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38 水質汚濁防止法

いつもきれいにしてくれてありがとう 千葉県松戸市内


 千葉県の九十九里町で、豆腐工場が排水を未処理で農業用水路に流していたので経営者が逮捕された、という事件が平成22年にあった。これは私にはギモンな事件であった。
 豆腐工場では大豆を煮てから豆腐製品になるまでにBODで平均約1200mg/lの排水を出すとされている。下水管を流れている下水はだいたい100~200mg/lであるから1200mg/lというのは結構濃い。この工場はそれを浄化処理せずに排水したので捕まった。

 九十九里町の下水道普及率は0%である。
 公表されている資料から推測すると、町内の排水はおおざっぱに見て約15%が集落排水処理施設(集落専用のミニ下水道)で、約35%が合併処理浄化槽で、残り約50%は単独浄化槽で浄化処理されているとみえる(※1)。
 しかし一番最後の単独浄化槽はトイレの水以外は処理できない。したがって、例えば単独浄化槽の家庭の台所で豆腐を作ろうとすると、大豆を煮た汁はそのまま水路や川に流れ出る。これは望ましいことではないが、とりあえず違法ではない。ところが豆腐工場がこれをやると違法になる。

 これはどういうことであろうか。記事をよく読むと「水質汚濁防止法違反の疑いで」とある。この法律がポイントらしいと気が付き、千葉県庁に尋ねてみると果たしてそうであった。
 水質汚濁防止法は昭和46年に施行された法律で、その名の通り海や川の水質汚濁を防ぐことを目的にしている。豆腐工場はこの法律の規制に従って、排水を浄化してから海や川に流さないといけない。
 しかしこの法律の対象は汚水を出しやすい業種の工場だけで、一般家庭は対象になっていない。工場排水による公害を食い止めることを主眼として制定されたものらしく、今に至るまでそれは変わらない。
 一方家庭排水については浄化槽法などで規制されているが、こちらは水質汚濁防止法よりも基準がずっと甘いので「家庭から出る未処理の豆腐排水は合法だが、豆腐工場のそれは違法」というような状態が生じる。(図1「排水という行為」)


 (図1)水質関係の規制は排水先、排水量、排出する物質の種類によって規制の有無が変わるので分かりにくい。
 豆腐工場にしても、排水量が50m3/日未満なら水質汚濁防止法の規制対象外、と思いきや、自治体によってはそれ以下でも規制対象にしていたりする。
水質汚濁防止法の立ち位置 水質汚濁防止法補足

 
 公害や事故など何かまずい社会現象が生じたときにその対策として作られるタイプの法律は、一番コントロールしやすくて効果が見込まれそうな対象物(この場合は工場)から手を付けていくので、どうしてもこういう矛盾を生んでしまうが、この手の法律はえてして個性的で面白い。
 
 水質汚濁防止法で一番面白いのは規制対象(「特定施設」という)を列挙した表(東京都HPにリンク)である。
 特定施設は特に汚水を出しやすい業種を列挙したもので、豆腐製造業もここに入っている。豆腐製造業の他にも水産加工品、しょうゆ、砂糖、飲料、油脂、でんぷん、めん類など各種の食品製造業、石けん製造業、印刷業、畜産業、ガラス製造業、セメント製造業など数々の業種が列挙されている。
 
 この表で私の目を引いたのはNo.71の自動式車両洗浄施設、つまり洗車機の項であった。「バスの車庫は川沿いに多い」という話を以前聞いたことを思い出したからである。誰からそんな話を聞いたのかというと、暗渠になった川を訪ね歩く人(※3)からである。
 彼らは、というか実は私も同類なのであるが、地下に埋もれた川を探す時に「川沿いによくある施設」を手掛かりにする。例えばある場所に銭湯やクリーニング店が集まっていればその近くには以前川が流れていた可能性が高い、とあたりをつける。いきおい、川沿いにどんな施設が多いのか詳しくなる。そんな彼らが「川沿いにはバスの車庫が多い」というのである。

 西武バスの車庫西武バスの車庫(さいたま市 ピンボケだが奥にバス、左に洗車機、手前に川)

 これを聞いたときはバスの車庫と川とどういう関係があるのかよく分からなかったが、洗車機が特定施設になっていることを知って合点がいった。バスの車庫には洗車機があり、これが水質汚濁防止法の規制を受ける。
 洗車機は一見ひどい汚水を出すようには見えないが、乗用車を濡れ雑巾で拭くと雑巾が5枚くらい真っ黒になるから水質的に要注意の施設なのであろう。注意してドブ川を歩いてみると、タクシー車庫とコイン洗車場とガソリンスタンドも多かった。洗車機絡みの施設は川のそばにあると言えそうである。
 
 次に目を引いたのはNo.67の洗たく業、つまりクリーニング店である。洗剤混じりの排水とドライクリーニングの有機溶剤が警戒されているのであろう。クリーニング店も川沿いに多い。
 続いてNo.23-2の印刷業。文京区音羽には印刷工場が立ち並ぶエリアがあるがここには谷端川という川の暗渠が眠っている。No.66-2には旅館業がある。確かに旅館は川沿いに多い。田舎の旅館に泊まると玄関は街道沿いだが裏手は川に面していたりする。
 この表はひょっとして「使える」のではないか。特定施設の表を使えば川沿いにありそうな施設などたやすく特定できるのではないか。
 
 例えば暗渠に詳しいある人(※4)は「川沿いにはラムネ工場が多い」と書いているが、その理由もこの表を使えば解ける。表を見るとNo.10の項に飲料製造業がある。飲料工場の排水は糖分が濃くてBOD値が高すぎるので特殊な排水処理装置でないと処理できない。
 しかしラムネは昔の飲み物である。昔の飲料工場には高性能な処理装置は付けられなかったであろうから、「水処理に難あり」ということで排水しやすい川沿いに立地したであろう。
 
 しかしラムネは今はメジャーな飲み物ではないので、ラムネ工場はなくなってしまってもおかしくない。ところがうまい具合に「分野調整法」という法律があり、この法律が中小企業の多いラムネ製造部門への大企業の参入を制限している。この法律のおかげでラムネ業界では中小の工場が生き残りやすくなる。よって今あるラムネ工場は昔の生き残りである可能性が高い。つまり古い中小工場が昔の立地のまま残る。すると、

 ①ラムネが昔から飲まれた飲料であること、
 ②排水のBOD値が高いこと、
 ③大企業が参入できない


という3つの要素によってラムネ工場の川沿い立地の謎が解き明かされる。
 
 気をよくした私は次に病院がないかどうか調べてみた。
 私の見たところ、病院は川沿いに多い。確かに病院、特に手術を要するような診療科目は処理の難しい排水を出しそうである。現代の病院は使い捨ての医療器具と最新の浄化槽と下水道に頼ることができるが、昔はそうはいかない。感染リスクを押さえ込むには何でも洗い流して素早く排水することが不可欠であっただろう。果たして特定施設の表を見るとNo.68-2の項に病院がある。
 
 ところがここで対象になるのは病床数300以上の病院だけであった。
 300床というと結構な大病院である。これは私の感覚とは少し違う。川沿いに見かける病院は小さいものが多い。この表によれば小さい病院は水質汚濁防止法的には問題視されることはないはずなのに、川沿いに立地している。これはどういうことなのだろうか。
 
 しかも冷静に考えてみると、特定施設が川沿いに立地する理由というのもよく分からない。水質的に要注意の施設を川沿いに持ってきても排水がきれいになるわけではないからである。
 病院やバス車庫やラムネ工場やクリーニング店を川沿いに持ってきても、水はけが良くなって衛生的になるという利点があるくらいで排水自体はきれいにならない(※)。そうであれば水質汚濁防止法の特定施設になっていることとその施設が川沿いにあることの間に直接的な因果関係はない。いいツールを見つけたと思ったがだめだったか。
 
 病院やクリーニング店などが昔、排水をどのように処理していたかという資料はなかなか見つからない。
 専門書にも業界紙にも載っていないし、当事者にも尋ね難い。失礼な感じがするし、相手も聞かれたくないであろう。失礼を承知で訊くと彼ら自身も分からなかったりする。私の母親は長らく病院勤めをしていたが、排水のことは全く知らなかった。では保健所なら知っているかと思って訊くとそうでもない。
 
 なので自分がクリーニング店の経営者になったつもりで考えてみた。
 もし川から遠く離れた場所にクリーニング店を作ったらどうなるか。下水道がなかった時代は、排水は家々の前の側溝をダクダクと流れ去ることになる。その側溝は現代のコンクリート流し込み仕上げの暗渠ではなく、はめ込み式の蓋暗渠でもなく、開渠である。これは目立つ。
 流されるほうも何が混じっているか分からない排水が家の前を通れば苦情も言いたくなる。だから川沿いに病院やクリーニング店を作るのは水質の解決にはならないが、苦情対策にはなるであろう。
 明治13年に神奈川県が制定した「温泉及び洗場営業規則」にはこのような条文がある(※6)。

「第5条 浴場下水ハ大下水ニ連続セシメ大下水ナキ場合ハ溜桝ヲ設置スヘシ」

 大下水とは、今で言う下水幹線のことで、要するに浴場下水を側溝に放流することを禁じて下水幹線に直結するよう定めている。当時は下水幹線のある都市はわずかしかなく、下水幹線はあっても下水処理場がないから海に垂れ流しであるが、少なくとも往来の人に触れないようにする効果はある。

 するとこれは煙突と同じ発想なのかもしれない。
 高い煙突を作ることは大気汚染の解決にはならないが、低い煙突で煙が地上を這うよりはマシである。実際高い煙突を作ることは100年くらい前は優れた公害対策であった(※5)。ドブ川は下水道普及前夜における「水の煙突」なのではないか。
 川沿いでよく見かける銭湯と美容室も水質汚濁防止法で規制されてはいないが、「水の煙突」理論で見れば納得である。お湯やパーマ液混じりの水を流すので苦情対策はぜひとも必要である。こうしてみると、次のようなことが分かる。
 
 ・浄化槽法の規制も甘いが、水質汚濁防止法も結構甘い。
 ・したがって法律で規制されていなくても、苦情対策的に「水の煙突」が必要な施設はあって自主的に川沿いに立地した。
 ・現在川沿いにある特定施設は下水道普及前のそのような立地を引きずっている。

 
 ドブ川を「水の煙突」と考えると、コンクリート三面張りの構造も非常に納得がいくし、上部に蓋をして四方を囲った暗渠にしてしまうという発想も違和感がない。


(参考)
(※1)九十九里町汚水適正処理構想 平成22年度 九十九里町 
・7ページの表によると、同町のうち人口比で15.0%の地域は農業集落排水設備(ミニ下水道)が整備済みである。
・一方その他の地域には合併浄化槽が2500基設置されているのでこれを世帯数7116で割ると35.1%。
・よって両方ともない世帯(=単独浄化槽しかない世帯)の比率は、100-15.0-35.1=49.9%と計算される。
・ただし母数にした世帯数の時点が異なっていたり、工場や事業所の扱いを考慮していないのであくまで目安程度の計算である。

(※2)飲食店(ラーメン・中華)の排水等に関する調査結果 千葉県環境研究センター年報 
放流水のBODが平均2100mg/lという調査結果は衝撃的である。

(※3)東京peeling! 暗渠周辺の施設を解析して「ANGLE」システムを構築し、解析を観光化するという未知の領域に踏み込みつつあるサイト。

(※4)
暗渠さんぽ いつも暗渠のそばの食堂にふらふら入ってしまいながらも視点が鋭いサイト。

(※5)『ある町の高い煙突 (文春文庫 112-15)』新田次郎 明治時代の茨城県日立市がモデル。銅の精錬で出る排煙で被害を被った地元で、ある青年が公害防止のために奔走する。新田次郎は自然破壊をテーマにした作品がいくつかあるが、重いテーマながらどれもストーリーが面白い。

(※6)横浜下水道史 横浜市下水道局 平成5年

水質汚濁防止法特定施設(東京都環境局のホームページ)

コメント

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Re: No title

ラムネ工場はそんなに水を使うのでありますか!しかも繁忙期があると。やはり夏ですかね。貴重な情報ありがとうございます。ラムネ続編楽しみにしてます。銭湯排水プール、私も入りたいです。おもちゃの船とか浮かべたい。

No title

こんにちは。ご紹介有難うございました。というか、紹介文にニヤニヤしてしまいましたw
法律からのアプローチというのは自分には思いつかない・・・さすがです。わたしも「水の煙突」発想に痺れました。煙突かぁ~。
最近行った某ラムネ工場では、繁忙期は水をじゃーじゃー流しっぱなしだと仰っていて、小さな工場でしたが排水量はさぞ多いのだろうと思いました。銭湯然り、排水は質的にも量的にも問題だったのでしょうかね。

いっぽうで、根津の銭湯(やや高めの位置)が側溝に流していた排水(湯)に、冬になると子どもたちが長靴で入って浸かっていたという記述も読んだことがあります。ほかの下水が入り込まず、淀まず流れる銭湯排水だったら、自分もちょっと触ってみたくなるかもしれないなー、なんて思いました。

Re: No title

東京peeling!での紹介どうもありがとうございました。
私は最初「バス車庫?」「ラムネ工場???」という感じだったので、この発見は暗渠ハンターの皆さまの賜物であります。産廃施設、これはノーチェックでしたが、確かに産廃施設の水処理は大変そうですね。涼しくなってきたし、産廃施設を巡る旅に出たくなってまいりました。夏の産廃処分場は暑いですからね。

No title

(あ、まちがえてコメント欄でなくメールでお送りしちゃいました;;;)
身に余るようなご紹介をいただきまして、恐縮です;;;
「水の煙突」という考え方はとても刺激的で面白いです。またまた考えるきっかけをいただきました!! 
そしてこの規制対象の資料も大変ありがたい!71の続きの産廃施設関係もなるほど、と思いました。やっぱり産廃施設も多いんですよね。なるほどこれは腑に落ちました。

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Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

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