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19 (ここから川崎編) 遊園のラビリント

 川崎市の下水道普及率は99.3%である。
 このような都市には、強烈なにおいを発するドブ川は存在し得ない。
 よってそういう川、私がよぶところの「古典派ドブ川」の生態を観察したい時にはもっと普及率の低い市に行く。だからそんな川崎市で古典派ドブ川に遭遇した時はとても驚いた。

 川崎の市域は多摩川沿いに細く広がっている。
 ここに多摩川低地という川沿いの細長い平野があって、この平野を貫流するように、つまり多摩川に並行するように二ヶ領用水という人工の用水路がある。これは上流で多摩川の水を取水して多摩川低地の水田を潤すためのもので、江戸時代に作られた。

 「水がほしければ、そばに流れている多摩川の水を横に引っ張ってきて使えばいいんじゃないか」
 
 私は長らくそう思っていたのだが、それは浅はかな考えというもので次のような事情でできなかったようである。
 
 ①多摩川下流部の水は満潮時に海水が混入するので農業用に使えない。特に海岸部の新田で使えない。
 ②川は平野の一番低いところを流れているので、そこから横に水を引こうと思っても水は流れない。
 
 よって江戸幕府は標高の高い多摩川の川上で取水してそこから高低差をコントロールしつつ、川下の川崎の隅々まで水を流す二ヶ領用水を作った。なるほど。
 
 川崎市内ではこの二ヶ領用水の支流が分岐して網の目のように発達したあげくに、それらが都市化で一気に不要になって、暗渠にされたり、開渠の水路として残されたりしている。
 このような現象は東京でも同じように起きたけれども、川崎の都市化は東京ほどシビアではなかったので、東京のように用水網が徹底的に抹消されることはなかった。東京で暗渠にされるような川でも川崎では開渠として残り、東京でアスファルト道路になってしまうような細流も、川崎ではフタをしただけの「ドブ板歩道」として痕跡を残した。
 したがって川崎市内には膨大な数の用水路の遺構があり、特に市街化の遅かった北部の多摩区に多く残されている。そのことをその方面に詳しい人(※)に教えてもらったので、私も見に行ってみた。

 二ヶ領用水路網
 二ヶ領用水路網(用水沿いの久地円筒分水に掲げられていた案内図の画像に加筆。クリックして拡大して下さい)

 ドブ板水路
 多摩区に多いタイプの用水路の遺構
 
 小田急線の向ヶ丘遊園駅を降りると、既に駅前にいくつものドブ板細道がある。まるでドブ板細道のラビリントである。
 適当にそのうちのひとつを選んで歩くと、水路にフタをしただけの1m幅くらいの路地が続き、しばらく行くと幅が広くなってフタの一部がグレーチング(金属製の格子)に変わり、そこから下水のにおいが立ち上ってくる。おやおや、と思う。
 
 現代の下水路は基本的に地下に密閉されている。言うまでもなく下水臭が漏れないようにするためで、メンテナンスはマンホールのフタを開けることによって行う。
 下水臭が地上に漂ったとしてもそれは設備の不具合による不測の事態であって、はじめから下水路のフタを通気性のあるグレーチングにするということはしない。通気性のあるフタを使うのは、雨水用の側溝や農業用水路などきれいな水が流れる水路だけである。
 
 不思議に思いつつ下流に向かって歩くと、フタは再びグレーチングのない密閉式に変わってにおいはしばし途絶えるが、しばらく行ったJR南武線の宿河原駅の近くでこの水路が突然開渠になる。その水質やいかに、と覗くと濁った水がベギアトアの繁茂する川底をゆっくりと流れ、硫化水素臭がしていた。川崎でこれを見るとは。

 この水路はその先で二ヶ領用水宿河原線という水路に合流しかかるが、二ヶ領用水宿河原線を流れている水は多摩川から取水したきれいな水なので、これに汚水を合流させるのは躊躇われたらしく、宿河原線の水路に並行する暗渠が作られて何キロか続き、その先の下流でこっそり合流していた。

 私はこの汚水が何者なのかまったく理解できなかった。下水道普及率99.3%というのは、発生する下水のほぼ全量が下水管を通るという意味であり、開渠の水路や側溝に下水が流れることはほぼないという数字のはずである。
 川崎市の下水道台帳を見ると、私が見たドブ板水路は下水路ではなく、下水路はドブ板水路の1mばかり横の地下に埋設されている。
 するとこのドブ板水路はやはり二ヶ領用水のネットワークを形成する農業用水路だろうか。下水管が横に埋まっているのに、そういう水路に汚水が流れたりするものなのだろうか。まだ信じがたい。

ベギアトアA
白濁した水路が二ヶ領用水に接近する場面(左が二ヶ領用水宿河原線、右が件の水路)
 
ドブ板水路模式図

 
 私がドブ板の上でモヤモヤ考えていると、ちょうど近くで下水工事をしているのが目に入った。その工事のおじさんに恐る恐る聞いてみたところ、次のようなことを教えてくれた。

 ①われわれは下水管を太くして敷き直す工事をしている。
 ②そこに蓋掛の水路(私が悩んでいた水路の至近にも別系統のドブ板水路があった)があるが、それは下水路ではなく、昔からの「水路」なのでそこには接続しない。
 ③下水管を敷くには深さ2mのその水路の下をくぐらせるために深さ5mの穴を掘らなければならないので結構大変である。
 
 ずばり解明とはいかなかったが、やはり遊園ラビリントのドブ板水路は下水路とは厳然と区別された水路だということはわかった。では何の「水路」か。

 二ヶ領用水沿いに歩いて行くと「二ヶ領せせらぎ館」という資料館があったのでそこで資料を見せてもらうと、ドブ板水路はやはり二ヶ領用水の支流の農業用水路であることがわかった。
 現代の二ヶ領用水には農業用の水利権はほとんど設定されていないのようなので、汚水が流れてもたぶん農業に支障が出るということはない。けれども、下水管と並行して汚水の流れる水路があるということはどういうことなのか。私のギモンは深まってゆくばかりなのであった。

(この章は平成22年冬の探索をもとに記述しています。「20 ボットン便所の終焉」 へつづく。)


※lotus62さんの「東京Peeling!」の二ヶ領用水レポートがきっかけとなり、庵魚堂さんの「世田谷の川探検隊」の二ヶ領用水のページで詳細を知りました。二ヶ領用水を扱った記事はほかにも多くの方がブログ等で扱われており、ここには全部を挙げられませんが、この場を借りて皆様にお礼申し上げます。

参考文献: 下水道経営のあらまし(川崎市上下水道局)ここの7ページに下水道普及率が載っている。
         川崎市公共下水道台帳施設平面図インターネット提供サービス(なかなか使いやすい)
おすすめ: 川崎市市民ミュージアム企画展「二ヶ領用水竣工400年記念 二ヶ領用水ものがたり」
       (企画展は終了したが展示図録は同ミュージアムのWEBショップで買える)

コメント

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Re: 楽しみです!

ANGLEレベルの比較的高い川崎でドブ川と下水の競合を観察するという視点は、lotusさんのレポートを読んで浮かんだ賜物でした。第19~23章までの裏テーマは、「ANGLEレベル2と3の間の深い溝」でございます。
次回は灼熱の真夏にボットン便所の話題で失礼します。

楽しみです!

とうとう始まりましたね!お待ちしておりました。
恥ずかしながらグレーチングという言葉も初めて知りました。
それに工事の方への取材の賜物の、用水と下水道の存在も興奮の事実です。
初回から学ばせていただくことが多く、今後がさらに楽しみになりました。
また、拙いレポートを取り上げていただいて、感謝申し上げます。

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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

カテゴリ
「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
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