スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

62 中川ウェットランド(後編)

  中川をきれいに 中川(埼玉県三郷市)


「61 中川ウェットランド(前編)」から続く)

 中川は基本的には各地の排水を引き受ける河川で、上水道利用は想定していない。
 これは取水堰や海水の遡上を防ぐ河口堰がないことからも分かる。
 しかしそうでありながら東京都は毎秒5.33㎥、千葉県は1.46㎥の水利権を確保していて、普段水道原水として使用している江戸川の流量が少なくなると、緊急避難的に中川の水を使用できるようにしている。
 これが保有水源に占める割合は東京都の場合で7%。このように少なからずの水を中川から取水できるようにしているのは、夏季の水不足に備えてのことと思われる。その仕組みはこうなっている(※1)。

 ・三郷市西部の中川から取水して三郷市東部の江戸川に放流する「中江戸緊急暫定導水路」(以下「中江戸」という)を作る(※2)。
 ・中江戸の江戸川側の放流口の下流に東京都三郷浄水場と埼玉県新三郷浄水場の取水口があり、ここで取水する。


 こうすると中川の水を東京や埼玉の水道原水として利用できる。江戸川の水量が減って中川の水量が増えるのは夏。
 江戸川上流の利根川で農業用水が大量に取水され、水田を通って中川に排出されるからである。
 すると中川の水質は少しマシになる。このマシになったタイミングを捕えて夏の水不足を解消しようというアイデアと思われる。
 これは前編冒頭の水利権研究者のアイデアと似ているが、実はこの提案が書かれた昭和60年には既に中江戸の取水は実行されている。この研究者の提案は、中江戸の存在を踏まえて中川からの最大取水量をさらに毎秒25.76㎥増加させようというものであった。

  edo_winter 冬の状況(水不足なし)

  edo_summer 夏の状況(水不足)


  nakaedo_before 中江戸による融通


 さて、中江戸の問題点とはこうである。

 ・中江戸の中川側取水口の下流に下水処理場の放流口がある。
 ・ところで中川下流には堰がないので東京湾の干満の影響で、川の水が逆流する時間帯がある。
 ・すると下水処理水も逆流し、上流の中江戸取水口に入り込む。
 ・これが江戸川側放流口を経て三郷浄水場の取水口に到達する。
 ・中江戸の江戸川側放流口と三郷浄水場取水口が離れていれば江戸川の大量の水で薄まるけれども、近すぎるので下水処理水があまり希釈されないまま水道原水として取水される。   


  nakaedo2 中江戸の問題点


 夏場の一時しのぎとはいえこれはまずい。ということで次のような改造工事が行われた。

 ・中江戸の江戸川側放流口を三郷浄水場取水口の下流に移設する。
 ・江戸川は河口に堰があるので、中川のように川が逆流する心配はない。
 ・したがって三郷浄水場は中江戸の水を取水しなくても済むようになり、
 ・それでいて江戸川には中川の水がちゃんと補給される。


  nakaedo_after 中江戸の解決策

 こうしてこの問題はクリアされたが、この顛末を知って私の中に新たなギモンが浮上した。
 ギモン4「下水処理場の処理水はそれほどまでに汚いのか」である。
 川を歩いていると、下水処理場の放流口に釣り人が集まっているのをよく見る。実際そういう場所はよく釣れるらしく、魚の姿もよく見る。下水処理場の処理水はBOD値で2~6mg/Lくらい。水道原水にするには少しきついが、魚が棲める程度のきれいさは確保できているはずで、原水への混入を断固阻止すべきほどのものだとは思えない。

 私はまず、中川の中江戸取水口を見に行った。
 ここの水質は悪くはない。次に下流側の下水処理水放流地点に行った。案の定ここも釣りスポットになっている。
 通常、こういう場所は水が勢いよく吐き出されて分解されない界面活性剤が泡立ったりしているものだが、ここはそういう気配はない。ただし放流口から黒い帯が出ている。放流口の水が黒く見えるのは周りの水が薄茶色だからで、周りの水が薄茶色なのは放流水で巻き上げられた底土が光を反射しているからであった。

  4163 左側が下流、手前は三郷市、奥は対岸の八潮市。

 私が見に行った日は、大潮で、時刻は東京湾が干潮から満潮に向かう頃合であったが、黒い帯は逆流することなく下流に流れていた。(※3)
 しかしにおいはいただけない。いただけないと言っても普通の処理水の酸っぱいにおいなのであるが、酸っぱいにおいの成分が問題である。まことに尾籠ながら私の独自実験によると、

 ①閉め切った部屋の中でシークヮーサージュースを飲みながら、
 ②おならをすると、

このにおいが再現できるということが分かっている。
 ①はシークヮーサーのクエン酸が下水処理水に含まれる有機酸のにおいを疑似再現し、
 ②は硫化水素やアンモニアを再現している
と言えるので、下水処理水にもこれらの物質が溶けていることが推測される。
 このこと自体は下水処理水として異常でも何でもないが、これが水道原水に入ってしまうのは確かに都合が悪いと思われた。水溶性なので、ごみや藻屑と違って取り除くのが難しいからである。資料ではアンモニウムイオンの濃さが問題視されている。

 中江戸の場合は、江戸川側放流口を下流に移すことでこの問題を解決しているが、これで解決するのは三郷浄水場だけで、下流には東京都金町浄水場の取水口があるからこの問題は本質的には解決しない。
 そこで金町浄水場は巨額の費用をかけてオゾンと活性炭を使った高度処理を行うと同時に、件の下水処理場でも窒素とリンを除去できる高度処理方式の設備を一部導入している。つまり巨額の費用をかけて下水処理と浄水場の両方で高度処理を行わないとまともな水循環にならない、ということになっている。
 他の川ならばこのことはウヤムヤにされて水に流されてしまうところだが、中川の場合は

  ・もともと水質がイマイチの川であったのに、 
  ・なまじ夏場の水不足時の水源という役割を背負わされている

という特殊な要因のために、この問題が露見してしまっている。
 こう書くと悪いことのようだが、私はここが中川の面白いところだと思っている。これは生活排水の本当の処理コストが見えるということであり、視点を変えればこのコストをかければ東京都の必要水量の7%を「使える水源」として立ち直らすことができる、ということでもある。コストが高いか低いかは別として、それを見えるようにした意義は大きい。
 しかも中川は、川として決定的に大切なものを失くさずに持っている。ここを最後に強調しておきたい。
 
 それは三郷市あたりの区間に細長く存在する干潟の存在である。
 中川は水道利用を前提としていないので東京湾の海水遡上を防ぐ堰がなく、潮の干満の影響を受ける。そのため、干潮時に干潟が露出する。幅は狭いが距離は相当に長く、水際のヨシ原と複雑に入り組んで生物の生息地を生み出している。
 しかもこの干潟は、埋め立てで多くの干潟を失った東京湾の最奥部のポジションを占めている。堰のある荒川や江戸川にはできない芸当で、水源河川の重責を担わない中川だけが持ち得る美点といえる。

  4164

 この細長く続く干潟とヨシ原で窒素やリンが消費されているところが面白い。干潟の微生物がエビやカニに食べられて魚に食べられて鳥に食べられるという循環を充実させれば、水質浄化策として結構いい線いくんじゃないか、などと思う。
 もちろんそういうレベルで消化しきれないから中江戸の問題が発生するのかもしれないが、たとえ機能的に下水処理場の高度処理や河川浄化装置にはかなわないのだとしても、こういう仕組みが川に残されているということが希望を感じさせる。電気代も機器メンテナンスも汚泥処分費も要らないというところもいい。 (おわり この章で一旦終了)


(注釈)
※1
利根川および荒川水系における水資源開発基本計画(埼玉県)
東京都水道局 事業概要平成26年版の第2章第1
「健全な水循環系構築のための計画づくりに向けて」(国交省)の第7章「モデル調査における技術的検討事例(1)」
による。

※2
 中江戸のすぐ南には三郷放水路という開渠の水路があるが、これは大雨のときに中川の水を江戸川に逃がす役目を負った水路で、中江戸とは別物である。
 また、三郷浄水場は東京都のものであるが、所在地は埼玉県内である。もちろん都の浄水場は都内にあるほうが望ましく、東京都も下流の23区内に建設を検討したのであるが、適地がなく三郷市内になった。この際少しでも運営を効率化するため、埼玉県が近隣に計画していた新三郷浄水場と取水口を合同にしたという。

※3
別の日の満潮から干潮に向かう時間帯に行ったら見事に逆流していた。どうやら東京湾の干満が時間差を伴って影響してくるようである。

(参考にした書籍)
『利根川の水利』 新沢芽嘉統 岡本雅美 著 岩波書店 昭和60年6月
この著者の主張は、「利根川上流の八ツ場ダムができる見込みがない以上、東京向けの都市用水は(水質の問題はあるが)中川からとるべき」というものであったが、それから30年を経てみると今度は八ツ場ダムと中川周辺の浄水場の高度処理施設が同時に完備されつつあるという世になっている。

<目次にもどる>

コメント

非公開コメント

ブロとも申請フォーム

リンクとお知らせ
リンク、引用は自由です。連絡はご不要です。引用される場合は引用元として「ドブ川雑記帳」とお書きください。
最新記事
(もっと古い記事は目次のページからどうぞ)
プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

カテゴリ
「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
調べたいキーワードで検索
最新コメント
月別アーカイブ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。