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14 ドブと温泉とゆで卵とメタン

隅田川(浅草付近)

「メタン沸騰する隅田川」。
 昔の資料を読んでいると、こんなタイトルの新聞記事が出てきた。
昭和40年代の隅田川は、水面にメタンガスが沸騰しているように見えるほど汚染がひどく、目が痛くなるほどだったという記事である。
今でもドブ川からメタンガスが微量に出ているのを見ることがあるが、隅田川級の大きな川でメタンガスがボコボコと噴き出てきてしまったらそのにおいは相当なものだろう、そう思った。

 ところでメタンガスはどのようなにおいのガスなのだろう。ヘドロや豚のフンのようなにおいだろうか。あるいは人間のオナラ、あれもメタンガスのかたまりだからあのようなにおいに近いのだろうか、まあそんなところだろう。そう思って調べてみるとメタンガスは無臭なのであった。
 
 われわれの生活のなかで最も身近なメタンガスは都市ガスである。
 都市ガスは漏れると悪臭がするが、これは漏れた時にすぐ分かるように人工的ににおいを付けているだけで、都市ガスのメタンはもともと無臭である。
 メタンが無臭ならオナラも無臭、ドブ川も無臭のはずではないか。私がメタンのにおいと思っていたドブ川のにおいは何なのか。逆上してある下水道局に尋ねてみた。どうも私のドブ川探求は各地の下水道局の仕事の邪魔ばかりして心苦しいが、逆上しているので仕方がない。

「それは硫化水素のにおいです。あと排泄物に含まれるメチルメルカプタンといった物質も悪臭を放ちます。」
 
落ち着いて考えれば確かにそうだ。ドブ川はメタンのほかにも硫化水素を出していて、私もさんざんそのことを書いている。硫化水素は腐った卵のにおい、メチルメルカプタンは腐ったキャベツのにおいの有毒ガスである。ドブ川のにおいの成分はそれらであって、メタンは関係していないというのである。
 でもメタンってくさいガスだと思われていますよね?

「メタンは、日常生活では硫化水素やメチルメルカプタンなどと一緒に発生する場面が多いので、それらの悪臭と混同されてくさいイメージがあるのでしょう」

 メタンのえん罪が晴れたところで、私は面白いことに気が付いた。
 悪臭の原因として名指しされた硫化水素( HS )も、メチルメルカプタン( CHS )も、その分子中に硫黄(S)を含んでいるということである。また、にんにくやたまねぎに硫黄の化合物が入っていることは前に述べたが、それらを素手で触ると後でいくら手を洗ってもなかなかにおいが落ちない経験をしたことのある人はいると思う。硫化水素を豊富に含むヘドロに足を突っ込んでしまったときなどもそのにおいがなかなか取れない。
 どうも硫黄が絡むと危険でくさいガスが発生する上に、そのにおいがなかなか取れないという共通現象があるようである。硫黄は生命の維持に必要不可欠な反面、危険でしつこい側面を持っていてなかなか興味深い。なのでまたひとつ気になることが出てきた。それは、

 「硫化水素は腐った卵のにおいというが、では腐った卵は硫化水素を発しているのか」

ということである。どんどん脇道に逸れるが、こういうことは気になったときに解明しておかないといけない。
 私は卵を腐らせたことがないので実際に腐らせてみたかったが、そうすると家族に叱られるので他人が調べたものを参照した。まとめるとこういうことである。
 ・腐った卵は硫化水素を出している。卵の中の「含硫アミノ酸」という物質が硫化水素を生む。
 ・ゆで卵も硫化水素を出している。含流アミノ酸に熱が加わって硫化水素を生む。
 ・生卵は、それほど熱が加わっていないので硫化水素が発生しない。だから生卵は卵のにおいがしない。
 ・しかし硫黄自体は無臭の物質である。 

 なんと、腐った卵だけでなく腐っていないゆで卵も硫化水素を出しているのであった。
 実際に卵を20分くらい茹でてみるとそれらしいにおいが出る。食べてみると黄身は無臭で、硫化水素のにおいのするのは白身のほうであった。白身のほうに含硫アミノ酸が含まれていて、硫化水素を発するようである。一方、黄身のほうは鉄分を豊富に含むのでそれが硫化水素と反応して硫化鉄とおぼしき黒ずみを生じている。

  ゆでたまご

 こうしてみると硫化水素はわりと身近に充満している物質といえる。
 温泉街の「硫黄のようなにおい」も硫化水素だし、おならも硫化水素。毒性のある怖いガスだと思われているが、低濃度のものは温泉の有効成分になっているくらいで、ドブ川のにおい程度の濃度であれば健康に影響はなさそうでもある。
 それにしてもドブ川とゆで卵と温泉のにおいが同じだというところが面白い。興味深くて確かめたい仮説がまだまだあるので、最後にそれらを列挙したい。

 仮説1 温泉街にドブ川があってもにおいを感じないはずである。
 仮説2 温泉旅館でゆで卵を食べてもにおいを感じないはずである。
 仮説3 温泉街で放屁してもばれないはずである。

 ばかばかしくて呆れられると困るので生活に役立つ仮説も挙げたい。
 仮説4 硫化水素は銅や銀と反応しやすい。ということは、皮膚にこびりついたニンニクやヘドロのにおいは、銅(10円玉など)をこすり付けて化学反応させてしまえば取れるはずである。

参考:
東京湾環境情報センターの資料(昭和36年の都内の河川の水質マップやごみに埋もれた当時の川の写真を掲載)
雑学解剖研究所のHP(身近な科学を分かりやすく解説)

(おすすめ参考書籍)
社会微生物学―人類と微生物との調和生存 共立出版1992年 ジョン・ポストゲート著、関 文威 訳
以前の章でも紹介したが、硫黄が腐敗や植物の成長を通して地球を循環していることを分かりやすく説明してくれる一冊。ベニスのゴンドラが黒いのは汚濁した運河の硫化水素のせい、などといった話も面白い。

(追記)
修正用雑記帳その2:仮説3を実証した。

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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

カテゴリ
「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
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