドブ川→暗渠の開口部→水路敷地が明確な暗渠→道路と一体化してマンホールだけが存在を主張する暗渠→道路側溝しかなくなる
 という形で化ける(※1)。
 側溝は道路のある限りあちこち張り巡らされているから、どれが水源なのかは正確には分からない。そこで一番標高が低い位置を通る側溝を見て、「これが水源であろうな」と推定する。私のドブ川探索はそこで終わりである。

 側溝は正式には河川でも水路でもなく、道路の構造物の一部ということになっている。
 したがって私も側溝は「ドブ川」として捉えてはこなかった。
 
 自然河川(河川敷のある河川)>ドブ川(主に準用・普通河川・水路・公共溝渠)>側溝

 という序列が私の中にあり、「側溝とドブ川は違う」という区別をしてきたためでもある。
 しかし水の流れは継続しているし、例えば大きな側溝と細い水路の間には機能的な差異はほとんどない。そのうえ側溝はドブ川の最上流部を担っていることが多いので、だんだん気になってくる。
 そのようなわけで私は側溝に興味を抱くようになった。すると妙なことに気付いたのである。
 
 道路は雨のときにしっかり排水できないとスリップ事故の元になるので、それを防止する目的で側溝を設ける。道路の側溝は本来このためにある。
 したがって、側溝には住宅の下水を流してはいけないことになっている。
 道路の技術資料を読んでも、雨量の計算については詳しく書かれているのに、下水の流入量の計算については一切触れられていない(※2)。下水の流入はあってはならない事態であり、したがって想定してはいけないことになっていると見える。
 では、晴れた日に側溝を流れる泡だらけの水は何なのか?
 
 この妙な現象の原因は調べるとすぐに分かった。
 側溝に排水を流すことを全面禁止にすると、下水道のない地域では河川か水路に面したところにしか家を建てられないことになる。

 それでは困るので生活道路の市道などは「やむを得ない場合に限って」流してよいとする特例がある。側溝を流れる水はこの特例に基づいて滴下されるもののようである(※3 ※4)。
 調べた限り、この特例は市道には多く設けられ、県道にはあまりなく、国道はほとんどないように見受けられた。回りくどいことであるが、こうしないと収拾が付かなくなるのであろう。
 
 側溝の形態は、昔は開渠が多かったが、落ちると危ないのでやがて蓋掛が多くなり、しかし蓋掛は車重で破損しやすいということで、現在は暗渠の埋設管が主流になっている。暗渠はドブさらいができないのが難点だが、今は集水桝からバキュームで吸い出す機械があるので問題ない。
 
 設置場所は多くのパターンがある。

A車道と歩道が縁石で分かれていない道路の場合
A1道路の端に側溝(開渠)を設けるパターン
     ravin_a1 (埼玉県白岡市)

A2道路の端に側溝(蓋掛)を設けるパターン
     ravin_a2-1 (兵庫県豊岡市)

A3道路の端に側溝(暗渠)を設けるパターン
     ravin_a3 ravin_a3-dd
     (左:通常型(愛媛県宇和島市)、右:開渠の下に暗渠を配したダブルデッカータイプ(大阪市淀川区))

B車道と歩道が縁石で分かれている道路の場合
B1 車道の端(エプロンという)の直下と歩道の端に側溝を通すパターン。車道部分は暗渠、歩道部分は蓋掛にする場合が多い。 
     ravin_b1 (愛媛県宇和島市)

B2 エプロン直下だけに側溝(暗渠)を通し、歩道には設けないパターン
     ravin_b2(東京都中央区)

B3 歩道の直下だけに側溝(蓋掛)を設けて、車道に降った水はエプロンに設けた集水桝で経由で歩道直下の側溝(蓋掛)に流し込むパターン
     ravin_b3-1 ravin_b3_dessine
(左:通常型(岐阜県中津川市)、右:歩道拡幅のために敢えて歩道のマンホール暗渠に雨水排水を統合したタイプ(エプロンの四角いグレーチングで集水する。車道のマンホールは汚水用。 神戸市中央区))

Cその他
C1 どちらにも設けないパターン
     ravin_c1 (東京都渋谷区 写真の道路は正確には区道扱いの水路敷地である)

C2 側溝はないが、道路の横に水路(開渠)が並行しているパターン
     ravin_c2 (京都府宮津市)
  
C3 側溝はないが、道路の横に水路(蓋掛)が並行しているパターン(水田地帯が住宅地になったところに多い)。
     ravin_c3 (埼玉県戸田市)


 このように、側溝の設置形態は主なものだけで9パターンもある。
 この中で私が面白いと思うのは、C2C3である。側溝は水路ではない建前であるが、実際には両者はウヤムヤな補完関係にある。
 
 例えばC2の水路が農業用水路であった場合、道路に降った雨は水路にも流れ込んでしまうから、事実上道路の側溝を兼ねることになる。また、水路沿いの家が排水口を設けたりするので排水路化する。
 この状態が進むと、水路が農業用水路としての機能を失って排水路になり、くさいし危ないから、と蓋をする。
 するとC3になる。この状態になると、水路は道路側溝・兼歩道・兼排水路といった性格を帯びるようになる。
 
 このように側溝と水路の関係は、成り行き任せのウヤムヤである。
 このウヤムヤは大変興味深い。ドブ川自体が下水路か河川か判別し難いウヤムヤな存在だからである。その源流がウヤムヤな側溝であるというのは、成り行きとしてありそうな話である。このウヤムヤにドブ川を解く鍵がありそうでもある。
 しかし私はそのまま放置しておいた。「だからどうだ」ということでもあるし、漠然とした話で取っ掛かりが掴めなかったからである。しかしある日、その鍵を発見した。
 
 東京都台東区上野公園。
 不忍池のほとりに下町風俗資料館という施設がある。ここでは大正時代から戦前くらいまでの東京の下町の街並みを保存している。ここに大正時代のドブのレプリカの展示がある。
 狭い路地の中央を木の蓋の掛けられたドブが走り、各戸の炊事場から流れ出る下水を受け止めている。ドブの幅は30cm程度と狭い。

 下町風俗資料館の昔のドブ(資料館HPにリンク) 

 このドブは路面の雨水排水と住宅排水を引き受けているのであるが、現代人の私から見ると、これがウヤムヤな処理だという感じはしない。当時の水源は長屋の端の井戸であり、使用水量も少なく、便所は汲み取り式で別系統、風呂も銭湯で別系統、路地も狭いから処理する雨水も少なく、と全体的にコンパクトに納まっているからである。
 このコンパクトさは井戸という上水インフラの貧弱さのおかげともいえる。
 
 ドブのコンパクトさが上水インフラの貧弱さに起因しているということは、文京区にある東京都水道歴史館に行くとよく分かる。ここは近代水道ができる前、つまり江戸時代の上水道の仕組みを展示しているが、この展示を見ると上水とドブの関係が系統的に分かる。

 ①多摩川から玉川上水を経由して、上水が江戸市中に引き込まれる。
 ②引き込まれた上水は、木製の堅牢な水道管で長屋の路地まで引き込まれる。
 ③路地の広場に上水を溜めておく「上水井戸」という地下タンクがあり、人々はそこで水を汲む。
 ④井戸水を汲む場所の端には、こぼれた水を集める排水口があり、そのままドブに流れるようになっている。
 ⑤ドブは下町風俗資料館のものと同じで、長屋の排水を集めながら木製の蓋の下を流れる。
 

 上水→井戸→ドブ。明快である。
 しかしこの単純で美しい関係は、近代水道の開通と水洗便所の普及で崩れていく。
 近代水道の最大の功績は、鉄管とポンプの組み合わせで各家庭への個別給水を可能にしたことである。
 ポンプの導入は、元はと言えば横浜の外国人が消防用に猛烈に要望したためであったが、この便利さを背景に、水道付きの台所を備えた文化住宅というものが大正時代に登場する。  
 さらに戦後になると水洗便所が普及し、下水の水量と汚濁物質を飛躍的に増やす。こうなると木製のドブではどうにもならない。再編成が必要である。

 下町風俗資料館の説明書きによると、戦後「下水」の敷設が進んだ、とある。
 この「下水」は、現在あるような下水処理場に続く下水幹線ではなく、単にドブを暗渠化した下水路であるという。水量と汚濁物質が飛躍的に増加してしまった東京の下水を捌くために、そのようなものが取り急ぎ作られたようである。つまりこういう変遷が見える。

少量で汚濁度も低い排水の流路としての側溝→大量で汚濁度も高い排水の流路としての暗渠下水→その後の合流式下水道の素地になる

 側溝を下水路に変質させた因子は「水の使用量と用途の拡大」、ということができる。
 しかしこの因子が全てではない。
 東京の下町は住宅密集地だからこのあたりの物事が早回しで展開するが、郊外ではもっと緩慢に進むので他の事情もあることが分かる。

 郊外は人口密度が低いので東京の暗渠のような贅沢な施設を作れない。では近傍の水路に排水しようかということになるが、水路はたいてい農業用水路を兼ねている。ここに流すわけにはいかない。ではどうしていたか。
 昔の農家で育った人に訊くと、昔の郊外の排水処理はこうだという。この人の実家の農家は神奈川県横浜市の郊外にあり、家の前を川が流れていた。

・住宅の排水は庭の手掘りの水路に流す。
・電気洗濯機も水洗便所もなく、排水量が少ないので、しばらく流れると土に浸み込んでしまい、川には流れない。

 
 単純である。
 しかし電気洗濯機や水洗便所を使うようになるとこの方式は行き詰まり、排水先が必要になる。どこに排水してたんですか?

「その頃には実家を出ちゃったからよく分からない」

 仕方ないので昔の農業用水路の仕組みを調べることにする。渋谷や品川辺りであれば農村時代の史料が豊富に残っているので好都合である。仕組みはこう。

  ①多摩川の水が、玉川上水や枝分かれした上水経由で農業用水が流れてくる。
  ②用水路は人工的に掘られ、広範囲の給水を可能にするために台地の尾根を繋いで高いところを流れてくる。
  ③枝分かれした水路で水田に供給される。
  ④水田は収穫前に水を落とす必要があるので、排水用に設けた水路(登記上の用語で「用悪水路」という)に流す。
  ⑤用悪水路はいらない水を流す機能だけがあればいいので、農村の低いところを自然流下する。
  ⑥よって農村にはきれいな用水路と、用済みの水を流す用悪水路の2つのネットワークが並存する。用悪水路のルートは自然河川の流路と一致し、きれいな用水路は用悪水路よりも一段高い場所を並行して流れる。(※5)
 
 
 このことから次のようなことが推測される。

・地形的要因から、家庭の排水の受け入れ先は用悪水路となるであろう。
・これも地形的な要因から、用悪水路は「水はけの悪いドブ」になりやすいであろう。
・その用悪水路の水を引き受ける自然河川はドブ川化する宿命にある。


 このあり方は現代の道路側溝に似ている。「用悪水路=水田の落とし水の排水先」という本来の機能がありながら、なし崩し的に生活排水の排水先になってしまうというポジションが似ている。
 しかも供給用のきれいな農業用水路も、水田の宅地化が進んで不要になってしまえば生活雑排水の受け皿に化けるというドブ川予備軍的な立場にある。これは以前、川崎の二ヶ領用水で見たとおりである。
 ドブ川のウヤムヤは、稲作の衰退と、家庭の水使用の増加と、下水処理の難しさの隙間を埋めるという役割に端を発していて、その程度の強弱で化け方が変わるという態様がウヤムヤに輪を掛けているといえる。


<参考にした施設>
下町風俗資料館(東京都台東区上野公園内)昔のドブの写真あり 
東京都水道歴史館(東京都文京区)水道局の施設らしく高台の給水所の隣にある。

<参考にした書籍>
※1 地形を楽しむ東京「暗渠」散歩 平成24年 本田創・編 洋泉社
開渠の川が暗渠になった後のことについてはこの書籍におまかせである。
※5 春の小川はなぜ消えたか 渋谷川にみる都市河川の歴史 (フィールド・スタディ文庫6) 平成23年 田原光泰 (株)之潮
農村だった渋谷から農業用水路網が失われ、側溝が新設される過程が詳細に載っている。

<参考にしたウェブサイト>
※2 「岐阜県道路設計要領 第4章 排水」(岐阜県のHP)
※3 「合併浄化槽処理水の市道側溝への放流に係る道路占用の取り扱いについて」(栃木県下野市のHP)
※4 「雨水排水等の県管理道路側溝への接続にかかる取り扱いについて(通知)」(三重県のHP)


 <目次にもどる>

49 泡立ちよ こんにちは

  7002 目黒川(中目黒二丁目付近)

 目黒川の川面に白い花びらが無数に浮いている。
 駒沢通りをくぐってしばらく下ったあたり、深い開渠の底を流れる水にたくさん浮いている。
 これが「花筏」というものであるか。
 目黒川沿いは桜の名所である。その花が一斉に散って川面に落ちて筏のように見えるのを楽しむ。
 しかし、私もかなりボケッとしていたのだが、これを見たのは秋であった。であればこれは桜の花びらではない。
 
 しからばこれは何か。
 この場所は川面は地表面から5mほど下にあるが、水面近くまで階段で下りられるようになっている。降りて川面をよく見るとそれは無数の泡であった。
 現場の少し上流に小さな落差があり、ここで攪拌された水に泡立ちが生じている模様である。同時にかすかな下水臭もする。
  7003 bulles 
   泡の発生場所(左)と泡の拡大写真(右)

 晴天時の目黒川の水源は、ここより1.6kmほど上流の池尻大橋駅付近に放流される下水の高度処理水である。
 この水は新宿区の落合水再生センターで処理された下水を高度処理して専用管で送水してきたものである。落合水再生センターは、新宿副都心の高層ビルにトイレ用水を供給するために通常の処理よりも手間を掛けた高度処理を行っており、そのおすそ分けで渋谷川と目黒川と呑川に河川維持用の水が供給される。
 この水のおかげでこれらの川は、滞留した水が東京湾の干満で行ったり来たりするうちに腐敗して真っ黒になる、という状況を逃れている。
 
 しかし中目黒でこんなに泡が発生しているということは、高度処理水の中に泡立つ成分が含まれているということである。これは洗剤の界面活性剤というものであろう。
 界面活性剤は、「界面」を「活性」化する物質である。
 何の界面かというと水と油である。
 人間の体や衣服や家の汚れはたいてい油なので、水で流すだけではお互いの「界面」が対立して溶け合わず、汚れが落ちない。そこで水と油を融合する物質で油を水に溶かす。これが界面活性剤である。
 
 とはいうものの、それ以上のことは私も知らない。よって、例によって本で調べた。
 例えば植物油に水酸化ナトリウム(あるいは水酸化カリウム)を加えると脂肪酸ナトリウムというものができる。この物質は、分子の片方が油に溶けやすく、もう片方は水に溶けやすい。したがって油に水をくっつけて洗い流してしまうことができる。せっけんはそれを固めたものである。
 
 界面活性剤にはもう一つ重要な機能があって、それは水の表面張力を減らすことができるというものである。通常、水滴はプルンプルンしている。表面が緊張しているわけである。この性質のために、厚手の木綿などは水を垂らしてもしばらくしみこまない。ここで界面活性剤を添加すると、この性質を弱めることができ、水が木綿にしみこみやすくなり、洗浄作用が発揮できるという。なるほど。
 
 しかしこの説明では「なぜ界面活性剤を使うと泡が立つのか」が分からない。 
 もちろん表面張力が弱くならなければ泡は立たないわけであるが、泡が立てば界面活性剤かというと、そのようなことはないように思う。

 例えばワインやリキュールのビンを振るとよく泡立つ。ワイン(赤)には14%の、リキュール(コアントロー)には40%のエタノールが入っているが、エタノールは界面活性剤とは呼ばれない。
 実際、消毒用エタノールを水で薄めて濃度40%にしたものをボトルに入れて激しく振ってみると、細かい気泡が無数に生じて乳白色にはなるが、泡は立たない。
 このことからワインやリキュールの泡は、これらに溶けている物質の「とろみ」が作用しているのではないかと思われる。
 
 ということで、今度はサラダ油のビンを振ってみる。サラダ油はとろみがあるので泡が出てもよさそうだが、なんと出ない。
 ごま油も同じ。とろみがありすぎてもダメなようである。
 一方、酢(ミツカン)は泡立つ。酢はさらさらしているイメージがあるので意外である。
  vinaigre

 しょうゆ(キッコーマン)もよく泡立つ。しかしソース(ブルドッグ)は泡立たない。「とろみありすぎ泡立たないの法則」というものがありそうである。
 オリーブ茶(オリーブの葉を煎じて煮たもの)はよく泡立つ。これはオリーブ茶にサポニンという界面活性物質が含まれているからだと言える。ではオリーブ油はどうかというと泡立たない。しかしコップ1杯の水にオリーブ油を1滴垂らして振ると泡立つ。
 この泡立ちがオリーブ油に含まれているかもしれないのサポニンの作用のためなのかどうかを調べるために、サラダ油で同じことをしてみると、果たして泡立つ。
 
 ほぼ同じ原理で牛乳(=水と乳脂肪の溶液)も泡立つ。カルピスの原液も泡立つ。そのほか、ほうじ茶、そばの茹で汁、ねこじゃらし茶(雑草のエノコログサの穂を炒って茹でたもの)も泡立った。エノコログサにサポニンが含まれているかどうかは知らない。
 この一連の結果から、私は次のように推測した。

  ①界面活性物質を含む液体を振ると泡立つ。 
  ②界面活性物質がなくとも、適度なとろみのある液体を激しく振れば泡立つ。これは摩擦で界面にエネルギーが与えられる(=活性化する)ためではないか。
  ③サラダ油原液やソースが泡立たなかったのは、とろみがありすぎて摩擦を起こすには力が足りなかったからではないか。
 

 せっけん水の泡立ちは①②両方によるものであろう。泡立ちの良さは洗浄力には関係がないと言われるが、せっけんに関する限り、泡が立たないような状態では洗浄力は期待できない。「よく泡立つ=洗浄力あり」という関係はある程度は成立すると思われ、①②を兼ね備えるせっけんは洗浄剤として適しているということになるのだと思う。
 
 しかしせっけんには3つ欠点がある。

  ・アルカリ性なのでアルカリに弱い動物性繊維(ウールなど)には適さない。
  ・硬水(金属分の多い水)に溶かすと金属が結合してしまって能力を発揮できない。
  ・原料の油脂の調達に苦労する。

 
 そこで登場したのが合成洗剤(中性洗剤)で、「アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(略してABS)」などの物質を界面活性剤として使用する。原理はせっけんと同じで分子の片方が水に溶け、もう片方が油に溶ける。ただしその間にある物質が「アルキル基」という物質であるところが違う。アルキル基なるものは何者かが分からないので化学の教科書で調べると、「メタン系炭化水素から水素原子が一つとれた基」とある。
 
 メタン系炭化水素とは、メタン(CH)やエタン(C)、プロパン(C)などのことで、いろいろな種類があるがいずれもC(2n+2)で表される。
 ここからHを一個抜くとアルキル基というものになり、これが洗剤の原料になる。
 つまりメタン系炭化水素から水素を1原子抜いてナトリウムをくっつけたりすると洗剤ができる。
 これを応用すると、石油(炭化水素)を原料にして硫酸を吹き付けたりする(水素を1個抜く)と洗剤ができることになる。実際はもっと複雑な原理であり、工程であるわけであるが、私はいつも専門用語の羅列で挫折するのであえて雑に捉えてみる。 

 とにかくこれは便利な発明である。したがって合成洗剤は爆発的に普及した。しかし合成洗剤にも欠点はあり、洗剤中のABSが川に流されると、魚の死亡や繁殖阻害を起こすようである。しかも分解されにくいのでいつまでも水中に残り、泡も残る。その結果が悪名高い1970年代の「多摩川の洗剤モコモコ現象」である。

 洗剤メーカーはこれを受けてABSをもう少し分解しやすいものに改良した(LASという)。
 しかし毒性は依然としてある上に、もともとが人工的に合成した物質なので、やはり分解されにくい。水温が20℃で10日、10℃ならば15日くらい経ったところでやっと分解が開始される(※2)。
 
 いくらなんでも洗濯機から下水管と下水処理場と専用管を通って目黒川に排出されるまでに15日はかからない。落合水再生センターは高度処理しているとは言っても、その内容は砂ろ過と紫外線殺菌。現在の合成洗剤に使われている陰イオン界面活性剤は、活性炭吸着かオゾン分解でないと取り除けないので、神田川沿いの家庭で流された陰イオン界面活性剤は、あまり分解されないまま目黒川に流されることになる。
 
 これはちょっと考えさせられる光景である。しかし各地で観察すると目黒川はまだましな部類である。
 東海道線で豊橋から名古屋へ向かうと、熱田駅(名古屋市熱田区)の手前で新堀川という小さな川を渡る。この川に大量の泡が流れている。何事かと思って川岸を見ると下水処理場がある。名古屋市の熱田水処理センターである。この処理場は昭和5年にできた古い処理場で、ここから放流される水が泡だらけなのであった。また、横浜市鶴見区の北部第一水再生センターから放流される水も泡だらけである。ここは放流口に消泡設備があり、スプリンクラーで泡を消しているが、それでも泡が出る。

  tsurumi_1 tsurumi_2 
  北部第一水再生センターから出る泡混じりの水と消泡用スプリンクラー

 生活排水の流入しているような川でも泡は見られる。泡は平面状に広がるだけでモコモコと立体的には盛り上がらないが、光景的にはびっくりする。しかしさらに驚いたことに、泡の下をコイやカメやボラがすいすいと泳いでいる。私が見たところ、

・泡があっても、隠れる場所さえあればコイやカメなどは生きている。
・泡が出るようなところは、水が攪拌されている場所であり、酸素が溶け込んで溶存酸素が多い。その点において、魚が生きやすい。

ということのように見えた。だから、泡の有無をもってすべてを判断してしまうのは早計であるが、洗剤の成分が川に出て行ってしまうような状況はよいとはいえない。
 私もそういう洗剤を散々使っているので、どうしたらいいのか考えてみることにした。この問題は昔から議論されているテーマなので出尽くした感があるが、私なりに感じた問題点は次のとおりであった。

・合成洗剤は安くで便利だがやはり生分解性の悪さがネックである。もっとも、現在はさらに改良された「アルファスルホ脂肪酸エステルナトリウム」という「せっけんに近い陰イオン界面活性剤」を使っているものもある(※3)。
   alpha_sulfone

・合成洗剤はにおいがきつい。あのにおいも魚にはおそらく迷惑である。
・合成洗剤には「環境に配慮して天然ヤシ油を使用しました。」とうたうものがあるが、そもそもヤシのプランテーションが熱帯雨林を破壊しているのであるから、これは論点がずれている。
・しかし合成洗剤は加水分解酵素の併用など、洗剤使用量の削減技術にしのぎを削ってもいて、良くも悪くもこのハイテクさが合成洗剤の特徴である。
・その天然ヤシ油はせっけんにも使われている。
・せっけんは手荒れが起きにくく、魚毒性も低く、生分解性も高いが、BODは高い。原料が油なのだから、さもありなんである。
・この品質的贅沢さが良くも悪くもせっけんの特徴である。


 これはややこしい問題である。たとえせっけんが環境にいいとして、すべての洗剤をせっけんでまかなったら膨大なヤシ畑が必要である。
 石油で洗剤を作っているから現代人の需要をまかなえているのであって、せっけんがいいか、合成洗剤がいいかといった論争はやや不毛と言える。そのようなわけで、私の対応策はこうなった。

  ①洗濯は袖とか襟を石鹸でこすって洗った後に、少なめの合成洗剤で洗う。
  ②油の付いていない食器は水だけで洗う。
  ③油まみれの食器は新聞紙でふき取って洗う。
  ④タワシでこすって何とかなるものはタワシで済ます。

 化学的に界面活性化することをあきらめて、物理的に人力除去するという方針を前面に出した解決策である。
 指と新聞紙とタワシは優秀な油剥離剤であり、人力除去した後に洗剤を使えば、少しの量でもよく泡立って汚れも落ちる。泡立ちよ、こんにちは。


※1 岩波講座 現代化学への入門〈18〉化学と社会 平成13年 茅幸二 他著 岩波書店
 この書籍は洗剤や電池など、日常生活にさまざまな形で使われている化学物質を専門家が解説している。洗剤の項を担当しているのは合成洗剤メーカーの研究者ではあるものの、合成洗剤の欠点や苦悩にも触れてあって参考になる。この書籍で面白かったのは、界面活性剤はもともと機械の潤滑剤として開発されたというところと、ツブツブタイプの歯磨きなどに入っているゼオライトは、もともと合成洗剤を無リン化するために開発されたというところである。産業や環境面の要請で渋々開発したものでも、時間が経てば別用途への転用で開発コストが回収されていく、という構造が見える。

※2 直鎖アルキルベンゼンスルホン酸及びその塩(環境省の化学物質対策の資料HP PDFファイル)

※3 界面活性剤とは[4]界面活性剤の種類 (横浜国立大学教育人間科学部 大矢勝研究室のHP) 
アルファスルホ脂肪酸エステルナトリウムに言及した文献。この物質の化学物質評価はまだあまり進んでいないようである。


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50 泳げる霞ヶ浦

  5823 霞ヶ浦(茨城県土浦市)

 茨城県は排水に関する規制が非常に厳しいところである。
 これはラーメン排水について調べた時に気が付いた。
 全国一律の水質汚濁防止法に加えて、霞ヶ浦水質保全条例というものが制定されて、より厳しい排水基準を守らないといけないようになっている。この条例は水質汚濁防止法の上乗せ規制から始まって、家畜の糞の処理、高度処理浄化槽の義務化に至るまで異例の厳しさで排水規制をしている。
 
 関東各県は東京湾という汚れやすい湾があるので全般的に水質規制が厳しいが、東京湾に面していない茨城県が厳しいのは条例の名が示すとおり霞ヶ浦があるからと察せられる。
 霞ヶ浦は湖というよりは巨大な沼で、面積は全国第2位であるものの、平均水深は4mしかない。
 その昔、埼玉県の荒川流域から千葉県の印旛沼にかけての低地は海の底であったが、地球が寒冷化すると氷河ができて海岸線が後退して陸地になり、少し低い場所は湖沼になった。そのためにこのエリアは牛久沼や手賀沼などの浅く大きな沼が多い。
 霞ヶ浦もその一つで、平地の中小河川から流れてきた水が霞ヶ浦という浅い水溜りに流れ込んで、余った水が利根川の下流部に吐き出される。この流れ出すサイクルがかなりゆっくりであることから、底に泥が溜まりやすく、澱んでいるうちに水質が悪化する。

 と、このようなことは1970年代から指摘されていたそうであるが、それにしても茨城県の水質対策に対する執念は相当なものがある。毎年「霞ヶ浦水質浄化ポスターコンクール」が開催され、研究者によって水質浄化対策が研究され、それを習得するための環境学習プログラムが多数ある。しかもその内容が充実している。

 恥ずかしながら私はその理由がよく分からなかった。
 「霞ヶ浦をきれいにしよう」という熱意は感じるのだが、「何がどうまずいのか」がよく分からなかった。
 あまりに長年議論されすぎていまさらそんな初歩的なギモンを発せられないような雰囲気でもある。なぜ霞ヶ浦ではこれほど熱心に水質浄化対策するのか。霞ヶ浦はそれほどまでに汚いのか?

  role principale 主役を明示している看板
 
 調べると、霞ヶ浦の水質はCOD(化学的酸素要求量)平均値で8.1mg/L程度。湖沼なのでBOD(生物化学的酸素要求量)ではなくCODで表される。
 これがどのくらいの汚れなのかピンとこないので、環境省のホームページで他の湖や海と比較してみる(データは平成23年度)。

  支笏湖(北海道) 1.0mg/L
  中禅寺湖(栃木県) 1.2mg/L
  小河内貯水池(東京都) 1.6mg/L
  河口湖(山梨県) 2.7mg
  琵琶湖南部(滋賀県) 3.3mg/L
  諏訪湖(長野県) 4.0mg/L
  尾瀬沼(福島・群馬) 4.7mg/L
  児島湖(岡山県) 7.6mg/L
  霞ヶ浦(茨城県) 8.1mg/L
  印旛沼(茨城県) 11.0mg/L
  東京湾(東京・神奈川・千葉) 2.7mg/L
  大阪湾(大阪・兵庫・和歌山)) 2.5mg/L
 
 これは汚い。私の不見識であった。水質対策に力が入るのも分かる。
 しかしそんなに汚いのなら実際に見てみたい。どんなドブ川が流入しているのかも見てみたい。
 まことに不届きな動機ながら私は、霞ヶ浦西端の市街地、土浦市に行ってみた。12月のことであった。冬は水がきれいな時期なのであまり適してはいないが、とりあえず行ってみた。まず土浦市街を貫通して霞ヶ浦に注ぐ桜川という川に行く。ところが。

 水はきれいではないが、汚いというほどではない。他のもっと小さな川や工業団地の川も見たが汚くはない。
 次に湖岸をめぐってみると、浮遊物がちらほらするがやはり汚くはない。湖岸に下りて間近に見ても汚いとは思わないし、くさくもない。湖の堤の背後は農村になっていて、のどかな水郷のような風景になっている。草むらの水路に鉄酸化細菌がオレンジ色の堆積物を作っている。水郷の川は生活排水が流入して汚れている場所もあるが、全般的には「こんなものだろう」という感じである。下水処理場もちゃんとある。

5825 汚れているといってもこの程度である
5824 背後地の水郷

 それほど神経質になる必要があるのだろうかと思う。このような経験は印旛沼や手賀沼でもしたことがあって、データ的には悪くても、見た目としては決して「腐臭放つ汚濁湖沼」という感じではない。
 そんなことを思いつつさらに湖岸を巡って、私はようやく理解した。浄水場があったのである。

 この浄水場は霞ヶ浦から取水している。この浄水場は土浦市やつくば市の排水が流れ込んだ水を原水にせざるを得ない。これは厳しい。
 川がきれいかどうか、下水がきちんと浄化されているかどうかを判断する場合、だいたいBODで5mg/Lを下回れるかどうかがポイントになると思う。5mg/L未満ならコイやフナが棲めるからである。
 しかし水道原水の基準は違う。原水のBODがだいたい0.5mg/Lくらいなら「おいしい水」、1.0mg/Lくらいなら普通の水、1.5mg/Lを超えるとまずくなって高度処理をするようになり、5mg/Lだと工業用水にしかならない。多摩川や荒川などの「流れる河川」でさえやっと2mg/L未満を維持しているというレベルなのだから、流れない霞ヶ浦でこのレベルを維持するのはかなり厳しいであろう。CODが8.1mg/LならBODが2mg/Lを下回るのは難しい。それゆえの厳しい条例なのであった。 

 霞ヶ浦で問題にされているのは、CODで表される有機物の多さよりも窒素(N)やリン(P)の多さである。
 窒素はし尿や肥料、リンは旧式の合成洗剤や農地、森林などが発生源である。窒素とリンは植物プランクトンの栄養分になるので、これが多いと植物プランクトン、特にアオコという藍藻が増殖する。
 アオコは夏場に水面で増殖し、水面に抹茶色のペンキを流したような光景を作る。アオコの発生は望ましくないものとされ、霞ヶ浦の目標もアオコの抑止が最優先になっている。ただし、なぜアオコが発生するとまずいのかについてはあまりよく解説されていない。
 
 行政機関が住民向けに発しているメッセージは、
「アオコの発生を防止しよう」と、
「その原因になる生活排水の浄化に努めよう」
の二つで、アオコの何がまずいのかについてはほとんど触れられていない。私の認識も「アオコ=よくない」くらいのもので、詳しくは知らない。
 例によってよく知らないのに「よくない」と思っていたのであった。そこで調べてみた。参考にしたのはアオコ抑止に成功した諏訪湖の研究書である。

 アオコは3つの点でまずいらしい。
 
  ①かびくさい
  ②水面上に浮かんで拡がるので見た目が悪い
  ③毒素がある

 
 は我慢ならないことではあるが、命にかかわる問題ではない。問題はである。
 アオコの毒素は「ミクロキスティン」というもので、化学式はC49741012
 よくこんな複雑なものが自然界で作られるものである。重量あたりの毒性はフグ毒の5.7倍、ダイオキシンの83.3倍。これだけ見ると恐ろしげであるが、把握されている被害は少なく、多くは飲み水や遊泳した際に飲んだ湖水に含まれるアオコ毒素による頭痛、吐き気、下痢などである。触っても大丈夫だが飲むとよくないもののようである。
 
 つまり霞ヶ浦の問題はこのような水を水道原水に使わざるを得ないがゆえの悩みであることが分かる。茨城県は那珂川や鬼怒川からも取水しているが、土浦などの県南部の水道はかなり霞ヶ浦に依存している。霞ヶ浦の問題は水道水源の問題なのであった。
 問題がアオコということであれば夏の霞ヶ浦を見なければならない。私は7ヶ月待って平成25年7月15日、再び霞ヶ浦を訪れた。この日は「泳げる霞ヶ浦市民フェスティバル」というイベントが土浦港で開かれる日であった。イベントタイトルから察するに霞ヶ浦は泳げる状況ではないらしい。

5827 第18回である
 
 この日の霞ヶ浦はアオコは発生していなかったが、霞ヶ浦対策に関わる人がいろいろなブースに総結集していて、霞ヶ浦のギモンを一気に片付けるには実に好都合なイベントであった。判ったことは次のとおり。

・アオコが問題なのは、毒素を含むがゆえに捕食してくれる魚がおらず、増殖が止められないことである。
・アオコをオゾンで分解する装置も設置しているが、分解されたアオコは底に沈んでただでさえ浅い霞ヶ浦をさらに浅くしてしまう。
・ただし浄水場の取水口はアオコのいる表層部よりかなり下にあるので、アオコの害をまともに受けているわけではない。
・浄水場はオゾン処理や活性炭処理などの高度処理を行っている。
・下水処理場も、窒素やリンまで取り除く高度処理を行っている。

・行政は、流域に多く残っている単独浄化槽を合併浄化槽に取り替えていく事業もしているが、この時に窒素、リンも除ける高度処理型の浄化槽を設置するのがこの地域の基本形である。
・霞ヶ浦は山奥のダム湖と違って豊富な清流を期待できないので、水質面でかなり不利である。
・周辺はハスの産地で、ハスの栽培で出る窒素分の高い排水も汚濁要因ではあるが、霞ヶ浦の場合は生活のすべてが汚濁に関わってしまうので、一つの要因だけを解決すれば何とかなるという構造ではない。
・水質データは一進一退だが、昔よりは改善されていると言う人もいる。


 土浦港からは遊覧船が出ているのでそれに乗ってみる。
 船は緑色の水泡を掻き上げながら進む。さすがに大きな湖である。この湖が茨城県が独自に使える巨大な水源であることを考えると、水質に難があるからといって簡単に放棄できるものではないなと思う。むしろこの湖のおかげで、排水の良し悪しが飲み水に還ってくるというシビアさを私たちは感じることができる。私たちはもっと大切に水を使わなければならないと思った。
 
  5828 
  5829 

 私は「全日本水の作文コンクール」風に神妙になった。しかしすぐにもっと刺激的なギモンが浮かんできてしまった。それはアオコのことである。
 アオコが増殖するのはその毒性ゆえに捕食する生物がいないからだという。
 それならアオコは食物連鎖の中でどのようなポジションを占めているのか。捕食されない生物にどのような意味があるのだろう?意味などないように見えても、その生物は意識していなくても、次に繁栄する生物のための何らかのステップを築いているはずである。例えば人類は捕食されないが、長年掛けて地中に閉じ込められた石油やメタンガスや放射性物質を好んでほじくりだし、太古の過酷な地球環境に戻すという特異な役割を担っている。アオコはどうか。
 
 このことを考えていて思い出したのは、以前小田原の「生命の星・地球博物館」で見た、ストロマトライトという藍藻の巨大な化石のことであった。
 ストロマトライトは約30億年以上前から地球上に存在する藍藻で、まだオゾン層がなく紫外線の強い原始地球の海辺にありながら、ぬるぬるした膜で自身を守ることで生存を保っていた。この藍藻は他の生物に捕食されることがなかったので、増殖し続けて光合成で酸素(O2)も出し続け、後年地球にはオゾン層(O)ができることになる。

 他の生物に捕食されないとどうなるかというと、自らの死骸の上に新しい藍藻が成長し、埋もれた死骸は嫌気性細菌の栄養源になる。その結果、ストロマトライトはひたすら成長と死と堆積を続け、高さ数メートルの巨大な岩のような化石になって発掘される。
 アオコという藍藻も、もしかしたらそのような存在なのではないだろうか。捕食されずに増殖し、死んで沈殿して分厚い層を形成しつつも表層で酸素を出し続け、中で嫌気性細菌が活動する場を提供しているのではないか。「アオコが発生するとくさい」というのは嫌気性細菌の活動の発するガスのにおいであろう。
 
 ストロマトライトが原始地球の毒性の強い紫外線ゆえに捕食されずに済んでいた構造を、アオコは毒を自ら産生することで代替的に実現しているのではないか。ストロマトライトは現代でもごく一部の場所で生息しているが、そこは捕食役の貝類が生息できないような場所、つまり塩分濃度が高すぎたり、水温が高すぎたりする場所であるという()。
 
 捕食者が絶対に存在しないような環境を必要とする点で、ストロマトライトとアオコは共通点を持っているといえる。現代の地球はオゾン層に守られて捕食者の高等生物が繁殖してしまったので、ストロマトライトは衰退してしまったが、アオコは毒という武器を手にすることで、ストロマトライトが持っていた優位性を能動的に作り出しているようにさえ見える。しかもアオコの栄養源が、人間-捕食者を持たないもうひとつの生物-の排泄物であるというところが巧妙である。
 霞ヶ浦は、藍藻類の長い命の歴史の中にたゆたう湖であり、人間も彼らの戦略から無縁ではありえないということを示唆しているように見える。

第51章 「アオコのにおい」へつづく
霞ヶ浦のアオコを腐らせてにおいを再現してみた。

(注釈)
このことは生命の星・地球博物館で教えていただいた。この博物館にはボランティアの解説員がいて、分からないことを訊くと解説してくれる。ストロマトライトの展示も、解説されなければ「ただの巨大な石」ぐらいにしか思わないが、解説を聞くと、「そういえば、貝には毒を持つものがいたなあ」とか「こないだ食べたチャンバラ貝についていた歯は、藻を捕食するためのものだったのか」などということも連想できる。ストロマトライトを見るときは磁石を持っていくことをお勧めしたい。

<参考にした書籍>
アオコが消えた諏訪湖 人と生き物のドラマ(山岳科学叢書3) 信州大学山岳科学総合研究所 沖野外輝夫・花里孝幸 編 平成17年 信濃毎日新聞社
 アオコの分析はもちろん、重金属、PCB、ワカサギの増減、下水道建設、観光への影響まで、努めて多角的に解説した良書といえる。

生命40億年全史 リチャード・フォーティ・著 渡辺政隆・訳 平成15年3月 (株)草思社
 40億年の歴史を駆け抜けるだけあって厚い本であるが、私はやはり地球ができて細菌が育ち、大気ができるくらいまでが面白いと感じる。脊椎動物が出現するともう、魚でも鳥でもチンパンジーでも大した差はないなどと思ってしまう。


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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

カテゴリ
「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
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