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61 中川ウェットランド(前編)

 nakagawa1 中川(総武線橋梁付近)

 東京の東側には川が多い。しかもその位置関係が分かりにくい。
 下町低地西端の秋葉原から東端の市川まで黄色い総武線に乗ると、渡る川は計6本。

 ・両国の手前で、隅田川
 ・次の錦糸町で、横十間川
 ・平井の手前で、旧中川
 ・平井の先で、荒川と中川
 ・小岩の手前で、新中川
 ・小岩の後で、江戸川

 この間14km。私はいつもこれらの川を覚えられない。
 新・旧・本家と3本もある中川の間に荒川が挟まっているところが分かりにくい。しかも中川の上流には「大落古利根川」と「古隅田川」と「元荒川」というものがあり、事態をことさらややこしくしている。全く理解できない。
 これでは困るので、覚え方のコツを編み出した。

 ①まず東京の東には、荒川利根川という二大河川がある。
 ②荒川は下流で隅田川と荒川に分かれる。隅田川は旧荒川で、現在の荒川は洪水対策のために人工的に開削された「荒川放水路」である。
 ③利根川は下流で江戸川と利根川に分かれる。江戸川は旧利根川で、現在の利根川は江戸時代に開削された新流路である。江戸川は河口部で江戸川本流と旧江戸川に分かれる。
 
 ④荒川利根川という二大河川の間に第3の川である中川がある。
 ⑤中川は始めは独立を保っていたが、大正時代にその流路を横切って荒川放水路が開削されたので西側と東側に分断されてしまった。
 ⑥このうち西側部分が「旧中川」、東側部分が本家「中川」となった。
 ⑦東側の本家「中川」は下流部を荒川放水路に分断されてしまったので、代替として荒川放水路と平行する人工河川が東京湾まで開削され、ここを流れる。
 ⑧しかしそれだけでは下町低地の水害を防げないので、京成線青砥駅付近から分流して旧江戸川下流部に放流する人工河川を開削した。これが「新中川」である。

  東京東部河川
  荒川、利根川、江戸川、中川それぞれの下流部に、計5本の人工河川が開削されている。


 まとめると、東京東部の河川は荒川グループ(荒川・隅田川)利根川グループ(利根川・江戸川・旧江戸川)中川グループ(中川・旧中川・新中川)の3つに整理できる。
 これらが分かりにくいのは、②~⑧の改造が加えられて不自然な姿になっているからと思われる。これらの河川は②~⑧以前にも江戸時代に幾度にもわたる流路付け替えが行われているから、今のスタイルは、デルタ地帯をまぜこぜに流れていた川を400年かけて大改造した結果ということになる。
 
 この大改造の目的は、江戸や東京を洪水から守ること、房総半島を経由せずに東北から江戸までの航路を開通させることであったとされているが、もう一つあまり語られない使命を帯びているのではないかと思う。北関東からの川を上水用と排水用に分離するという使命である。
 
 第52章「長距離河川の孤独」で霞ヶ浦の水を東京に送水する北千葉導水路のことを調べていた時のことであった。農業用水利権の研究者が次のようなことを主張している。

 ・北千葉導水路を建設してまで霞ヶ浦の水を東京に送水する必要はない。
 ・なぜなら中川の水を利用すれば東京の水不足は解消できるからである。
 ・中川沿いは水田が多く、夏には利根川から大量取水された農業用水が水田を経て中川に大量排出されるので、渇水時の水源としてぴったりである。
 ・しかし中川は周辺の工場や住宅の排水が流入するという難点があるので積極的には使われない。
 ・利根川にも上流部の高崎や前橋といった都市が利根川の水を使用した後、排水として再び利根川に戻すという構造がある。このことにより水系全体では実際の降水量よりも多くの水を使用できている。
 
 
 これは知らなかった。
 何を知らなかったかというと、

 ①中川が排水専用河川としての使命を担っていることと、
 ②関東でも上流の排水を下流の水道原水として使う水循環がそれなりの規模で存在していること

である(※1)。
 利根川の水を東京の水道水として使う仕組みは、②の循環を内在させている。これは下水処理場と浄水場の浄化機能が完璧ならば、水が有効利用できて理想的であるが、実際には両者はそれほど完璧な処理ができない。
 そこで①の仕組みを作り、「上流の群馬県北部の排水が混入するのはやむを得ないが、群馬県南部と埼玉県の排水は中川ルートでなるべく分離する」という作戦を併用したのではないか。混入する排水の量を大幅に減らし、水道原水として問題にならない程度の量に押さえ込んでいく……
 
 この理論は実践されていて、地図を見ると確認できる。すなわち、

 ・浄水場は荒川、利根川、江戸川沿いにしかなく、
 ・下水処理場はなるべく中川と隅田川沿いに配置し、
 ・荒川、利根川、江戸川の中上流にはなるべく下水処理水を流さない

 という具合である。

  下水放流先イメージ 
  荒川・利根川・江戸川に流す場合は取水口より下流で流す。ただし上流では中川がないのでやむを得ずそれぞれの河川に放流せざるを得ない。

 荒川、利根川、江戸川は水源河川として丁重に扱われているのに引き換え、中川は完全にドブ川扱いである。
 実際に中川の水質は悪く、平成23年度の国土交通省発表の河川水質ランキングを見ると中川はBOD4.0mg/Lでワースト1である。ちなみにワースト2は綾瀬川で、これは中川の支流だからワンツーフィニッシュとなる。BOD4.0mg/Lという値はひどい汚染とは言えないが、並行する江戸川のBODはだいたい1.7mg/Lだから、これに比べればだいぶ汚れている。言い換えると中川を使った荒川・江戸川防衛作戦は成功している。

 こうしてみると中川はある意味「作られたワースト河川」である。
 これは他のワースト河川でもいえる。ワーストの3位は大阪府の大和川、4位は神奈川県の鶴見川。大和川も鶴見川も間近で見るとさほど汚く見えないが、両河川ともほとんど上水道原水としては利用されず、排水を引き受ける下水処理場だけは立ち並ぶという共通した構造がある(※2)。

  4161 大和川(大阪府柏原市・藤井寺市境付近)


 国交省は平成24年度からワーストの発表をやめてしまったので、今はこういうランキングはないがこの構造は興味深い。
 ワースト河川は、もともと水質が悪くて水道原水用河川になれなかったのかもしれないが、逆になれなかったことで排水専用河川としての性格が強化され、ワーストの座が再生産されているのではないか、と思えてくる。
 
 私はこの構造に興味を抱いた。
 しかも奇妙なことに他のワースト河川はこの30年の間に目覚ましい水質改善を見せているのに、中川は昭和57年にBOD値6.9mg/Lでランキング入りして以来、さほど改善されていない。その間に他の河川に追い抜かれてしまった感がある。なぜそうなったのか不明である。こうしてみるとどうも中川には分からない点が多い。私は中川のギモンを一気に片づけることにした。

 まずは、ギモンその1「中川はどこから流れてくるのか」。
 中川は都内では中小河川のような顔をしているが、延長は81kmと結構長い。その実態は埼玉県内の水田の排水路を集めて流れる川で、源流も排水路である。
 起点は埼玉県羽生市。埼玉県東北部、利根川右岸の水田地帯に市街地がある。
 暗渠になった農業排水路があちこちに走り、市街地を出ると開渠になる。そういう場所に一級河川中川起点の碑が立っている。

 ここの川幅は5mほどしかなく、護岸は土で野の川といった風情である。起点の碑の上流側には農業用水路が通る築堤が横切っており、中川の水はこの下を暗渠でくぐって流れてくる。
 そこで築堤を越えて上流側に行くと、宮田落と呼ばれる排水路が続いており、ここはコンクリート三面張りになっている。これを300mほど進むとコンクリート蓋で覆われて暗渠区間になる。コンクリ蓋は住宅街を抜け、地上に飛び出た小型の水門を抜け、市街地を抜けるとまた開渠になって、水田地帯に突入する。このあたりの水田の水は利根川から取水されて開渠の水路やパイプラインで配水されているから、中川の水源は間接的には利根川であるといえる。

  中川起点の碑 中川起点の碑
  中川起点部 下流側から起点部分を見る
  起点の裏側 起点部分の裏側(=宮田落の最下流部)
  暗渠入口 その上流で宮田落が暗渠になる部分
  暗渠水門 その上流で暗渠から飛び出た水門


 次はギモンその2「中川は本当に水質が悪いのか」。
 中川は、本川はもとより支流の綾瀬川、芝川、伝右川などいずれも生活排水が流れ込んで水質がよくない。
 それでもこれが荒川や利根川なら山岳地帯からの大量のきれいな水が希釈してくれるが、中川にはそれがない。中川の水は農地と住宅と工場と下水処理場の排水だけで勝負しているということになる。
 
 このうち農地の排水は比較的マシな水質であるが、その他はあまりマシではない。
 したがって農地排水の豊富な水田の灌漑期(5月~10月)は持ちこたえるものの、非灌漑期(11月~4月)はいきなり悪化するという。
 
 非灌漑期に羽生市内の源流部を見ると、確かに水質良好とは言えない。
 私が見た宮田落のBOD値は、羽生市のデータ上は夏冬とも2.0mg/L前後で水も透明であるが、排水吐から水が流れ落ちると川底に当たった拍子にちょっとにおう。羽生市の下水道普及率は平成25年度で36.3%。ただし人口(約5万人)に比して水田地帯が多いので水質が破綻するというほどではない。
 
 中流部に下ると水量が増し、濁ってはいるがひどく汚濁しているわけでもないという、その辺によくある感じの川となる。 ただし埼玉県南部の三郷市(左岸)や八潮市(右岸)あたりの住宅地で水路を覗くと、まれに古典派ドブ川に遭遇する。手入れされない農業用水路に泥が溜まり、生活排水が流されてベギアトアが少し出る。かつての水田が工場や宅地に変わり、水路が生活排水路に化けたと見える。暗渠蓋の隙間からシャンプーのにおいがする。そういう水路は割合としては少ないが、あることはある。

  4156 三郷市内
  4157 八潮市内

 その北西側の支流筋にあたる春日部市内も同様で、住宅地を流れる幅5m位の支流が灰緑色に濁り、少し下水臭を出している。
 この川の公称BOD値は平成25年度で6.0mg/L。水量もそれなりにあり護岸は鋼製の矢板、という古典派ドブ川である。汚水を考察するよい機会なので橋の上に立ってしばらく考える。この灰緑色は何か。

  4158 春日部市内

 緑色は水中の植物プランクトンの色、灰色は黒いヘドロの川底と白濁した水の合成色であろう。ドブ川の白色は川底の細菌ベギアトアによる場合もあるが、この川には見当たらないので、白は水の色である。家庭で出す洗濯と風呂と台所の排水が既に乳白色なのであろう。
 自宅で風呂や洗濯の時に排水を溜めて観察すると、これらの排水は結構白く濁っている。洗剤やせっけんを使わなければ、洗う物がどんなに汚れていても排水は透明な茶色くらいで済むが、洗剤を使った途端に真っ白に濁る。ただし泡はあまりない。最近の洗剤の特性であろう。
 かくして白濁した香料と脂質混じりのぬるま湯が出来上がる。この川の側道のますの中ではそういう排水が少しばかり泡を立てている。

 これらの地域では下水道の整備も進んでいるが、平成25年度末の下水道普及率は三郷市75.8%、八潮市69.0%、春日部市85.9%。
 とにかく地形が平坦で広大なので過去に住宅開発が爆発的に進み、下水道整備が追い付かなかったと見える。丘陵がある東京西部や神奈川と違う埼玉南部特有の厳しさである。
 下水道整備が進んだとしても、住宅地の多くを占める古い住宅の配管の接続は進みづらいであろう。郊外でよく見ることであるが、下水道や合併浄化槽のある新しい住宅ができるのは農地や林を造成した分譲地ばかりで、既成住宅地にはかなり築年数の高い家が並び続ける。その住人は高齢化して配管工事を施す余裕などない…… 

 そのためか埼玉県は県内100か所で「水辺再生」をするという異例の対策を打っている。浄化施設設置、浄化用水の導水、ヘドロの浚渫から遊歩道の設置まであの手この手で計100か所。
 遊歩道の設置で水はきれいにならないと思うが、川沿いを歩かせる→汚い水を間近で見る→「何だこの川きったねー。何とかすべ!」という目論見と思われる。
 埼玉県が「川の国埼玉」を標榜し、川の博物館まで作るのは治水に苦しんだ歴史があるからだとばかり思っていたが、どうもこのあたりにも動機があるように思われた。
 
 都内に入ると問題は少ない。BOD値も少し良くなる。護岸はカミソリ堤防なので殺風景だが、下水道は普及しているし開渠の水路自体がないので埼玉県内のような問題はない。しかもその殺風景を埋め合わせるように、親水エリアとビオトープが配置された新型河川まである。
 江戸川区で荒川から西側に飛び出て蛇行する「旧中川」 がそれで、流水は意外にきれいで魚も多く、整然としているが無機質ではなく、川底に太陽の光が届く浅さになっているなど、生態系にも配慮されている。「よくデザインされた都市河川」という態である。
 この区間を流れる水は実は水質良好な荒川の水で、水量も荒川の水門でコントロールできるのであまり厳しい条件になく、工夫を凝らした改修をしたものと思われた。

  4159 中川(葛飾区) カミソリ堤防ではあるがテラスが設置されている
  4160 旧中川(江東区) マンション広告のイラストのようである

 こう見てくると、確かに中川の水はもう少し改善したいレベルと言える。しかも私は「作られたワースト河川」などと書いたが、どうみてもこれは埼玉南部の地理的な要因が関係していることが明白である。中川と綾瀬川の水質が苦戦する事情が分かってきた。
 しかし中川には、この川特有のもう一段難しいギモンが存在した。
 ギモン3「では下水道が普及したら中川の問題は解決するのか?」であった。

 (「62 中川ウェットランド(後編)」に続く)


※1 ②については以前、第29章「窒素の問題(後編)で少し触れているので、正確には「知らなかった」ではないのであるが、排水を水資源と捉える発想はさすがになかった。 

※2 大和川はわずかに上流部で上水道原水を取水しているようである。以前は下流部の大阪府内でも取水していたが水質悪化により停止した。なお、大和川沿いの下水処理場は数としては多くないが、流域で下水をまとめて処理しているので一つ一つの規模が大きい。


(参考にしたウェブサイト)
フカダソフト「中川のページ一覧」
中川全川を網羅するだけでなく歴史まで掘り下げていてとても分かりやすい。

中川・綾瀬川ブロック河川整備計画 (県管理区間)平成18年4月 埼玉県
埼玉県内区間では水質汚濁対策と浸水対策に悩まされていることがわかる。

中 川・綾 瀬 川 圏 域 河 川 整 備 計 画 (東京都管理区間)平成18年3月
都内区間は高潮対策に重きを置いている。

埼玉県水辺再生100プランのウェブサイト
かなり本気である。中には汚濁がひどかったのか、暗渠化して上部を親水せせらぎにした河川もある。春日部市の件の川はここにはないが、市議会のウェブサイトによると下水道整備とともに一部暗渠化される運命のようである。

平成25年全国一級河川の水質現況(国土交通省 平成26年7月22日公表)
ワーストランキングはなくなってしまったが、第3章の「5.全調査地点の水質」で中川と大和川の測定データを較べると現況が推測できる。この新しいスタイルのレポートは、ダイオキシンや環境ホルモンの量、「ごみが少なくて川に親しみやすいか」といった評価項目など、BOD値だけで表れない多様な指標で川を評価していこうという方向性のようである。また、地域の取り組みを紹介するなど、「地元が頑張るところから支援しましょう」という新機軸も垣間見える。
「川にレッテルを張ることよりも、望ましい姿のデザインを」という前向きさに繋がる反面、「来年こそワースト脱却しようぜ」的な分かりやすい動機が生まれにくくなってしまった感もある。

(参考にした書籍)
『利根川の水利』 新沢芽嘉統 岡本雅美 著 岩波書店 昭和60年6月

江戸の川・東京の川
 鈴木理生 平成元年 平成書院
東京東部河川の分類法はこの本17ページの解説「下町低地の河川」を読んで習得したが、難しすぎて実はまだ全部覚えていない。

(参考にした展示施設)
中川船番所資料館
「中川川の駅」の前にあり、中川が江戸の物資輸送の要衝であったことがよく分かる展示になっている。この資料館は船番所跡地に建てられており、最寄り駅は都営新宿線東大島駅だが、亀戸駅からも3kmほどと近い。
 亀戸には東武亀戸線が乗り入れている。亀戸線に乗って終点の曳舟で東武伊勢崎線に乗り換えてずっと下ると春日部を通って羽生に着く。つまり東武線は中川に寄り添って走っている。
 東武鉄道は私鉄の中では開業が古く、かつ貨物輸送が盛んであったが、その狙いは中川水運の需要を鉄道にシフトさせることだったのでは!とすると、東武伊勢崎線の愛称は「東武スカイツリーライン」ではなく、「東武ミッドリバーライン」であるべきなのでは!!などと妄想することもできる楽しい施設。

<目次にもどる>
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62 中川ウェットランド(後編)

  中川をきれいに 中川(埼玉県三郷市)


「61 中川ウェットランド(前編)」から続く)

 中川は基本的には各地の排水を引き受ける河川で、上水道利用は想定していない。
 これは取水堰や海水の遡上を防ぐ河口堰がないことからも分かる。
 しかしそうでありながら東京都は毎秒5.33㎥、千葉県は1.46㎥の水利権を確保していて、普段水道原水として使用している江戸川の流量が少なくなると、緊急避難的に中川の水を使用できるようにしている。
 これが保有水源に占める割合は東京都の場合で7%。このように少なからずの水を中川から取水できるようにしているのは、夏季の水不足に備えてのことと思われる。その仕組みはこうなっている(※1)。

 ・三郷市西部の中川から取水して三郷市東部の江戸川に放流する「中江戸緊急暫定導水路」(以下「中江戸」という)を作る(※2)。
 ・中江戸の江戸川側の放流口の下流に東京都三郷浄水場と埼玉県新三郷浄水場の取水口があり、ここで取水する。


 こうすると中川の水を東京や埼玉の水道原水として利用できる。江戸川の水量が減って中川の水量が増えるのは夏。
 江戸川上流の利根川で農業用水が大量に取水され、水田を通って中川に排出されるからである。
 すると中川の水質は少しマシになる。このマシになったタイミングを捕えて夏の水不足を解消しようというアイデアと思われる。
 これは前編冒頭の水利権研究者のアイデアと似ているが、実はこの提案が書かれた昭和60年には既に中江戸の取水は実行されている。この研究者の提案は、中江戸の存在を踏まえて中川からの最大取水量をさらに毎秒25.76㎥増加させようというものであった。

  edo_winter 冬の状況(水不足なし)

  edo_summer 夏の状況(水不足)


  nakaedo_before 中江戸による融通


 さて、中江戸の問題点とはこうである。

 ・中江戸の中川側取水口の下流に下水処理場の放流口がある。
 ・ところで中川下流には堰がないので東京湾の干満の影響で、川の水が逆流する時間帯がある。
 ・すると下水処理水も逆流し、上流の中江戸取水口に入り込む。
 ・これが江戸川側放流口を経て三郷浄水場の取水口に到達する。
 ・中江戸の江戸川側放流口と三郷浄水場取水口が離れていれば江戸川の大量の水で薄まるけれども、近すぎるので下水処理水があまり希釈されないまま水道原水として取水される。   


  nakaedo2 中江戸の問題点


 夏場の一時しのぎとはいえこれはまずい。ということで次のような改造工事が行われた。

 ・中江戸の江戸川側放流口を三郷浄水場取水口の下流に移設する。
 ・江戸川は河口に堰があるので、中川のように川が逆流する心配はない。
 ・したがって三郷浄水場は中江戸の水を取水しなくても済むようになり、
 ・それでいて江戸川には中川の水がちゃんと補給される。


  nakaedo_after 中江戸の解決策

 こうしてこの問題はクリアされたが、この顛末を知って私の中に新たなギモンが浮上した。
 ギモン4「下水処理場の処理水はそれほどまでに汚いのか」である。
 川を歩いていると、下水処理場の放流口に釣り人が集まっているのをよく見る。実際そういう場所はよく釣れるらしく、魚の姿もよく見る。下水処理場の処理水はBOD値で2~6mg/Lくらい。水道原水にするには少しきついが、魚が棲める程度のきれいさは確保できているはずで、原水への混入を断固阻止すべきほどのものだとは思えない。

 私はまず、中川の中江戸取水口を見に行った。
 ここの水質は悪くはない。次に下流側の下水処理水放流地点に行った。案の定ここも釣りスポットになっている。
 通常、こういう場所は水が勢いよく吐き出されて分解されない界面活性剤が泡立ったりしているものだが、ここはそういう気配はない。ただし放流口から黒い帯が出ている。放流口の水が黒く見えるのは周りの水が薄茶色だからで、周りの水が薄茶色なのは放流水で巻き上げられた底土が光を反射しているからであった。

  4163 左側が下流、手前は三郷市、奥は対岸の八潮市。

 私が見に行った日は、大潮で、時刻は東京湾が干潮から満潮に向かう頃合であったが、黒い帯は逆流することなく下流に流れていた。(※3)
 しかしにおいはいただけない。いただけないと言っても普通の処理水の酸っぱいにおいなのであるが、酸っぱいにおいの成分が問題である。まことに尾籠ながら私の独自実験によると、

 ①閉め切った部屋の中でシークヮーサージュースを飲みながら、
 ②おならをすると、

このにおいが再現できるということが分かっている。
 ①はシークヮーサーのクエン酸が下水処理水に含まれる有機酸のにおいを疑似再現し、
 ②は硫化水素やアンモニアを再現している
と言えるので、下水処理水にもこれらの物質が溶けていることが推測される。
 このこと自体は下水処理水として異常でも何でもないが、これが水道原水に入ってしまうのは確かに都合が悪いと思われた。水溶性なので、ごみや藻屑と違って取り除くのが難しいからである。資料ではアンモニウムイオンの濃さが問題視されている。

 中江戸の場合は、江戸川側放流口を下流に移すことでこの問題を解決しているが、これで解決するのは三郷浄水場だけで、下流には東京都金町浄水場の取水口があるからこの問題は本質的には解決しない。
 そこで金町浄水場は巨額の費用をかけてオゾンと活性炭を使った高度処理を行うと同時に、件の下水処理場でも窒素とリンを除去できる高度処理方式の設備を一部導入している。つまり巨額の費用をかけて下水処理と浄水場の両方で高度処理を行わないとまともな水循環にならない、ということになっている。
 他の川ならばこのことはウヤムヤにされて水に流されてしまうところだが、中川の場合は

  ・もともと水質がイマイチの川であったのに、 
  ・なまじ夏場の水不足時の水源という役割を背負わされている

という特殊な要因のために、この問題が露見してしまっている。
 こう書くと悪いことのようだが、私はここが中川の面白いところだと思っている。これは生活排水の本当の処理コストが見えるということであり、視点を変えればこのコストをかければ東京都の必要水量の7%を「使える水源」として立ち直らすことができる、ということでもある。コストが高いか低いかは別として、それを見えるようにした意義は大きい。
 しかも中川は、川として決定的に大切なものを失くさずに持っている。ここを最後に強調しておきたい。
 
 それは三郷市あたりの区間に細長く存在する干潟の存在である。
 中川は水道利用を前提としていないので東京湾の海水遡上を防ぐ堰がなく、潮の干満の影響を受ける。そのため、干潮時に干潟が露出する。幅は狭いが距離は相当に長く、水際のヨシ原と複雑に入り組んで生物の生息地を生み出している。
 しかもこの干潟は、埋め立てで多くの干潟を失った東京湾の最奥部のポジションを占めている。堰のある荒川や江戸川にはできない芸当で、水源河川の重責を担わない中川だけが持ち得る美点といえる。

  4164

 この細長く続く干潟とヨシ原で窒素やリンが消費されているところが面白い。干潟の微生物がエビやカニに食べられて魚に食べられて鳥に食べられるという循環を充実させれば、水質浄化策として結構いい線いくんじゃないか、などと思う。
 もちろんそういうレベルで消化しきれないから中江戸の問題が発生するのかもしれないが、たとえ機能的に下水処理場の高度処理や河川浄化装置にはかなわないのだとしても、こういう仕組みが川に残されているということが希望を感じさせる。電気代も機器メンテナンスも汚泥処分費も要らないというところもいい。 (おわり この章で一旦終了)


(注釈)
※1
利根川および荒川水系における水資源開発基本計画(埼玉県)
東京都水道局 事業概要平成26年版の第2章第1
「健全な水循環系構築のための計画づくりに向けて」(国交省)の第7章「モデル調査における技術的検討事例(1)」
による。

※2
 中江戸のすぐ南には三郷放水路という開渠の水路があるが、これは大雨のときに中川の水を江戸川に逃がす役目を負った水路で、中江戸とは別物である。
 また、三郷浄水場は東京都のものであるが、所在地は埼玉県内である。もちろん都の浄水場は都内にあるほうが望ましく、東京都も下流の23区内に建設を検討したのであるが、適地がなく三郷市内になった。この際少しでも運営を効率化するため、埼玉県が近隣に計画していた新三郷浄水場と取水口を合同にしたという。

※3
別の日の満潮から干潮に向かう時間帯に行ったら見事に逆流していた。どうやら東京湾の干満が時間差を伴って影響してくるようである。

(参考にした書籍)
『利根川の水利』 新沢芽嘉統 岡本雅美 著 岩波書店 昭和60年6月
この著者の主張は、「利根川上流の八ツ場ダムができる見込みがない以上、東京向けの都市用水は(水質の問題はあるが)中川からとるべき」というものであったが、それから30年を経てみると今度は八ツ場ダムと中川周辺の浄水場の高度処理施設が同時に完備されつつあるという世になっている。

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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

カテゴリ
「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
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