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27 窒素の問題(前編)

 二ヶ領用水の水は多摩川から取水している。取水口は多摩区南部の宿河原と北部の上河原の2箇所である。
 ところがそのうちの宿河原の取水口に行くと妙なにおいがする。下水処理場のにおいが薄まったようなほのかなにおいがする。
 においの元はどこかと見回すと、川の中に巨大な堰があって、そこで川の水が滝のように落ちて飛沫が散り、流水のほのかなにおいが空気中に出ているもようである。
 でも近づいて見れば多摩川の水が汚れているということはない。多摩川は下流域でもBOD2mg/lくらいのきれいな河川である。

宿河原堰宿河原堰
 
 昔の多摩川は汚かった。
 「水が真っ黒」ということはなかったが、東急東横線の鉄橋下にある調布取水堰(田園調布付近)では合成洗剤の泡がモコモコと立って乱れ飛んでいた。当時の東横線は多摩川鉄橋直後の急カーブのために25km/hに徐行していたので、電車からこの光景がよく見えたものである。
 もちろん今はそんなことはないし、サケが戻ってきた、アユが戻ってきたとポジティブなニュースが取り上げられることが多い。ここより川上の市の下水道普及率も、立川市、小平市、府中市の100%を筆頭に、90%以上がずらりと並ぶ。こんなに優秀な川は珍しい。(※1)
 
 しかしこのにおいは、それがゆえに多摩川が川上の下水処理水を多分に含んでいて、そこに取りきれなかった成分が溶けていることを示唆しているような気がする。
 これについては以前の章(第13章「ウンコ問題」)で少し調べたことがあったが、ある研究結果(※2)によるとこのにおいの正体は、硫化水素、硫黄系(メチルメルカプタンなど)、アルデヒド系(一番有名なアルデヒドは、お酒が体内で分解されて二日酔いの原因になるアセトアルデヒド)、有機酸系(一番有名な有機酸は酢酸)の混合臭であることを突き止めている。
 多摩川の水はデータ上の水質のよさの割に、実はあまりきれいでないのではないだろうか。だから分流の二ヶ領用水も割と簡単に汚れやすいのではないだろうか。このあたりを突っ込んで調べたい。
 
 日本の大都市はたいてい海沿いにあるので、水道用の水はたいてい川の下流で取水する。
 ダムは上流にあるが、下流まで太い導水管を敷くのは難しいので、ダムでは水量の管理だけをして取水は下流でする(※3)。ところがダムと取水口の間にも都市はある。そこから下水が流れる。下水は下水処理されているところもあれば垂れ流しのところもある。
 
 分かりやすい例として大阪の淀川で考えてみる。
 淀川は単純にいうと琵琶湖から大阪湾まで流れる川である。途中で滋賀、京都、大阪の3府県を通る。そのうち一番下流の大阪の水道は淀川から取水している。しかしその上流に京都という大都市があり、京都の下水処理場で浄化された水が大阪の取水口の上流に放流されている。その京都の水源は琵琶湖である。琵琶湖には滋賀の下水が流れ込んでいる。
 上流の下水を下流の水道原水として使わざるを得ない構造がどうしてもでてしまう。滋賀県民が琵琶湖の水質浄化に気を使ったり、京都市民が京都盆地の地下水をありがたがったり、大阪市が浄水技術の向上に必死なのはこういう構造のせいといえる。(※4)

 (淀川のしくみの概念図。「下水」には浄化後のものも含む)
 淀川のしくみ


 関東の多摩川にはこういう問題はない。
 宿河原あたりでにおいがするといっても、それが飲み水になるわけではない。宿河原近辺(=多摩川の中・下流域)の水の使い方はこうなっている。
  ・川崎市はここより3km上流の上河原で取水しているが、それは工業用水用。
  ・東京都はここより10km下流の田園調布で取水しているが、これも工業用水用。
  ・川崎市は上水道用には、川の近くに掘った井戸から伏流水を取水している。
  ・東京都も上水道用には、川の近くに掘った井戸から伏流水を取水している。
 東京都は上水道用に多摩川の表流水も取るが、取水場所は30km上流の羽村町である。羽村より上流には青梅や奥多摩といった小都市しかないので下水の混入は少なく、多摩川水系の水はおいしいといわれる。

 (多摩川のしくみの概念図。「下水」には浄化後のものも含む。)
多摩川のしくみ

 だから都民や川崎市民は宿河原あたりの多摩川にあまり厳しい視線を向ける必要がない。したがってシビアな水質調査もされにくいし、下水と上水の深刻な関係が見えにくい。これを知りたいのなら東京の反対側の端の江戸川に行くべきである。
 なぜ江戸川に行くべきなのかというと、東京都は東西に細長いので、東西に流れる多摩川はほぼ全流域が都の「領土」となり、したがって上流から取水できるのに対し、南北に流れる江戸川は下流域しか「領土」に引っかからず、下流の水を取水する羽目になっているからである。

 江戸川は旧関宿町(埼玉の大宮と栃木の小山の中間くらいにある町。現野田市)で利根川から分流する一級河川である。野田、流山、松戸と流れて東京都と千葉県の県境を下ったあと、浦安方面と市川方面の二手に分かれて東京湾に注ぐ。
 上流の野田はしょうゆの名産地として江戸時代から名が知られた。
 野田がしょうゆ産地として栄えたのは江戸川の水運が盛んだったことによる。しょうゆの醸造は大豆や小麦、塩といった多種の原料が必要だが、昔は江戸で消費する米や大豆や小麦を東北→太平洋→銚子→利根川→江戸川→下町の運河→江戸という水運ルートで運んでいたので、原料供給にも商品配送にも適していたという。
 
 この江戸川と水戸街道の交点にあたるところに松戸という街があり、やはり水運で栄えた。この松戸の市街地を貫流するように坂川という中小河川がある。水運都市松戸を支えた川だが、25年ほど前は汚いドブ川として有名だった。
 私も昭和63年当時の坂川を取り上げた雑誌(※5)を買って写真を見たことがある。油まみれのオイルフェンス、茶色い泡、黒いスカムの塊。こんなに汚い川が松戸にはあるのか、当時でさえそう思った。
 この頃の坂川のBODは場所にもよるが20mg/l前後。当時その程度のドブ川はほかにもいくらでもあったが、坂川が雑誌に取り上げられるほど有名だったのには理由があった。
 
  月刊Weeks表紙 坂川をレポートした『月刊Weeks』1988年8月号(日本放送出版協会 現在休刊)


 松戸の対岸に東京都葛飾区金町という街があり、ここに東京都民250万人に水道水を供給する金町浄水場がある。当時はここの浄水場の水はかび臭くてまずいと有名だった。   
 浄水場取水口のすぐ上流の対岸で坂川の汚水が江戸川に合流していて、そのためにどんなに浄水場が頑張ってもまずい水しか作れなかったのである。
 
 そこで金町浄水場は汚名を返上しようと必死に努力した。
 おかげで今はまずい水だとは言われなくなった。金町の水がまずくなくなったのは、一つには坂川の問題が改善されたこと、二つ目は高度な浄水技術が開発されたことである。
 私の関心はもちろん一つ目のほうである。坂川はいかにしてドブ川から脱してしまったのか、いや脱することができたのか。ところが実際に松戸に行ってみてみると、坂川はドブ川を脱していなかったのである。(28 窒素の問題(中編)につづく
 

※1こうした市でも下水道に接続していない家屋はあって、例えば普及率が名目上100%の小平市では2.8%(1769戸)が単独浄化槽かボットン便所のままなので、それらの家のトイレ以外の生活雑排水が全量側溝に流れて川に行く。
小平市HP「下水道を取り巻く現状と課題」の3ページ

※2 「多摩川河川水の下水処理水臭の原因としてのアルデヒド系臭気」 浦瀬太郎(東京工科大学 応用生物学教授)(とうきゅう環境財団HP)
この論文では、下水処理場の高度処理でも取りきれないアルデヒド系物質が水温の上昇や堰での攪拌で揮発して下水処理臭を発するのではないかという分析をしている。しかし結論は、いろいろな化学物質の混合臭が「下水処理水のにおい」ではないかというものであった。この論文では、下水処理場で分解できなかったアルデヒドが川の中の生物によって分解されることや、下水処理場で取りきれると思われていた硫化水素が実は取れていないことなど、興奮の新事実が次々に明らかになる。


※3横浜や横須賀のように、上流から長距離の導水管を引いている市もある。両市は開国まもない明治の初期に貿易港や軍港に水を供給しなければならなかった点で共通している。

※4 京都市は一部の下水処理場にオゾン処理という高度な技術を使っている。オゾン処理は酸化力が大変強く、たいていの有機物は分解してしまえるが、膨大な電力を使う。大阪の浄水場もオゾンを使っているが、下水処理にオゾンを使う京都の対応は破格といえる。しかし京都市中心部の下水はオゾン処理されない系統なので、観光でホテルに泊まる時は洗面台に変なものを流さないようにしたい。

※5 日本放送協会「月刊Weeks」1988年8月号
 この号でも大阪の水道水と金町浄水場の問題を取り上げており、両者は昔から有名だった。水道水の発ガン物質が騒がれ、オゾン処理が取り入れ始めたころの時代で、「薬くさくてドブくさい水」に悩まされる大阪府枚方市民、水質の苦情に「胃が痛くなるなんてもんじゃない」と悲鳴を上げる東京都水道局、「週1回の坂川のごみさらいをもっと増やしてくれ」という葛飾区民の要望に「作業するほうの身にもなってくれ」とゲンナリする松戸市職員の様子などがレポートされている。

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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

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「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
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