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4 ドブ川はなぜくさいのか

下水道普及率map09
下水道普及率(日本下水道協会HPより)

 東京はすでにかなり下水道が整備されているので、古典派ドブ川と呼べるものはかなり少ない。しかし千葉や埼玉辺りに行けばまだまだたくさん保存されている。  

 例えば下水道普及率の統計を見ると、東京都は99.1%、神奈川県は95.5%だが、千葉県では67.2%とかなり下がる。
 その千葉で一番低いのは北東部にある旭市で7.9%。しかしここで早合点してはいけない。この統計には落とし穴があって、下水道がそもそもまったくない市町村は含まれていないからである。千葉県にはそういう市や町が19個あって、このようなところにこそ古典派ドブ川が潜んでいる(※)。

 私がよく行くのは太平洋岸の九十九里海岸である。九十九里海岸沿いは古典派を育む要素を2つ持っている。
 まず下水道がない町がいくつかある。普通、下水道がない町では、家庭の排水を自宅の浄化槽できれいにして排水溝に流すので、理論的には川に汚水が流れるということはない。しかし下水道のまったくない町では、昔から建っている家については、トイレ以外の排水すなわち洗濯や台所の水はそのまま排水溝に流してもよいという法律上の特例があって、これが古典派を生む。  
 
 二つ目の要素は地形である。九十九海岸沿いの平野は、海に打ち寄せる砂が長年堆積しつつ地殻変動で隆起してできた。この砂が海岸と平行な細長い砂丘を何本も作る。すると山側から流れてきた川はこの細長い砂丘に阻まれて、細長い砂丘の間の低地に滞留する。滞留する水は腐る。

 下水道が普及していないことと水はけが悪いこと、これが社会科的な面から見た古典派ドブ川の二大成立要件といえる。
 しかしそれだけでは、いかにしてかくも黒く、臭いドブ川が生まれるのかが分からない。これを解明するには理科的な説明が必要となる。

*  *  *  *  *

 ドブ川には汚さに応じていくつかのランクがある。
 よく、下水道のパンフレットなどでは川を、①イワナが棲めるような川、②コイやフナなら棲める川、③魚の棲めない川、の3段階に分類しているが、実際はもっと複雑である。きれいな川はどこも似ているが、汚いドブ川はバリエーションに富んでいるものだ。あまり仔細に描写するのは憚られるが、汚いドブ川をましな順に並べると次のようになる。

①水は透明だが底に茶色い藻が生えている。においはくさくない。
②水全体が緑色で底が見えない。少しくさい。     
水面

③水は少し濁って底に黒いヘドロがたまり、その上に白い綿のような物体がところどころにできている。くさいが、まれに魚はいる。
④水が白く濁り、水面には油やカスが浮いて、川底全面に白い綿が広がってその下にヘドロがある。強烈にくさく、魚もいない。

 ①②は安心して見ることができるが、④のレベルになると未知の生命体を見ているような気分になる。
 しかしここで橋の上で立ち止まって冷静に考えてみると、この臭いと黒ずみと白い綿の関係がよく分かっていないことに気付く。ドブ川の臭いは水から発しているのか、黒ずみから発しているのか、はたまた白い綿か。
 
 普通、汚れた水を川に流すと、水中の植物プランクトンや魚の栄養分となって摂取されて別の物質に変わる。これがよくいう自然の浄化作用で、次のような作用が働いている。
 
 汚水の中の栄養分+酸素→ (生物が摂取) →熱+二酸化炭素+水
 
 生物は食べた栄養分を酸素で酸化し、熱を発生させる。この熱が生物の生きるエネルギーとなる。汚水が増えるに従って彼らはフル稼働して浄化してくれる。ところがこれには限界がある。水中の酸素が足りなくなって生物が死んでしまうからだ。

 ここで嫌気性細菌というものが登場する。嫌気性細菌とは酸素がない場所でも生きられるタイプの細菌のことで、例えば人間の内臓の中にいる菌はこれである。
 私たちは酸素を吸って栄養分を燃やして生きるタイプの生物なので、生物は酸素がなければ死んでしまうと思っているが、実は生物が生きるために必要なのは熱(エネルギー)である。酸素は栄養分を燃やして熱を得るために効率的なだけで、熱さえ得られれば酸素がなくてもかまわない。だから酸素がない世界では嫌気性細菌が繁殖する。彼らはどうやって生きているのか。

 嫌気性細菌は下水の中に含まれる硫酸塩という物質を分解して熱を得ている。硫酸塩とは硫黄の原子(S)と酸素の原子(O)がくっついたもので、化学記号でいうとSO4 2-と書く。嫌気性細菌は硫酸塩(SO4 2-)の中の酸素原子(O)を分解して取り出し、これを下水の中の栄養分にぶつけて化学反応を起こし、熱を得る。
 
 ところで酸素はともかく、私たちは下水に硫黄を流しているつもりはない。
 ところが硫黄は人間の食べ物に多く含まれていて、例えば飯を炊くとモワーンと出てくるにおい、あれはコメの中の硫黄化合物のにおいである。硫黄を含有する温泉に行くと腐った卵のようなにおいがするが、硫黄泉と腐った卵が同じにおいがするのは当然で、卵には大量の硫黄化合物が入っている。タマネギもニンニクもラッキョウも硫黄化合物を含んでいる。このように硫黄は人間の食べ物の中にあふれているので、これが硫黄化合物や硫酸塩という形になって下水中に排出される。 
 
 前記の化学反応が起きるとき、硫化水素というガスが出る。これは例の卵の腐ったような臭いの有毒ガスで、これがドブ川の悪臭の一因になる。さらに硫化水素は川底の泥の中の鉄分と化学反応を起こして硫化鉄を作る。硫化鉄は黒い色をしている。だからヘドロは黒い。

 それにしても酸素がなくても生きていける細菌がいるということは、地球から酸素がなくなって人間が絶滅してもこれらの細菌は生きていけるということでもある。生命というものはなんと多様な手段を用意しているものかと思う。しかし人類滅亡後の世界がドブ川の底で先駆的に実現されているのだとするとちょっと怖い。

※下水道のない農村には、「集落排水」というミニ下水道を作って排水をきれいにしているところがある。また、下水道がなくても、トイレ以外の排水をきちんと処理できる浄化槽(「合併浄化槽」という)があれば川の汚染は防げる。しかしこれらは下水道普及率のデータには載ってこない。なぜ載らないかというと、「下水道」は国土交通省、「集落排水」は農林水産省、「浄化槽」は環境省の管轄だからという、よくあるお役所の事情のためである。しかしその不合理はお役所も自覚しているらしく、この3つを合算した「汚水処理人口普及率」(=何らかの手段で排水が浄化されている率)というものが発表されている。(H22.7.28加筆訂正)

(おすすめ参考書籍)
社会微生物学―人類と微生物との調和生存 共立出版1992年 ジョン・ポストゲート著、関 文威 訳
人間の生活に硫黄は不可欠。その硫黄は植物から摂る。植物は土壌から硫酸塩を摂る。硫酸塩は細菌の作用によって生成され(ドブのポジションはここ)、そのモトは動物や植物の腐敗物。このように硫黄は地球を循環している、ということもやさしく説明してくれる一冊。

(修正・追記)
修正用雑記帳1:下水道のない地域の下水処理は複雑なことになっているらしく、そのあたりを修正・追記した。

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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

カテゴリ
「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
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