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2 渋谷川の水はどこから来るのか

渋谷川源流部


 渋谷川は山手線の渋谷駅前から東京湾まで流れる全長約7kmの川である。
 コンクリートの巨大な排水溝といった風情の都市河川だが、水はそこそこきれいでドブ川というほど汚くはない。この川の水はどこから流れてきたものなのか、と前から疑問に思っていた。
 
 渋谷川はもともと新宿御苑の池を水源に、原宿、渋谷、麻布、と流れて浜松町付近の東京湾に流れる自然の川であった。このうち新宿御苑から渋谷駅前までの上流部分が東京オリンピックの頃にフタをされて暗渠になる。
 
 川沿いから出る生活排水で渋谷川がドブ川化したので、フタをしてそのまま下水路として使うことになったためである。
 原宿の裏通りには渋谷川のあった場所に遊歩道が続いているが、その地下は渋谷川を転用して作った千駄ヶ谷幹線と呼ばれる下水路になっている。
 
 一方、渋谷駅前から下流は暗渠にされずに川として残った。では現在この部分を流れている水は上流から流れてきた下水なのだろうか。どうもそのようには見えない。
 開渠の川に原宿や渋谷あたりのビルの下水がそのまま流れ込んだらとんでもない悪臭になるはずだが、そうはなっていないからである。
 
 東京都の下水道の図面を調べてみると、千駄ヶ谷幹線から流れてきた下水は渋谷駅前の地下で川跡を離れて、明治通りの地下に作られた下水路に接続され、港区の下水処理場に流れて行くようになっているようである。では渋谷川を流れている水は何者なのか。

*  *  *  *  *
  
 昭和40年代、東京に下水道が整備されると、渋谷川の水量は極端に減ってしまった。
都会では自然の湧き水がほとんどないので、雨が降ったときと、下水道につないでいない建物から排水が流れたときしか水が流れない。
 すると、少ない川の水が真っ黒になってしまうという現象が起きた。
 私も昭和60年ごろ墨汁のような色の目黒川を見たことがある。人間が流す排水はああまで黒くはないはずなのに、どうして川の水は真っ黒なのだろうか不思議なことであったが、その仕組みはこうである。

 まず、生活排水という水源を失った渋谷川は勢いがないので東京湾まで流れない。
 そのうえ東京湾の海面は潮の満ち引きで毎日数メートル上下するので、満潮で海面が上昇すると澱んだ水が渋谷川を逆流してくる。干潮で海面が低下するとまた海に向かって流れて行くが、勢いがなくてやはり海まで出られない。
 すると渋谷川は澱んだ水が行ったり来たりするだけの細長い汚水のため池のようになってしまい、その中で腐敗が進んでその化学反応で真っ黒になる。
 
 そこで東京都は、新宿区落合にある下水処理場で浄化された水を専用管で渋谷まで運び、これを渋谷川に流すということを始めた。現在渋谷川に流れている水はこの下水処理水だ。
 渋谷と恵比寿の間の並木橋にこのことを説明した看板が立てられており、川を見下ろすと放流口があって、少し緑がかった水が流れ込んでいる。

 この専用管はさらに先へ延びていて、目黒区大橋で目黒川に、目黒区緑が丘で呑川にも水を送っている。
 落合の下水処理場というのは神田川沿いの下水を処理する施設なので、つまり渋谷川の水は神田川水系の下水(の処理水)ということになる。
 おかげで渋谷川は魚の群れの見られる川になったが、この水をポンプで送るための電気代は相当なものであるらしい。都会のドブ川はけっこうお金がかかる仕組みになっているのだ。

(参考)
下水道台帳図(東京都下水道局)

(H23.6.4追記)
参考文献ではないのですが、戦前まで遡って渋谷川の暗渠化を詳説した書籍が出ました。著者の田原さんの企画展の展示図録はドブ川雑記帳でも大変参考にさせていただきました。
春の小川はなぜ消えたか 渋谷川にみる都市河川の歴史 (フィールド・スタディ文庫6)

(H23.12.29訂正)
呑川への下水処理水放流地点について「目黒区緑が丘」を書くべきところを「目黒区奥沢」と誤記していたので訂正した。われながらこの間違いは興味深い。詳細は(修正用雑記帳7)。

(H25.2.2追記)
 Wikipediaや、東京都都市計画審議会ホームページの資料(pdfファイルの35ページのところ)によると、平成21年5月22日に渋谷川の上流端は、従来の宮益橋(東急東横店のところ)から稲荷橋(246号線のところ)に変更され、250m短縮されたようである。したがって現在は同百貨店は「川の上」にはない。
 渋谷川に関しては渋谷駅東口の再開発や東横線跡地を利用した水辺空間再生などの動きが報道されており、いろいろ変わりそうである。

<関連記事>
第35章 東急百貨店渋谷店のトイレ 「渋谷川の上に存在するデパートとして有名であった東急百貨店東館のトイレの排水は、昭和8年当時どのように処理していたのか?」について調べてみた。

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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

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