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24 ベランダ洗濯機

 しつこいが、川崎市の下水道普及率は99.3%である。
 しかし本当にそうだろうか。どうも私はこの数字が信じられない。下水道普及率がこんなに高かったら、二ヶ領用水や平瀬川、矢上川といった川崎の川はもっときれいになっているような気がする。

 下水道普及率とは、正式には「下水道人口普及率」といい、「下水道に接続しようと思えばできる人口」が、その市の人口の何%にあたるかを表す数字だそうである。
 だから下水管は近くまで通ったけれども自宅との接続工事をしていない人や、下水管が自宅より高い場所にあって接続が難しい人がいても関係なく普及率に含まれる。したがって川崎市の99.3%の人が下水道に接続して生活しているわけではない。
 
 では実際に接続している人は何%なのか。
 それを表す数字は「水洗化率」という。水洗化率とは「下水道に接続してボットン便所を水洗便所にすることのできた人の数」のことで、これが川崎市は98.91%。

 川崎市の水洗化率(クリックすると環境省のページからエクセルファイルのダウンロードが始まります)

 ここで疑問なのは「水洗便所というものは下水道がなくても浄化槽があれば設置できてしまうのではないか」ということで、「水洗トイレの排水は浄化槽処理、生活雑排水(炊事・風呂・洗濯)は垂れ流し」というパターンの家はけっこうある。
 しかし川崎市ではこれは「水洗化した」とは定義しないという。
 だから、「水洗化率=実際に下水道に接続している人の割合」になる、という理屈らしいのだが、ややこしくてだんだん分からなくなってきたので整理してみた。(※)

  A  水洗トイレ排水も生活雑排水も下水道に接続している家・・・98.91%
  B1 水洗トイレ排水と生活雑排水を浄化槽で処理して側溝へ流す家(「合併浄化槽」という。)・・・0.16%
  B2 水洗トイレの水だけ浄化槽で処理して側溝へ、他の雑排水はそのまま側溝へ流す家(「単独浄化槽」という)・・・0.58%
  C  下水道も浄化槽もなく、トイレはボットン便所の家・・・0.35%


 A(98.91%)は川崎市の実質的な下水道普及率である。
 AとB1を足した数(99.07%)は「汚水処理人口普及率」といい、何らかの形で排水を全量浄化している人の割合である。
 これが100%になれば川はきれいになる。よってB2とCを駆逐することがドブ川追放に向けての目標となるが、川崎市の場合はその手段としてA(下水道)の100%普及を選択しているので、B1(合併浄化槽)も駆逐の対象となる。


 A類型とB2類型の図
    (下水道接続済みの家)とB2(単独浄化槽の家)の模式図(第22章の図を流用)。
    ・B2の台所風呂洗濯排水が浄化槽で処理されるとB1になり、
    ・B2の水洗トイレをボットン便所にして、単独浄化槽をなくすとになる。


 ここで分かるのは川崎市の場合は、どの数字をとったとしても99%前後の高率になるということで、ここまで高ければ川の汚染を云々するレベルではない。

 これがどうも実感と合わない。
 よく下水道のパンフレットに、「雨水と家庭排水を一緒に処理する形の旧式の合流式下水道では、大雨になると処理場で処理しきれないので、その分を処理せずに川に流すので川が汚れるのです」という説明を読むことがあるが、そういう問題以前に晴れた日でも妙な水が川に流れるのを見ることがある。
 
 以前、杉並区の神田川沿いを歩いていたときのことである。
 川に近いところで家の改築工事をしていた左官屋さんが、やおらセメント色をした水の入った巨大バケツに手をかけるや側溝にジャー、と流した。おおこういう風にして川は汚れるのか。
  そのほかにも熱湯の汚水を側溝に捨てるクリーニング屋の主人や、変な色をした水を側溝に流す塗装屋さんなど、いろいろな人がいろいろな汚水を側溝に捨てているのを発見した。そういえば私も飲み飽きたコーラを側溝に流したり、道路で洗車したことがある。
 
 そしてある日ついに決定打と思えるものに遭遇したのである。
 ある日私は川崎市の多摩区でドブ探検をしていた。すると二ヶ領用水の支流に注ぐ側溝の排水口の下で洗剤の泡が立っているのが見える。
「むむ。」
 私は側溝を遡って辿った。側溝の雨水ますから中を覗くと、ますの中も泡立っている。この泡はどこから立ったものか。泡の見えるますを追って歩く。ヘンゼルとグレーテルのパンくずの話に似てきた。


  ヘンゼルの泡 水路に立つ下水の泡のイメージ(これは本文とは別の場所の二ヶ領用水)

 
 私の目に入ってきたのは、アパートの玄関脇やベランダに置いてある洗濯機であった。
 今時のアパートは室内に洗濯機置き場があるが、昔は洗濯機は外に置いていた。私の生家も一戸建てだったが屋外に置いていた。
 しかし下水道の汚水管は室内にしかつながっていないので、屋外の洗濯機の排水は雨水と同じく側溝や雨水管を通じてそのまま未処理で川に行く。ベランダも同じである。ベランダに洗濯機を置くと排水は全部雨水管に流れる。 
 洗濯の排水はBODで表すとだいたい50~100mg/lくらい。これは洗いからすすぎまでに流す水をすべて平均するとそのくらいということで、洗剤だらけの洗いの水はもっとBODが高く、逆にすすぎの水は低い。
 この値を分かりやすい例と比べるとどうなるか。
 
 下水処理場から放流される水のBODは5mg/lくらい、石神井川下流のような濁り気味の都市河川の水がだいたい7mg/lくらい、昭和40年代の真っ黒な隅田川の水質が35mg/l、下水管を流れる生の下水が約200mg/lであるから、洗濯排水は昔の隅田川の2倍くらい汚い水といえる。
 家庭の排水で一番「濃い」のは台所とトイレで、洗濯排水は「薄い」排水の部類に入るが、量が多く屋外に流されやすいという点では危険な伏兵といえる。


  ベランダ洗濯機B類型(アパートの玄関脇) 
  アパートに多いベランダ洗濯機のパターン
  (これはベランダではなく「ローカ洗濯機」であるが、細分化するのも面倒なのでベランダとしておく。亜種として「ニワノノキシタ洗濯機」もある。)
 
 これが実質的な下水道普及率を押し下げている元凶ではないか。
 私は街を歩くと玄関脇とベランダに洗濯機がないかキョロキョロ見るようになってしまった。どうも不審者のようで気が引けるが、おかげで実態が分かった。

 ① 川崎市内でベランダや玄関脇に洗濯機を置いている家は、100軒に1軒くらいの割合で出現する。
 これはかなりおおざっぱな目視で、「10軒に1軒まではいかないが、1000軒に1軒はゆうに超えるだろう」という聞いてあきれるアバウトさであるが、これによれば多摩区10万世帯のうち1000世帯がベランダ洗濯機であろうということになる。
 遊園駅近辺を15分も歩くと30基くらいのベランダ洗濯機を確認できるから、当たらずとも遠からずと思う。
 ② 川崎市は新興住宅地でも古いアパートや住宅がけっこうあるので、①の出現比率は区を問わず適用できると考えられる。
 ③ ただし、合流式下水道のエリア(市域のだいたい半分=川崎区+幸区+中原区の南半分)ではベランダの排水も下水処理場に行くのでこの問題は関係ない。
 ④ 洗濯排水は汚れのウェイトとしては家から出る排水の10%くらいを占める。

 このきわめていい加減な調査結果をもとに、「ベランダ洗濯機の公式」を組み立てて計算してみる。
ベランダ洗濯機による実質的な下水道普及率の押し下げ率=出現割合0.01×分流エリアの割合0.5×汚れのウェイト0.1=0.0005。
 つまりベランダ洗濯機は下水道普及率を0.05%押し下げるだけの影響しかない。

 これでは水質汚濁の主因とはいえない。
 そもそも洗濯機は誰でも屋内に置きたいものであって、あえて屋外に置くのは家屋がものすごく古くて屋内に置けない場合である。さらに、そういう家には下水道は来ていないことが多い。
 下水道が来ていないのであれば洗濯機が屋内でも屋外でも結果は同じで、これを加味すると前出の数値はもっと低くなる。
 それでいいということにはならないが、下水道普及率とのギャップとの関係は薄いといえる。川の汚れの原因はほかにありそうである。


※参考  「生活排水対策」(沖縄県庁のHP。洗濯排水の汚れがどのくらいのウェイトを占めているかが一発で分かる)

      「ベランダに洗濯機を置いている方へ」(徳島県藍住町のHP)

      大手量販店によるベランダ洗濯機の説明の例

コメント

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Re: No title

この調査をしているときはベランダ洗濯機識別眼とでもいうような勘が研ぎ澄まされて、「空き巣とかもこんな感じなんだろな」って思っちゃいました。
ベランダ洗濯機はBOD的にはシロだったんですが、どうも合成洗剤は下水処理場でも完全分解できずに川に流れ出ちゃうみたいなんですよね。そういうわけで今我が家では靴下をせっけんでゴシゴシ手洗いすることが突如ブームに。
このあとハナシは徐々に核心に迫っていきます!

No title

(あれ、カンジヘンカンができなくなっちゃった;;;)じっさいのおせんこうかはひくかったとはいえ、
「べらんだセンタクキ」にめをつけてはなしをすすめられているところが
すごくおもしろかったです。
このあと、とくていできるのかな・・・たのしみです。

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大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

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(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

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(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

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(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
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