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17 渋谷川や目黒川はなぜ開渠区間が長いのか(前編)

開渠で残されている古川(東京都港区)古川 東京都港区)

 東京都区部は、日本で最もドブ川の暗渠化が進んだ地域の一つである。汚れたドブ川は徹底的に暗渠にして下水路に転用されていった。
 ところがそんな東京でも開渠で残っている川は結構ある。隅田川は幅が広いので当然だとしても、神田川や石神井川などはそれほど幅の広い河川ではないのに水源から河口までほぼ完全に開渠で残っている。また、渋谷川、目黒川、呑川、立会川などの中小河川は上流部は暗渠化されても下流部は今でも水面を見せている。これらの川はなぜ開渠で残されているのだろうか。

 東京の川が暗渠化されていったのは、一つにはくさいドブ川にフタをして悪臭から逃れたいという住民のニーズが、下水道に転用したい行政の思惑とマッチした結果といえる。実際フタの威力は絶大なもので、夏場にドブ川沿いを歩くと、どんなに強烈なドブ川でもフタをしている場所だけはにおいがシャットアウトされる。だから私にはドブ川を暗渠にしたいと願った当時の人の気持ちがよく分かる。
 しかしそれならばなぜフタをした川としていない川があるのだろうか。フタをしていない渋谷川の下流部や神田川はくさくなかったのだろうか。どうもそうは思えない。私は東京の暗渠の歴史を調べることにした。

 戦前から東京には下水道の計画があるにはあった。しかし費用がかかるのでわずかしか進まず、戦争が始まると完全にストップした。戦争が終わると東京は瓦礫の山である。戦後はこの瓦礫を中小河川に捨てて埋め立て、その土地を売却して瓦礫処理に充てるということが行なわれた。

 昭和30年代になると人口が急増したので、排水で川がドブ川化した。現在の都内の川の水質をBODという汚染度を表す数値で表すと、「汚いなあ」と思う川でも5mg/lくらいの値に収まっている。しかしこれが昭和36年の隅田川だと38mg/l、日本橋川で92mg/lというから、当時はわれわれの想像を超えた汚染だったことが分かる。
 この状況を打開するために東京都は4つの方針を立てた。昭和36年のことである。
       *   *   *
  ・源頭水源を有しない14河川の一部または全部を暗渠化し、下水道幹線として利用する。
  ・下水幹線化する以外の区間についても、舟運上などの理由から特に必要のない場合をのぞき、覆蓋化する。
  ・覆蓋化された上部についてはできるだけ公共的な利用を図ることとする。
  ・暗渠、覆蓋化にあたっては、狩野川台風並みの降雨でも氾濫しない能力を与えることを原則とする。
       *   *   *
 要するに、ドブ川化した中小河川を下水路に転用して暗渠にし、上部を緑道などにしようというのである。対象になった14河川を水系別に整理するとこうなる。

  ①呑川のグループ・・・・・・・呑川 九品仏川(支流)
  ②立会川
  ③目黒川のグループ・・・・・・目黒川 北沢川(支流) 烏山川(支流) 蛇崩川(支流)  
  ④渋谷川のグループ・・・・・・渋谷川(上流部) 古川(下流部)

  ⑤神田川の支流の桃園川
  ⑥石神井川の支流の田柄川

  ⑦江戸川の分流の長島川
  ⑧中川の支流のグループ・・・前堰川 小松川境川東支川


 大まかに言って、①~④は東京の西南部(いわゆる城南)、⑤⑥は西北部(いわゆる武蔵野)、⑦⑧は東部(いわゆる下町低地)に位置する。   
 ここで興味深いのは、東京の西南部の河川(①~④)がことごとく暗渠化されていることである。
 ①~④の河川を暗渠にすると、東京西南部にはほとんど開渠の川が残らない。⑤⑥を暗渠化しても神田川や石神井川が健在な西北部や、⑦⑧を暗渠化しても荒川など大きな川の残る東部地域とは対照的である。なぜ東京西南部の河川は徹底的に暗渠化されたのか。
 
 探ってみると東京西南部には、暗渠化されやすい4つの要因が見つかった。
 一つは、戦後急速に開発された地域であること。下水の未整備で川の汚染がひどかったと察せられる。しかし他の地域でも事情は同じだからこれは決定的な要因とは言えない。
 二つ目は、湧水に乏しいこと。たとえば⑤⑥のある東京西北部の川は井の頭池や石神井池などの大きな池を水源としていて、豊富な湧水が源頭にある。東京西南部にはそれがあまりない。湧水が乏しいと流れる水は下水主体になりやすい。
 
善福寺池善福寺川(神田川支流)水源の善福寺池の看板。風致地区として保全されている。

 三つ目は、①~④の河川のいずれもが、直接東京湾に注ぐ独立した水系になっていること。例えば東京の西北部にあって暗渠化の対象にならなかった神田川や石神井川は隅田川の支流である。その隅田川は荒川の支流で、荒川は国が管理する一級河川。したがって神田川や石神井川を改修しようとする時は、「荒川水系」のなかで考えなければならない仕組みになる。ところが西南部を流れる①~④の河川は、直接東京湾に注いでいるのでその川のことだけを考えればよい。そんな事情から、これらの河川では当時のニーズをすばやく反映して暗渠にしてしまったというような事情が推測できる。
 四つ目はオリンピックである。昭和36年といえば東京オリンピックの3年前。そのなかでも渋谷区はオリンピック施設が密集するので、外国人の集まるこの地域のトイレを水洗化することが急務であった。この地域を貫流する渋谷川が真っ先に暗渠の下水幹線にされたのはこうした事情が絡んでいそうであるが、当初は日本の玄関口となる羽田空港から代々木にかけての地域の下水道をまとめて整備しようという構想があったという。地図を見るとこのライン上にあるのが①~④の河川である。

 四番目は根拠薄弱のきらいがあるが、こんな風に考えると当時の河川の暗渠化がどんな基準で進められたのかが見えてくる。しかしまだ疑問は残る。
 暗渠化の急先鋒となった①~④の川は、なぜかその下流部だけが開渠のまま温存されているからである。

  ・渋谷川水系:渋谷駅前から下流7.3kmが開渠
  ・目黒川水系:目黒区大橋の国道246号線より下流7.8kmが開渠
  ・呑川水系 :目黒区奥沢の東急目黒線より下流約10kmが開渠
  ・立会川水系:品川区大井のJR東海道線より下流0.8kmが開渠

 なぜなのだろうか。渋谷川、目黒川や呑川は下流部が舟運に使われていた歴史があるので分からなくはないが、中流部が開渠で残っている理由が分からない。さらに、開渠の区間が川によって長短まちまちなのも分からない。しかしこの疑問はじきに解けた。(「18 渋谷川や目黒川はなぜ開渠区間が長いのか(後編)」につづく)

<参考にした書籍・文献・論文>
川の地図辞典(之潮)
「特別展「春の小川」の流れた街・渋谷」(白根記念渋谷区郷土博物館・文学館)
この展示図録はもう在庫切れだそうですが、もっと詳細な書籍がこちらで出ています。
春の小川はなぜ消えたか 渋谷川にみる都市河川の歴史 (フィールド・スタディ文庫6)

東京都河川図
目黒区総合治水対策基本計画素案
東京都の中小河川の都市計画に関する歴史的経緯 石原成幸 (H21都土木技術支援・人材育成センター年報)

コメント

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Re: 暗渠化された東京の河川

タクロウさま

はじめまして。コメントありがとうございます。「なぜ韓国で清渓川のようなことが可能になったのか?」は私も気になってはいるのですが、いまだによく分かりません。
たとえば下水幹線になっている渋谷川の上流部で、川跡に平行して新しい下水幹線を掘り、現在の暗渠を開渠にすることはできそうですよね。でもそれだと土地の確保と建設費が膨大になるから、世田谷のように暗渠の上にせせらぎを作るというような妥協案が生まれるのでしょう。この場合、その川に流す水を確保するために下水処理水を高額の処理費をかけて高度処理して持ってこなければならないという問題が出てくる・・・。

できれば都会に雨水がちゃんとしみこむようにしてそれが晴れた日に少しずつ流れるような川があってほしいと思います。都会の川は下水路になってしまいがちな宿命ですが、もし復活できるのであれば自然の力だけで流れるお金のかからない川がいいなと思います。

あと、川にごみを捨てるという問題。タクロウさんのコメントで、「なぜヒトは川にごみを捨てたがるのか?」がだんだん気になってまいりました!川にごみを捨てることには何か人間の生存欲求に直結する快感が秘められているのか?もし分かりましたら教えてください。

暗渠化された東京の河川

東京の河川は暗渠化された。下水が川に流され、悪臭が漂い、住んでる人にご迷惑をかけたんだ。ゴミなど川に捨てたりすると罰せられ、警察に通報されるからだ。世田谷区の川の支流は暗渠となってるから流路を見ることが出来ないんだ。渋谷川の蓋を取って流路を見るために復活させたいな。韓国のソウル市の清渓川みたいに復活出来るように祈る。東京23区と多摩地区の川は暗渠となってるのは悪臭が問題となったからだ。

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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

カテゴリ
「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
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