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16 川底のベギアトア

 白い川面のドブ川はいつ見てもぎょっとする。
 緑色や黒色のドブ川はメカニズムが分かっているのでもう驚かないが、白いのはいつ見てもびびってしまう。
 ドブ川が白くなる状態には二つある。
 一つは水自体が白い場合。牛乳でもせっけん水でもそうだが、水が白くなるというのは、ある物質が水に溶けずに非常に微細な粒子で浮遊している状態である。だから白いドブ川はたとえば洗濯排水のせっけん分や、汚泥の分解で生じた硫黄の粒子などが細かく浮遊しているのだろうと考えられる。

白濁したドブ川水自体が白いドブ川(縮小掲載しています。拡大したい人はクリックしてください)

 二つ目は、これが問題なのだが、水は透明なのに底に白いスライムのような物体が広がっている場合である。  以前「モヤモヤ藻」の章で珪藻のことを調べたが、珪藻は灰褐色で、あまりにおいのしないドブ川に出現するのに対して、このスライムは真っ白で強烈なにおいのドブ川に発生する。この気味の悪い物体は何なのか。

 残念ながら私にはこの物体を採取する勇気がなく、分析するための器具もないので例によって専門家が調べたものをあたることにした。
 この分野を扱う学問は微生物学といい、細菌や単細胞生物を顕微鏡で分析するミクロの世界である。一方で、下水中の微生物をどのように排除するか、または利用するかということは下水処理の技術者にとっても重大な関心事であるらしく、彼ら向けの技術書にも詳しい。

 白いスライムの正体はベギアトアという細菌であった。澱んだ水路に生息し、酸素のある水中とその下の酸素のないヘドロの境目に薄い綿のように平たく広がるという。意外なことにこの細菌は水中に酸素がないと生きられないのであった。正体がわかったところでじっくり観察するべく、よく晴れた9月のある日、ベギアトアの生息するドブ川に行ってみた。

ベギアトアの繁殖したドブ川ベギアトアの生息するドブ川(縮小掲載しています。拡大したい人はクリックしてください)


 ドブ川はいつものように力いっぱい硫化水素を発していて、白いベギアトアがびっしり繁殖していた。薄い膜のように広がってはいるが、ところどころに穴が開いてちぎれたりしている。穴の下には黒いヘドロが見える。ベギアトアはこんなところでどうやって生きているのか。
 酸素の少ないドブ川では、水中の硫酸塩が嫌気性細菌によって分解されて硫化水素が出る。これは前に調べたとおりである。このとき、硫化水素と水中のわずかな酸素を反応させてエネルギーを得る生物が出現する。それがベギアトアで、化学式で表すとこうなる。

硫化水素(2HS)+酸素(O)=硫黄(2S)+水(2HO)+熱(エネルギー)

 底の黒いヘドロの中に硫化水素を発する嫌気性細菌がいて、ベギアトアはそれらを覆うように広がって、ヘドロから発生する硫化水素をキャッチしつつ、頭上を流れる汚水から酸素を取り込む。
 こうしてベギアトアに取り込まれた硫化水素と酸素は硫黄に変わる。この時熱が発生し、ベギアトアはこの熱をエネルギー源にして汚水中の有機物を別の有機物に合成し直して成長していく。
この過程は、人間でいうとカロリーのある食べ物を食べて熱を発生させ、その熱をエネルギー源にして肉や魚を消化していく過程に相当し、硫黄と水を排出する過程は人間でいうところの大便と小便に相当するといったところか。

 ベギアトアは硫化水素をエネルギー源にできるという画期的なメカニズムを持っているといえるが、同時に酸素や有機物もないと生きていけないという点ではわれわれ動物と大差ないメカニズムだともいえる。私はベギアトアのこの中途半端さが気になった。
 例えばヘドロの中の嫌気性微生物は、酸素がなくても硫化物があれば生きることができ、酸素があると死んでしまう。逆に人間は酸素がなかったり硫化水素がありすぎると死んでしまう。ベギアトアはこの中間的な環境で生きている。なぜこのような中途半端な生き方を選んだのであろうか。

 地球の歴史を見ると、酸素を呼吸して生きる生物が登場するのはごく最近のことで、植物が出す酸素が地球上に蓄積してからのことである。それ以前は酸素がなくても生きられる生物、つまりヘドロの中の嫌気性細菌のような生物の世界であったと考えることができる。
 その後植物が登場し、大気中に酸素が蓄積されると、酸素に触れると死んでしまう嫌気性細菌はどんどん追いやられた。今では陸上は酸素で覆われて嫌気性細菌の出る幕は少ないが、ドブ川やごみ捨て場など限られた場所には彼らの生きる小宇宙が存在しうる。この小宇宙を包み込んで彼らの世界に侵入してくる酸素を跳ね返してくれるのがベギアトアなのではないだろうか。あるいは小宇宙から漏れ出る硫化水素が陸上生物に有害な影響をもたらさないように、無害な硫黄に変えてくれる役割を果たしているのではないだろうか。
 白いスライム上のベギアトアは、酸素の豊富なわれわれの世界と無酸素で硫化水素が充満する小宇宙との臨界を司る門番のような生命体のように思える。


参考文献:
 
スーパーバグ(超微生物)―生命のフロンティアたち
ジョン・ポストゲート著 シュプリンガー・フェアラーク東京㈱刊
 ドブ川や火山噴火口のような極限環境に生きる微生物の生態を網羅的を分かりやすく解説。ドブ川から化学微生物学の世界に導いてくれる入門書。

マニュアルにはない水質管理 ~お金をかけずに求められる水を~
古賀みな子著 環境新聞社刊
福岡県大牟田市の下水処理場の職員が書いた実戦用解説書。ドブにいるような正体不明の生物や不思議な現象をほぼ網羅しているので、ドブの謎を解くのに好適。

 「水環境と微生物」(ミズムシさんのHP)
 水路やドブ川を丹念に観察して詳細に解説。ドブ川観察に最適。

(追記)
修正用雑記帳その3:ベギアトアとは違うが、風呂場の排水溝の白いヌルヌルと格闘してにおいを嗅いだの巻。風呂場が下水くさいときの掃除にも役立つ、かも。

コメント

非公開コメント

Re: No title

匿名さま

そうですね。人間の存立している酸素の多いこの環境は、崩壊しやすくて、しかも人間がいなくなっても後がまの生物はいくらでもいるんだなあ、とドブ川を見て思います。
「環境のため」というより、自分たちが悲惨な滅亡の仕方をしないために結構努力しなきゃいけないかもしれないですね。

No title

一人一人自然を汚さない努力をする世の中になったらよいなと思いました。

Re: ありがとうございました!

こちらこそお会いできてよかったです。また、渚十吾さんの素敵なイベントに参加する機会をくださってありがとうございました。
microjournal、これから楽しみに読ませていただきます。books/magazinesの記事なども興味深いです。
リンク貼らせていただきました。これからもよろしくお願いします。

ありがとうございました!

昨日はrain on the roofにて、お声をおかけいただきありがとうございました。
暗渠のご縁ができて、とてもうれしいです。
(namaさん、ありがとうございます)
拙ブログに「ドブ川雑記帳」をリンクさせていただきました。
これからも、こちらにお邪魔させていただきたく存じます。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

たびたび失礼いたしました。

Re: はじめまして

>orangepeelさま

イラストレーターで暗渠好きで、しかも詩も書かれるという方を初めて知ったので、ちょっとうれしいです。
残念ながらマーガレットプレスはrain on the roofでは販売していなくて、マーガレットプレスのサイトからコンタクトを取って購入していただくか、逗子のcoyaというお店で隔月で開かれるポエトリーリーディングの時に販売されるのでそこで購入していただくかになってしまいます。

ポエトリーリーディングも、今は三軒茶屋ではやっていなくて、
こちら→ http://marguerite-press.net/news/ に載っている神宮前の隔週木曜日のものと、
逗子でやっている隔月土曜日のものになります。
時間、場所的になかなかお越しいただきにくいとは思いますが、毎回個性的なメンバーが出演しますので
結構楽しんでいただけるイベントだと思います。

rain on the roofでは、私の知り合いも隔月でDJやってたりしているのですが、まさか暗渠で繋がるとは思いませんでした。これからもどうぞよろしくお願いいたします。


>namaさま

私は音楽はてんでダメなんで、聴いてもらうのも恥ずかしいのですが、ゲンズブールの替え歌はなかなか気持ちよく歌える歌でした。この替え歌は都内版と湘南版の2種類の歌詞が作ってあるのですが、水系別地域規制というのがかかっていまして、都内で歌うときは都内版、神奈川県逗子市の会場で歌う場合は湘南版を歌わなければならないことになっています。

きゃー

orangepeelさん、あらわる!
ていうか、お断りもせず勝手にご紹介しちゃってすみませんでした。
これってすごいつながり!って、ひとりで興奮してたもんで・・・

俊六さんは、歌も歌われるのですか。
>セルジュ・ゲンズブールの曲にのせて、都内の川の名前をつなぎ合わせただけの歌詞を歌う
これ本当ですか??めちゃくちゃ面白いんですけど・・・ww
暗渠バージョンもやって欲しいです。すごく聞いてみたいです。

はじめまして

はじめまして。
namaさんよりご紹介いただきました、暗渠好きのイラストレーターorangepeelと申します。
(namaさん、ありがとうございます!)
マーガレットプレスは、三軒茶屋でも手にはいるのでしょうか。
30日、渚十吾氏のイベント‘echo mountain parlor’でrain on the roofにうかがう予定です。
ポエトリーリーディングのイベント、まだ行ったことがございませんが、とても興味があります。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

Re: ベギちゃん

硫黄泉の白い濁りは硫黄の色なんですけど、ベギアトアもいるみたいですね。
ベギアトアを発見した研究者は温泉から採取したらしいです。
赤茶色は酸化鉄の色ですね。

oragepeelさんは存じ上げませんでしたが、イラストも文章もすばらしいですね。
あんなにうきうきするようなイラストを描くのに暗渠が好きだなんて!(失礼)・・・あ、花街の記事も。
三茶のカフェでは、ポエトリーリーディングのイベントで歌わせてもらったことがあります。
セルジュ・ゲンズブールの曲にのせて、都内の川の名前をつなぎ合わせただけの歌詞を歌うというものです。

ベギちゃん

ベギちゃんって白くて水の中に居ながらも、
なんか炎系の呪文使えそうですよね・・・。

え、硫黄泉の白いのってベギちゃんが含まれてるんですか。
わたしの故郷にも有名な硫黄の温泉があります(蔵王)。
そこは上流部は川底が白いんですけど、下流へ行くと(冷めると?)
白さはなくなって赤茶色の川底になります。
あれ、でも寒い方がベギちゃんは育つのですか?
化学に弱いわたし、よくわからなくなってきましたw

ところでリンクご承諾ありがとうございました。
リバーシブルって良いですね~~。
ところで×2、わたしがリンクさせて頂いている、
orangepeelさんという方が、ときどき三茶のカフェに
詩を提供してらっしゃいます。
俊六さんと同じところではないかと思うんです。
すでにお知り合い? もし、そうでないとしたら、
orangepeelさんもずっと前から暗渠を好きな方なので、
ふしぎなつながりを感じます。
http://orange.s48.xrea.com/mt/
(↑勝手に貼っちゃいますけど・・・)

Re: べぎあとあ?

ベギちゃんですか!日本ドブ川愛好連盟(日ドブ連)公式キャラクターにでもしますか。
ベギちゃんは本当に面白い生物です。硫黄泉の中にもいるそうですよ。
これから寒くなりますが、実は真冬がベギアトアのもっともよく成長する季節です。
ベギアトア観光はこれからがシーズンたけなわといえます。

季刊collegioをお読みいただいてありがとうございました。collegioは執筆陣が専門家で、なかなか勉強になります。あそこで書いた区道扱いの水路敷は、まさに「暗渠裏街道」って感じで、緑道などの「暗渠メジャーリーグ」にはない風味があるなあと思います。

リンクは大歓迎です。私の方からもリンクさせていただいてもよいでしょうか。
暗渠さんぽで暗渠の上を楽しんで、その下の空間をドブ川雑記帳で味わう。うーんリバーシブルですねー。

べぎあとあ?

毎回題名の付け方がおもしろくって、
個人的に興味しんしんだったのは「ウンコ問題」でしたw
いずれも推測を超える内容でたいへんおもしろいですw
そして今回のベギアトアに至っては、想像もつきませんでした。
白いスライム、ベギちゃん。と、思いながら見れば、
相当にクサイどぶ川でも少し感覚が異なりそうな気がしますね。
それから、コレジオのほうのエッセイ、読ませて頂きました。
あちらもたいへんおもしろかったです。
どぶ川と暗渠、重なるところもあろうかと思いますので、
拙blogからリンクを貼らせて頂いても宜しいでしょうか?
ご検討、おねがいいたします。

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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

カテゴリ
「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
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