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50 泳げる霞ヶ浦

  5823 霞ヶ浦(茨城県土浦市)

 茨城県は排水に関する規制が非常に厳しいところである。
 これはラーメン排水について調べた時に気が付いた。
 全国一律の水質汚濁防止法に加えて、霞ヶ浦水質保全条例というものが制定されて、より厳しい排水基準を守らないといけないようになっている。この条例は水質汚濁防止法の上乗せ規制から始まって、家畜の糞の処理、高度処理浄化槽の義務化に至るまで異例の厳しさで排水規制をしている。
 
 関東各県は東京湾という汚れやすい湾があるので全般的に水質規制が厳しいが、東京湾に面していない茨城県が厳しいのは条例の名が示すとおり霞ヶ浦があるからと察せられる。
 霞ヶ浦は湖というよりは巨大な沼で、面積は全国第2位であるものの、平均水深は4mしかない。
 その昔、埼玉県の荒川流域から千葉県の印旛沼にかけての低地は海の底であったが、地球が寒冷化すると氷河ができて海岸線が後退して陸地になり、少し低い場所は湖沼になった。そのためにこのエリアは牛久沼や手賀沼などの浅く大きな沼が多い。
 霞ヶ浦もその一つで、平地の中小河川から流れてきた水が霞ヶ浦という浅い水溜りに流れ込んで、余った水が利根川の下流部に吐き出される。この流れ出すサイクルがかなりゆっくりであることから、底に泥が溜まりやすく、澱んでいるうちに水質が悪化する。

 と、このようなことは1970年代から指摘されていたそうであるが、それにしても茨城県の水質対策に対する執念は相当なものがある。毎年「霞ヶ浦水質浄化ポスターコンクール」が開催され、研究者によって水質浄化対策が研究され、それを習得するための環境学習プログラムが多数ある。しかもその内容が充実している。

 恥ずかしながら私はその理由がよく分からなかった。
 「霞ヶ浦をきれいにしよう」という熱意は感じるのだが、「何がどうまずいのか」がよく分からなかった。
 あまりに長年議論されすぎていまさらそんな初歩的なギモンを発せられないような雰囲気でもある。なぜ霞ヶ浦ではこれほど熱心に水質浄化対策するのか。霞ヶ浦はそれほどまでに汚いのか?

  role principale 主役を明示している看板
 
 調べると、霞ヶ浦の水質はCOD(化学的酸素要求量)平均値で8.1mg/L程度。湖沼なのでBOD(生物化学的酸素要求量)ではなくCODで表される。
 これがどのくらいの汚れなのかピンとこないので、環境省のホームページで他の湖や海と比較してみる(データは平成23年度)。

  支笏湖(北海道) 1.0mg/L
  中禅寺湖(栃木県) 1.2mg/L
  小河内貯水池(東京都) 1.6mg/L
  河口湖(山梨県) 2.7mg
  琵琶湖南部(滋賀県) 3.3mg/L
  諏訪湖(長野県) 4.0mg/L
  尾瀬沼(福島・群馬) 4.7mg/L
  児島湖(岡山県) 7.6mg/L
  霞ヶ浦(茨城県) 8.1mg/L
  印旛沼(茨城県) 11.0mg/L
  東京湾(東京・神奈川・千葉) 2.7mg/L
  大阪湾(大阪・兵庫・和歌山)) 2.5mg/L
 
 これは汚い。私の不見識であった。水質対策に力が入るのも分かる。
 しかしそんなに汚いのなら実際に見てみたい。どんなドブ川が流入しているのかも見てみたい。
 まことに不届きな動機ながら私は、霞ヶ浦西端の市街地、土浦市に行ってみた。12月のことであった。冬は水がきれいな時期なのであまり適してはいないが、とりあえず行ってみた。まず土浦市街を貫通して霞ヶ浦に注ぐ桜川という川に行く。ところが。

 水はきれいではないが、汚いというほどではない。他のもっと小さな川や工業団地の川も見たが汚くはない。
 次に湖岸をめぐってみると、浮遊物がちらほらするがやはり汚くはない。湖岸に下りて間近に見ても汚いとは思わないし、くさくもない。湖の堤の背後は農村になっていて、のどかな水郷のような風景になっている。草むらの水路に鉄酸化細菌がオレンジ色の堆積物を作っている。水郷の川は生活排水が流入して汚れている場所もあるが、全般的には「こんなものだろう」という感じである。下水処理場もちゃんとある。

5825 汚れているといってもこの程度である
5824 背後地の水郷

 それほど神経質になる必要があるのだろうかと思う。このような経験は印旛沼や手賀沼でもしたことがあって、データ的には悪くても、見た目としては決して「腐臭放つ汚濁湖沼」という感じではない。
 そんなことを思いつつさらに湖岸を巡って、私はようやく理解した。浄水場があったのである。

 この浄水場は霞ヶ浦から取水している。この浄水場は土浦市やつくば市の排水が流れ込んだ水を原水にせざるを得ない。これは厳しい。
 川がきれいかどうか、下水がきちんと浄化されているかどうかを判断する場合、だいたいBODで5mg/Lを下回れるかどうかがポイントになると思う。5mg/L未満ならコイやフナが棲めるからである。
 しかし水道原水の基準は違う。原水のBODがだいたい0.5mg/Lくらいなら「おいしい水」、1.0mg/Lくらいなら普通の水、1.5mg/Lを超えるとまずくなって高度処理をするようになり、5mg/Lだと工業用水にしかならない。多摩川や荒川などの「流れる河川」でさえやっと2mg/L未満を維持しているというレベルなのだから、流れない霞ヶ浦でこのレベルを維持するのはかなり厳しいであろう。CODが8.1mg/LならBODが2mg/Lを下回るのは難しい。それゆえの厳しい条例なのであった。 

 霞ヶ浦で問題にされているのは、CODで表される有機物の多さよりも窒素(N)やリン(P)の多さである。
 窒素はし尿や肥料、リンは旧式の合成洗剤や農地、森林などが発生源である。窒素とリンは植物プランクトンの栄養分になるので、これが多いと植物プランクトン、特にアオコという藍藻が増殖する。
 アオコは夏場に水面で増殖し、水面に抹茶色のペンキを流したような光景を作る。アオコの発生は望ましくないものとされ、霞ヶ浦の目標もアオコの抑止が最優先になっている。ただし、なぜアオコが発生するとまずいのかについてはあまりよく解説されていない。
 
 行政機関が住民向けに発しているメッセージは、
「アオコの発生を防止しよう」と、
「その原因になる生活排水の浄化に努めよう」
の二つで、アオコの何がまずいのかについてはほとんど触れられていない。私の認識も「アオコ=よくない」くらいのもので、詳しくは知らない。
 例によってよく知らないのに「よくない」と思っていたのであった。そこで調べてみた。参考にしたのはアオコ抑止に成功した諏訪湖の研究書である。

 アオコは3つの点でまずいらしい。
 
  ①かびくさい
  ②水面上に浮かんで拡がるので見た目が悪い
  ③毒素がある

 
 は我慢ならないことではあるが、命にかかわる問題ではない。問題はである。
 アオコの毒素は「ミクロキスティン」というもので、化学式はC49741012
 よくこんな複雑なものが自然界で作られるものである。重量あたりの毒性はフグ毒の5.7倍、ダイオキシンの83.3倍。これだけ見ると恐ろしげであるが、把握されている被害は少なく、多くは飲み水や遊泳した際に飲んだ湖水に含まれるアオコ毒素による頭痛、吐き気、下痢などである。触っても大丈夫だが飲むとよくないもののようである。
 
 つまり霞ヶ浦の問題はこのような水を水道原水に使わざるを得ないがゆえの悩みであることが分かる。茨城県は那珂川や鬼怒川からも取水しているが、土浦などの県南部の水道はかなり霞ヶ浦に依存している。霞ヶ浦の問題は水道水源の問題なのであった。
 問題がアオコということであれば夏の霞ヶ浦を見なければならない。私は7ヶ月待って平成25年7月15日、再び霞ヶ浦を訪れた。この日は「泳げる霞ヶ浦市民フェスティバル」というイベントが土浦港で開かれる日であった。イベントタイトルから察するに霞ヶ浦は泳げる状況ではないらしい。

5827 第18回である
 
 この日の霞ヶ浦はアオコは発生していなかったが、霞ヶ浦対策に関わる人がいろいろなブースに総結集していて、霞ヶ浦のギモンを一気に片付けるには実に好都合なイベントであった。判ったことは次のとおり。

・アオコが問題なのは、毒素を含むがゆえに捕食してくれる魚がおらず、増殖が止められないことである。
・アオコをオゾンで分解する装置も設置しているが、分解されたアオコは底に沈んでただでさえ浅い霞ヶ浦をさらに浅くしてしまう。
・ただし浄水場の取水口はアオコのいる表層部よりかなり下にあるので、アオコの害をまともに受けているわけではない。
・浄水場はオゾン処理や活性炭処理などの高度処理を行っている。
・下水処理場も、窒素やリンまで取り除く高度処理を行っている。

・行政は、流域に多く残っている単独浄化槽を合併浄化槽に取り替えていく事業もしているが、この時に窒素、リンも除ける高度処理型の浄化槽を設置するのがこの地域の基本形である。
・霞ヶ浦は山奥のダム湖と違って豊富な清流を期待できないので、水質面でかなり不利である。
・周辺はハスの産地で、ハスの栽培で出る窒素分の高い排水も汚濁要因ではあるが、霞ヶ浦の場合は生活のすべてが汚濁に関わってしまうので、一つの要因だけを解決すれば何とかなるという構造ではない。
・水質データは一進一退だが、昔よりは改善されていると言う人もいる。


 土浦港からは遊覧船が出ているのでそれに乗ってみる。
 船は緑色の水泡を掻き上げながら進む。さすがに大きな湖である。この湖が茨城県が独自に使える巨大な水源であることを考えると、水質に難があるからといって簡単に放棄できるものではないなと思う。むしろこの湖のおかげで、排水の良し悪しが飲み水に還ってくるというシビアさを私たちは感じることができる。私たちはもっと大切に水を使わなければならないと思った。
 
  5828 
  5829 

 私は「全日本水の作文コンクール」風に神妙になった。しかしすぐにもっと刺激的なギモンが浮かんできてしまった。それはアオコのことである。
 アオコが増殖するのはその毒性ゆえに捕食する生物がいないからだという。
 それならアオコは食物連鎖の中でどのようなポジションを占めているのか。捕食されない生物にどのような意味があるのだろう?意味などないように見えても、その生物は意識していなくても、次に繁栄する生物のための何らかのステップを築いているはずである。例えば人類は捕食されないが、長年掛けて地中に閉じ込められた石油やメタンガスや放射性物質を好んでほじくりだし、太古の過酷な地球環境に戻すという特異な役割を担っている。アオコはどうか。
 
 このことを考えていて思い出したのは、以前小田原の「生命の星・地球博物館」で見た、ストロマトライトという藍藻の巨大な化石のことであった。
 ストロマトライトは約30億年以上前から地球上に存在する藍藻で、まだオゾン層がなく紫外線の強い原始地球の海辺にありながら、ぬるぬるした膜で自身を守ることで生存を保っていた。この藍藻は他の生物に捕食されることがなかったので、増殖し続けて光合成で酸素(O2)も出し続け、後年地球にはオゾン層(O)ができることになる。

 他の生物に捕食されないとどうなるかというと、自らの死骸の上に新しい藍藻が成長し、埋もれた死骸は嫌気性細菌の栄養源になる。その結果、ストロマトライトはひたすら成長と死と堆積を続け、高さ数メートルの巨大な岩のような化石になって発掘される。
 アオコという藍藻も、もしかしたらそのような存在なのではないだろうか。捕食されずに増殖し、死んで沈殿して分厚い層を形成しつつも表層で酸素を出し続け、中で嫌気性細菌が活動する場を提供しているのではないか。「アオコが発生するとくさい」というのは嫌気性細菌の活動の発するガスのにおいであろう。
 
 ストロマトライトが原始地球の毒性の強い紫外線ゆえに捕食されずに済んでいた構造を、アオコは毒を自ら産生することで代替的に実現しているのではないか。ストロマトライトは現代でもごく一部の場所で生息しているが、そこは捕食役の貝類が生息できないような場所、つまり塩分濃度が高すぎたり、水温が高すぎたりする場所であるという()。
 
 捕食者が絶対に存在しないような環境を必要とする点で、ストロマトライトとアオコは共通点を持っているといえる。現代の地球はオゾン層に守られて捕食者の高等生物が繁殖してしまったので、ストロマトライトは衰退してしまったが、アオコは毒という武器を手にすることで、ストロマトライトが持っていた優位性を能動的に作り出しているようにさえ見える。しかもアオコの栄養源が、人間-捕食者を持たないもうひとつの生物-の排泄物であるというところが巧妙である。
 霞ヶ浦は、藍藻類の長い命の歴史の中にたゆたう湖であり、人間も彼らの戦略から無縁ではありえないということを示唆しているように見える。

第51章 「アオコのにおい」へつづく
霞ヶ浦のアオコを腐らせてにおいを再現してみた。

(注釈)
このことは生命の星・地球博物館で教えていただいた。この博物館にはボランティアの解説員がいて、分からないことを訊くと解説してくれる。ストロマトライトの展示も、解説されなければ「ただの巨大な石」ぐらいにしか思わないが、解説を聞くと、「そういえば、貝には毒を持つものがいたなあ」とか「こないだ食べたチャンバラ貝についていた歯は、藻を捕食するためのものだったのか」などということも連想できる。ストロマトライトを見るときは磁石を持っていくことをお勧めしたい。

<参考にした書籍>
アオコが消えた諏訪湖 人と生き物のドラマ(山岳科学叢書3) 信州大学山岳科学総合研究所 沖野外輝夫・花里孝幸 編 平成17年 信濃毎日新聞社
 アオコの分析はもちろん、重金属、PCB、ワカサギの増減、下水道建設、観光への影響まで、努めて多角的に解説した良書といえる。

生命40億年全史 リチャード・フォーティ・著 渡辺政隆・訳 平成15年3月 (株)草思社
 40億年の歴史を駆け抜けるだけあって厚い本であるが、私はやはり地球ができて細菌が育ち、大気ができるくらいまでが面白いと感じる。脊椎動物が出現するともう、魚でも鳥でもチンパンジーでも大した差はないなどと思ってしまう。


 <目次にもどる>

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コメント

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Re: No title

とおりすがりさま、貴重な情報をありがとうございます。
これだけ発生すると除去も難しそうですね。一番上の左から2枚目の看板を見て、オゾン発生装置は腐敗臭抑制効果しかなく、アオコそのものの抑制は水流装置によるのだということを初めて知りました。
4段目の右から2番目のような状態も初めて目にしました。

新川河口は、釣り人が集まるのどかな湖畔、という感じで見ていましたが、改めて流域を見てみたいと思います。周りには農地も多そうで、ここから出る窒素、リンのコントロールも難しそうだとお見受けしました。
また情報がありましたら教えてください。

No title

土浦市には新川という川があり、ここでのアオコの発生量は多く、水面が覆われて異様な臭気が漂います。
今夏もアオコ抑制装置が稼働していましたが、効果のほどはわかりません。
画像はこちらをごらんください。
https://www.google.co.jp/search?q=%E6%96%B0%E5%B7%9D%E3%80%80%E5%9C%9F%E6%B5%A6%E3%80%80%E3%82%A2%E3%82%AA%E3%82%B3&client=firefox-a&hs=J1i&rls=org.mozilla:ja:official&hl=ja&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=xRRGUsXLB4-KkgWsxYCgCA&ved=0CAkQ_AUoAQ&biw=1280&bih=879&dpr=1

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Author:大石俊六
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雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

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また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
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その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
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