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あとがき -私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか-

堀川堀川(京都市中京区)

 川沿いを歩くとよく、「川をきれいにしましょう」という看板が立っている。
 その看板はたいてい小学生によって書かれ、「汚れた川はあなたの心」のような道徳的なメッセージなども添えられて訴えかけてくる。しかし看板は「汚れた川=よくない」という価値判断でもってドブ川を否定するだけで、なぜ川が汚れるのかという本質的な部分には立ち入らない。
 大人も同じで、ドブ川を訪ね歩いてその中を覗き込むというようなことは、いい歳の人はしない。ドブ川がくさければ近づかないようにするなり、市役所に苦情を言うなりするまでである。

 しかしドブ川は直視してみると、心をほっとさせる要素があるように思える。またはわくわくさせる要素がある。私が胸を張ってそう言えるのは、谷崎潤一郎が著書『陰翳禮讃』でこう書いているのを見つけたからである。

「便所の匂ひには一種なつかしい甘い思ひ出が伴ふものである。(中略)さう云ふと可笑しいが、便所の匂ひには神経を沈静させる作用があるのではないかと思ふ。」

 谷崎潤一郎は便所の匂いがいかに風雅なものであるかを延々一章語るのであるが、これはドブ川についてもある程度当てはまると思う。大谷崎の考察には到底及ばないものの、私も考えてみた。なぜドブ川をみるとほっとしてしまうのか。

 ドブ川は、人間の排出した汚水が自然の中に放出されたときに行なわれる、還元の過程だからなのではないだろうか。
 現代人の生活は大量の汚水を生む。その代償として高い維持費の下水道で浄化しなければならないのであるが、浄化しきれない部分は自然の川が引き受ける。その時に人工的な排水が悪臭や汚泥を産みながら自然に還っていく過程、それがドブ川だからなのではないか。
 硫化水素やヘドロが出るのは忌避すべき状態だけれども、そのようにして曲がりなりにも人工的な汚水が自然界に還っていく仕組みが生態系に用意されている、そのことを確認できるからではないか。
 
 ドブ川を見て私が一番驚いたのは、強烈なにおいを発するヘドロだらけのドブ川にボラやオタマジャクシやカメが泳いでいるのをよく見かけたことである。ヘドロの上に白いベギアトアが広がり、その上をボラの群れがすいすいと泳いでいる。彼らはかなり劣悪な水質でも生きられるようである。
 反対に、よく整備されて浄化された下水処理水が放流される都市河川ではこれらは見かけなかった。
 また、都市河川でも手入れが悪くて泥がたまっていたり雑草が繁茂する川、例えば港区南麻布の古川などには魚の姿が見えた。生物は水の汚さにはかなりの程度適応できても、コンクリートで固められてしまうと生きる場を失ってしまうのかもしれない。このあたり、人間にとっての「よい川」と、生物にとっての「よい川」は異なるように思える。
 
 ドブ川は人間にとって不衛生で醜悪な存在であるが、生態系としては少しも異常ではない。発生する硫化水素や濁った水が人間にとってはよくないだけで、生態系サイドとしてみれば、汚水に適応した嫌気性細菌が分解を引き受けてそれなりの生態系を作るだけの話である。
 むしろドブ川は人間活動の引き起こした生態系へのインパクトの結果が、においや色でわかりやすくダイレクトに人間に表示されるという良心的な構造になっているとさえいえる。だからドブ川はよい教科書なのであって、くさいドブ川に出くわしたら穴の開くほど観察したほうがいいのだ。
 
 そのようなわけで、私は旅行をしてもドブ川はしっかりと見る。最後に、本編で取り上げなかった地方のドブ川のうち、印象深かったものを挙げておきたいと思う。

 静岡県掛川市の東海道の街道沿いで江戸時代から営業している旅館に泊まったとき、入り口の前に細いドブがあった。聞くとそれは掛川城のかつての外堀であったという。改めて周辺を歩いてみると、古い石積みの歴史を感じるドブが各所にあった。

 香川県小豆島町は醤油の生産で有名である。木造の醤油工場が立ち並ぶ馬木という集落を歩くと、毛細血管のように細いドブがあって、そのたたずまいが城下町のように美しかった。毛細血管が本流に注ぐ箇所には必ず小さな水門があり、それはいったい何かと尋ねたところ、大雨と満潮が重なったときに高潮で水が逆流してこないようにするためのものであるという。馬木は海に近い集落である。

馬木の樋門小豆島の馬木川の樋門

 京都の堀川通という大通りを歩いていると、道の脇に親水公園のような堀ができていた。昔ここには堀川という川が流れていたが、下水道の普及で空堀になり、それを近年親水公園として整備したと看板に書いてある。
 その水はどこからくるのかというと、琵琶湖の水ということであった。哲学の道もそうだが、京都は琵琶湖の水が使えるので、こういうときに便利である。

 埼玉県の越谷市には地表面すれすれの今にも溢れそうなドブ川があった。しかもその護岸は土がむき出しで崩れそうになっていて、野趣に溢れたドブ川であった。糸を垂らしている人がいたので聞いてみると、底にザリガニがいてそれを釣っているのだという。

 沖縄県那覇市のガーブ川という川で作業をしていた作業員が大水に流されて亡くなった、という悲しいニュースがあった。ガーブ川は那覇市の繁華街を流れる都市河川だそうである。私はその変わった名前の由来が気になってしまい、調べてみたところ、当地の言葉で湿地を表す言葉だという。南国の湿地の川がどのようなものであるか、いずれ見に行きたいと思う。

(修正・追記)
修正用雑記帳その1:どうやら谷崎潤一郎は便所のにおいは禮讃したが、ドブのにおいは酷評したらしいことが分かったのでそのことについて追記した。

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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

カテゴリ
「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
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