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15 ビーチリバー

ビーチリバー全景A

 国道134号線は神奈川県の湘南海岸をなぞるように走る。
 海沿いのドライブコースとしてあまりに有名なこの道路の本当の見どころは、この国道が渡る無数の川にある。河原があるような大河川は相模川くらいしかないが、小さな川は数え切れないほど渡る。走っている車から小さな川を捕捉するのは難しいけれども、幸いなことにこの国道はよく渋滞する。この渋滞を利用すると車に乗りながらじっくり川を観察するという不精なことができる。

 例えば鎌倉の小動岬と稲村ガ崎という二つの岬の間にある七里ガ浜という砂浜海岸では、約3kmの間に7本の川を渡る。このうち4本はありふれた小河川であるが、残りの3本が不思議なことになっている。
 国道の海側を見ると砂浜を細々と流れる姿が見えるのだが、山側を見ると川がない。川があるはずのところは路地になっている。砂浜を流れる水はどこからやってきたものなのだろうか。
 そこで降車して海岸に下りてみると、道路の法面下に大きな排水口があってそこから水が流れ落ちているのが見える。流れ落ちた水の色を見てみると、汚水ではないようだ。ただし量が少ないので砂浜のうえを曲がりくねって流れて力尽き、砂に浸み込んで消えている。

ビーチリバー源頭部

 道路を渡って山側に回ってみる。
 川があるべき場所には路地が川幅くらいの細さで50mくらい続き、別の道に突き当たって消息が知れなくなる。小さな川なので暗渠にしたものの、国道よりも海側の砂浜の部分まではさすがにフタをできなくて流れが地上に出ている、ということのようである。
 市役所に聞いてみるとそれらの川には名前はなく、染み出た水や雨水などを集めて流れているということであった。水の流れがある部分は砂浜上だけなので、それらはつまり川ではなくて海岸の一部ということになるようだ。海岸上を雨水が流れているだけ、さしずめそういう解釈になるのだろうか。なんだかかわいそうなので、私はこの砂浜上だけの川に、「ビーチリバー」という名を付けることにした。

 砂浜上のビーチリバーは湿った砂を蛇行して侵食し、ミニチュアの崖やミニチュアの河原、ミニチュアの中洲などを作り、徐々に砂に浸み込みつつ消えて行くが、ミニチュアのラグーンを作って海に細々と流れ込むものもある。川の模型のようだ。

ビーチリバー渓谷

 ビーチリバーをみると、なぜ川は蛇行するのだろうかと思う。大きな川も小さな川も同じように蛇行する。そしてこの現象については、水は少しでも標高の低い場所を求めるので曲がりくねって流れるのだ、という説明が一般的にされている。本当にそうだろうか。

 例えば平らで滑らかなプラスチックの板に水道の水を細く流してみると、平坦な板の上でさえも水流は蛇行して流れ、一刻一刻その蛇行のパターンを変える。これはどう説明したらいいのだろうか。もう少し詳しく観察してみると以下のようなことが分かった。

①傷のついたステンレス流しでは、水は平べったく板の上に広がってしまい、蛇行を形成しない。
②プラスチックのような完全につるつるの板では、水に表面張力が発生して明確な流れを作り出して蛇行し、一刻一刻蛇行のパターンを変える。
③蛇行は、水量がごく少ないときに発生し、多すぎると一気にまっすぐ流れる。
④蛇行は何秒かのサイクルで同じパターンが繰り返される。

蛇行する水

 水の蛇行は単純に地形的な要因だけではなく、水自体の物理的な性質が関係しているようだ。  
 これを解明する学問は水理学といって、複雑な微分方程式の知識が必要らしいので、難しくて私には分からない。また、水理学者の関心は「洪水を防ぐにはどういう形で川をコンクリートで固めたらよいか」というところにあるので、「なぜ水は蛇行するのか」という単純なテーマはあまり研究されていないようである。
 ただ感覚的な言い方をすると、水というものは丸くなりたがる性質を持っているのではないかと思う。水は川のように線形になっている状態よりも、水滴や池の水のように丸く固まっているほうが好きなのではないだろうか。人間は水が勢いよくまっすぐに流れている状態を好むが、水にとっては迷惑千万で、早くしかるべき窪地に流れて澱んで丸くなりたいから急いでいるだけなのだ。しかし行けども行けども安息の地には到達しない。早く丸くなりたい。そこで水は考えた。
「流れながら丸くなればいいのではないか」
この答えが「蛇行する流れ」である。だとすれば水という奴も脳細胞がないわりになかなか賢いところがある。

 ビーチリバーは同じく国道134号線の三浦海岸でも頻繁に見られる。
 川を暗渠にしなければならないほど海岸沿いに住宅が密集し、しかし海岸までは埋め立てられておらず、合流できるような大きな川が周りにない、という3条件を満たすときにビーチリバーは現れるようだ。人間による埋め立てという圧力と、自然による河川の合流という圧力にさいなまれながらも砂浜という真空地帯でニッチに生き残る独立河川。
 
 しかしよく観察すると、ささやかに生きるこのビーチリバーを脅かす構造物があることが分かった。それはビーチリバーをすっぽりと覆うように砂浜に埋設されたコンクリート管である。
 ビーチリバーは、流れは細いが蛇行しているので横切ろうとしても一跨ぎというわけにはいかない。砂浜を散歩する人が横切ろうとすると砂の中に足を突っ込んで足がどろどろの砂だらけになる。
 このコンクリート管はそういうことを防止するために作られたものと考えられるのだが、陸上で暗渠にされ、砂浜上でも暗渠にされたビーチリバーは、波打ち際でわずかに排出口を見せるに過ぎない。やっと活路を見出したのに、全区間暗闇生活を強いられるビーチリバーの心情はいかばかりであろうか。私はこのコンクリート管を「ビーチリバーキラー」と名づけることにした。

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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

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