スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

53 眠れる森の下水管(前編)

 恵比寿三丁目の長い坂  恵比寿3丁目の長い坂(上部は首都高速)

 春の夜であった。
 私は東京都港区の地下鉄白金台駅から、渋谷区の恵比寿ガーデンプレイスに向かって歩いていた。
 地図によれば、駅から外苑西通りを北に向かって歩き、首都高速目黒線の高架に突き当たったらそれをくぐって恵比寿の住宅街を西に突き進むと恵比寿ガーデンプレイスに着くはずであった。
 
 白金台からの外苑西通りは緩い下り坂である。しかし首都高速目黒線の下をくぐって住宅街に入ると、一転して長い上り坂が始まった。ケーブルカーのように細くまっすぐぐんぐん上る。結構きつい勾配である。

「してみると……」
 坂を上りながら思った。
 首都高速が通っているあたりは谷ということになり、つまり川が流れているということになる。

白金台付近の地形図
    国土地理院電子地形図「東京西南部」より抜粋・加筆。旧白金御料地の場所は現在の自然教育園。


 都心なので川が流れていても暗渠の下水幹線に化けてしまったであろうから、ここに川面は見えないが、坂の長さと急峻さを見ると、ここにはそれなりの規模の川が流れていたと考えられた。
 この近辺で川というと渋谷川(※)であるが、渋谷川はここから500m北方の天現寺橋付近をかすめて通っているだけなので、この谷とは関係がない。
 ではここを流れていた川は何川か。

 家に帰って調べると、この川は渋谷川に注ぐ一支流であるらしかった。
 『地形を楽しむ東京「暗渠」散歩』という書籍では「三田用水白金分水」という仮称がついている。(こちらでも詳解している。東京peeling!「三田用水と白金村分水」lotus62さん)

 源流はJR山手線の目黒駅と恵比寿駅の間あたり、もともとは渋谷川と目黒川の尾根を走る三田用水という用水路からも補水していたとされるが、今では暗渠にされてしまって姿は見えない。
 このように暗渠化された川は都心に数多い。都市化の中で下水幹線に転用され、上部は遊歩道やただの道路になっていく。
 
 しかしこの川はちょっと違う。
 なぜなら白金分水の谷に寄り添うように、自然教育園という広大な敷地があるからである。
 ここは、上野の国立科学博物館の付属施設で、面積は20ヘクタール、都心にありながらうっそうとした森林や湿地が保全されている。上野の本館で展示できない自然の植物をここで担当しているようである。
 
 ここには小川が何本か流れており、それらは「白金分水」に合流する。
 すると「白金分水」水系の自然河川は完全に失われたわけではなく、一部が自然教育園の中に保存されていることになる。自然教育園の大きさから推測するにその川は都心最長級の自然河川といえそうである。
 私はこの川に俄然興味を覚えた。
 
 数日後に同園を訪れると、深い森の中に自然の池や湿地が広がり、ここが東京都港区だとはとても思えない。
 すぐ脇を首都高速が走っているが、うまく覆い隠されている。園内は3本の谷戸が走り、水は谷戸の奥から流れ出し、園内の池に注いで湿地帯を流れ、園外に出ているようであった。

 「ここから湧き出て流れ出た水が湿地を潤し、やがて渋谷川に注ぐのです」
 園路ですれ違った観察ツアーのガイドの説明が聞こえる。なるほど確かにそうだなあ。
 ここで湧いて小川を流れた水は、「白金分水」に合流するが、最終的には渋谷川に流れ込む。渋谷川は下水処理水を注水することで流れを保っているので、同園からの水は貴重な天然水源ということになる。
 このような緑地があれば、大雨が降っても何%かの水は地中に保留できるし、晴れた時に渋谷川に注いで水質を改善することもできる。
 そんなことを思いつつベンチに腰を下ろすと、モヤモヤしたギモンが湧いてきた。
 
 「自然教育園から出た水は本当に渋谷川に注いでいるのか?」
 
 自然教育園から水が流れ出しても、外は密集住宅地である。
 かつての川は下水幹線に化けてしまっているからそこに流すしかない。道路側溝のような所に流すのだとしても、このあたりの下水道は合流式だからやはり下水幹線に行き着いてしまう。
 雨水専用管が増設されているエリアだと無事に渋谷川に誘導されるが、残念ながらこのエリアにはないので下水処理場に直行である。
 
 もったいない。
 気になってきたので、自然教育園の水の行方を調べることにした。本当にそういう残念なことになっているのか?
 
 自然教育園の水は、自噴する湧水だけでは賄えないので11~14%程度の水を地下水揚水で、さらに5~18%程度の水をポンプで循環させている。
 割合が変動するのは降雨が多い年と少ない年があるからであるが、概ね3割程度が人工の手が入った水と言える。
 この園は西側を高速道路、南側を目黒通りに挟まれ、その地下には地下鉄が水源の源頭である目黒駅に向かって貫通しており、これらの区域には雨の浸み込む地面はあまりない。この不利な状況を鑑みると、7割の水を自噴の湧水で賄えているのは優秀といえる。
 
 同園の水は下流の湿地と池に集まり、一部はポンプで上流に還流させるが、余水は園外に流れる。
 同園の調査報告によれば、余水は昭和58年頃までは地中に埋設されたマツ材の木製暗渠で排水していたが、これが崩壊したので新たに排水溝を掘削した、とある。
 ただし残念なことにその排水先は明らかにされていない。そこが知りたい。
 
 そこで自然教育園を出て北側に回り込んで、自然教育園の余水が出てくると思しき場所に行ってみる。すると「日東坂下遊び場」という児童遊園があり、その脇に「東京下水道 合流」と刻印されたマンホールがあった。

 「遊び場」は南側を自然教育園の壁、北側を細い区道に遮られているが、区道の向こうにも長細い植栽スペースが30mほど続き、首都高速の高架下の道路に突き当たって終わっている。この一見不思議なスペースがかつての川跡で、その地下の下水管を余水が流れるのか?と思われたが、これと直交する形で川跡らしき曲がりくねった路地があり、どうもよくわからない地形である。ギモンを解きに行ったのに余計なギモンが増えてしまった。

日東坂下遊び場 謎の植栽スペース
(左)手前が日東坂下遊び場、奥が自然教育園         (右)手前が謎の植栽スペース、奥に日東坂下遊び場と自然教育園

 仕方がないので家に帰って、再度東京都の下水道台帳を確認してみる。すると予想外のものを見つけた。
 自然教育園の森と湿地と沼の地下を貫通する下水管が描かれている。
 内径90cmの鉄筋コンクリート管で、南の目黒通りから自然教育園を南北に貫通して「遊び場」地下の下水管に繋がっている。あのうっそうとした森とヨシの生い茂った湿地の下に下水管が通っている。これは意外なことであった。

下水管ルート図自然教育園と下水管ルート(自然教育園の案内看板画像に加筆)

 下水管というものは長細い溝を掘って中に砂利を敷いて管を埋めて土をかぶせてしまえばできてしまうのであって、そこに後から木が生い茂ったりヨシが生えてしまえば「深い森の中の下水管」や「広大な湿原の中の下水管」はできる。それはそうなのであるが、この下水管にはどうしても不可解な点がある。

 それは、この下水管は公道の下に設置されていないということである。
 下水管は原則として公道の下に埋設される、というルールがあることを、以前公共溝渠のことを調べていたときに知った。
 たしかに私有地に埋設してしまうと、下水管が壊れて工事する時に所有者に断りを入れなければならないから不都合である。国公立の学校や公園の敷地ならそういう問題は軽減されるかもしれないが、例えば東京大学でも上野公園でも新宿御苑でもこのルールは守られていて、三四郎池や不忍池や玉藻池の地下に公共下水道はない。
 
 しかるに自然教育園では、そのど真ん中を、しかも中核施設とでも言うべき湿地帯を貫通している。通っている下水管は目黒駅東側エリアの下水を芝浦水再生センター方面に流すという重責を担っているが、下水道台帳図上では埋設場所の深さ、勾配、標高全て不明となっている。
 これはどういうことか。そこで別の方面から調べることにした。
 
 参照した資料は『自然教育園50年の歩み』という記念誌である。
 自然教育園は室町時代は豪族の屋敷、江戸時代は武家屋敷、明治時代は海軍弾薬庫、大正昭和は帝室御料地という、比較的開発圧力の小さい土地利用だったために自然の生態や地形が比較的温存され、これが戦後に注目されて当時の片山内閣が自然観察の場として保全することを閣議決定したという。

 しかしその後が大変であった。戦災復興や人口増、オリンピック、道路建設に地下鉄建設と、迫り来る開発圧力が戦前の比でない。ここに何かヒントが隠されていないだろうか。
 
 本書をひも解くと、この自然を守るのにはいろいろな困難があったことが分かる。
 保全決定後からしてがまずひと悶着である。文部省所管の自然「教育」園にしようとしたら、厚生省が「これは国民公園なのだから厚生省に引き渡せ」と言い、建設省が「これは都市公園であるから建設省に引き渡すべし」という。この時は世論が文部省案を推し、管理していた大蔵省もその方向で処理したために自然が保たれた。
 
 しかし文部省が管理したから安心かというとそんなことはなく、園内に食い込むように立地している朝香宮御用邸跡(今の庭園美術館の場所)を不動産会社が買い取ってホテルを建設しようとしたとか、外苑西通りの拡幅計画とか、恵比寿ガーデンプレイスの開発で地下水が枯渇しそうになるとか、正門前の目黒通りが拡幅されて園地が削り取られるとか、その下に地下鉄南北線が建設されるなどピンチは次々に襲ってくる。
 同園はそのたびに対策を迫られた。
 例えば地下鉄白金台駅のホームが地下深くにあって階段がホームの両端にしかないのは、地下水脈の分断を最小限に抑えようとした結果である。
 
 しかし同園の歴史を振り返ると最大の危機は、設置当初に持ち上がった首都高速目黒線の建設といえた。
 首都高速目黒線は、西五反田付近から白金、天現寺を経由して都心環状線に接続する高速道路で、その計画は昭和25年に公示され、昭和42年に開通した。
 現在自然教育園の西側をぐるりと囲んでいるが、囲んでいるというよりは削り取ったと言うほうが正しく、おかげで同園は外周部の森を0.69ヘクタール喪失し、一部の土地が分断されて飛び地になった。
 高速道路の直下には一般道路の補助17号線がトンネル形式で併設され、これらが発する騒音や排気ガスや夜間照明が、自然教育園の生態系にかなりのダメージを与えたことは想像に難くない。
 
 首都高速2号目黒線と飛び地
 
  首都高速(左)に分断された自然教育園の飛び地(右)。本園は青帯の壁の向こうの道路のそのまた向こうにある


 しかしこれでもましな結果なのであった。
 なんと昭和25年に公示された建設ルートは、現ルートとは違って園内のど真ん中、湿地帯と小川と沼をつぶして通す計画になっていた。
 これが実現すると同園は二つに分断され、水辺のほとんどが失われる。この計画は東京オリンピック開催を視野に入れて策定されたもののようであるが、前年に自然教育園が「豊かな自然を国民に提供しよう」というコンセプトで開園したことを念頭に置くと、あり得ないルート選定である。
 当時の報道によれば都市計画を所管する東京都が配慮を怠っていた、というような事情があったようであるが、この計画には反対運動が巻き起こり、妥協案として昭和34年に現ルートに変更された。
 
 さて、この変更前の「ど真ん中ルート」をよく見ると面白いことが分かる。
 ルートを北に向かってなぞると、件の「遊び場」謎の植栽スペースの上を通り、首都高速目黒線のルートに合流する。しかもこのルートだと首都高速はカーブが少ない理想的な線形になる。

 ギモンが解けてきた。
 どうやらこのスペースはど真ん中ルートで開通させるべく自然教育園境界手前まで確保していた道路用地が、その後のルート変更で盲腸のように残ってしまい、「遊び場」として利用しているもののようである。道路用地であるものを暫定的に利用しているので「公園」とは呼ばずに「遊び場」なのであろう。

 これを念頭にもう一回下水道台帳図を見る。
 すると「ど真ん中ルート」は下水管の敷設ルートにぴったり重なる。なるほど。この下水管は将来の道路建設とセットになっていたのであるか。
 ルート変更で道路は建設されなかったが、地下の下水管だけは先に作ってしまったのであろう……妙な工事の仕方であるが、そのように私は推測した。

 さてしかし、このルートは昭和25年に決定されたものではなかった。
 昭和2年の『大東京都市計画道路網図』という地図にこの「ど真ん中ルート」の計画線が引かれている。この計画は関東大震災後に東京の市街地が山の手方面に膨張していったことに伴って策定されたものであるという。

 この時代背景を考慮に入れると、ど真ん中ルートの自然破壊的な発想はさほど不自然ではない。
 当時は小川の流れる谷戸など珍しくもなかったであろうし、震災対策のためには自然よりも広い道路を欲したに違いない。
 現代人が郊外の山林を貫通するバイパス道路を作るような感覚に近いかもしれない。 

 ど真ん中ルートの起源がここまで古い都市計画にあるのだとすると、いかに自然教育園内とはいえ、これはれっきとした「未来の道路予定地」である。しかも建造物は何もなくて所有者は行政機関である。そのような場所に先行して下水管を敷いておくことに何の不都合があろうか。そこで昭和初期から34年の計画変更までのある時期に敷設されてしまったのではないか。そうに違いない!

 この仮説の真偽を確かめるには下水管の敷設年を調べればよい。
 敷設年と図面は東京都庁の下水道台帳閲覧室で公開している。結果は次のとおり。

 A 目黒駅東側から自然教育園を通って同園北端付近まで: 昭和42年。ただし詳細図なし。
 B 同園北端から「遊び場」と謎の植栽を通って下水道白金幹線まで: 敷設年不明。詳細図なし。
 C 下水道白金幹線: 昭和2年 詳細図あり。

 拡大する
 国土地理院電子地形図「東京西南部」より抜粋・加筆。旧白金御料地の場所が自然教育園、旧朝香宮邸が庭園美術館。


 なんと仮説ははずれであった。
 同園内のA下水管の敷設は昭和42年。昭和34年の計画変更で同園内に公道が通らないことが決定して8年も経ってから敷設している。
 公道になる見込みがなくなった場所に、しかも森と湿地の地下にあえて下水管を新設する……
 どうも理由が分からない。謎解きは振り出しに戻ってしまった。   (「54 眠れる森の下水管(後編)」につづく)


※「渋谷川」は上流部の呼称で、下流部は「古川」と称し、この付近は両者の境にあたるが、文中では渋谷川に統一する。


(参考文献)
地形を楽しむ東京「暗渠」散歩』 本田創 編著 洋泉社 平成24年
『自然教育園 50年の歩み』 国立科学博物館附属自然教育園 平成11年(東京都立中央図書館で閲覧可能)
大都会に息づく照葉樹の森―自然教育園の生物多様性と環境 (国立科学博物館叢書) 東海大学出版会 平成25年
『東京地下鉄道南北線建設誌』 帝都高速度交通営団 平成14年(東京都立中央図書館で閲覧可能)

(参考にしたウェブサイト)
東京peeling!「三田用水と白金村分水」 lotus62さん
国立科学博物館付属自然教育園のサイト 同園までは源頭の目黒駅から地下水脈のルートをたどって徒歩7分。
『自然教育園(旧白金御料地)外周土塁の調査』 岡本東三(自然教育園報告15,33-42,1984-03に収録)
大東京都市計画道路網図(昭和2年)(品川区長期基本計画(改訂版)に一部収録)
東京都下水道局下水道台帳


<目次にもどる>

・続編のお知らせ

 首都高目黒線(庭園美術館付近)
 ご愛読ありがとうございます。
 11月8日(土)からドブ川雑記帳続編を掲載いたします。
 名付けて「山へ海辺へ東へ西へ。東京近郊日帰り下水行楽編」。
 毎週土曜日に1話更新、全10話を予定してします。
  
 予定記事(章番号は通番です。予定変更になることがあります。)
  第53章 眠れる森の下水管(前編) 
  第54章 眠れる森の下水管(後編)
  第55章 この水は飲料水として使用できます 
  第56章 海の家の下水道 
  第57章 上流都市
  第58章 古隅田川
  第59章 一級河川荒川起点の碑
  第60章 法定外公共物にただよう情趣について考える
  第61章 中川ウェットランド(前編)
  第62章 中川ウェットランド(後編)

  今までの記事の目次はこちら

・修正用雑記帳その14 国有財産法と水路関連

第31章「公共溝渠と普通河川と水路はどう違うのか(後編)」関係

 国有財産における水路の説明が誤っていたので訂正した。この間違いは、荒川の源流に関する別のギモンについて調べている過程で判明した。法律用語の説明という基本的なところで誤りがあったことについて、まずお詫びします。

 訂正前は、
「国の財産のうち公共用財産(道路法とか河川法といった特定の法律で管理されているモノ)でないものを普通財産といい」
と記していたが、普通財産とは、「国の財産のうち行政財産を除いたもの」のことであった。
 その行政財産の中に「公共用財産」というカテゴリーがあり、河川はここに入る。

 また、その前段で
「いっぽう水路は国有財産法から見た用語で、」
と記していたが、
「水路」という用語は、国有財産の管理についての解説などには頻繁に出てくるが、なんと当の国有財産法には水路という用語は単独で出てこない。迂闊なことであった。

 よって、これらの箇所を書き改めた。 
 するとここで「水路も公共用財産なのか?」というギモンが出てくるわけであるが、それについては大変面白いことになっているので、荒川の源流に関する記事と併せて、後日改めて記したい。

<目次にもどる>

52 長距離河川の孤独

  霞ヶ浦(沖宿) 霞ヶ浦(土浦市沖宿町)
 (第51章 「アオコのにおい」からつづく)

 昭和48年の霞ヶ浦(西浦)のCOD平均値は7.3mg/L。
 平成23年のそれは8.2mg/L。現在のほうが増えている。
 この40年ほどの間、着々と下水道が整備されて下水の浄化処理は進んでいるはず。平成22年度末の霞ヶ浦周辺の汚水処理人口普及率(下水道や集落排水処理施設、合併浄化槽などで生活排水の処理ができている人口の割合)は、
  
  土浦市93.4%
  つくば市87.5%
  かすみがうら市83.3%

である。
 これは決して低い数字ではない。このように処理施設で有機物を分解しているにもかかわらずCODが減らないとはどういうことか。
 これに対する一般的な答えは、こうである。

 ・排水には窒素分(尿などに含まれる)やリン(肥料などに含まれる)が多く含まれる
 →これが水中でプランクトンの栄養分になってプランクトンを増殖させる
 →増殖したプランクトンは有機物であるからCODを引き上げる
 
 
よって、そのような事態を防ぐために、霞ヶ浦周辺では浄化槽を設置する際に、窒素やリンの除去できる高度処理型のものを設置している。しかし問題はもう少し複雑なようである。
 つくば市にある国立環境研究所には湖沼専門の研究セクションがあり、そこが公表する研究成果がもう一つ新しい原因を解明している。抜き書きすると次のとおり。(詳しく知りたい方はリンク先の原典へ)

 ・CODの高さには、「難分解性溶存有機物」が関与している。
 ・難分解性溶存有機物とは、「微生物に分解されにくいが水に溶ける有機物」のことである。
 ・難分解性溶存有機物の主要な排出源の一つは下水処理水である。
 ・難分解性溶存有機物は水道の浄水過程でトリハロメタンの原因物質になるという問題がある。

 
 実際には、水中に難分解性溶存有機物が溶けていても、オゾンで有機物を分解する高価な装置を浄水場に備えれば、安全でおいしい水はできる。しかしどんな形態にしろ有機物が多すぎるというのは、水に余計なものが混じっているということであるし、霞ヶ浦の汚さがCODで評価されてしまう以上、これを下げなければ霞ヶ浦がきれいになったということにはならない。

 おそらくそういうことで、霞ヶ浦近辺では今も水質対策が熱心に行われている。
 霞ヶ浦の浄化対策は、およそ思いつく限りの対策が実行されているのではないかと思うほどバリエーションに富んでいて、「てんぷら油を流しに流さないようにしましょう」や「浄化槽の清掃をこまめにしましょう」から始まって、「アシの群生する水域を作って有機物を吸収させる」とか、「流入する水路でクウシンサイを栽培して有機物を吸収させる」といったものまであり、その創意工夫ぶりには感心してしまう。
 
 しかしその中に、「あまり感心できないがとても興味深い対策」を見つけた。
 それは、「水戸近辺の太平洋に流れ出る那珂川の水の一部をトンネルで霞ヶ浦に流し込む」というものである。
 水戸から石岡を通って土浦まで約40kmのトンネルを掘る。おそらく那珂川の水は霞ヶ浦よりもきれいだから、こうすれば水質の問題が解決しそうである。このトンネルは一部完成している。
 しかしこれは遠大すぎる計画である。お金がかかりすぎる。いくら霞ヶ浦の水質をよくするためとは言っても、そのために長大トンネルを掘るなんて。
 
霞ヶ浦図1

 と思っていたらこの計画は、「見直すべき公共事業」としていろいろと論議を呼んだらしく、「膨大なコストに見合う効果が見込まれるか否か」について論議した経過が国交省のウェブサイト(※1)に載っている。

 この内容が大変不思議なことになっている。何が不思議かというと、討議しているメンバーの構成である。  
 このメンバーには、国交省と茨城県のほか、千葉県と埼玉県と東京都が入っている。
 霞ヶ浦の浄化に一番関係があるのは茨城県であろうからこれは分かる。次に関係があるのは千葉県で、霞ヶ浦は利根川の最下流部に流れ出るから、霞ヶ浦がきれいになれば千葉県の銚子あたりに少しはメリットがあるといえる。
 しかし東京と埼玉には何も関係がない。
 東京の人が霞ヶ浦に遊びに行ったときに快適でいい気持ちになるくらいのものである。しかもこれらの都県はお金まで出しているらしい。ますます不思議である。
 
 各県のリアクションも不思議である。
 まず茨城はこの計画に大賛成。これは分かる。千葉も賛成で、まあこれも分かる。
 しかし埼玉と東京も賛成している。
 霞ヶ浦をきれいにすると埼玉と東京にどんなメリットがあるのか?これらの都県は利根川水系に水道水源を依存する運命共同体だから、茨城の水質対策にも一肌脱ごう、ということなのか?
 
 しかしそんなことはなく、調べると次のようなことが分かった。

 ・このトンネル(「那珂導水路」という)はもともと霞ヶ浦をきれいにするためのものではなく、茨城県北部の那珂川の水を霞ヶ浦に引き込んで、茨城県南部で利用できる水量を増やす(毎秒5200L)ためのものである。
 ・しかしそのためだけならば単に茨城県内南北間で水道管をつなげれば用が足りるはずであり、もう一つ目的がある。
 
 ・実は「那珂導水路」は、「利根導水路」と「北千葉導水路」とセットになった施設である。
 ・「利根導水路」は霞ヶ浦から利根川(河口より約42km地点)へと水を流す水路、「北千葉導水路」は利根川(河口より約76km地点)から千葉県松戸市の江戸川に向かって水を流すトンネル水路で、いずれも完成している。
 ・北千葉導水路が江戸川に流れ込む地点には東京都三郷浄水場と埼玉県新三郷浄水場の取水口が、約8km下流には東京都金町浄水場取水口がある。
 
 ・これらを繋ぐと那珂川の水を東京まで運ぶことができる。
 ・これによって水道などに使える水が増える。その量は東京が1400L/秒、埼玉が940L/秒、千葉が1526L/秒(平成23年現在の計画)。
 ・要するに、もともと那珂川→霞ヶ浦→利根川→江戸川という経路で茨城北部から東京方面へ水を引っ張り込もうというプロジェクトがあり、霞ヶ浦の浄化はその副産物である。

    霞ヶ浦図2
 
 うーんそうだったのか。
 しかしこれはよく分からない計画である。何が分からないかというと、

 ・利根導水路(霞ヶ浦→利根川への水路)が、利根川に放流するのは河口から42km地点(※1)。
 ・しかし北千葉導水路(利根川→江戸川への水路)の取水口は利根川河口76km地点。34kmも上流である。
 ・これでは利根導水路からの水を北千葉導水路は受け取ることができないのではないか?
ということである。
 
 このギモンは調べてもなかなか分からない。例えば国交省の小学生向けパンフレット「北千葉導水路ってなあに?」の説明文はこうである。
「「江戸川の水が足りなくなると、江戸川から飲み水などを取っている流域の人々が困ります。そこで利根川の水を北千葉導水路をつかって江戸川に送り、水不足にならないようにしています」
 言っていることは正しいが、これでは私のギモンは解決しない。下流に放流した水をどうやって上流から取水するのか?
  霞ヶ浦 図3

 そこで別の方向から調べてみた。北千葉導水路に関しては、建設に反対していた人がいて、その人の書籍が北千葉導水路の仕組みを完全解明している。この人は農業用水利権が専門の大学教授なので、摩訶不思議な北千葉導水路の仕組みを分かりやすく解き明かしている。分かったことは次のとおり。

 ・実は利根川河口から18km地点に利根川河口堰(昭和46年完成)という大きな堰があり、そこで水を堰き止めている。この堰がポイントである。
 ・この堰の目的は、「洪水を防いだり、海の塩水が利根川に遡上することを防いで農作物の塩害を防止すること」とされている。
 ・利根川下流部は、河口から76km遡っても海抜は3mほどしか上がらないという緩やかな勾配である。しかもこの区間は浚渫によって川底が掘り下げられている。
 ・よって、海が満潮の時や、利根川の流量が渇水で少ない時にはこの区間に塩水が入り込む。塩水が農業用水路に流れると水田に流れ込んで稲が枯れる。これを防ぐのが河口堰の目的である。

 ・ところで、河口堰の水門で満潮時の海からの塩水を阻止すると、河口から76kmくらいまでが細長い淡水の貯水池のようになる。この水は水道用にも使える。当然これを水道用水、特に東京向けの水道用水に使いたい。
 ・さらに都合がいいことに、これは貯水池のようなものであるから、河口堰(河口から18km地点)で堰き止めた水を反対側(河口から76km地点)で取水するというようなこともできる。この地点に北千葉導水路の取水口はある。
 ・さらに、「貯水池」の真ん中(河口から42km地点)に霞ヶ浦から利根導水路経由で水を流せば、池の端の北千葉導水路取水口(河口から76km地点)でその分を吸い取るということも当然できる。

 ・こうして取水した水を北千葉導水路経由で江戸川に流す。その量は計画では30000L/秒。
 ・つまり那珂川→霞ヶ浦→利根川→江戸川の導水計画は、利根川河口堰という名のダムの存在を前提にしたものである。


 私はダムというものが山の中にあることは知っていたが、まさか河口のあれがダムの一味だとは知らなかった。利根川の中流部には利根大堰というのもあるから、してみると利根川は河口から源流まで川の形をした連続ダムのようなものであると言える(※2)。
  図4
  利根川河口堰    利根川河口堰(右側。左側は霞ヶ浦からの常陸川水門)を上流側から見たところ。この先で両河川は合流する。

 北千葉導水路の話には続きがある。
 北千葉導水路が、闇雲に毎秒30000Lの水を利根川から取水すると利根川が干上がる恐れがある。よって、国交省はこの水をどこから生み出すかをきちんと計算している。
 ・まず、利根川河口堰で今まで以上に正確に水をコントロールして無駄に海に流す水を極力少なくして生み出す水が10000L/秒。
 ・次に、那珂川→那珂導水路→霞ヶ浦→利根導水路→利根川経由で補給する水が4240L/秒。
 ・最後に、中流(埼玉県)の利根大堰で取水していた水を、取水するのをやめて下流の北千葉導水路での取水にシフトする分が15760L/秒。
 ・すると、利根大堰の処理能力に15760L/秒分の余裕が出る。
 ・そこで、群馬県の山中にダムを作って水を貯め、16000L/秒の水資源を開発し(※3)、利根大堰で取水することにする。 
 ・これが八ツ場ダムである。(※4)

図5
 
 このダムもまた「見直すべき公共事業」として平成21年頃にニュースで盛んに取り上げられたが、工事は一旦中止された後、しばらくして再開された。
 このときは群馬(と東京)のニュースだと思って見ていたが、なんと八ツ場ダムは霞ヶ浦の計画とつながっていたのであった。両者は関東地方の北端と東端で東京への水供給拡大プロジェクトの両翼を担っていたけれども、水が余るようになって揃ってその意義が疑われ出したものと見える。
 
 してみると霞ヶ浦の水質の問題は結構重大である。
 仮に霞ヶ浦の水が汚すぎて水道原水に向かないというようなことになると、この遠大なプロジェクトの歯車が狂うことになる。現在でも茨城県は我慢して水道用に使っているが、あえてさらに東京向けに、ということにはしにくくなる。これでは何のために長大なトンネル水路を掘ったのかが分からない。これを回避するためにも霞ヶ浦はなんとしてもきれいにしなければ・・・・・・
 霞ヶ浦の水質対策はそんな切実さをはらんでいるように見える。


(注釈)
※1 ここの距離だけは資料で見つけることができなかったので、川沿いに立っている「海まで△△km」の看板を見て書いた。

※2 ついでに言えば、利根導水路は利根川から水を吸い上げて霞ヶ浦に流すという逆の流し方もできる。これは霞ヶ浦に水をストックしておく機能を持たせたもので、要するに霞ヶ浦もダムのようなものと言える。

※3 ダムがあってもなくても降る雨の量は変わらないから、ダムを作ったことを以って「水資源が開発された」と言うのは違和感があるが、「水資源」とは、「いつでも安定して使える水」(安定水源)のことを指すようである。
 大雨の氾濫で使われずに流れ去ってしまう水は無いのと同じであり、そういう水をダムに貯めておけば、安定して使える「水資源」を「開発」できる、というのがここでの考え方と思われる。
 なお、こうした水資源はダムができる前は「不安定」水源なわけであるが、当たり前のことながら、不安定であっても渇水時以外は水道水源として使える。こういう水を使うことのできる権利を「暫定水利権」というそうである。

※4 これは農業用水利権の研究者の書籍で述べられていたことであったが、こうした計画が実際に実在したのか調べてみると、東京都の「第四次利根川系拡張計画」(昭和47年認可)は以下のようなことが書かれており、この計画を裏付けている。また、若干存在意義があいまいな北千葉導水路の建設経緯もよく分かる。
 ・中流部の利根大堰では、そこから送水する水路の容量がいっぱいで余裕がない。
 ・一方で、建設省(当時)の指導により、「水道原水はなるべく下流の方で取水すべき」とされた。水道事業者は水質のよい上流で取水したがるが、そうすると河川の流量が激減して水質や他の既得水利権者(農業用水など)に影響するからである。
 ・これにより、利根川では、中流の利根大堰で取水するのは、上流域で開発された水に限定することとされた。よって、上流の八ツ場ダムで開発された水は利根大堰で取水してよいが、下流部の水は、新たに北千葉導水路を新設して、そちらから送水すべきこととされた。


(参考にした文献およびウェブサイト)
『利根川の水利』 新沢芽嘉統 岡本雅美 著 岩波書店 昭和60年6月
利根川の下流部の水利権を解説している。農業用水利権の視点から、国土交通省のウェブサイトでは触れてくれないことを明快に解説してくれる。水利権は上水道ユーザー(自治体や厚生労働省)、農業用水ユーザー(農林水産省)、河川ユーザー(国土交通省)でいつも対立するらしく、この3者の言い分を読むと逆に全体像がよく分かる仕組みになっている。

「霞ヶ浦に係る湖沼水質保全計画(第6期)」の4~6ページ(茨城県霞ヶ浦環境科学センターのウェブサイト)
 窒素・リンが霞ヶ浦の水質悪化させている現状を解説している。

「霞ヶ浦の水質は改善されたでしょうか」 (国立環境研究所のウェブサイト)
 難分解性溶存有機物について解説している。

国土交通省関東地方整備局「霞ヶ浦導水事業の検証に係る検討」のページ
 この検証は現在も進行中である。

「利根川水系河川整備基本方針 利根川水系流域および河川の概要」(国土交通省のウェブサイト)の61ページ 
 霞ヶ浦導水事業の分かりやすい図がある。

東京都第四次利根川系水道拡張多摩水道施設施設拡充事業誌 東京都水道局 平成11年
3月(東京都水道歴史館ライブラリーで閲覧可能)


<目次にもどる>

・修正用雑記帳その13(近代ドブ川研究の母・アオコ関連)

第44章「夏のドブ川(後編)」関係

 ナイチンゲールについて調べていたときのことであった。
 なぜ唐突にナイチンゲールが出てくるかというと、ウクライナのクリミアのことが頻繁にニュースで報じられるからであった。
 私は最初、「なぜクリミアではたびたび戦争が起きるのか」についてギモンに思って調べていたのであるが、なぜかクリミア戦争の戦地の病院で活躍した彼女の生涯を調べる方向に脱線し、感動してしまったのであった。
 
 wikipediaによれば彼女は「近代看護教育の母」と称されているようである。なるほど、彼女が体系的な看護教育を切り開いたのであったか。
 彼女の活動は後年、アンリ・デュナンによって高く評価される。デュナンは赤十字国際委員会の創設者の一人で、「赤十字の父」と言われている、とこれまたwikipediaにある。
 
 ここで私は「ドブ川雑記帳」の恥ずかしい過ちに気付いたのであった。
 「夏のドブ川(後編)」で私は、微生物学者のヴィノグラドスキーを「近代ドブ川研究の父」と呼び、「なお、近代ドブ川研究の母は、パストゥールとしておきたい。」と書いている。
 
 ある分野の科学の発展の祖となった人が男性の場合、「近代○○の父」と呼び、女性の場合「近代○○の母」と呼ぶのであった。したがってパストゥールは男性であるから「母」と呼ぶのはおかしい。考えてみれば当たり前である。恥ずかしいのでこの一文は削除しておいた。
 
 なお、ナイチンゲールは病院内を衛生的に保つことに意欲的に取り組み、その結果、兵士の死亡率は劇的に低下した、とある。
 衛生を保つということが命に関わる重要事項であるとすると、三面コンクリート張りで人が立ち入れないようにされたドブ川のあの形状は、あるいは衛生思想の賜物であったのかもしれないな、とも思う。


第29章「窒素の問題(後編)」関係

 この章で、「アオコに埋め尽くされた水路とごみ」の写真として、葛飾区にある四つ木排水機場の写真を載せている。しかし、アオコというものはよくよく近づいて突っついてみたりしないと本当にそれがアオコなのかどうかは判別できない、ということを霞ヶ浦で知った。
 この「アオコ」は近付いて見ることはできないので、したがってアオコかどうか分からない。よってこの写真は削除したいと思う。代わりに霞ヶ浦のアオコを載せておきたい。

51 アオコのにおい

 霞ヶ浦のアオコ 霞ヶ浦(茨城県土浦市)

 第50章『泳げる霞ヶ浦』を読んだ方からコメントをいただいた。
 平成25年の夏も霞ヶ浦にはアオコが発生し、においもひどかったという内容であった。
 
 霞ヶ浦のアオコは以前ほどひどくはないと聞いていたし、私が訪れた7月15日はアオコは見なかったが、おそらく水温の高くなる8月頃にはアオコが発生する日もあったのだろう……。
 そう思って国交省の霞ヶ浦河川事務所のホームページを見た。ここに毎日のアオコ発生状況が載っている。
 
 すると、7月15日にもアオコは大発生していて悪臭がひどかった、とある。しかも6段階あるうちの発生レベルのうち、悪いほうにあたるレベル4で、あろうことか私の訪れた土浦港で発生していたという。私はあの日いったい何を見ていたのか。
 
 私は反省し、平成25年9月29日、再び土浦にやってきた。
 自分の目でアオコを確認したい。9月の終わりならまだ水温は高いからアオコはいるはずである。天気は晴れ、気温25℃、湿度52%、南南東の風、風速2m/sであった。筑波山がくっきりと見えた。
 
 コメントを下さった方の情報では、新川という小河川でアオコが大発生したというので川を遡ってみる。

  アオコ除去装置

 しかしアオコは見えない。川の水は濁っていて決してきれいではないが、アオコはない。アオコ抑制装置が稼動しているのが見えたが、抑制装置が効果を発揮しているのか、アオコは見当たらない。しかし今日は絶対にアオコを見つけ出したい。
 霞ヶ浦に戻って今度は西岸を行く。アシの水辺をよく見る。するとアシの茂みの水面に緑色の塗膜が見えた。
 
  アオコ軍団

 これだ。
 これがアオコというものであるか。
 まさに抹茶色のペンキである。鮮やかだった。
 アオコはペンキを流したように見えるが、よく見ると2mm四方くらいの物体が無数に浮遊している。そのうちの一部は護岸のコンクリートにへばりつき、緑色に染め上げている。
 比重が水より軽いのか、アオコの浮かんだ水を木の枝でかき回すと一時的に沈み、また浮かぶ。枝ですくってみると粘性があり、枝によく付く。例えるとインドカレーくらいの粘り気で、水分は含んでいるが決して水には溶けない。
 コンクリートに擦り付けてるとよく付き、アクリル絵の具のように伸びがよくて鮮やかで不透明である。
 
  アオコ棒

 鼻に近づけてみるとにおいはしない。
 ボトルに入れて振ってにおいを嗅ぐとかすかに青くささを感じるが、それほど強烈なものではない。アオコは悪臭があるという話だが、少なくとも水に浮いている状態では無臭に近い。
 
 このアオコをペットボトルに入れて持ち帰ることにする。
 アオコの浮かぶ湖水に腕を入れると皮膚にもよく付く。水ですぐに洗い流せるが、アオコが付いたところは後で少し痒くなった。「アオコは触っても問題ない」と書いたが、どうやらかゆみが出るもののようである。

  採れたてアオコ
 
 私は、猛毒ミクロキスティンを詰めたボトルをバッグに忍ばせて帰宅し、毎日自宅で観察した。以下は観察記録である。
 なお、ボトルは蓋を閉めて自宅の窓際に置いた。したがって、アオコは自然状態のものより早く酸欠になり、腐敗することになる。

1日目(採取日)
  アオコ1日目 
 ・静置するとアオコの緑の層と透明な水の層がくっきり分離する。
 ・木のくずのような沈殿物がごくわずかに底に溜まっている。
 ・においはわずかに青臭いにおい。強引に例えると「ライチの腐ったにおい」。

2日目~4日目
 ・変化なし

5日目 
 ・振ってみると緑色が均一に広がり、また2層に分かれる。

6日目~8日目
 ・外見上あまり変化なし。
 ・依然鮮やかな緑色を保つ一方、底にこげ茶色の沈殿物が増えてくる。

9日目
 ・よく振って蓋を開けると鼻が曲がるようなにおいがする。
 ・鼻が曲がりながら臭気を分析すると、臭気は①刺激臭、②青臭さ、③腐卵臭で構成されていると思われた。
 ・①はアンモニア、②はアオコのもともとのにおい、③は硫化水素ではないかと思われる。

13日目
  アオコ13日目
 ・①と③のにおいが増強されている。汲み取り便所のにおいに似ている。
 ・アオコは鮮やかさはなくなってくすんだ緑色になっている。
 ・底にはこげ茶色のヘドロ状のものが増えている。
 ・透明だった下部の水が緑色に濁ってきた。

21日目
  アオコ21日目
 ・におい変わらず。
 ・アオコの鮮やかさはくすむ傾向。
 ・ヘドロ状のものはあまり増えないが黒くなる。
 ・水の色の緑色化は加速。

47日目~119日目(写真は119日目)
  アオコ119日目
 ・においは微減傾向。
 ・水は均質に濁り、緑色から黒緑色へと変色。
 ・以降あまり変化なし。

 さて、確かにボトルのアオコは鼻の曲がるようなにおいであったが、果たしてこれが「霞ヶ浦のアオコのにおい」なのか。
 それを知りたければ来夏まで待って現場で嗅げばよいわけであるが、時間がかかりすぎるので書籍で調べることにする。昭和40年代の霞ヶ浦を記録した写真集で、霞ヶ浦沿岸出身の医学博士が出版したものである。ここにアオコのにおいの形容が載っている。

 ・汲み取り便所臭
 ・どぶ臭
 ・鶏卵腐臭
 ・にんにく腐臭
 ・たくあん腐臭
 ・大便臭
 ・汗臭

 ぴったり合っている。ペットボトルアオコはこれらの臭気を混合したようなにおいである。たくあん腐臭とは言い得て妙で、まさにそういうにおいも混じっている。このにおいが湖岸に漂うのか……。
 私は前章で、においの問題は大したことがないようなことを書いていたが改めたい。アオコのにおいは大問題である。
とは言うもののギモンも残る。それは、

「アオコのにおいは確かに激臭だが、そのほかの腐敗物に比べてさして差があるとも思えない」

という点である。においということなら底に大量に溜まっているヘドロだってくさいはず。それなのになぜアオコのにおいだけが問題視されるのか。アオコとヘドロでどのような違いがあるのか。アオコのにおいを嗅ぎながら考えた。
 おそらくこういうことではないか。

 ・確かにヘドロはくさいが、水中に沈んでいるので臭気の拡散は起こりにくい。
 ・一方、アオコは浮かんでいる最中に腐って腐臭を放つ。
 ・まさにこの性質によってアオコは外気に接触しながら腐臭を拡散することが可能になり、ことさら嫌われる要因につながる。


 このことは、第50章『泳げる霞ヶ浦』の時には気が付かなかった。アオコは浮きながら腐るからくさいのであって、沈んでヘドロになる分にはさほどくさくないのではないか。
 そうであれば、次のような発想が出てくることになる。

「アオコが発生してしまったとしても水の中に沈めてしまえばいいのではないか」

 例えば、くさいドブ川というものは、よく見ると水量が少なくて水面上にヘドロが顔を出している。逆に水量が多くて水面下に収まっていれば、水が多少汚くてもさほどにおわない。
 ヘドロの発するガスは大気中(分子同士の結合が緩い)では自由に動けるが、水中(分子同士の結合が堅牢である)では自由な動きを封じられるものと思われる。

 新川で見たアオコ抑制装置は、おそらくこの原理を活用したものであろう。
 この装置は簡単に言うと「水をかき混ぜてアオコが群れるのを防ぎつつ、超音波照射装置でアオコを粉砕して水底に沈める」装置であるが、こうすれば問題の根本的な解決にはならないものの、悪臭問題の解決にはなる。

 霞ヶ浦においてまず我慢ならないのは水質の悪化よりも「外気に触れて腐敗したアオコの悪臭」であろうから、この問題を解決してしまえばひとまず胸を撫で下ろせることになる。こうして時間稼ぎをしつつ地道に水質改善を進める、という霞ヶ浦周辺の戦法が少しずつ分かってきたのであった。
 ただしその戦法は気の遠くなるほど遠大なものであった。そのことは後になって知った。

(追記)
後になって知った結果はこちら。第52章 長距離河川の孤独


(参考文献)
『目で見るふるさと 霞ヶ浦 その歴史と汚濁の現状』 崙書房刊 坂本清著 1976年7月10日
 この写真集は、土浦駅近くの つちうら古書倶楽部で手に入れた。ここは蔵書数がものすごく多い上に質が高いという、驚きの古書店であった。しかも店の脇には、かつて霞ヶ浦と土浦城の堀を結んでいた川の暗渠がある。
 なお、この本は絶版であるが、茨城県霞ヶ浦環境科学センターの資料室で閲覧可能。


<目次にもどる>

・修正用雑記帳12 普通河川の定義関連

第30章 「公共溝渠と普通河川と水路はどう違うのか(前編)」関係

 この章では、普通河川と水路と公共溝渠の不明瞭な関係を解き明かすべく奮闘したが、ついに川崎市で普通河川の定義が明確にする動きがあった。
 「川崎市における河川:河川管理区分」という表がホームページに新設され、普通河川を「河川法の指定ないし準用されない河川のうち、おおむね流域面積2キロ平方メートル以上のもので、かつ河川本来の機能を保持させる必要があると認めるもの」と定義している。これ以外は水路ということであろう。
 これは革命的である。こんなところに目配りするなんて川崎市はツボを心得ているといえる。

<目次にもどる>

50 泳げる霞ヶ浦

  5823 霞ヶ浦(茨城県土浦市)

 茨城県は排水に関する規制が非常に厳しいところである。
 これはラーメン排水について調べた時に気が付いた。
 全国一律の水質汚濁防止法に加えて、霞ヶ浦水質保全条例というものが制定されて、より厳しい排水基準を守らないといけないようになっている。この条例は水質汚濁防止法の上乗せ規制から始まって、家畜の糞の処理、高度処理浄化槽の義務化に至るまで異例の厳しさで排水規制をしている。
 
 関東各県は東京湾という汚れやすい湾があるので全般的に水質規制が厳しいが、東京湾に面していない茨城県が厳しいのは条例の名が示すとおり霞ヶ浦があるからと察せられる。
 霞ヶ浦は湖というよりは巨大な沼で、面積は全国第2位であるものの、平均水深は4mしかない。
 その昔、埼玉県の荒川流域から千葉県の印旛沼にかけての低地は海の底であったが、地球が寒冷化すると氷河ができて海岸線が後退して陸地になり、少し低い場所は湖沼になった。そのためにこのエリアは牛久沼や手賀沼などの浅く大きな沼が多い。
 霞ヶ浦もその一つで、平地の中小河川から流れてきた水が霞ヶ浦という浅い水溜りに流れ込んで、余った水が利根川の下流部に吐き出される。この流れ出すサイクルがかなりゆっくりであることから、底に泥が溜まりやすく、澱んでいるうちに水質が悪化する。

 と、このようなことは1970年代から指摘されていたそうであるが、それにしても茨城県の水質対策に対する執念は相当なものがある。毎年「霞ヶ浦水質浄化ポスターコンクール」が開催され、研究者によって水質浄化対策が研究され、それを習得するための環境学習プログラムが多数ある。しかもその内容が充実している。

 恥ずかしながら私はその理由がよく分からなかった。
 「霞ヶ浦をきれいにしよう」という熱意は感じるのだが、「何がどうまずいのか」がよく分からなかった。
 あまりに長年議論されすぎていまさらそんな初歩的なギモンを発せられないような雰囲気でもある。なぜ霞ヶ浦ではこれほど熱心に水質浄化対策するのか。霞ヶ浦はそれほどまでに汚いのか?

  role principale 主役を明示している看板
 
 調べると、霞ヶ浦の水質はCOD(化学的酸素要求量)平均値で8.1mg/L程度。湖沼なのでBOD(生物化学的酸素要求量)ではなくCODで表される。
 これがどのくらいの汚れなのかピンとこないので、環境省のホームページで他の湖や海と比較してみる(データは平成23年度)。

  支笏湖(北海道) 1.0mg/L
  中禅寺湖(栃木県) 1.2mg/L
  小河内貯水池(東京都) 1.6mg/L
  河口湖(山梨県) 2.7mg
  琵琶湖南部(滋賀県) 3.3mg/L
  諏訪湖(長野県) 4.0mg/L
  尾瀬沼(福島・群馬) 4.7mg/L
  児島湖(岡山県) 7.6mg/L
  霞ヶ浦(茨城県) 8.1mg/L
  印旛沼(茨城県) 11.0mg/L
  東京湾(東京・神奈川・千葉) 2.7mg/L
  大阪湾(大阪・兵庫・和歌山)) 2.5mg/L
 
 これは汚い。私の不見識であった。水質対策に力が入るのも分かる。
 しかしそんなに汚いのなら実際に見てみたい。どんなドブ川が流入しているのかも見てみたい。
 まことに不届きな動機ながら私は、霞ヶ浦西端の市街地、土浦市に行ってみた。12月のことであった。冬は水がきれいな時期なのであまり適してはいないが、とりあえず行ってみた。まず土浦市街を貫通して霞ヶ浦に注ぐ桜川という川に行く。ところが。

 水はきれいではないが、汚いというほどではない。他のもっと小さな川や工業団地の川も見たが汚くはない。
 次に湖岸をめぐってみると、浮遊物がちらほらするがやはり汚くはない。湖岸に下りて間近に見ても汚いとは思わないし、くさくもない。湖の堤の背後は農村になっていて、のどかな水郷のような風景になっている。草むらの水路に鉄酸化細菌がオレンジ色の堆積物を作っている。水郷の川は生活排水が流入して汚れている場所もあるが、全般的には「こんなものだろう」という感じである。下水処理場もちゃんとある。

5825 汚れているといってもこの程度である
5824 背後地の水郷

 それほど神経質になる必要があるのだろうかと思う。このような経験は印旛沼や手賀沼でもしたことがあって、データ的には悪くても、見た目としては決して「腐臭放つ汚濁湖沼」という感じではない。
 そんなことを思いつつさらに湖岸を巡って、私はようやく理解した。浄水場があったのである。

 この浄水場は霞ヶ浦から取水している。この浄水場は土浦市やつくば市の排水が流れ込んだ水を原水にせざるを得ない。これは厳しい。
 川がきれいかどうか、下水がきちんと浄化されているかどうかを判断する場合、だいたいBODで5mg/Lを下回れるかどうかがポイントになると思う。5mg/L未満ならコイやフナが棲めるからである。
 しかし水道原水の基準は違う。原水のBODがだいたい0.5mg/Lくらいなら「おいしい水」、1.0mg/Lくらいなら普通の水、1.5mg/Lを超えるとまずくなって高度処理をするようになり、5mg/Lだと工業用水にしかならない。多摩川や荒川などの「流れる河川」でさえやっと2mg/L未満を維持しているというレベルなのだから、流れない霞ヶ浦でこのレベルを維持するのはかなり厳しいであろう。CODが8.1mg/LならBODが2mg/Lを下回るのは難しい。それゆえの厳しい条例なのであった。 

 霞ヶ浦で問題にされているのは、CODで表される有機物の多さよりも窒素(N)やリン(P)の多さである。
 窒素はし尿や肥料、リンは旧式の合成洗剤や農地、森林などが発生源である。窒素とリンは植物プランクトンの栄養分になるので、これが多いと植物プランクトン、特にアオコという藍藻が増殖する。
 アオコは夏場に水面で増殖し、水面に抹茶色のペンキを流したような光景を作る。アオコの発生は望ましくないものとされ、霞ヶ浦の目標もアオコの抑止が最優先になっている。ただし、なぜアオコが発生するとまずいのかについてはあまりよく解説されていない。
 
 行政機関が住民向けに発しているメッセージは、
「アオコの発生を防止しよう」と、
「その原因になる生活排水の浄化に努めよう」
の二つで、アオコの何がまずいのかについてはほとんど触れられていない。私の認識も「アオコ=よくない」くらいのもので、詳しくは知らない。
 例によってよく知らないのに「よくない」と思っていたのであった。そこで調べてみた。参考にしたのはアオコ抑止に成功した諏訪湖の研究書である。

 アオコは3つの点でまずいらしい。
 
  ①かびくさい
  ②水面上に浮かんで拡がるので見た目が悪い
  ③毒素がある

 
 は我慢ならないことではあるが、命にかかわる問題ではない。問題はである。
 アオコの毒素は「ミクロキスティン」というもので、化学式はC49741012
 よくこんな複雑なものが自然界で作られるものである。重量あたりの毒性はフグ毒の5.7倍、ダイオキシンの83.3倍。これだけ見ると恐ろしげであるが、把握されている被害は少なく、多くは飲み水や遊泳した際に飲んだ湖水に含まれるアオコ毒素による頭痛、吐き気、下痢などである。触っても大丈夫だが飲むとよくないもののようである。
 
 つまり霞ヶ浦の問題はこのような水を水道原水に使わざるを得ないがゆえの悩みであることが分かる。茨城県は那珂川や鬼怒川からも取水しているが、土浦などの県南部の水道はかなり霞ヶ浦に依存している。霞ヶ浦の問題は水道水源の問題なのであった。
 問題がアオコということであれば夏の霞ヶ浦を見なければならない。私は7ヶ月待って平成25年7月15日、再び霞ヶ浦を訪れた。この日は「泳げる霞ヶ浦市民フェスティバル」というイベントが土浦港で開かれる日であった。イベントタイトルから察するに霞ヶ浦は泳げる状況ではないらしい。

5827 第18回である
 
 この日の霞ヶ浦はアオコは発生していなかったが、霞ヶ浦対策に関わる人がいろいろなブースに総結集していて、霞ヶ浦のギモンを一気に片付けるには実に好都合なイベントであった。判ったことは次のとおり。

・アオコが問題なのは、毒素を含むがゆえに捕食してくれる魚がおらず、増殖が止められないことである。
・アオコをオゾンで分解する装置も設置しているが、分解されたアオコは底に沈んでただでさえ浅い霞ヶ浦をさらに浅くしてしまう。
・ただし浄水場の取水口はアオコのいる表層部よりかなり下にあるので、アオコの害をまともに受けているわけではない。
・浄水場はオゾン処理や活性炭処理などの高度処理を行っている。
・下水処理場も、窒素やリンまで取り除く高度処理を行っている。

・行政は、流域に多く残っている単独浄化槽を合併浄化槽に取り替えていく事業もしているが、この時に窒素、リンも除ける高度処理型の浄化槽を設置するのがこの地域の基本形である。
・霞ヶ浦は山奥のダム湖と違って豊富な清流を期待できないので、水質面でかなり不利である。
・周辺はハスの産地で、ハスの栽培で出る窒素分の高い排水も汚濁要因ではあるが、霞ヶ浦の場合は生活のすべてが汚濁に関わってしまうので、一つの要因だけを解決すれば何とかなるという構造ではない。
・水質データは一進一退だが、昔よりは改善されていると言う人もいる。


 土浦港からは遊覧船が出ているのでそれに乗ってみる。
 船は緑色の水泡を掻き上げながら進む。さすがに大きな湖である。この湖が茨城県が独自に使える巨大な水源であることを考えると、水質に難があるからといって簡単に放棄できるものではないなと思う。むしろこの湖のおかげで、排水の良し悪しが飲み水に還ってくるというシビアさを私たちは感じることができる。私たちはもっと大切に水を使わなければならないと思った。
 
  5828 
  5829 

 私は「全日本水の作文コンクール」風に神妙になった。しかしすぐにもっと刺激的なギモンが浮かんできてしまった。それはアオコのことである。
 アオコが増殖するのはその毒性ゆえに捕食する生物がいないからだという。
 それならアオコは食物連鎖の中でどのようなポジションを占めているのか。捕食されない生物にどのような意味があるのだろう?意味などないように見えても、その生物は意識していなくても、次に繁栄する生物のための何らかのステップを築いているはずである。例えば人類は捕食されないが、長年掛けて地中に閉じ込められた石油やメタンガスや放射性物質を好んでほじくりだし、太古の過酷な地球環境に戻すという特異な役割を担っている。アオコはどうか。
 
 このことを考えていて思い出したのは、以前小田原の「生命の星・地球博物館」で見た、ストロマトライトという藍藻の巨大な化石のことであった。
 ストロマトライトは約30億年以上前から地球上に存在する藍藻で、まだオゾン層がなく紫外線の強い原始地球の海辺にありながら、ぬるぬるした膜で自身を守ることで生存を保っていた。この藍藻は他の生物に捕食されることがなかったので、増殖し続けて光合成で酸素(O2)も出し続け、後年地球にはオゾン層(O)ができることになる。

 他の生物に捕食されないとどうなるかというと、自らの死骸の上に新しい藍藻が成長し、埋もれた死骸は嫌気性細菌の栄養源になる。その結果、ストロマトライトはひたすら成長と死と堆積を続け、高さ数メートルの巨大な岩のような化石になって発掘される。
 アオコという藍藻も、もしかしたらそのような存在なのではないだろうか。捕食されずに増殖し、死んで沈殿して分厚い層を形成しつつも表層で酸素を出し続け、中で嫌気性細菌が活動する場を提供しているのではないか。「アオコが発生するとくさい」というのは嫌気性細菌の活動の発するガスのにおいであろう。
 
 ストロマトライトが原始地球の毒性の強い紫外線ゆえに捕食されずに済んでいた構造を、アオコは毒を自ら産生することで代替的に実現しているのではないか。ストロマトライトは現代でもごく一部の場所で生息しているが、そこは捕食役の貝類が生息できないような場所、つまり塩分濃度が高すぎたり、水温が高すぎたりする場所であるという()。
 
 捕食者が絶対に存在しないような環境を必要とする点で、ストロマトライトとアオコは共通点を持っているといえる。現代の地球はオゾン層に守られて捕食者の高等生物が繁殖してしまったので、ストロマトライトは衰退してしまったが、アオコは毒という武器を手にすることで、ストロマトライトが持っていた優位性を能動的に作り出しているようにさえ見える。しかもアオコの栄養源が、人間-捕食者を持たないもうひとつの生物-の排泄物であるというところが巧妙である。
 霞ヶ浦は、藍藻類の長い命の歴史の中にたゆたう湖であり、人間も彼らの戦略から無縁ではありえないということを示唆しているように見える。

第51章 「アオコのにおい」へつづく
霞ヶ浦のアオコを腐らせてにおいを再現してみた。

(注釈)
このことは生命の星・地球博物館で教えていただいた。この博物館にはボランティアの解説員がいて、分からないことを訊くと解説してくれる。ストロマトライトの展示も、解説されなければ「ただの巨大な石」ぐらいにしか思わないが、解説を聞くと、「そういえば、貝には毒を持つものがいたなあ」とか「こないだ食べたチャンバラ貝についていた歯は、藻を捕食するためのものだったのか」などということも連想できる。ストロマトライトを見るときは磁石を持っていくことをお勧めしたい。

<参考にした書籍>
アオコが消えた諏訪湖 人と生き物のドラマ(山岳科学叢書3) 信州大学山岳科学総合研究所 沖野外輝夫・花里孝幸 編 平成17年 信濃毎日新聞社
 アオコの分析はもちろん、重金属、PCB、ワカサギの増減、下水道建設、観光への影響まで、努めて多角的に解説した良書といえる。

生命40億年全史 リチャード・フォーティ・著 渡辺政隆・訳 平成15年3月 (株)草思社
 40億年の歴史を駆け抜けるだけあって厚い本であるが、私はやはり地球ができて細菌が育ち、大気ができるくらいまでが面白いと感じる。脊椎動物が出現するともう、魚でも鳥でもチンパンジーでも大した差はないなどと思ってしまう。


 <目次にもどる>

49 泡立ちよ こんにちは

  7002 目黒川(中目黒二丁目付近)

 目黒川の川面に白い花びらが無数に浮いている。
 駒沢通りをくぐってしばらく下ったあたり、深い開渠の底を流れる水にたくさん浮いている。
 これが「花筏」というものであるか。
 目黒川沿いは桜の名所である。その花が一斉に散って川面に落ちて筏のように見えるのを楽しむ。
 しかし、私もかなりボケッとしていたのだが、これを見たのは秋であった。であればこれは桜の花びらではない。
 
 しからばこれは何か。
 この場所は川面は地表面から5mほど下にあるが、水面近くまで階段で下りられるようになっている。降りて川面をよく見るとそれは無数の泡であった。
 現場の少し上流に小さな落差があり、ここで攪拌された水に泡立ちが生じている模様である。同時にかすかな下水臭もする。
  7003 bulles 
   泡の発生場所(左)と泡の拡大写真(右)

 晴天時の目黒川の水源は、ここより1.6kmほど上流の池尻大橋駅付近に放流される下水の高度処理水である。
 この水は新宿区の落合水再生センターで処理された下水を高度処理して専用管で送水してきたものである。落合水再生センターは、新宿副都心の高層ビルにトイレ用水を供給するために通常の処理よりも手間を掛けた高度処理を行っており、そのおすそ分けで渋谷川と目黒川と呑川に河川維持用の水が供給される。
 この水のおかげでこれらの川は、滞留した水が東京湾の干満で行ったり来たりするうちに腐敗して真っ黒になる、という状況を逃れている。
 
 しかし中目黒でこんなに泡が発生しているということは、高度処理水の中に泡立つ成分が含まれているということである。これは洗剤の界面活性剤というものであろう。
 界面活性剤は、「界面」を「活性」化する物質である。
 何の界面かというと水と油である。
 人間の体や衣服や家の汚れはたいてい油なので、水で流すだけではお互いの「界面」が対立して溶け合わず、汚れが落ちない。そこで水と油を融合する物質で油を水に溶かす。これが界面活性剤である。
 
 とはいうものの、それ以上のことは私も知らない。よって、例によって本で調べた。
 例えば植物油に水酸化ナトリウム(あるいは水酸化カリウム)を加えると脂肪酸ナトリウムというものができる。この物質は、分子の片方が油に溶けやすく、もう片方は水に溶けやすい。したがって油に水をくっつけて洗い流してしまうことができる。せっけんはそれを固めたものである。
 
 界面活性剤にはもう一つ重要な機能があって、それは水の表面張力を減らすことができるというものである。通常、水滴はプルンプルンしている。表面が緊張しているわけである。この性質のために、厚手の木綿などは水を垂らしてもしばらくしみこまない。ここで界面活性剤を添加すると、この性質を弱めることができ、水が木綿にしみこみやすくなり、洗浄作用が発揮できるという。なるほど。
 
 しかしこの説明では「なぜ界面活性剤を使うと泡が立つのか」が分からない。 
 もちろん表面張力が弱くならなければ泡は立たないわけであるが、泡が立てば界面活性剤かというと、そのようなことはないように思う。

 例えばワインやリキュールのビンを振るとよく泡立つ。ワイン(赤)には14%の、リキュール(コアントロー)には40%のエタノールが入っているが、エタノールは界面活性剤とは呼ばれない。
 実際、消毒用エタノールを水で薄めて濃度40%にしたものをボトルに入れて激しく振ってみると、細かい気泡が無数に生じて乳白色にはなるが、泡は立たない。
 このことからワインやリキュールの泡は、これらに溶けている物質の「とろみ」が作用しているのではないかと思われる。
 
 ということで、今度はサラダ油のビンを振ってみる。サラダ油はとろみがあるので泡が出てもよさそうだが、なんと出ない。
 ごま油も同じ。とろみがありすぎてもダメなようである。
 一方、酢(ミツカン)は泡立つ。酢はさらさらしているイメージがあるので意外である。
  vinaigre

 しょうゆ(キッコーマン)もよく泡立つ。しかしソース(ブルドッグ)は泡立たない。「とろみありすぎ泡立たないの法則」というものがありそうである。
 オリーブ茶(オリーブの葉を煎じて煮たもの)はよく泡立つ。これはオリーブ茶にサポニンという界面活性物質が含まれているからだと言える。ではオリーブ油はどうかというと泡立たない。しかしコップ1杯の水にオリーブ油を1滴垂らして振ると泡立つ。
 この泡立ちがオリーブ油に含まれているかもしれないのサポニンの作用のためなのかどうかを調べるために、サラダ油で同じことをしてみると、果たして泡立つ。
 
 ほぼ同じ原理で牛乳(=水と乳脂肪の溶液)も泡立つ。カルピスの原液も泡立つ。そのほか、ほうじ茶、そばの茹で汁、ねこじゃらし茶(雑草のエノコログサの穂を炒って茹でたもの)も泡立った。エノコログサにサポニンが含まれているかどうかは知らない。
 この一連の結果から、私は次のように推測した。

  ①界面活性物質を含む液体を振ると泡立つ。 
  ②界面活性物質がなくとも、適度なとろみのある液体を激しく振れば泡立つ。これは摩擦で界面にエネルギーが与えられる(=活性化する)ためではないか。
  ③サラダ油原液やソースが泡立たなかったのは、とろみがありすぎて摩擦を起こすには力が足りなかったからではないか。
 

 せっけん水の泡立ちは①②両方によるものであろう。泡立ちの良さは洗浄力には関係がないと言われるが、せっけんに関する限り、泡が立たないような状態では洗浄力は期待できない。「よく泡立つ=洗浄力あり」という関係はある程度は成立すると思われ、①②を兼ね備えるせっけんは洗浄剤として適しているということになるのだと思う。
 
 しかしせっけんには3つ欠点がある。

  ・アルカリ性なのでアルカリに弱い動物性繊維(ウールなど)には適さない。
  ・硬水(金属分の多い水)に溶かすと金属が結合してしまって能力を発揮できない。
  ・原料の油脂の調達に苦労する。

 
 そこで登場したのが合成洗剤(中性洗剤)で、「アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(略してABS)」などの物質を界面活性剤として使用する。原理はせっけんと同じで分子の片方が水に溶け、もう片方が油に溶ける。ただしその間にある物質が「アルキル基」という物質であるところが違う。アルキル基なるものは何者かが分からないので化学の教科書で調べると、「メタン系炭化水素から水素原子が一つとれた基」とある。
 
 メタン系炭化水素とは、メタン(CH)やエタン(C)、プロパン(C)などのことで、いろいろな種類があるがいずれもC(2n+2)で表される。
 ここからHを一個抜くとアルキル基というものになり、これが洗剤の原料になる。
 つまりメタン系炭化水素から水素を1原子抜いてナトリウムをくっつけたりすると洗剤ができる。
 これを応用すると、石油(炭化水素)を原料にして硫酸を吹き付けたりする(水素を1個抜く)と洗剤ができることになる。実際はもっと複雑な原理であり、工程であるわけであるが、私はいつも専門用語の羅列で挫折するのであえて雑に捉えてみる。 

 とにかくこれは便利な発明である。したがって合成洗剤は爆発的に普及した。しかし合成洗剤にも欠点はあり、洗剤中のABSが川に流されると、魚の死亡や繁殖阻害を起こすようである。しかも分解されにくいのでいつまでも水中に残り、泡も残る。その結果が悪名高い1970年代の「多摩川の洗剤モコモコ現象」である。

 洗剤メーカーはこれを受けてABSをもう少し分解しやすいものに改良した(LASという)。
 しかし毒性は依然としてある上に、もともとが人工的に合成した物質なので、やはり分解されにくい。水温が20℃で10日、10℃ならば15日くらい経ったところでやっと分解が開始される(※2)。
 
 いくらなんでも洗濯機から下水管と下水処理場と専用管を通って目黒川に排出されるまでに15日はかからない。落合水再生センターは高度処理しているとは言っても、その内容は砂ろ過と紫外線殺菌。現在の合成洗剤に使われている陰イオン界面活性剤は、活性炭吸着かオゾン分解でないと取り除けないので、神田川沿いの家庭で流された陰イオン界面活性剤は、あまり分解されないまま目黒川に流されることになる。
 
 これはちょっと考えさせられる光景である。しかし各地で観察すると目黒川はまだましな部類である。
 東海道線で豊橋から名古屋へ向かうと、熱田駅(名古屋市熱田区)の手前で新堀川という小さな川を渡る。この川に大量の泡が流れている。何事かと思って川岸を見ると下水処理場がある。名古屋市の熱田水処理センターである。この処理場は昭和5年にできた古い処理場で、ここから放流される水が泡だらけなのであった。また、横浜市鶴見区の北部第一水再生センターから放流される水も泡だらけである。ここは放流口に消泡設備があり、スプリンクラーで泡を消しているが、それでも泡が出る。

  tsurumi_1 tsurumi_2 
  北部第一水再生センターから出る泡混じりの水と消泡用スプリンクラー

 生活排水の流入しているような川でも泡は見られる。泡は平面状に広がるだけでモコモコと立体的には盛り上がらないが、光景的にはびっくりする。しかしさらに驚いたことに、泡の下をコイやカメやボラがすいすいと泳いでいる。私が見たところ、

・泡があっても、隠れる場所さえあればコイやカメなどは生きている。
・泡が出るようなところは、水が攪拌されている場所であり、酸素が溶け込んで溶存酸素が多い。その点において、魚が生きやすい。

ということのように見えた。だから、泡の有無をもってすべてを判断してしまうのは早計であるが、洗剤の成分が川に出て行ってしまうような状況はよいとはいえない。
 私もそういう洗剤を散々使っているので、どうしたらいいのか考えてみることにした。この問題は昔から議論されているテーマなので出尽くした感があるが、私なりに感じた問題点は次のとおりであった。

・合成洗剤は安くで便利だがやはり生分解性の悪さがネックである。もっとも、現在はさらに改良された「アルファスルホ脂肪酸エステルナトリウム」という「せっけんに近い陰イオン界面活性剤」を使っているものもある(※3)。
   alpha_sulfone

・合成洗剤はにおいがきつい。あのにおいも魚にはおそらく迷惑である。
・合成洗剤には「環境に配慮して天然ヤシ油を使用しました。」とうたうものがあるが、そもそもヤシのプランテーションが熱帯雨林を破壊しているのであるから、これは論点がずれている。
・しかし合成洗剤は加水分解酵素の併用など、洗剤使用量の削減技術にしのぎを削ってもいて、良くも悪くもこのハイテクさが合成洗剤の特徴である。
・その天然ヤシ油はせっけんにも使われている。
・せっけんは手荒れが起きにくく、魚毒性も低く、生分解性も高いが、BODは高い。原料が油なのだから、さもありなんである。
・この品質的贅沢さが良くも悪くもせっけんの特徴である。


 これはややこしい問題である。たとえせっけんが環境にいいとして、すべての洗剤をせっけんでまかなったら膨大なヤシ畑が必要である。
 石油で洗剤を作っているから現代人の需要をまかなえているのであって、せっけんがいいか、合成洗剤がいいかといった論争はやや不毛と言える。そのようなわけで、私の対応策はこうなった。

  ①洗濯は袖とか襟を石鹸でこすって洗った後に、少なめの合成洗剤で洗う。
  ②油の付いていない食器は水だけで洗う。
  ③油まみれの食器は新聞紙でふき取って洗う。
  ④タワシでこすって何とかなるものはタワシで済ます。

 化学的に界面活性化することをあきらめて、物理的に人力除去するという方針を前面に出した解決策である。
 指と新聞紙とタワシは優秀な油剥離剤であり、人力除去した後に洗剤を使えば、少しの量でもよく泡立って汚れも落ちる。泡立ちよ、こんにちは。


※1 岩波講座 現代化学への入門〈18〉化学と社会 平成13年 茅幸二 他著 岩波書店
 この書籍は洗剤や電池など、日常生活にさまざまな形で使われている化学物質を専門家が解説している。洗剤の項を担当しているのは合成洗剤メーカーの研究者ではあるものの、合成洗剤の欠点や苦悩にも触れてあって参考になる。この書籍で面白かったのは、界面活性剤はもともと機械の潤滑剤として開発されたというところと、ツブツブタイプの歯磨きなどに入っているゼオライトは、もともと合成洗剤を無リン化するために開発されたというところである。産業や環境面の要請で渋々開発したものでも、時間が経てば別用途への転用で開発コストが回収されていく、という構造が見える。

※2 直鎖アルキルベンゼンスルホン酸及びその塩(環境省の化学物質対策の資料HP PDFファイル)

※3 界面活性剤とは[4]界面活性剤の種類 (横浜国立大学教育人間科学部 大矢勝研究室のHP) 
アルファスルホ脂肪酸エステルナトリウムに言及した文献。この物質の化学物質評価はまだあまり進んでいないようである。


 <目次にもどる>

48 ドブ川の水源としての側溝

ravin_bois (京都府宮津市)

 ドブ川の水源をたどると、最終的に住宅地の道路側溝に化けることが多い。
 開渠のドブ川→暗渠の開口部→水路敷地が明確な暗渠→道路と一体化してマンホールだけが存在を主張する暗渠→道路側溝しかなくなる
 という形で化ける(※1)。
 側溝は道路のある限りあちこち張り巡らされているから、どれが水源なのかは正確には分からない。そこで一番標高が低い位置を通る側溝を見て、「これが水源であろうな」と推定する。私のドブ川探索はそこで終わりである。

 側溝は正式には河川でも水路でもなく、道路の構造物の一部ということになっている。
 したがって私も側溝は「ドブ川」として捉えてはこなかった。
 
 自然河川(河川敷のある河川)>ドブ川(主に準用・普通河川・水路・公共溝渠)>側溝

 という序列が私の中にあり、「側溝とドブ川は違う」という区別をしてきたためでもある。
 しかし水の流れは継続しているし、例えば大きな側溝と細い水路の間には機能的な差異はほとんどない。そのうえ側溝はドブ川の最上流部を担っていることが多いので、だんだん気になってくる。
 そのようなわけで私は側溝に興味を抱くようになった。すると妙なことに気付いたのである。
 
 道路は雨のときにしっかり排水できないとスリップ事故の元になるので、それを防止する目的で側溝を設ける。道路の側溝は本来このためにある。
 したがって、側溝には住宅の下水を流してはいけないことになっている。
 道路の技術資料を読んでも、雨量の計算については詳しく書かれているのに、下水の流入量の計算については一切触れられていない(※2)。下水の流入はあってはならない事態であり、したがって想定してはいけないことになっていると見える。
 では、晴れた日に側溝を流れる泡だらけの水は何なのか?
 
 この妙な現象の原因は調べるとすぐに分かった。
 側溝に排水を流すことを全面禁止にすると、下水道のない地域では河川か水路に面したところにしか家を建てられないことになる。

 それでは困るので生活道路の市道などは「やむを得ない場合に限って」流してよいとする特例がある。側溝を流れる水はこの特例に基づいて滴下されるもののようである(※3 ※4)。
 調べた限り、この特例は市道には多く設けられ、県道にはあまりなく、国道はほとんどないように見受けられた。回りくどいことであるが、こうしないと収拾が付かなくなるのであろう。
 
 側溝の形態は、昔は開渠が多かったが、落ちると危ないのでやがて蓋掛が多くなり、しかし蓋掛は車重で破損しやすいということで、現在は暗渠の埋設管が主流になっている。暗渠はドブさらいができないのが難点だが、今は集水桝からバキュームで吸い出す機械があるので問題ない。
 
 設置場所は多くのパターンがある。

A車道と歩道が縁石で分かれていない道路の場合
A1道路の端に側溝(開渠)を設けるパターン
     ravin_a1 (埼玉県白岡市)

A2道路の端に側溝(蓋掛)を設けるパターン
     ravin_a2-1 (兵庫県豊岡市)

A3道路の端に側溝(暗渠)を設けるパターン
     ravin_a3 ravin_a3-dd
     (左:通常型(愛媛県宇和島市)、右:開渠の下に暗渠を配したダブルデッカータイプ(大阪市淀川区))

B車道と歩道が縁石で分かれている道路の場合
B1 車道の端(エプロンという)の直下と歩道の端に側溝を通すパターン。車道部分は暗渠、歩道部分は蓋掛にする場合が多い。 
     ravin_b1 (愛媛県宇和島市)

B2 エプロン直下だけに側溝(暗渠)を通し、歩道には設けないパターン
     ravin_b2(東京都中央区)

B3 歩道の直下だけに側溝(蓋掛)を設けて、車道に降った水はエプロンに設けた集水桝で経由で歩道直下の側溝(蓋掛)に流し込むパターン
     ravin_b3-1 ravin_b3_dessine
(左:通常型(岐阜県中津川市)、右:歩道拡幅のために敢えて歩道のマンホール暗渠に雨水排水を統合したタイプ(エプロンの四角いグレーチングで集水する。車道のマンホールは汚水用。 神戸市中央区))

Cその他
C1 どちらにも設けないパターン
     ravin_c1 (東京都渋谷区 写真の道路は正確には区道扱いの水路敷地である)

C2 側溝はないが、道路の横に水路(開渠)が並行しているパターン
     ravin_c2 (京都府宮津市)
  
C3 側溝はないが、道路の横に水路(蓋掛)が並行しているパターン(水田地帯が住宅地になったところに多い)。
     ravin_c3 (埼玉県戸田市)


 このように、側溝の設置形態は主なものだけで9パターンもある。
 この中で私が面白いと思うのは、C2C3である。側溝は水路ではない建前であるが、実際には両者はウヤムヤな補完関係にある。
 
 例えばC2の水路が農業用水路であった場合、道路に降った雨は水路にも流れ込んでしまうから、事実上道路の側溝を兼ねることになる。また、水路沿いの家が排水口を設けたりするので排水路化する。
 この状態が進むと、水路が農業用水路としての機能を失って排水路になり、くさいし危ないから、と蓋をする。
 するとC3になる。この状態になると、水路は道路側溝・兼歩道・兼排水路といった性格を帯びるようになる。
 
 このように側溝と水路の関係は、成り行き任せのウヤムヤである。
 このウヤムヤは大変興味深い。ドブ川自体が下水路か河川か判別し難いウヤムヤな存在だからである。その源流がウヤムヤな側溝であるというのは、成り行きとしてありそうな話である。このウヤムヤにドブ川を解く鍵がありそうでもある。
 しかし私はそのまま放置しておいた。「だからどうだ」ということでもあるし、漠然とした話で取っ掛かりが掴めなかったからである。しかしある日、その鍵を発見した。
 
 東京都台東区上野公園。
 不忍池のほとりに下町風俗資料館という施設がある。ここでは大正時代から戦前くらいまでの東京の下町の街並みを保存している。ここに大正時代のドブのレプリカの展示がある。
 狭い路地の中央を木の蓋の掛けられたドブが走り、各戸の炊事場から流れ出る下水を受け止めている。ドブの幅は30cm程度と狭い。

 下町風俗資料館の昔のドブ(資料館HPにリンク) 

 このドブは路面の雨水排水と住宅排水を引き受けているのであるが、現代人の私から見ると、これがウヤムヤな処理だという感じはしない。当時の水源は長屋の端の井戸であり、使用水量も少なく、便所は汲み取り式で別系統、風呂も銭湯で別系統、路地も狭いから処理する雨水も少なく、と全体的にコンパクトに納まっているからである。
 このコンパクトさは井戸という上水インフラの貧弱さのおかげともいえる。
 
 ドブのコンパクトさが上水インフラの貧弱さに起因しているということは、文京区にある東京都水道歴史館に行くとよく分かる。ここは近代水道ができる前、つまり江戸時代の上水道の仕組みを展示しているが、この展示を見ると上水とドブの関係が系統的に分かる。

 ①多摩川から玉川上水を経由して、上水が江戸市中に引き込まれる。
 ②引き込まれた上水は、木製の堅牢な水道管で長屋の路地まで引き込まれる。
 ③路地の広場に上水を溜めておく「上水井戸」という地下タンクがあり、人々はそこで水を汲む。
 ④井戸水を汲む場所の端には、こぼれた水を集める排水口があり、そのままドブに流れるようになっている。
 ⑤ドブは下町風俗資料館のものと同じで、長屋の排水を集めながら木製の蓋の下を流れる。
 

 上水→井戸→ドブ。明快である。
 しかしこの単純で美しい関係は、近代水道の開通と水洗便所の普及で崩れていく。
 近代水道の最大の功績は、鉄管とポンプの組み合わせで各家庭への個別給水を可能にしたことである。
 ポンプの導入は、元はと言えば横浜の外国人が消防用に猛烈に要望したためであったが、この便利さを背景に、水道付きの台所を備えた文化住宅というものが大正時代に登場する。  
 さらに戦後になると水洗便所が普及し、下水の水量と汚濁物質を飛躍的に増やす。こうなると木製のドブではどうにもならない。再編成が必要である。

 下町風俗資料館の説明書きによると、戦後「下水」の敷設が進んだ、とある。
 この「下水」は、現在あるような下水処理場に続く下水幹線ではなく、単にドブを暗渠化した下水路であるという。水量と汚濁物質が飛躍的に増加してしまった東京の下水を捌くために、そのようなものが取り急ぎ作られたようである。つまりこういう変遷が見える。

少量で汚濁度も低い排水の流路としての側溝→大量で汚濁度も高い排水の流路としての暗渠下水→その後の合流式下水道の素地になる

 側溝を下水路に変質させた因子は「水の使用量と用途の拡大」、ということができる。
 しかしこの因子が全てではない。
 東京の下町は住宅密集地だからこのあたりの物事が早回しで展開するが、郊外ではもっと緩慢に進むので他の事情もあることが分かる。

 郊外は人口密度が低いので東京の暗渠のような贅沢な施設を作れない。では近傍の水路に排水しようかということになるが、水路はたいてい農業用水路を兼ねている。ここに流すわけにはいかない。ではどうしていたか。
 昔の農家で育った人に訊くと、昔の郊外の排水処理はこうだという。この人の実家の農家は神奈川県横浜市の郊外にあり、家の前を川が流れていた。

・住宅の排水は庭の手掘りの水路に流す。
・電気洗濯機も水洗便所もなく、排水量が少ないので、しばらく流れると土に浸み込んでしまい、川には流れない。

 
 単純である。
 しかし電気洗濯機や水洗便所を使うようになるとこの方式は行き詰まり、排水先が必要になる。どこに排水してたんですか?

「その頃には実家を出ちゃったからよく分からない」

 仕方ないので昔の農業用水路の仕組みを調べることにする。渋谷や品川辺りであれば農村時代の史料が豊富に残っているので好都合である。仕組みはこう。

  ①多摩川の水が、玉川上水や枝分かれした上水経由で農業用水が流れてくる。
  ②用水路は人工的に掘られ、広範囲の給水を可能にするために台地の尾根を繋いで高いところを流れてくる。
  ③枝分かれした水路で水田に供給される。
  ④水田は収穫前に水を落とす必要があるので、排水用に設けた水路(登記上の用語で「用悪水路」という)に流す。
  ⑤用悪水路はいらない水を流す機能だけがあればいいので、農村の低いところを自然流下する。
  ⑥よって農村にはきれいな用水路と、用済みの水を流す用悪水路の2つのネットワークが並存する。用悪水路のルートは自然河川の流路と一致し、きれいな用水路は用悪水路よりも一段高い場所を並行して流れる。(※5)
 
 
 このことから次のようなことが推測される。

・地形的要因から、家庭の排水の受け入れ先は用悪水路となるであろう。
・これも地形的な要因から、用悪水路は「水はけの悪いドブ」になりやすいであろう。
・その用悪水路の水を引き受ける自然河川はドブ川化する宿命にある。


 このあり方は現代の道路側溝に似ている。「用悪水路=水田の落とし水の排水先」という本来の機能がありながら、なし崩し的に生活排水の排水先になってしまうというポジションが似ている。
 しかも供給用のきれいな農業用水路も、水田の宅地化が進んで不要になってしまえば生活雑排水の受け皿に化けるというドブ川予備軍的な立場にある。これは以前、川崎の二ヶ領用水で見たとおりである。
 ドブ川のウヤムヤは、稲作の衰退と、家庭の水使用の増加と、下水処理の難しさの隙間を埋めるという役割に端を発していて、その程度の強弱で化け方が変わるという態様がウヤムヤに輪を掛けているといえる。


<参考にした施設>
下町風俗資料館(東京都台東区上野公園内)昔のドブの写真あり 
東京都水道歴史館(東京都文京区)水道局の施設らしく高台の給水所の隣にある。

<参考にした書籍>
※1 地形を楽しむ東京「暗渠」散歩 平成24年 本田創・編 洋泉社
開渠の川が暗渠になった後のことについてはこの書籍におまかせである。
※5 春の小川はなぜ消えたか 渋谷川にみる都市河川の歴史 (フィールド・スタディ文庫6) 平成23年 田原光泰 (株)之潮
農村だった渋谷から農業用水路網が失われ、側溝が新設される過程が詳細に載っている。

<参考にしたウェブサイト>
※2 「岐阜県道路設計要領 第4章 排水」(岐阜県のHP)
※3 「合併浄化槽処理水の市道側溝への放流に係る道路占用の取り扱いについて」(栃木県下野市のHP)
※4 「雨水排水等の県管理道路側溝への接続にかかる取り扱いについて(通知)」(三重県のHP)


 <目次にもどる>

ブロとも申請フォーム

リンクとお知らせ
リンク、引用は自由です。連絡はご不要です。引用される場合は引用元として「ドブ川雑記帳」とお書きください。
最新記事
(もっと古い記事は目次のページからどうぞ)
プロフィール

大石俊六

Author:大石俊六
掲載雑誌
雑誌「『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号(特集|Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。)『私はどうしてドブ川を覗き込んでしまうのか』

マーガレットプレス 連載『ギモンの細道』

・「ラミネート」
(第10号/ラミネートを発明した人はコンブを手本にしたのではないか、の巻)

・「人馬平安散」
(第9号/「金はなぜ貨幣に使われるのか」を調べていたら四ツ谷駅前のハイフキヤドラッグにたどり着く、の巻)

・「恋とはどんなものかしら」
(第7号/オペラ『フィガロの結婚』で資本主義の発展の秘密にたどり着く、の巻)

・「神社と石橋」
(第6号/神社の前にはなぜ石橋があるのか、の巻)

・「夏帽子製造工場」
(第5号/鮫洲にあった紙帽子工場を調べたら横浜の三渓園にたどり着く、の巻)

・「イベリア半島の睡魔あるいは美しき怠惰」
(第4号/スペイン人はただ暑いからという理由だけで昼寝しているのか、の巻)

・「靴下のゴムはなぜ伸びるのか」
(第3号/靴下のゴムが緩む原因を調べたら長篠の戦にたどり着く、の巻)

・「シュロの奏でるハ短調」
(第2号/シュロの木を植える習慣は南国への憧れのほかにもうひとつ理由がありそうである、の巻)

また、季刊collegio(38,39号)には「水路敷区道扱い」というエッセイを書いています。
・「戸越公園の水路敷」(38号)
・「水路敷と銭湯」(39号)

その他の作品(文芸誌「フノリ」に掲載)
・「海抜の季節風」(渋谷川暗渠区間の高度をしつこく探求)
・「着席自由権」(パリのカフェのカウンター席とテラス席の料金差と客の滞在時間の関係を現地でしつこく調査)

カテゴリ
「日本のドブ川」カテゴリを廃止して「法律からアプローチする」を新設しました。ドブ川を全国レベルで捉えると、どうしても法律の話メインになるのでこのように変更しました。(H26.11.15)
調べたいキーワードで検索
最新コメント
月別アーカイブ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。