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57 上流都市

  富士吉田市 宮川(山梨県富士吉田市)

 注文した蕎麦とともに置かれた伝票に、何か説明が書かれている。
 蕎麦をすすりながらこれを読む。以下のようなことが書いてある。

  ①蕎麦は古来より大変縁起のよい食べ物とされています。
  ②栄養にも富んでいます。
  ③当店はこれを恵まれた白河水で調理するので大変おいしい蕎麦ができるのです。

 「恵まれた白河水」って何だ。
 
 この店は京都市街の鴨川より東側にあり、少し離れたところには白川という川がある。
 白川は京都の北東の山から流れてくる小河川であるが、途中で琵琶湖の水を京都市内に導水する琵琶湖疏水という用水路の水が合流するので、流量は安定する。水質もBODで1mg/L前後で、都市河川としては格段にきれいである。疎水が開通した明治の頃はもっと良質であったと思われ、そのまま上水道として使用しても差し支えなかったと察せられる。

 この蕎麦屋は老舗である。開業当初はこの水を使用していたであろう。
 蕎麦の調理では、茹でた蕎麦を水で洗い流すために大量の水を使う。私も自分で蕎麦を茹でるとこの水の多さに閉口するが、これを節約するとうまい蕎麦ができない。
 その点、この蕎麦屋では、白川から良質な水が豊富に供給されるので、蕎麦をたっぷりの水で洗うことができ、うまい蕎麦が出来る。
 蕎麦屋としては水質はもとより水量が確保できることも肝心であるから、伝票の文句の「恵まれた」はこの2つの要素に対しての往時の賛辞を今に紹介したものと言える。同時に、この店の歴史の長さが京都近代水道の変遷と重ねて実感されるという、うまい仕組みの宣伝文句である。(※)
 
 こういう「水の良さ」を称えるフレーズは、蕎麦屋のほかに、日本酒、ビールなどの酒造メーカーを筆頭に、酢、醤油、稲作に至るまで頻繁に目にする。○○盆地は△△山地の雪解け水がしみこんだ豊富な伏流水に恵まれ、××川の清冽な水で育った米を磨きぬかれた地下水を使用してうんうんかんぬん。
 
 これは本当だろうか。
 水の良さというのはそれほどまでに厳格に要求されるべき条件だろうか。本当にその水を使わなければその産品は作れないのであろうか。
 
 もちろん酒造のように、ミネラル分のバランスまで厳しく要求する業種もあろうけれども、この売り文句はある言いにくい事象を裏返した言葉ではないかと思う。すなわち、

 「この製品は、上流の下水が混入した河川水を原水とした水道水を使っていません」
という、本当に私は身も蓋もないことを言っているような気がするが、こう思ったのは群馬県高崎市のファミリーレストランに行ったときのことであった。
 この店は駅ビルの中にあり、何の変哲もないレストランだけれども出された水がうまかった。浄水器を使っているのかもしれないが妙にうまかった。料理が出される間、その理由を考えた。

 高崎市の水道はおそらく利根川水系から取水している。
 この近辺の水は特に名水として名高いわけではないが、高崎市が水道原水に使う水はおそらくおいしい。なぜなら高崎市は関東平野の山際にあり、上流側の市街地の下水があまり混入しない川の水を取水できると考えられるからである。どんな川の水も湧き出す時点では立派にきれいであり、下水さえ混入しなければ使う薬剤も少なくて済み、そこそこうまい水になるはずである。
 
 私はこの説を実証すべく、以後各地の飲食店で食事をする際に供される水をよく味わった。
 山梨県小淵沢市のほうとう店の水はミネラルウォーターのようで、富士吉田市のうどん店のもうまかった。長野県松本市内のホテルの水道水も神奈川県箱根町の公衆便所の洗面台の水もそのまま「おいしい水」として通用した。上流に大都市さえなければ水というものはそこそこうまいものなのだ。

  7201 富士吉田市内の歩道暗渠。中にはきれいな水が勢いよく流れている。

 
 私は自信を深め、今度は静岡県御殿場市に行った。御殿場市の上流には富士山しかないのでかなり期待できる。
 特急ロマンスカーあさぎり3号で御殿場入りした私は、大衆食堂でラーメンを食しつつ水を飲んだ。おいしい。大衆食堂の水でこのレベルとは御殿場おそるべし。
 次に商店街のお茶屋さんに入った。土産に緑茶を買うとお茶を試飲させてくれた。当然おいしい。
 ただし、私は「お茶がおいしいのは御殿場の水がいいからなんですね」ということにしたいのに対し、お茶屋さんのおばさんとしては「お茶がおいしいのは当店の茶葉がいいからなのよ」という点を主張しており、若干の見解の相違がみられた。 そこで意見交換を行い、「このお茶は水の良さと茶葉の良さのハーモニーである」という点で完全合意に達し、これを共同声明とすることとした。
 
 声明を出した私は住宅街を適当に歩いた。御殿場という街は、もうとにかく小さな川がたくさんあり、それぞれに水が勢いよく流れている。
 御殿場市の下水道普及率は平成25年度末で34.6%、集落排水施設や合併浄化槽を含めた「汚水処理人口普及率」でも60%と低いが、河川の水が豊富なのと、傾斜地で流れがよいので古典派ドブ川は見かけない。
 歩いていると川沿いに銭湯を見つけたのでふらふらと入る。湯船に浸かる。この湯があのおいしい水だと思うと気分がいい。石けんで体を洗って流す。
 と、そのとき考えさせられたのである。

 「うーんそういう問題があったか」

 銭湯に限らず御殿場で入浴に使われた湯は、計算上その40%弱が未処理で市内の川に放流される。ここの川は流れ流れて、えーとどこに行くんだっけ。
 家に帰って地図を見ると、御殿場という街は静岡県沼津市に向かって流れる狩野川の支流の黄瀬川と、神奈川県小田原市に向かって流れる酒匂川の支流の鮎沢川との分水嶺にあるのであった。こういう立地の街は珍しい。

 しかし考えてみると、御殿場線という路線がそもそも東海道線の箱根越えを避けるために敷設されたのであり、それでも急になる勾配を上るために助っ人蒸気機関車を付けたり外したりするために御殿場駅を作り、その駅を中心に街が発展したのであるから当然と言える。そういうわけで御殿場駅はちょうど分水嶺のあたりに設置されている。

  gotenba  御殿場のポジション

 
 市内の排水は黄瀬川方面と鮎沢川方面の二手に分かれると考えられるが、黄瀬川に行けば裾野市を経て沼津市へ流れる。この川の水は水道原水としてはほとんど利用されない。裾野や沼津は富士山麓で良質な地下水が豊富だからである。
 問題は鮎沢川に行った場合である。鮎沢川は神奈川県境を越えて酒匂川に合流して小田原市に流れ、ここで大量に取水されて神奈川県内の水道原水として取水される。酒匂川の水は多くは丹沢山地から流れてくるのでこれで希釈されるが、御殿場市の低い汚水処理人口普及率を見ると、ちょっと考えてしまう構造である。今にして思うと、着いてすぐ食べたラーメンの残り汁なども気になる。
 
 しかし御殿場市は地形がいいので古典派ドブ川が発生することもなく、東京都心のように必死に下水道を作る動機は生まれにくい。これはもどかしい構造と言える。今までこの構造に気付かなかったわけではないが、きれいな湯の風呂に入ったら気になってきてしまった。
 これを解決するにはどうしたらいいんだ。余計なお世話であるが一応考えてみた。

 ①下流の都市は、下水道をこれ以上整備するのはやめて、上流の都市の下水道や合併処理浄化槽を集中的に整備する。
 ②下流の都市は、水道水においしさを求めることはやめて、おいしい水を飲みたければミネラルウォーターを買う。
 ③上流都市の下水が浄化されると下流都市の浄水コストが減って水がおいしくなるのなら、上流都市の下水コストを下流都市の水道料金でまかなえばよい。


 は、「そうは言っても都会の川もねえ……」というところだと思う。
 は、現在の実情に近い。
 は、これの変形バージョンがいくつかの県で実施されていて、例えば神奈川県では「水源環境保全税」というものが県民税に上乗せして徴収され、その税収の一部が上流の下水道や高度処理型合併浄化槽の設置に投入されている(※)。 
 
 このうちの仕組みは理屈としてはいいが、上流と下流が同じ県内にないと難しいのではないかと思う。

 例えば東京都でやろうとすると都民税が利根川上流の群馬や栃木に移転することになってしまう。都民税が都県境を越えることに対しては賛否両論ありそうである。埼玉県も荒川水系に関しては源流が県内で収まっているので問題ないが、利根川水系は同じ問題を抱える。
 対して神奈川県はそういう問題の少ない稀有な県で、相模川の上流が山梨に、酒匂川の上流が静岡に飛び出てしまうものの、利根川水系ほどの飛び出し方ではない。もしこの仕組みがうまくいったとすると、私のような思考回路の人間も心置きなく御殿場の湯船で足を伸ばせることになる。

 ……もっともこういうことを考えるのは趣味的にはいいとしても、行き過ぎると例えば温泉旅行は熱海や別府でなくてはならぬということになり、高原のホテルはやめて海水浴にしようなどという発想に発展し、実際にそれが原因で私は家族に嫌われているので、家内平和環境保全的にはそこのところにも注意が必要である。


※本章を書き上げた後にこの蕎麦屋に行ったところ、なんとこの宣伝文は削除されていた。蕎麦屋のおばちゃんに削除の理由を尋ねたところ、「今は白川の水を使うてないからウソになる」ということだった。味があって好きだったのに。

(参考にした文献とウェブサイト)
「日本における森林・水源環境税の経験と課題」 藤田 香 2009年 の表1
酒匂川上流の山北町のホームページ(高度処理型浄化槽設置から水源林の手入れまで対策は多岐に渡っている)

※ 2017.4.23追記 
 平成29年度から神奈川県は驚くべき政策に打って出た。
 いままで水源環境保全税では単独浄化槽を高度処理型合併浄化槽に転換するための補助金を出していたが、それはダムの上流側だけであった。つまり山の方だけ。
 ところが平成29年度からは「取水口の上流側」も補助することになった。
 相模川の取水口は下流の寒川町、酒匂川の取水口はやはり下流の小田原市にあるから、要するに神奈川県の西半分の単独浄化槽を一掃しようということになる。
 たしかにダムの上流がいくらきれいになっても、取水するのは下流だからその間の厚木や海老名の市街地から垂れ流し下水が流れ込めば意味がない。
 しかしこの発想は私にはなかった。いったいどうなるのか神奈川県。ドブ川は完全駆逐されてしまうのか!

 神奈川ドブを全滅させる攻勢に出た同県のキャラ「しずくちゃん」かながわしずくちゃん
 と、彼女の恐るべきたくらみ「第3期かながわ水源環境保全・再生5か年計画」(第2章の8にこっそり載っている)。

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プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

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