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48 ドブ川の水源としての側溝

ravin_bois (京都府宮津市)

 ドブ川の水源をたどると、最終的に住宅地の道路側溝に化けることが多い。
 開渠のドブ川→暗渠の開口部→水路敷地が明確な暗渠→道路と一体化してマンホールだけが存在を主張する暗渠→道路側溝しかなくなる
 という形で化ける(※1)。
 側溝は道路のある限りあちこち張り巡らされているから、どれが水源なのかは正確には分からない。そこで一番標高が低い位置を通る側溝を見て、「これが水源であろうな」と推定する。私のドブ川探索はそこで終わりである。

 側溝は正式には河川でも水路でもなく、道路の構造物の一部ということになっている。
 したがって私も側溝は「ドブ川」として捉えてはこなかった。
 
 自然河川(河川敷のある河川)>ドブ川(主に準用・普通河川・水路・公共溝渠)>側溝

 という序列が私の中にあり、「側溝とドブ川は違う」という区別をしてきたためでもある。
 しかし水の流れは継続しているし、例えば大きな側溝と細い水路の間には機能的な差異はほとんどない。そのうえ側溝はドブ川の最上流部を担っていることが多いので、だんだん気になってくる。
 そのようなわけで私は側溝に興味を抱くようになった。すると妙なことに気付いたのである。
 
 道路は雨のときにしっかり排水できないとスリップ事故の元になるので、それを防止する目的で側溝を設ける。道路の側溝は本来このためにある。
 したがって、側溝には住宅の下水を流してはいけないことになっている。
 道路の技術資料を読んでも、雨量の計算については詳しく書かれているのに、下水の流入量の計算については一切触れられていない(※2)。下水の流入はあってはならない事態であり、したがって想定してはいけないことになっていると見える。
 では、晴れた日に側溝を流れる泡だらけの水は何なのか?
 
 この妙な現象の原因は調べるとすぐに分かった。
 側溝に排水を流すことを全面禁止にすると、下水道のない地域では河川か水路に面したところにしか家を建てられないことになる。

 それでは困るので生活道路の市道などは「やむを得ない場合に限って」流してよいとする特例がある。側溝を流れる水はこの特例に基づいて滴下されるもののようである(※3 ※4)。
 調べた限り、この特例は市道には多く設けられ、県道にはあまりなく、国道はほとんどないように見受けられた。回りくどいことであるが、こうしないと収拾が付かなくなるのであろう。
 
 側溝の形態は、昔は開渠が多かったが、落ちると危ないのでやがて蓋掛が多くなり、しかし蓋掛は車重で破損しやすいということで、現在は暗渠の埋設管が主流になっている。暗渠はドブさらいができないのが難点だが、今は集水桝からバキュームで吸い出す機械があるので問題ない。
 
 設置場所は多くのパターンがある。

A車道と歩道が縁石で分かれていない道路の場合
A1道路の端に側溝(開渠)を設けるパターン
     ravin_a1 (埼玉県白岡市)

A2道路の端に側溝(蓋掛)を設けるパターン
     ravin_a2-1 (兵庫県豊岡市)

A3道路の端に側溝(暗渠)を設けるパターン
     ravin_a3 ravin_a3-dd
     (左:通常型(愛媛県宇和島市)、右:開渠の下に暗渠を配したダブルデッカータイプ(大阪市淀川区))

B車道と歩道が縁石で分かれている道路の場合
B1 車道の端(エプロンという)の直下と歩道の端に側溝を通すパターン。車道部分は暗渠、歩道部分は蓋掛にする場合が多い。 
     ravin_b1 (愛媛県宇和島市)

B2 エプロン直下だけに側溝(暗渠)を通し、歩道には設けないパターン
     ravin_b2(東京都中央区)

B3 歩道の直下だけに側溝(蓋掛)を設けて、車道に降った水はエプロンに設けた集水桝で経由で歩道直下の側溝(蓋掛)に流し込むパターン
     ravin_b3-1 ravin_b3_dessine
(左:通常型(岐阜県中津川市)、右:歩道拡幅のために敢えて歩道のマンホール暗渠に雨水排水を統合したタイプ(エプロンの四角いグレーチングで集水する。車道のマンホールは汚水用。 神戸市中央区))

Cその他
C1 どちらにも設けないパターン
     ravin_c1 (東京都渋谷区 写真の道路は正確には区道扱いの水路敷地である)

C2 側溝はないが、道路の横に水路(開渠)が並行しているパターン
     ravin_c2 (京都府宮津市)
  
C3 側溝はないが、道路の横に水路(蓋掛)が並行しているパターン(水田地帯が住宅地になったところに多い)。
     ravin_c3 (埼玉県戸田市)


 このように、側溝の設置形態は主なものだけで9パターンもある。
 この中で私が面白いと思うのは、C2C3である。側溝は水路ではない建前であるが、実際には両者はウヤムヤな補完関係にある。
 
 例えばC2の水路が農業用水路であった場合、道路に降った雨は水路にも流れ込んでしまうから、事実上道路の側溝を兼ねることになる。また、水路沿いの家が排水口を設けたりするので排水路化する。
 この状態が進むと、水路が農業用水路としての機能を失って排水路になり、くさいし危ないから、と蓋をする。
 するとC3になる。この状態になると、水路は道路側溝・兼歩道・兼排水路といった性格を帯びるようになる。
 
 このように側溝と水路の関係は、成り行き任せのウヤムヤである。
 このウヤムヤは大変興味深い。ドブ川自体が下水路か河川か判別し難いウヤムヤな存在だからである。その源流がウヤムヤな側溝であるというのは、成り行きとしてありそうな話である。このウヤムヤにドブ川を解く鍵がありそうでもある。
 しかし私はそのまま放置しておいた。「だからどうだ」ということでもあるし、漠然とした話で取っ掛かりが掴めなかったからである。しかしある日、その鍵を発見した。
 
 東京都台東区上野公園。
 不忍池のほとりに下町風俗資料館という施設がある。ここでは大正時代から戦前くらいまでの東京の下町の街並みを保存している。ここに大正時代のドブのレプリカの展示がある。
 狭い路地の中央を木の蓋の掛けられたドブが走り、各戸の炊事場から流れ出る下水を受け止めている。ドブの幅は30cm程度と狭い。

 下町風俗資料館の昔のドブ(資料館HPにリンク) 

 このドブは路面の雨水排水と住宅排水を引き受けているのであるが、現代人の私から見ると、これがウヤムヤな処理だという感じはしない。当時の水源は長屋の端の井戸であり、使用水量も少なく、便所は汲み取り式で別系統、風呂も銭湯で別系統、路地も狭いから処理する雨水も少なく、と全体的にコンパクトに納まっているからである。
 このコンパクトさは井戸という上水インフラの貧弱さのおかげともいえる。
 
 ドブのコンパクトさが上水インフラの貧弱さに起因しているということは、文京区にある東京都水道歴史館に行くとよく分かる。ここは近代水道ができる前、つまり江戸時代の上水道の仕組みを展示しているが、この展示を見ると上水とドブの関係が系統的に分かる。

 ①多摩川から玉川上水を経由して、上水が江戸市中に引き込まれる。
 ②引き込まれた上水は、木製の堅牢な水道管で長屋の路地まで引き込まれる。
 ③路地の広場に上水を溜めておく「上水井戸」という地下タンクがあり、人々はそこで水を汲む。
 ④井戸水を汲む場所の端には、こぼれた水を集める排水口があり、そのままドブに流れるようになっている。
 ⑤ドブは下町風俗資料館のものと同じで、長屋の排水を集めながら木製の蓋の下を流れる。
 

 上水→井戸→ドブ。明快である。
 しかしこの単純で美しい関係は、近代水道の開通と水洗便所の普及で崩れていく。
 近代水道の最大の功績は、鉄管とポンプの組み合わせで各家庭への個別給水を可能にしたことである。
 ポンプの導入は、元はと言えば横浜の外国人が消防用に猛烈に要望したためであったが、この便利さを背景に、水道付きの台所を備えた文化住宅というものが大正時代に登場する。  
 さらに戦後になると水洗便所が普及し、下水の水量と汚濁物質を飛躍的に増やす。こうなると木製のドブではどうにもならない。再編成が必要である。

 下町風俗資料館の説明書きによると、戦後「下水」の敷設が進んだ、とある。
 この「下水」は、現在あるような下水処理場に続く下水幹線ではなく、単にドブを暗渠化した下水路であるという。水量と汚濁物質が飛躍的に増加してしまった東京の下水を捌くために、そのようなものが取り急ぎ作られたようである。つまりこういう変遷が見える。

少量で汚濁度も低い排水の流路としての側溝→大量で汚濁度も高い排水の流路としての暗渠下水→その後の合流式下水道の素地になる

 側溝を下水路に変質させた因子は「水の使用量と用途の拡大」、ということができる。
 しかしこの因子が全てではない。
 東京の下町は住宅密集地だからこのあたりの物事が早回しで展開するが、郊外ではもっと緩慢に進むので他の事情もあることが分かる。

 郊外は人口密度が低いので東京の暗渠のような贅沢な施設を作れない。では近傍の水路に排水しようかということになるが、水路はたいてい農業用水路を兼ねている。ここに流すわけにはいかない。ではどうしていたか。
 昔の農家で育った人に訊くと、昔の郊外の排水処理はこうだという。この人の実家の農家は神奈川県横浜市の郊外にあり、家の前を川が流れていた。

・住宅の排水は庭の手掘りの水路に流す。
・電気洗濯機も水洗便所もなく、排水量が少ないので、しばらく流れると土に浸み込んでしまい、川には流れない。

 
 単純である。
 しかし電気洗濯機や水洗便所を使うようになるとこの方式は行き詰まり、排水先が必要になる。どこに排水してたんですか?

「その頃には実家を出ちゃったからよく分からない」

 仕方ないので昔の農業用水路の仕組みを調べることにする。渋谷や品川辺りであれば農村時代の史料が豊富に残っているので好都合である。仕組みはこう。

  ①多摩川の水が、玉川上水や枝分かれした上水経由で農業用水が流れてくる。
  ②用水路は人工的に掘られ、広範囲の給水を可能にするために台地の尾根を繋いで高いところを流れてくる。
  ③枝分かれした水路で水田に供給される。
  ④水田は収穫前に水を落とす必要があるので、排水用に設けた水路(登記上の用語で「用悪水路」という)に流す。
  ⑤用悪水路はいらない水を流す機能だけがあればいいので、農村の低いところを自然流下する。
  ⑥よって農村にはきれいな用水路と、用済みの水を流す用悪水路の2つのネットワークが並存する。用悪水路のルートは自然河川の流路と一致し、きれいな用水路は用悪水路よりも一段高い場所を並行して流れる。(※5)
 
 
 このことから次のようなことが推測される。

・地形的要因から、家庭の排水の受け入れ先は用悪水路となるであろう。
・これも地形的な要因から、用悪水路は「水はけの悪いドブ」になりやすいであろう。
・その用悪水路の水を引き受ける自然河川はドブ川化する宿命にある。


 このあり方は現代の道路側溝に似ている。「用悪水路=水田の落とし水の排水先」という本来の機能がありながら、なし崩し的に生活排水の排水先になってしまうというポジションが似ている。
 しかも供給用のきれいな農業用水路も、水田の宅地化が進んで不要になってしまえば生活雑排水の受け皿に化けるというドブ川予備軍的な立場にある。これは以前、川崎の二ヶ領用水で見たとおりである。
 ドブ川のウヤムヤは、稲作の衰退と、家庭の水使用の増加と、下水処理の難しさの隙間を埋めるという役割に端を発していて、その程度の強弱で化け方が変わるという態様がウヤムヤに輪を掛けているといえる。


<参考にした施設>
下町風俗資料館(東京都台東区上野公園内)昔のドブの写真あり 
東京都水道歴史館(東京都文京区)水道局の施設らしく高台の給水所の隣にある。

<参考にした書籍>
※1 地形を楽しむ東京「暗渠」散歩 平成24年 本田創・編 洋泉社
開渠の川が暗渠になった後のことについてはこの書籍におまかせである。
※5 春の小川はなぜ消えたか 渋谷川にみる都市河川の歴史 (フィールド・スタディ文庫6) 平成23年 田原光泰 (株)之潮
農村だった渋谷から農業用水路網が失われ、側溝が新設される過程が詳細に載っている。

<参考にしたウェブサイト>
※2 「岐阜県道路設計要領 第4章 排水」(岐阜県のHP)
※3 「合併浄化槽処理水の市道側溝への放流に係る道路占用の取り扱いについて」(栃木県下野市のHP)
※4 「雨水排水等の県管理道路側溝への接続にかかる取り扱いについて(通知)」(三重県のHP)


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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

カテゴリ
「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
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