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29 窒素の問題(後編)(ここまで川崎編)

 東京の水道は「まずい」という以前に「出ない」という問題があった。
 戦後人口の急増した東京は慢性的な水不足が続き、金町浄水場はそれをしのぐために拡張された浄水場である。群馬や栃木に多くのダムを作って下流の江戸川で大量に取水するしくみの中で作られた(※1)。

 1980年代くらいまでの東京の水道の課題はとにかく渇水を起こさないことにあり、「いかにまずくない水を作るか」は渇水問題が落ち着いた後に「そういえば味がひどいんじゃないの」的に浮上してきた問題といえる。
 また、渇水の要因の一つはボットン便所をやめて水洗便所で大量の水を使うようになったことであったから、その水が低性能の浄化槽を経て川に流れれば水道原水も悪化する、という因果関係も見える。
 
 そこで金町浄水場は高度な浄水技術を次々に導入する。たしかに水がまずいのは半分くらいは坂川のせいだったが、もう半分くらいは江戸川自体が汚いせいなのであった。
 坂川のことは松戸に文句を言えば済むが、江戸川が汚いという問題は、流山や野田、さらにその上流の栃木や群馬からの下水に関係するのできりがない。
 しかも東京の水道水は栃木や群馬の村がダムに沈みまくったおかげで成り立っているので、文句を言えた立場ではない。なんとかして汚い水から安全な水を作れるようにせねば。
 金町浄水場の水道水の問題は大きく分けて3つあった。
  
  ①発がん性物質のトリハロメタンが含まれている。
  ②カビくさい
  ③カルキくさい

 
 のトリハロメタンは、水中の有機物が消毒用の塩素と化合した時に発生する有機塩素化合物の総称であるという。もうこの時点で理解不能なのであるが、分からないのもくやしいので分解して考えるとこうなる。
  
  ・トリ→トリプルのトリで「3」。
  ・ハロ→ハロゲンのハロ→元素記号表の右から2番目の列にハロゲン族というグループがある→塩素はそのグループに属する元素。
  ・メタン→メタンは化学式で表すとCH→1個の炭素原子(C)に4個の水素原子(H)がくっついている→この「メタン」(CH)のうち、3(=トリ)個の水素が「ハロ」ゲン族(この場合は塩素)に置き換わってしまったのが、トリ・ハロ・メタン。
 だからトリハロメタン以外にも有機塩素化合物(PCBとか)はあるし、有機塩素化合物ではないがトリハロメタンというもの(臭素(ハロゲン族)の化合物とか)もあるという。
・・・余計ややこしくなってしまった。
 
 要するに江戸川の水が汚れているために、取りきれなかった有機物が消毒用塩素と反応してできてしまう。これをここではトリハロメタンと呼んでおく。
 トリハロメタンは面白い物質で、上水道では発生するが、下水道では発生しないそうである。
 私がいつも参考にしている福岡県大牟田市の処理場に勤めていた人の本によると、下水処理後の水にも有機物はたくさん含まれているし、それを塩素で消毒して川に放流するのだからトリハロメタンが大発生するのではないかと思って実験したら、まったく発生しなかったとある。
 その理由として、水道水には微生物は存在しないので化学反応式どおりにトリハロメタンが発生してしまうが、下水処理水には微生物がたくさんいるので塩素が微生物にくっついてしまって化学反応が起きないのではないか、と推測している。

 のカビくさいというのは、最近そういう水を飲んだことがないのでよく分からないが、夏場に出るようである。カビくささの原因は「2-メチルイソボルネオール」と「ジェオスミン」いう物質だそうで、これもよく分からないので分解してみる。まずは2-メチルイソボルネオールから。
 
 ・2メチル→メチル基(CH)(炭素(C)に水素(H)がくっついたもの。メチルの名はメタンに由来するらしい)
 ・イソボルネオール→食品のミント香料のアクセントとして使われる物質。
 さらにイソボルネオールを分解すると、
 ・イソ→「化学式は同じだが構造が違う物質」を意味する言葉
 ・ボルネオール→別名竜脳。東南アジアに産する植物から取る。香りは樟脳(カンフル)に似ている。

 これは難しい。素人考えだと、「ボルネオあたりで取れる樟脳みたいな香料の分子構造を変えるとミント香料の原料になるけど、そこにメチルっていうヤツがつくとカビのにおいになる」ということだろうか(多分違う気がする)。
 
 もう一つのカビ臭、ジェオスミンは分解するとこうなる。
 ・ジェオ→ギリシャ語で「土」
 ・スミン→ギリシャ語で「におい」
 土のにおい。これは化学的な構造でなく単ににおいを表現した言葉だが、もはや化学式を見てもわけが分からなかったので省略。

 これらの物質はアオコなどの藍藻から発せられる。
 アオコは澱んだ沼などに繁殖する抹茶ミルク色の藻で、これが江戸川の支流などで繁殖しているのであろう。そういえば松戸の六色水路でも見た。これが夏に増えるというのは実感としてよく分かる。
 ところで2-メチルイソボルネオールも、ジェオスミンも、竜脳(ボルネオール)も、樟脳(カンフル)も、果てはメントール(ミント香)もシネオール(ライム香)もリモネン(レモン香)も皆、テルペンという同じ物質の仲間に属するそうである。そういえばスッと突き抜けるような感じが皆似ている。(※2)
 
  アオコ3 アオコ(霞ヶ浦)
 
 のカルキは有名だが、私は勘違いしていた。カルキくさい=消毒用塩素のにおい、と思っていたが、塩素だけではあのようなにおいにならず、水中のアンモニアと塩素が結合するときに出るトリクロラミンという物質のにおいなのだそうだ。
 トリクロラミン。またカタカナだ。しかしこれは分解しなくても理解可能である。アンモニア(NH3)の水素原子の部分(H)が塩素(Cl)に置き換わると、この物質になるのだそうだ。
 要するに江戸川の水にアンモニアがなければカルキ臭は出ない。
 
 アンモニアの発生源は、一つは農業用肥料、もう一つはオシッコである。オシッコは必ず下水処理場か浄化槽で処理されるはずであるが、前に述べたようにアンモニアは除去しにくい。流れ出たアンモニアは一部が分解されて硝酸イオンになり、残りはアンモニアとして流れて浄水場で塩素とくっつく。 
 アンモニアを除去するには脱窒という処理が必要になる。
 脱窒とは窒素分を取り除くという意味で、「アンモニア(NH)は窒素(N)と水素(H)でできているのだからアンモニアから窒素を引き剥がして分解してしまえ」という考え方である。しくみはこう。

アンモニア(NH)→
酸素を吹き込んで細菌に分解させる→
硝酸イオン(NO-)になる→
酸素が入らない場所で嫌気性の細菌に分解させる→
窒素(N)が分離して空気中へ放出
(※3)

 脱窒はこのように複雑な処理を必要とする、つまりコストがかかるので普通の下水処理場はやらない。だから江戸川の水にもアンモニアが多く含まれて、カルキ臭の要因になる。

 この3つの問題を金町浄水場は2つの方法で解決していった。
 一つはオゾンで有機物やアンモニアなどの不純物を酸化して取り除いてしまうこと。
 二つ目は微生物の棲む活性炭に水を通して有機物を分解させること。
 オゾンは作るのに膨大な電力を使うという欠点、活性炭はそれがそのまま膨大なごみになるという欠点はあるが、これでほぼ解決できた。
 しかし現在この方法で作れる水は全体の3分の1なので、残りの3分の2のカビくさい水とブレンドして給水している、これが現状である。
 東京都の報告書を見ると「ほんとは上流でちゃんと脱窒までの高度な下水処理をしてくれるのがいいんだけど、到底無理っぽいから浄水場で水際浄化するしかないんだな」といった意味のことが書いてある。(※4)(平成23年現在。その後平成25年4月24日に金町浄水場は高度浄水処理100%を達成した。)

 金町あたりの江戸川の水質はBODでみると2mg/l程度で、宿河原あたりの多摩川と同じくらいである。にもかかわらずこれを飲み水に使おうとするとこれだけの問題が出る。宿河原で感じたにおいはこの問題を示しているのではないだろうか。
 下水道普及率がたとえ100%になったとしても、不純物を100%除去できるわけではなく、窒素が多いとか、溶存酸素量(水の中に溶けている酸素の量)が少ないとか、医薬品などの化学物質を取り除けないといった未解決の問題があって、BODやCODに表われない汚れのポテンシャルは高いままといえる。これが下水道普及率と見た目の水質とのギャップや、汚水が少し混じるとすぐにドブ川化のスイッチが入ってしまうという現象に繋がっているように思われる。(※5)
 
 坂川を見た後に再び多摩川を歩いて一番驚いたのは、多摩川にも坂川のものと同じ大掛かりな浄化施設がいくつもあるということであった。
 稲田堤より4km下流、平瀬川という支流が多摩川に合流する手前には大きな取水口があり、多摩川の河川敷グラウンドの地下に設けられた巨大な河川水浄化施設につながっている。
 これは窒素分や化学物質を取り除くといった高度な設備ではなくて、単に有機物を分解してBOD値を下げる設備である。まさか多摩川にこれがあるとは。(※6)

 この設備は平瀬川が今よりも格段に汚れていた平成2年に作られたという。建設費17億円、全長1kmに及ぶ巨大地下施設なので、たとえ平瀬川がきれいになったとしても簡単にお役御免にはしないだろうが、多摩川をドブ川にしないためにはこんな巨大施設が必要なのか、と思うほどの広さである。
 松戸と違って川崎は下水道普及率が高いから、などと思っていたのはまったく油断なのであった。(川崎編おわり)

  平瀬川浄化施設


H25.5.10修正 金町浄水場について、戦後建設されたように書いていたが、正しくは大正15年竣工であることが分かったので修正した。これが昭和28年、昭和38年と相次いで緊急拡張し、現在の規模となったものである。間違いをお詫びするとともに、この間違いを考察すると面白いことが分かった。詳しくは、修正用雑記帳11(金町浄水場の建設時期関連)

参考文献:
※1 水道の文化史―江戸の水道・東京の水道 堀越正雄 鹿島出版会刊
 この本によると、戦後から起きていた東京の渇水を解決するために群馬、栃木、埼玉に数多くのダムが計画されたことが分かる。しかしこの計画は遅れに遅れて近年になって建設に取り掛かっているものもあり、これが現在の「いまさらダムなんて要らないんじゃないの」という議論につながる。けれども1981年刊行のこの本ではそのような水余りの予測は片鱗も見られず、水問題の難しさを感じさせる。
(この本の入手にあたっては、Willow River Book Serviceさんにご協力いただきました。)

※2 水道水とにおいのはなし (はなしシリーズ) おいしい水を考える会・編
   上水道における藻類障害 (社)日本水道協会 佐藤敦久・眞柄泰基・編 
   クスノキと樟脳―藤澤樟脳の100年 服部 昭
   フレーバー―おいしさを演出する香りの秘密 広山 均 

※3 用水・排水の産業別処理技術 (ポイント解説) 和田洋六著 東京電機大学出版局
「脱窒してくれる細菌のエサにはメタノールを使う」など、下水処理場のホームページでは教えてくれないテクニックも親切に解説。

※4 金町浄水場の報告書のページ
こんなに複雑なことをやっていれば水道料金も高いわけである。

※5 「多摩川源流域における下水道整備が奥多摩湖の水質問題に及ぼす影響に関する研究」(PDF)寶 馨(京都大学防災研究所 教授) 牧野育代(東北大学環境保全センター 助教)(とうきゅう環境財団HP)
この論文ライブラリーは他にも、上流の河原のキャンプ場で使った合成洗剤が浄化槽で処理しきれずに高濃度で流出しているとか、下水処理場の高度処理で行われている脱窒が河口の干潟で普通に営まれているとか、新事実発見の論文満載で面白い。

※6 「河川環境の整備と保全」(国土交通省四国地方整備局のHP) 
ここに平瀬川浄化施設の巨大さがわかる写真が載っている。


まとめ「川崎のドブ川解消フェーズ」
・フェーズ(合流式時代)
  ドブ川を下水道に転用して悪臭と水質悪化を解消した。
・フェーズ(分流式で汚水管のみ時代)
  合流式だと雨水を捌き切れないので、雨水は既存の水路に流す方式に転換した。
・フェーズ(分流式の雨水管設置時代)
  豪雨を捌ききれなくなって雨水管を追加設置した。
・フェーズ(高度処理時代)
  BOD以外にも解決しなければならない問題があることが分かって高度な下水処理をするようになる。
・フェーズ(水辺感重視時代)
  下水道を整備すればするほど枯川が増えてしまったのでフェーズ4で作った高価な高度処理水を人工のせせらぎ緑道などに流すようになる。
・フェーズ(費用不足時代)
  フェーズ4,5の維持費が高額になりすぎてせせらぎ緑道に処理水を流していられなくなる
(フェーズ5,6は川崎では顕在化していないが東京都区部では長らく問題になっている)。

コメント

非公開コメント

Re: No title

私は「何だよこんなものにも税金使っているのかよぉ」という低次元な感想だったんですが、
畏怖。たしかに。
ドブ川を探検するほどに水を使うことが恐ろしくなります。
そういえば最近、下水道のない山奥の温泉で気楽にシャンプーを使えなくなっちゃって。
まあでも使っちゃうんですけどね。

No title

平瀬川の浄化施設については、全く知りませんでした。これはデカい…。
よくわからないけどどこか巨大すぎて「畏れ」みたいな感覚を抱きます。
末尾の「川崎のドブ川解消フェーズ」もなるほど!って感じでわかりやすいですね!

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大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

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