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46 しょうゆととんこつ(前編)

塩ラーメン ラーメン(塩)

 ラーメンは内容物の原価のわりに販売価格が高いのではないか、と言う人がいる。(※1)
 私もそう思う。麺とスープと具だけで700円くらいする。
 そのくらいの価格でこだわりの味を楽しめると考えれば安いが、こだわらないラーメンでも500円くらいはする。この価格は、もっと具が多いカレーや牛丼よりも高い。
 その一方で「ライスは無料」というサービスがある。無料でない店も100円程度で注文できる。あれはあれで不思議な安さである。
 
 とはいうものの、そのことに特に不満があるわけでもないので、私も人並みにラーメン屋に行く。そしてこの二つの違和感、すなわち「ラーメンの高さ」と「ライスの安さ」に潜むラーメン問題に気付いたのであった。
 
 冬のある日、ある田舎町のラーメン屋に行った。田舎はラーメン専業が少ないので、正確にはラーメンの提灯を掲げている中華料理屋である。
  ラーメン屋の前にショーウインドウがあり、メニューをじっくり見る。

「?」

 ドブのにおいを感じる。
 見ると私の足元にコンクリート製の蓋のかかった側溝があり、そこからにおいが出ている模様である。ただしそれほど強くはない。私の鼻が敏感だから感じるのであって、一般の人なら気にならない程度の臭気である。
 側溝は道路沿いに立ち並ぶ商店の前を貫かれている。
 そこでメニュー選びを中断して側溝に沿って歩いてみる。食料品店や事務所や住宅がちらほらする、閑散とした田舎の商店街である。特ににおいはなかった。しかしやはりラーメン屋の前に戻るとにおう。
 私はこのラーメン屋に興味を抱き、店内に入ってラーメンを注文した。
 
 ラーメンはうまかったが、油ギトギトのスープが残った。
 このスープも飲みたいが飲むわけにはいかない。ラーメンのスープには油と塩分と化学調味料が大量に入っている。麺は食ってもスープは飲むな、とラーメン通の友人からきつく教えられている。
 そこで未練がましくスープを数口啜っては眺めた。そして思った。
「このスープはどこへ行くのだろうか」
 
 この地域には下水道がない。となれば排水は浄化槽で処理することになる。
 問題はこの浄化槽が単独浄化槽(厨房排水を処理できない)か、合併浄化槽(処理できる)かであるが、店舗の建築が古そうなので単独浄化槽であろう。単独浄化槽は合併浄化槽に替えるべし、と法律には書いてあるが、費用がかなりかかるので建て替えでもしない限り強制はされない。ここもおそらくそうであろう。
 
 しかし飲食店の場合は、日量ベースで50m3以上の排水を出す場合は水質汚濁防止法が適用となり、BODで160mg/L未満(かつ一日平均で120mg/L未満)の水質に抑えなければならない。
 一般に河川の水質はBODで5mg/L程度をクリアできるかどうかというレベルが問題になっているので、160mg/Lという規制値は緩すぎるのであるが、水質汚濁防止法の適用対象になっていればとりあえずBOD値で160mg/L以上の排水は出せないことになっている。
 
 ところが全ての飲食店がこの法律の適用対象になるわけではない。
 水質汚濁防止法には「日量ベースで50m3以上の排水を出す場合」でないと適用対象にならないという条件があるからである。50m3とは50000L。これ未満の排水量だと対象外になる。50000Lというのは結構多い水量である。
 風呂洗濯トイレも含めた一般家庭の使用水量は一人一日あたり約300Lくらいとされるからその167倍。業務用ということを考えても多い。
 飲食店は小規模なものが多いから、したがって、もともと緩い水質汚濁防止法の基準さえも適用されない飲食店が多数存在するという構造が生まれてしまう。
 
 それはまずいということで、多くの都道府県ではこの「50m3」を20m3や30m3に引き下げて、水質汚濁防止法の適用対象施設を広げる条例を作っている。対象を広げる度合いは、湖や湾などの汚れやすい水域を抱えているかどうかで変わるようであるが、それでも日量ベースで排水量が20000Lや30000L以上ということであり、おそらくこのラーメン屋レベルの規模だと対象にならない。そういうことでは困る。
 
 ということで、ラーメン屋の床下には、グリストラップという装置を付けることになっている。
 グリスは油、トラップは捕集器、つまり「油捕集器」。油は水より軽いのでそっとしておくと上に浮かび、それが冷えると固まる。グリストラップはこの仕組みを利用して排水中の油を取り除く装置である。これがあればスープから油だけを取り除ける。
 
 しかしそれはきちんと掃除していればの話で、捕集された油をこまめに取り除かないとグリストラップが機能せずに油垂れ流しになってしまう。
 グリストラップの掃除は悪臭を発する汚泥と格闘する大変な作業なので、ついつい掃除を怠りがちになる。私が学生の時にバイトしていたハンバーガー店にもグリストラップがあったが、格闘したくないのでいつも逃げていた。件のラーメン屋前のドブのにおいは、おそらくその結果であろう。
 
 グリストラップの図解(さいたま市のHP) ※2
 
 私はラーメン屋の排水処理が急に気になりだした。そして下水道普及率の低い街のラーメン屋を食べ歩いた。
 変な食べ歩きであるが、これはわりと難しかった。ラーメン屋は都市の繁華街に多い。そういう場所には下水道がある。下水道のない街に行くなら田舎に行けばいいが、そういうところにはラーメン屋よりもスナックが多い。
 
 そんな中、ある街でとんこつラーメンの店に出くわした。
 とんこつは強敵である。一般にラーメンスープのBODは27000mg/Lくらい(※3)と言われるが、これはおそらくしょうゆラーメンの場合で、油こってりのとんこつスープはこれをかなり上回ると考えられる。このラーメン屋の地区は下水道がなく、しかもこの店は人気が高い、つまり排水量が多いので水質汚濁防止法のクリアが絶対条件となる。
 
 果たしてどうしているか観察すると、店の前に大きな駐車場があり、浄化槽のマンホールが見えた。駐車場の下に大型の浄化槽が埋め込んであるようだ。浄化槽の設置費は家庭用なら100万円台で済むが、業務用だと1000万円位は軽く超えてしまう。この規模の浄化槽を設置するのはさぞかし大変だっただろうと思いつつ、とんこつラーメンを注文する。750円と安くはなかったがうまかった。
 ここで冒頭の違和感の一つ、ラーメン価格の高さの理由に気づいたのである。
 
 ラーメンの価格は排水処理コストを含んでいるのではないか。
 排水処理コストとは、
  ①浄化槽やグリストラップの設置費用
  ②浄化槽に空気や水を送り続けるポンプの電気代
  ③点検代
  ④発生する汚泥・廃油の処理費用
  ⑤浄化槽のポンプやファンベルトなどの修理代

の合計である。特に①と④の費用が高い。
 
 これを商品価格で回収しなければならないからラーメンは高くなるのではないか。
 飲食業は食事を提供して対価を得る商売である。だから排水処理コストがメニューの価格を左右するなどという現象は本来おかしいのであるが、ラーメンに限ってはこれが成立する気がする。
 
 なぜならラーメンは他のそれにはない特徴、すなわちスープを残すことを前提に作られるという珍しい仕組みを持った食品だからである。
 スープを伴う料理はいろいろあるが、例えばコンソメスープはそれ自体が食べ物なので食後に残らない。ちゃんこ鍋はスープは残るがおじやにして食べることができる。そばやうどんは汁が大量に残るが、脂分はないのでひどいことにはならない。

 かけそば かけそば
 
 しかしラーメンはそうはいかない。しかも作るほうからして、飲まれないことを前提として塩分と油たっぷりに作る。それがほとんど残されて捨てられる。それを、浄化槽や下水処理場で膨大なエネルギーをたっぷり使って分解する。下水に流す前に一部はグリストラップで捕らえられるかもしれないが、回収された油は廃棄物になる。ラーメンはこの繰り返しを前提にしている。
 
 これは率直に言ってもったいない構造である。お金を出して購入したスープを捨てて、お金を掛けて処理するという点が決定的にもったいない。しかもこのラーメン構造は、今まで特にギモンに思われることもなく日本の食習慣と一体接合している。これでいいのか。
 
 ということで私はラーメン排水について調べることにした。まずもっとも基本的かつ難しい問題すなわち、
「なぜ油を流しに流してはいけないのか」
から取り掛かる。
 
 このことは下水道局もよくPRしていて、油を下水管に流すと内部にこびりつく、BOD値が高いので処理に手間がかかる、というのが彼らの言い分であるが、それ以上のことはパンフレットにはない。
 すなわち、「なぜ油が固まりやすくてBODが高いのか」を説明してくれない。こういうことでは困る。ここをよく説明してもらわないと正しいラーメン排水探求方針を立てることができない。
 
 ということで本を買ってきて調べた。分かりやすさを優先して書くので学問的には多少不正確な記述になるがお許しいただきたい。
 まず、油は正式には脂質という。脂質は炭素(C)と水素(H)と酸素(O)の複雑な結合で成り立っている。炭素と水素と酸素が複雑に結合していると言う点では糖質(砂糖など)も同じであるが、脂質は次の3つの点が違う。
 ①水に溶けない
 ②分子中に炭化水素(CH)を多量に含む
 ③燃焼(酸化)させると糖類よりも多量のエネルギーを生む
 
 
 ①②③は互いに関連していて、
  ・水に溶けない(①)のは、脂肪酸という水に溶けにくい物質を含むからで、
  ・その脂肪酸は炭化水素(CH)を大量に含む(②)
  ・炭化水素(CH)は酸素(O)を含まないので、多くの酸素と結合(酸化≒燃焼)することができ、COやHOを発しながら多くのエネルギーを生む(③)
 
 よって脂肪は少ない量でもカロリーが高い。人間の細胞膜は脂質を多く含むが、これは①の水に溶けない性質を利用したものであり、ガソリンが自動車の燃料として使われたり、人間が体内に脂肪を溜め込むのは③の性質を利用したものである。
 
 しかし、これを川に流すとすべてが裏目に出る。
 水に溶けないのでどこかにこびりついて取れにくく、分解(酸化)するのに大量の酸素が必要なので、例えば好気性の微生物が脂肪を食べて水や二酸化炭素に分解されるまでに多くの酸素を消費する。
 分解するのに多くの酸素が必要という点では糖類も同じであるが、脂肪は分子中に酸素を少ししか含まないので、外から取り入れるべき酸素量が桁外れに多い。
 
 そのようなわけで、油混じりの排水を流すと、水中の好気性微生物はすべての油を分解しきる前に水中の酸素を消費しきってしまい、酸欠状態となる。すると代わりに嫌気性細菌が台頭して硫化水素(HS)などを発する。硫化水素を構成する水素(H)と硫黄(S)のうち、硫黄は脂肪には含まれないが、タンパク質には含まれることが多いので硫化水素は簡単に発生し、ドブ川誕生となる。
 
 あろうことかこれがうっかり流されやすい。
 なぜ油がうっかり流されやすいかというと、ひとつには、その分解の困難さと人間側の衛生観念にズレがあるからだと思う。例えばトイレ排水とラーメンスープを比べたとき、汚く感じるのはもちろんトイレ排水である。
 しかしそれは、人体に有害な病原菌がいるかどうかという観点からのものであって、分解の困難さから言えばラーメン排水のほうがはるかに困難である。
 トイレ排水に含まれるウンコは人間の体内で酸化燃焼や大腸内での嫌気性分解を経ているから分解がかなり済んでいるのに対し、ラーメンスープは分解のスタートラインにも立っていない。よってラーメンスープはトイレ排水よりもたちが悪いはずなのであるが、ラーメンスープは病原菌を含まないので本能的に汚いとは感じない。
 ラーメン排水はこの錯覚の中で放置されているといえる。錯覚を解くためにはラーメン排水の分解の困難さを調べる必要がある。(「47 しょうゆととんこつ(後編)」につづく)


<参考にした書籍>
生物を知るための生化学 池北雅彦 榎並勲 辻勉 丸善2005年
ブックオフで売られていたこの書籍は、大学1~2年生向けのテキストとして使われていたように見受けられる。この本は「タンパク質とは何か?」「どうして生命に水は必要か?」、「生命にとって金属元素はなぜ必要か?」など次々に易しく解明していく。医学の基礎としてはもちろん、ラーメンスープの研究や効率的なダイエット方法の探求にも使える、かなりお値打ちな書籍といえる。

<参考にしたウェブサイト>
※1 apalog 
本章のきっかけになったブログ。「ラーメンは高い」という記述に共感して読み始めたが、その高価格戦略をアパレル業界に応用しようとする発想に刺激されて、私もラーメン価格からドブ川を考えてみた。

※2 「飲食店の皆様へ」(さいたま市のHP)
人間はこんなにもアブラを流しているのであるか、と絶句するページ。汚泥のキャラのイラストにさいたま市の本気度が表れている。

※3 静岡県の環境学習用HP 
ラーメンスープのBOD値は測定者によってまちまちであるが、おおむねこの前後ではないかと思う。


 <目次にもどる>

コメント

非公開コメント

Re: No title

ひぃさま
お褒めのコメントありがとうございます。
開業にあたって浄化槽のことをチェックされるひぃさんに頭が下がります。あれから私の浄化槽グルメもますます磨きがかかり、風光明媚な、しかし下水道のない観光地の飲食店排水が、ドブ川観察的に狙い目だということも分かってきました。
私の見たところですね、排水管理をきちんとしている飲食店は嫌なにおいが店内外に漏れることもなく、そこはかとなく居心地いいものです。
ひぃさん、飲食店成功お祈りしてます!

No title

スゴいですね。
いや、飲食店開業の候補地に、浄化槽の設置が必須である場所もあったのでちょっとこのページを目にしました。
全国の飲食店経営者に読ませたくなる、素晴らしい記事でした=3=3

Re: こうきたか!

最大級のお褒めにあずかって光栄です。
が、私も「まさか排水をたどって食べ歩きをするとは・・・」と思いました。
いままでは看板やメニューを見て食べ物屋に入っていましたが、今は浄化槽のマンホールを確認して入店します。食べログやミシュランがこの分野に進出してくる前に、この新ジャンルを堪能し尽くしましょう?

こうきたか!

タイトルや冒頭を読んで、俊六さん研究対象が変わったかと思いましたがまさかこう来るとは!
写真だってラーメンとかけそばだけなのに、見事にドブの話w ドブに対する視点が拡がるおもしろいお話ですねー。

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大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

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「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
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