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28 窒素の問題(中編)

 7月6日午後3時、千葉県松戸市の天気は晴れ、気温摂氏30.3度、湿度61%、降水量0mm、東南東の風、風力3m/sであった。坂川はデータ上は昔より劇的にきれいになった。平成2年でBODで20mg/lだったのが、平成21年では5mg/l未満に抑え込んでいる。この間、松戸市は下水道と合併浄化槽の普及に努めた。しかし。

 「これがBOD5mg/l未満の川かなあ」というのが正直な感想であった。
 油とスカムが浮き、緑色に濁って底が見えない。悪臭はほとんどないしコイが何匹も泳いでいるのでBODが10mg/lを超えるということはなさそうだったが、せいぜい7か8くらいの感じである。
 私は水質測定の専門的なことは分からないし、BODといってもいろいろ種類があるし、まして目で見ただけで正確なことはいえないが、これは5mg/lには収まってないだろうというレベルの水質ではある。
 しかも23年前に雑誌で見たオイルフェンスが今も同じようにあって、大量のごみが堰き止められている。23年の歳月が一気に逆戻りして、なんだか懐かしい。これはごみを金町浄水場に流すまいという坂川特有の配慮なのだと23年間思い込んでいたのだが、実は坂川では油が流出する事故がたまにあり、それを防ぐためのものであるらしい。

 「水遊び できる坂川 ぼくの夢」という看板が頻繁に立つ川沿いを歩き回ると珍しいものが現れた。六色のドブ川である。
 坂川の左岸に水門があり、そこに東掘という支流が注ぎ込んでいる。一般にドブ川は本流よりも支流のほうが汚れていることが多い。流量が少なくて汚染物質がダイレクトに水質に反映してしまうからである。
 そこで東掘を遡って歩くとそのまた支流(支流Bと呼ぶ)が勢いよく注ぎ込んでいる場所が現れ、その川底に白い房のような藻がびっしり生えている。これは藻のように見えるが糸状性細菌と呼ばれる細菌の仲間である。
 正式な名前を本で調べると、
 ・「スファエロティルス」(有機物が多く酸素が少ない水中で発生する細菌)か、
 ・「Type 021N」(硫化物イオンと低級有機酸を食べる細菌)もしくは
 ・「チオスリックス」(硫化物イオンだけを食べる細菌)
のどれからしいということが分かったが、残念ながら顕微鏡がないと特定はできないのでとりあえず「白い房」と呼んでおく。この白い房のびっしり生えた支流Bへ向かう。

  (坂川と東掘と支流Bの位置関係) 
  affluent B

 支流Bの水路は1m幅くらいの開渠で工業団地の中へ入って行く。開渠の梁の鉄筋コンクリートがボロボロに朽ちている。
 コンクリートがボロボロになっているということは硫化水素が発生しているのであろう。硫化水素をエサにして硫酸を生む細菌がいて、アルカリ性のコンクリートを酸で溶かしていく。
 遡ってすぐに流速が遅くなり、川底を覆っていた白い房が消える。白い房は流れが速い場所でないと生きられないようだ。替わって白いベギアトア、次いで茶色い藻が広がる。その次に藻が何も生えていない黒い泥だけが見える川底になり、硫化水素のにおいがしてくる。
 ここに2匹のカルガモがいて、カルガモが泳ぐと黒い泥が舞い上がる。なぜ彼らはこんなところを選んで棲んでいるのであろうか。眺めていると彼らは水路が道路をくぐるために暗渠になったところにもぐりこんでしまった。彼らにとっては水質よりも隠れ場所があることのほうが重要なようである。

 さらに遡ると水が滞留するようになって、灰緑色になる。その次に水田にあるような黄緑色の浮き草が水面を多い尽くし、最後はそれもなくなってオレンジ色の水に変わる。オレンジ色は鉄分の色であろうか。ここで支流Bは終点で、その向こうに新坂川という大きなドブ川があったが繋がってはいなかった。白、黒、茶、灰緑、黄緑、オレンジで六色。よく中国では川の汚染が激しくて七色のドブ川が流れていると聞くが、それはこんな感じの配色なのかもしれないな、と思う。 
blanc白 brun茶 noir黒 gris vert灰緑 vert jaune黄緑 orangeオレンジ canardカルガモ


 支流BのBODが一体どのくらいなのかはデータがないのでわからないが、支流Bの放流先の東掘の水質データは松戸市が毎年して発表している。これが平成21年で35mg/l。
 このレベルのドブ川の水質を公共機関が堂々と水質測定して正直に公表することは珍しい。このデータは「このくらいの汚れだとBOD35mg/lなのだ」ということが分かる貴重なサンプルであった。
 東堀はこのあたりにある工業団地からの排水を一手に引き受ける役割を担っているらしく、300メートルほど川上では澄んでいるのに工場団地からの排水が合流するごとに濁りを増す。
 松戸市の資料を読むと、坂川の汚染源は生活排水がメインだと書いてあるが、例えば住宅街と商店街を貫流する中堀という水路は、それほど悪い水質には見えない。おそらく最近急速に住宅地の下水整備が進んで、工場排水のそれを追い抜いてしまったのではないだろうか。だから工場排水系がきれいになれば、「魚の泳ぐ きれいな坂川 みんなの夢」が実現するはずである。しかしあろうことか、その工場排水の合流口に魚が大集結しているのであった。
 
 別の日にここを通ると合流口を観察しているおばさんがいたので、聞いてみるといろいろ教えてくれた。ちなみにこのおばさんはドブ川が大好きで見ているのではなく、ただ魚を見るのが好きという至極まともな方であった。おばさん曰く、
  ①いつもここには鯉が集まっている。
  ②工場排水に向かって遡上しようとするのもいる。
  ③昔はもっとくさくて汚れた川だったが魚はもっといた。
  ④ただしコンクリート三面護岸ではなく草ぼうぼうの土の護岸で流れも悪かった。
  ⑤もうこのにおいには慣れちゃった。
 行政の論理だと、「汚れた坂川魚もいない→下水道整備で水質改善→魚も増える→きれいな坂川水辺のふれあい」、なのであるが、おばさんの論理は予想外のものであった。

「工場団地に巨大なパン工場があるのでそこからおいしい水が流れて鯉が集まってくるのではないかしら。」

 おばさんの分析はかなり興味深かったが、しかし東掘がとんでもない汚れ方をしていることに変わりはなく、この水が坂川と江戸川を通じて都民の水道水源に混じるのはやはり尋常な事態ではないと思われた。
 しかしそれにもかかわらず坂川の問題はある意味解決した。この解決の仕方が面白い。

 まず坂川水系から汚い水が流れて本川に集まる。昔はこれを江戸川に合流させていたが、今は合流口の水門を閉鎖して支流を使って浄化施設に送水する。この浄化施設は川の水を浄化するという珍しい施設で、毎秒2500リットルの速さで浄化できる。浄化した水のうち毎秒400リットルは坂川に戻されて汚れを薄めるための水として放流される。
 残りの2100リットルは坂川が江戸川に合流していた地点より下流側に新設した水路に流され、金町浄水場取水口よりも下流で江戸川に合流させる。

  それを分かりやすく図解したページ(国土交通省関東地方整備局江戸川河川事務所のHPのPDFファイル。最終ページ目に図がある。また、2枚目には流れ方を反転させた仕組みや、昔より水質が改善されたことなども分かる。(H25.3.20リンク変更)) 
 
 こうして都民は坂川の水を飲まずに済むようになった。
 この仕組みを考えた人も偉いが、かかる費用もえらい額である。毎秒2500リットルとは1日に2.2億リットル。一人一日400リットル使うとして54万人分の使用水量にあたる。浄化方法は空気を吹き込みながら砂利の間に水を通すというものなので高度な処理ではないが、空気を送ったり川に戻したりするポンプの電気代は相当なものだと思う。
 やっていることは下水処理場と同じだが、下水料金を取るわけにもいかないから税金で賄っているのだろう。もっとも、こういう施設も松戸市の下水が全て下水処理場なり合併浄化槽なりで処理されるようになれば不要になる。
 ところがこんなに頑張っているのに、金町浄水場の水質問題は平成23年現在でも解決していないのであった。坂川の水が混ざらなくなれば水はおいしくなるのではなかったのか。
29 窒素の問題(後編)に続く

参考文献 
・国土交通省江戸川河川事務所のホームページ(坂川関係の資料は、以前は松戸市のホームページに掲載されていたが、最近は同事務所のページに集約されている。昔に比べれば坂川の水質は改善されているので、件の浄化施設の稼動も縮小傾向に向かっているようである。(H25.3.20修正))

「水環境と微生物」ミズムシさんのHP ドブ川に出現するいろいろな色の生物もここを見れば一発解明というすごいページ。

マニュアルにはない水質管理 ~お金をかけずに求められる水を~ 古賀みな子著 環境新聞社刊 
 下水処理場に発生する生物を完全解説したこの本はドブ川の生物(ただし微生物に限る)も完全網羅。現場経験者ならではの突っ込んだ説明が秀逸。

・月刊Weeks1988年8月号(現在休刊)
                        月刊Weeks表紙

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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

カテゴリ
「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
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