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41 アユとコイ(後編)

40 アユとコイ(前編)からつづく) 

 魚と水質の表をよくみると、あることに気がついた。
 最も汚れに強いと思っていたコイ・フナのさらにその下にドジョウという項目がある。

  水質と魚の関係


 ドジョウの生命力は驚異的でBOD10ml/L、溶存酸素も2mg/Lで生きられるという。コイ・フナのさらに上をいく。父の証言によれば、田んぼのドジョウは収穫前に水を抜くと泥の中に潜って生き延びるという。どんなハイテクを使うと泥の中で生きられるのか。
 これも前章の要素①~③にあてはめて整理してみる。

 要素①(BODの問題)
 ドジョウはコイ・フナよりも格段に高いBOD値でも大丈夫。 
 要素②(溶存酸素量の問題)
 ドジョウはコイ・フナよりも格段に少ない溶存酸素量でも大丈夫。 
 要素③(澱みの問題)
 ドジョウは澱んだ水どころか泥の中でも大丈夫。

 これに対する推測はちょっと思い浮かばない。よって図鑑や他の人の研究成果を借りることにした。このうち、大分県の三重総合高校自然科学部の研究結果はなかなか秀逸で、いっぺんに謎が解けた。

 回答①(BODの問題)
 ドジョウはアカムシを好んで食べるが、これをにおいで探している。コイ・フナも嗅覚が発達しているがドジョウの嗅覚はもっと発達している。
 回答②(溶存酸素量の問題)
 ドジョウはエラ呼吸もするが、腸でも呼吸できる。酸欠になると水面に顔を出して空気を吸い、腸で酸素を吸収する。
 回答③(水の澱みの問題)
 ドジョウは寒さと外敵からの回避のために、濁った水や泥を積極的に利用している。腸で呼吸するので泥の中の穴でも呼吸できる。
 
 ドジョウが腸で呼吸していたとは知らなかった。「ドジョウが出てきてこんにちは」という童謡のドジョウは、坊ちゃんに挨拶しているのではなくて酸欠で腸呼吸していたのか。
 腸呼吸の原理は知らないが、肺呼吸にしてもエラ呼吸にしても「二酸化炭素だらけになった血液の流れる毛細血管を酸素にさらして酸化する」という仕組みは同じなので、それが腸でできたとしてもおかしくはない。
 したがってドジョウは空気中でもしばらく生きられるという。これは魚類にあるまじき斬新な呼吸法である。ドジョウの腸呼吸は、陸上生活する両生類や昆虫の呼吸法につながる革命的な進化のように思える。
 
 ここまできたらもうひとつ確かめたい生物がある。ボウフラである。
 水中の溶存酸素量が2mg/Lを切るとドジョウでも生きられない。その先はボウフラや嫌気性細菌の世界になる。 
 嫌気性細菌はわかるとして、ボウフラは酸素呼吸する高等生物である。
 よく知られているとおり蚊の幼虫で、水の中に棲む。沼や水たまり、竹の切り株にも生息できる。近縁にあたるハエが水洗便所の普及で激減したのに対し、蚊は下水ますの溜まり水という現代インフラへの適応で圧倒的な勢力を維持する。
 ボウフラはなぜ窒息しないのだろうか。ボウフラはドジョウの腸呼吸以上に高性能な呼吸システムを持っているのだろうか。
 これを解明するのは厄介である。魚は水族館というものがあるが、虫の博物館はあまりない。図鑑を見ても蚊に割かれているページはあまりに少ない。人気者のチョウやカブトムシにページを奪われている。
 
 しかし世の中には害虫を専門に研究する奇特な研究者もいて、数少ないそうした人の著作を読むと以下のことが分かった。

 ・ボウフラのうち、エラで呼吸をするのはユスリカの幼虫のボウフラだけである。
 ・ユスリカのボウフラはエラと高性能な赤血球を持っているが、コイ・フナが棲める程度にきれいな水でないと生きられない。
 ・成虫のユスリカは人を刺さないが、蚊柱を作るので嫌われて駆除の対象になる。
 ・ユスリカでないその他大勢の蚊のボウフラはお尻に呼吸器があって水面上に突き出して空気中から酸素をとっている。

 
 ボウフラは空気中から呼吸しているのであった。
 これなら汚水の有機物だけいただいて呼吸は空気中から、といういいとこ取りが可能になる。すばらしい。できれば成虫も人間の血など吸わずに汚水を吸って自活してほしい。
 こうしてみるとまるで生物の進化を見るようだ。汚れた水が水中の生物の陸上生活化を促したようにも見える。もしかすると魚も棲めない腐水域が陸上生物のゆりかごだったのではないかとさえ思える。仮にそうであるならば、私がドブ川を覗き込むのも祖先のゆりかごの神秘に近づきたいという崇高な意識の表れといえる。
 きっとそうにちがいない。 (おわり)


(参考文献)
川の魚』 末広恭雄 ベースボールマガジン社 平成7年 淡水魚の本は「川をきれいにしましょう」というメッセージを盛り込みたいあまりに、肝心の生物学的解説が不十分なことが多いが、この本は満足のいく内容である。

虫たちの生き残り戦略 (中公新書)』 安富和夫 中央公論新社 平成14年


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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

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