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36 ヘドロ(前編)

 くさいドブ川は水が汚くてヘドロが溜まっている。
 ヘドロが悪臭と汚染を再生産しているように見える。見るに堪えない。というのは正常な人の場合で、私はどうしても気になってしまって覗き込んでしまう。そしてあるギモンを抱くようになった。

「ドブ川は悪臭とヘドロを生み出していったい何をしようとしているのか」

 ドブ川はもちろん何かの意志があって流れているのではない。
 けれども汚水を元手にして何事かを成し遂げようとしているようにも見える。今までドブ川のにおいとか姿に気を取られていたが、それがどういう結果に向かって活動しているのかが気になってきた。

  さいたま市のドブ川

 これはさいたま市内にある川の写真である。左側にヘドロと茶色い泡、水は濃い灰色に濁っている。流速はきわめて遅く、いわゆる「ドブ川のにおい」がする。
 さいたま市の下水道普及率は87.9%で高いほうだが、さいたま市の南部は水はけの悪い水田地帯だったところに市街地ができたので油断するとたまにこういう川が出現する。
 この川の場合、ヘドロの堆積と茶色い泡がいかにもまずい感じである。悪臭もここから出ているのだろうし、汚染の元凶になっている感じがする。このヘドロを全部掻き出してしまえば川はきれいになるだろうに。私は最初そう思っていたのであるが、だんだんこう思い始めた。

「ヘドロは汚染の元凶なのではなくて浄化過程の副産物なのではないか。」
 こんなことを思ったのは下水処理場のパンフレットを見返していたときであった。下水処理場の仕組みはこうだ。

下水処理場の池 下水処理場


①汚水が流入すると、まず固形物(主にウンコ)を沈めて回収→
②汚水に酸素を吹き込んで水中の有機物を好気性微生物に食べさせる→
③この時出るガスは二酸化炭素なので無臭(ここで上澄みを消毒して放流)→
④微生物が沈殿して「活性汚泥」というものになる→
⑤沈殿した活性汚泥を酸素の入らない槽に送る→
⑥嫌気性の細菌が繁殖する→
⑦嫌気分解によって活性汚泥が減量する→
⑧硫化水素やメタンガスが発生する→
⑨硫化水素は脱硫装置で除去し、メタンガスは発電用燃料として利用する→
⑩減量した汚泥を⑨のメタンガスを燃やして過熱して乾燥させる


 活性汚泥とは増殖した好気性微生物の塊である。下水処理場は水槽の中に酸素を吹き込み続けるので活性汚泥は生きて「活性」したままでいられるが、酸欠(嫌気)状態になると俗にヘドロと呼ばれるものになる。つまり活性汚泥はヘドロの一歩手前の物質といえる。
 ①~⑩をもう少し単純化すると次のようになる。

汚水→好気性の分解→活性汚泥発生→酸欠状態にする→ヘドロになる→嫌気性の分解→汚泥が減る

 すると次のようなことがいえる。
・ヘドロが水を汚しているのではなく、汚水を微生物が分解した結果としてヘドロができる(②⑦の過程)。
・嫌気性細菌はヘドロを増加させるのではなく、分解役として働いている(の過程)。

これはドブ川にも言えることなのではないだろうか。ドブ川の仕組みは下水処理場のそれとよく似ているからである。ドブ川の仕組みはこうだ。 

①汚水が流入する→
②汚水中の酸素を使って好気性微生物が有機物を食べる→
③この時出るガスは二酸化炭素なので無臭→
④酸素を消費し尽くして好気性微生物が死んで沈殿してヘドロになる→
⑤ヘドロが堆積する→
⑥その中に嫌気性の細菌が繁殖する→
⑦ヘドロの中で有機物を嫌気分解する作業が始まる→
⑧硫化水素やメタンが発生する→
⑨大気中に放出


 下水処理場とドブ川には、
・ドブ川には基本的にウンコは入り込まない(のところ)
・下水処理場は酸素を吹き込んで活性汚泥をヘドロにしない機能を持っている(のところ)
・下水処理場は発生したガスを回収する機能を持っている(のところ)
といった違いがあるが、おおむね似た仕組みで動いていることが分かる。

 であれば、ドブ川の「活動」は汚水の有機物を分解するものといえるのではないだろうか。その結果ヘドロを生み出してしまうのは汚水に有機物が多すぎるからであって、その後に登場する嫌気性細菌は有機物を分解する能力自体は高い。
 その過程で硫化水素(H2S)やメタン(CH4)を発生させてしまうが、これらに含まれる硫黄(S)や炭素(C)はもともと汚水中の有機物に含まれていたものだから、これらのガスを発生させる作業がまさしく有機物の分解作業といえる。
 ヘドロはその作業に必要な嫌気的で安定した空間を提供する役割を果たしているのではないだろうか。
 
 植物が無機物から有機物を作り、動物がそれを食べた後、どうしても嫌気性細菌の力を借りなければ元の無機物に戻すことはできない。つまりヘドロやウンコの状態を避けて無機物になることはできない。火で燃やして灰にしてしまえば無機物にできるが、自然界ではふつう火は発生しないので、有機物はウンコやヘドロにならないと無機物への分解というスタートラインに立てない。
 
 ここで実に絶妙なのは、動物が嫌気性細菌の力を借りて大腸でウンコを製造するという仕組みを体内に持っていることである。
 動物は体内に摂取した有機物を無機物に変える仕組みの端緒を体内に持っている。大腸はおそらく排泄物をウンコというコンパクトな形状に納めるためにあるのだろうが、動物は有機物の消費者であると同時に無機物への分解作業の序盤も担う不思議な生命体といえる。
 よってウンコとヘドロは無機物への分解という偉業の一過程といえるのではないか。したがってヘドロをばかにしてはいけないのではないか。

 と私は思ったのであるが、さいたま市のドブ川を見ているとこれが偉業の一過程だとはとても思えない。
下流に向かって歩いても洗剤の泡だらけの排水が流れ込んできたり、似たようなドブ川が合流して水は汚れるばかりで、偉業半ばでついに市境を越えて戸田市に入ってしまう。
 戸田市は川沿いに桜を植えたりして景観向上に努めているが、もう我慢ならないとばかり下水処理場の放流水をこの川に流して汚れを薄めている(※)。
 いくらヘドロが物質循環に不可欠だとか理屈をこねても、やはりこの状態は直観的に我慢ならない。ましてそこに住んでいればなおさらである。

さくら川(戸田市)戸田市は川の愛称も付けて全力でイメージアップに努めている

 しかしここでギモンなのは、なぜこの状態が「我慢ならない」のかということである。この「我慢ならない」という気持ちがあったからこそ下水道という施設が普及したのであるが、なぜドブ川が「我慢ならない」のかと考えると、うまく説明できない。もちろん「くさいから」「汚いから」であるが、ではなぜくさくて汚いと我慢ならないのか。
 くさくて汚いものを避けるのは人間の本能であるが、私が自分の子供で実験したところによると、子供は2歳くらいまではくさいトイレもわりと平気で入る。しかし3歳を過ぎて衛生観念を身につけるとくさいトイレを嫌うようになり、次いで汚いトイレを嫌う。だからくさくて汚いものを嫌うのは多分に衛生観念の問題だと思う。ここに少し深入りしてみたい。

「37ヘドロ(後編)」につづく)


※処理水の放流については戸田市のホームページ(PDF)に、川の汚染状況については菖蒲川・笹目川清流ルネッサンスⅡ(埼玉県ホームページ)の2,7,11,22ページあたりに記載されている。
戸田市の下水道普及率は平成22年度末で85.8%と低くはないものの、荒川沿いの低地という地形的条件からか、汚濁した中小河川を数多く抱えている。
上戸田川という別の支流では、川の水ごと浄化する設備を導入したり、川底に大き目の石を敷いて工夫しているので、その場所はすばらしくきれいになっていたが、その下流で別系統の暗渠管から生活排水が合流してしまうなど、なかなかうまくいかないように見える。

コメント

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Re: 汚泥の処理について

森田様
はじめまして。コメントありがとうございます。私の記事がお力になれたということで嬉しく思います。
実際にビジネスとして取り組んでいらっしゃる方にも読んでいただけるとは望外の幸いです。とはいえ私は素人の観察者ですので、おかしな点を見つけましたらご指摘ください。

私は、「汚水にひたすら空気を送り込んで、好気性微生物のヘドロ化を防ぎつつ、コイなどの魚に食べさせて、それをネコや鳥に食べさせて食物連鎖に中に組み込んでしまえば、最終的に汚泥の発生量は減らせるのではないか」と思っていましたが、ポンプの電気代が膨大である、という視点は私は持っていませんでした。
これは電力事情の厳しいであろうフィリピンで取り組んでいらっしゃる森田様ならではの慧眼です。

好気・嫌気処理の後に虫の力を借りて有用な土にするという取り組みはなるほど、と思いました。汚泥も生物の塊ですから捨てることはないわけで、虫に食べさせて有用な土壌という形に還元していくのは、循環型の処理を作り上げるうえでキーポイントですね。

質問ですが、
1 食品工場で出る汚泥というのは、まず汚水を好気処理したものなのでしょうか。
2 ミミズは好気・嫌気処理した後でないと食べてくれないものなのでしょうか。

草刈をした後に地面に積んでおくと、接地面で白い放線菌が繁殖する一方、ダンゴムシやミミズなどが摂食しているのを見ます。私はこれを見て、「汚水も地面に撒けばダンゴムシやミミズのエサになるのではないか」と安直に思ったのですが・・・

私も森田様のブログで勉強していろいろ試してみたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

汚泥の処理について

2014.06.16.初めて読ませていただきました。しっかりとした内容、御説明、全てなるほどです。当方フィリピンで、生ゴミの資化などを行っておりますが、その中に食品工場の汚泥の利用があります。川か、工場の違いはあれ、仕組みは同様ですが、昨今は好気性状態にするために酸素(空気)を送り込む、電気代金はとんでもない金額です。
汚泥はを乾燥するにしても、大変なコストです。

当方が現地でおこなっているのは、この汚泥を、メタン発酵消化液に投入して、分解させて、液体状にしてから、ミミズ培地、または落葉、雑草などの窒素源にしています。今度は、嫌気性菌を好気性菌の餌に
しているわけです。ただ現状ではメタンを発生させるので、地球温暖化には逆効果ですが、これが集中して発生しているので、集めれば、簡単な燃料になると考えています。

ようやく今週2014.06.16.からフィリピンのguaguaという町で、当方のシステムを
利用する設備の建設が始まります。設備といっても簡単なものです。

非常に勉強と、確認になりました。ありがとうございました。 森田剛 2014.06.16.

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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

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「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
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