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55 この水は飲料水として使用できます

  この水は飲料水に使用できます

 ビジネスホテルの洗面台の蛇口に、「この水は飲料水として使用できます」というプレートが貼ってあるのを見かける。頻度はそう高くないが、建築年代の古そうなホテルではしばしば目にする。

 ビジネスホテルには大抵湯沸し用のポットがあるが、そこに入れる水を供給できる場所はユニットバスの洗面台しかない。洗面台の水も上水道であることに変わりはないからここで汲んでも問題ないけれども、ここは歯を磨く場所であって飲み水を汲むには多少不潔な感じがする。この抵抗感を払拭させるためにプレートが貼られているものと思われる。

 とはいうものの、このプレートは少しくどいのではないかと思う。
 洗面所の水道が上水道であることは誰でも知っていることであり、そのようなことをいちいち表明するのはホテルにありがちな過剰な丁寧さの表れではないか、そう思っていたのである。

 ところがこのプレートはそのためにあるのではないらしいことに気付いた。
 私はある温泉地で銭湯に入っていた。この温泉地には温泉を使った銭湯があり、銭湯料金で温泉に入れる。
 お得なことだと満喫しつつ浸かっていると、洗い場にいる子供が「のどが渇いた」といい、蛇口の水を飲もうとした。すると番台のおじさんが飛んできて、それは飲んじゃいかん、あっちの水道のを飲めという。「あっち」には「飲用水」と描かれた蛇口があった。
 
 あっちの蛇口とこっちの蛇口はどう違うのか。
 
 温泉を引いた銭湯の蛇口から出る水は温泉水である。
 温泉水には微量の砒素が入っていることが多い。砒素は毒性のある物質として知られている。(※)
 人間の体は微量の砒素であればダメージを受けずに済むようにできているので、温泉水に含まれている程度の砒素を飲んでも問題になることはあまりないと思うが、それでも水道法の基準値を超える砒素くらいは入っている。日常的な飲用に適さないのは確かで、よって水道水の蛇口を別に設けているのであろう。
 
 しかしこれが温泉水でなかったらどうか。例えば東京都心の銭湯ならどうか。
 都心の銭湯は褐色の鉱泉水を用いているところもあるが、そうでないところでも井戸水を使っているところは少なからずある。井戸水は温泉水のような問題はなさそうであるが、衛生上の問題で飲用に適しないものもあるから、結論として銭湯の蛇口の水は飲用には適さないということになる。
 
 では旅館の浴場はどうか。
 旅館もわりと井戸水を使う業種である。当然浴室には井戸水を使いたいであろう。旅館の設備に関する規程は自治体によって微妙に異なるので一概に言えないが、厚生労働省の「旅館業における衛生等管理要領」によれば、おおむね次のようになっている。

   6511 旅館

  ・浴室の水が衛生的であることは求めているが、飲用可能であることまでは求めていない。
  ・ただし、共同浴室には「1箇所以上の飲用水の供給設備の設置」を求めている。
  ・また、旅館の設備としては、飲料水を衛生的で十分に供給し得る設備を「適切に配置」することを求めている。
  ・この要領はホテル(=宿泊の態様が洋風であるような様式の構造及び設備を主とする施設)についても適用される。


 この要領の基準を満たせばよいとするなら、「ホテル客室のトイレや浴室にはなるべく井戸水を使用し、飲料水用には上水道を一本引いて済ませればいいのではないか」という考えが出てくるであろう。水道代を節約しようとすれば当然こういう発想はあり得る。
 
 例えば、数年前には東京都内のホテルが井戸水の使用量を過少申告して下水道料金を逃れた、というニュースが報じられた。
 ホテルの用水に井戸水を使った場合、上水道料金はかからないが、排水は下水道に流すから下水道料金を支払う必要がある。下水道料金は上水道がある場所では上水道の使用量に比例して課せられるが、井戸水の場合は配管にメーターを付けておき、この計測値で下水道料金が決まることになっている。しかしメーターを迂回するバイパス配管を作れば井戸水の使用量を過少申告できるという理屈である。
 
 このニュースから読み取れるのは、こういうことが起きることの前提として上水道料金を節約するための井戸水利用がある、ということである。
 東京都の記者発表資料によれば、このホテルは、3年2ヶ月の間に約50,000㎥の水を過少申告していたようである。
 したがって井戸水の供給能力は少なくともこの水量以上ということになる。これを1日あたりに換算すると約43㎥つまり43000リットル。
 ホテルの客室で使用する水量はツイン1室1日あたり500リットルとして86室分。このホテルが井戸水をどう使っていたかは分からないが、客室トイレや浴室の水源として十分使用しうる供給水量だとは言える。
 
 すると件のプレートは丁寧さの現れではなく、そのような使用形態のホテルにおいて飲料用に引いた上水道の所在を明らかにする役割を担っていると言える。
 となると、プレートの張ってあるホテルでは現地の井戸水と水道水の飲み比べができることになる。
 
 これは便利なシステムである。箱根や日光などの山間部では両者の違いはないかもしれないが、東京や名古屋など低地の大都市部では顕著な違いがあるかもしれない。プレートを見つけるのが楽しみになってきた。

(追記)
 その後いい物件に遭遇したので、冒頭の写真をその時のものに差し替えた。
 詳しくはこちら。修正用雑記帳その15「この水は飲料水として使用できます」関連


(参考にした書籍とウェブサイト)
場外乱闘はこれからだ (文春文庫 (334‐1)) 椎名誠 1984年 
この中の「大鼎談・この際だからホテルの疑惑について徹底追及するのだ」で「飲料水」の表記についてするどく追及しており、この当時から存在するシステムであることが窺える。

秋田市のホテル営業等構造設備の基準
この表は分かりやすい。

※ 愛知県衛生研究所の砒素に関する解説ページ
砒素は化学形態の理解が難しい元素ながら、このページの説明はわりと平易に書かれていて理解しやすい。


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大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

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(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

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(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

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また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
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